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『六花、舞う。〜素直な心 』
玖堂 柚李葉(ia0859)

 ふい、と思わず足を止めた。どこからか、誰かの声が聞こえてきた気がして、きょろ、と辺りを見回してみる。
 けれどもそこには誰も居らず、ただ、すっかり冬の訪れを感じさせるようになった、けれどもまだ秋の面影を残した青空が広がっているだけで。気のせいだったのかな、と思ってまた、眼差しを元へと戻す。
 そわそわ、そわそわ。
 落ち着かない気持ちで居たからあらぬ幻聴を聞いたのかも知れないと、佐伯 柚李葉(ia0859)はそう考え、また手元へと視線を落とした。丁寧に丁寧に、ほんの少しの傷もつかないように慎重に、びろうどの袋の口をキュッと縛り、さらに可愛い風呂敷で丁寧に包む。
 柚李葉、と呼ばれた。常と変わらぬ養母の柔らかな声に、はい、と返事をする。
 そうして立ち上がり、養母の元へと行こうとしてまた、柚李葉は動きを止めて。

『あなたの願い事は、なぁに?』

 ふいにまた、耳元で声がした気がした。もう一度辺りをきょろ、と見回してみるけれども、やっぱりそこには誰も居ない。
 ふと目の端に見上げた、空の青。その中に確かにふわり、白い花が舞った気がして目を凝らすけれども、それもまた幻だったようだ。
 雪の季節にはまだまだ早い。けれどもあの白い花が、まるで声の主だったような気がして柚李葉は、願い事、と胸の中で繰り返す。あなたの願い事は、なぁに?

(私の、私の願いは‥‥)

 柚李葉の願いは2つある。その願いを胸のうちで唱える前にまた、柚李葉? といつまで経ってもやって来ない養娘に不思議そうな顔をした、養母が部屋にひょい、と顔を出した。
 お養母さん、と呼ぶと、返ってくるのは穏やかな微笑み。

「そろそろ出ないと、間に合わないわよ?」
「はい」
「せっかくのお誕生日のお祝いなんでしょう? ――ほら、柚李葉、貸して御覧なさい。あなたはこちらの頬紅の方が、よく似合うわよ?」

 そう言いながら、養母はまるで自分自身がお呼ばれしたようにうきうきした様子で、柚李葉に薄化粧を施していく。そうして少女のように楽しそうな眼差しで、紅はどちらの方が良いかしら、なんて両手に持って真剣に考え始めたりして。
 今日は、玖堂 羽郁(ia0862)達双子の姉弟の誕生日のお祝いをするのだと、句倶理の家に呼ばれている。そう告げたら養母の方が大はしゃぎをして、とっておきの着物を出してきましょうか、なんて張り切りだしてちょっと困ったりもした。
 ようやくこれと決めた養母が、真剣な眼差しで紅を刷いてくれる。そうして少し離れたところから出来栄えを確かめ、うん、と満足そうに微笑んだ。

「良いわ。贈り物は用意出来てるの?」
「はい。あの‥‥ありがとう、お養母さん。行ってきます」

 そんな養母にぺこんと頭を下げて、用意した風呂敷包みを胸に抱き、柚李葉は家を出た。気をつけて行ってらっしゃい、と門の所まで見送ってくれた養母に手を振り、羽郁たちの家へと向かう。
 以前に招かれた石鏡の別邸や、本邸に比べればずっと小さなその屋敷は、けれどもやっぱり十分に大きい。と言っても例えるなら裕福な農家の家といった風情の、2階建てのお屋敷で、どこかほっとする気がする。
 玄関の前で一度立ち止まり、軽く身なりを整えた。服の裾を確かめて、髪の毛を軽く撫で付けて。

「――あの、ごめんください」
「‥‥今行くから」

 柚李葉の訪れを待っているはずの住人に聞こえるように、少し大きな声でおとないを告げると、少しの沈黙のあとに羽郁の声が返ってきた。大人しくその場でしばらく待っていると、がらり、閉ざされていた戸が開く。
 顔を出したのはやはり、羽郁。いつもと変わらぬ髪形に、藍の狩衣が涼やかだ。

「お待たせ、柚李葉。いらっしゃい」
「お邪魔します」

 そうして向けられた笑顔に、だから柚李葉はほっと微笑んで、胸に抱えた風呂敷包みを抱えなおし、柚李葉はぺこり、礼儀正しく頭を下げた。それから頭を上げ、まっすぐに彼の顔を見上げる。
 けれどもすぐに違和感を覚え、柚李葉は眼差しを羽郁の奥、廊下の先へと巡らせた。なんだか奇妙に、人気がないような――

「ぁ、ごめん、柚李葉。今日は誰も居ないんだ」
「ぇ‥‥? でも、あの、羽郁達のお誕生日のお祝いだったんじゃ‥‥」
「そうだったんだけど――ごめん」

 ぱちくりと目を瞬かせた柚李葉に、羽郁は気まずそうな顔で言葉を濁し、謝罪の言葉を繰り返した。その言葉と、その態度から、恐らくは何か難しい事情があったのだろうと、あたりをつける。
 羽郁達の実家でもある句倶理の一族は、色々と複雑だ。彼の双子の姉はその一族の時期当主となることになって以来、あまり自由時間も取れずにいると聞いている。
 だからきっと今日も、何かお家の事情で都合が悪くなったのだろう。だからそれは気にしないことにした、けど――

(誰も居ないって事は、その、2人きり‥‥だよね?)

 それはどうかすれば、2人きりでお出かけをするよりもかなり緊張する出来事ではないだろうか。そう思った途端、自分の頬が熱くなるのを感じてちょっと、顔を隠したくなった。
 そうなんだ、と気持ちを紛らわせるように呟くと、ああ、と真面目な羽郁の言葉が返ってくる。そっか、とそれに頷いた自分の心臓は、さっきからどきどきと存在を主張する一方だ。
 そんな柚李葉の顔を覗きこみ、とにかく、と羽郁が微笑んだ。

「いつまでも立ち話ってのもなんだから。縁側に色々準備してあるから、そっちに行こう。上がって」
「う、うん。お邪魔します」

 そう促されて、柚李葉は改めてぺこりと頭を下げると、ようやく玄関をくぐった。そうしてどことなくそわそわしながら、意味もなく風呂敷包みを何度も抱きなおし、うっかりすると緊張で足を滑らせそうなので慎重に、廊下に上がる。
 このお屋敷に、本邸なんかに居た使用人は居ないらしい。幸いにしてというべきか、この家の住人はたいていが一通りの事は出来るので、基本は当番制の自炊生活なのだと聞いた。
 こっち、と先に立って歩く羽郁の後ろについて、小さく鳴る廊下の音を聞きながら、歩く。そうしてまだどこかどきどきしながら廊下を通り抜け、縁側へと辿り着く。
 そこで羽郁は振り返り、縁側に並べて置かれた2つの座布団のうちの1つを指差した。

「柚李葉、ちょっと待っててくれるか? お湯を取ってくるから」
「うん」

 こくり、長い髪を揺らして頷いた柚李葉に微笑んで、羽郁は足早にやって来た廊下を引き返していった。それを見送って、柚李葉は示された座布団の上にちょこん、と腰を下ろす。
 秋の、終わり。紅葉もそろそろ盛りを過ぎて、風情と侘しさともの悲しさの入り混じった、美しい庭は陽光を受けてキラキラと輝いている。
 座布団の傍には、木彫りのお皿に盛りつけられた色々なお菓子。茶器も用意してあるからきっと、ここでお茶を淹れるんだろうな、と考えていたら、口から湯気を立ち上らせる鉄瓶を手に持った羽郁が戻ってきた。
 繊細な細工の茶器の中には、すでに茶葉が入れてあるらしい。羽郁は持ってきた鉄瓶から熱いお茶を茶器へと注ぎ、中で茶葉が踊るのを確かめてから、かちゃ、と蓋を閉めた。
 少し離れた場所に鉄瓶を置き、羽郁も座布団に腰をかけると、ふわりと辺りに良い匂いが漂い始める。香草茶かな、とぼんやり考えていた柚李葉は、じきに羽郁が茶器からお茶を注ぎ、「どうぞ」と渡してくれた茶碗を見て正解だと知った。
 火傷をしないように慎重に、こくり、口を付ける。

「‥‥うん、すごく美味しい」
「良かった」

 思わず頬を綻ばせると、羽郁がほっとした顔になった。彼が淹れてくれたお茶も、彼が作ってくれたお料理も、お菓子も、どれ1つとして美味しくなかったことなんてないのだけれど。
 こく、こく、と何口かゆっくり飲んで味わってから、思い出して柚李葉は傍らに置いておいた、可愛らしい風呂敷包みを膝の上に置いた。丁寧に包みを解き、中から準備してきたびろうどの袋を取り出す。
 右手と左手にそれぞれ持って、はい、と羽郁の前に差し出した。

「お誕生日おめでとう、羽郁。こっちも一緒に渡しておくね」
「ありがとう、柚李葉。どっちが俺で、どっちが姉ちゃん?」
「あのね、こっちの青いのが羽郁なの」

 尋ねられて、なんだか嬉しくなって青い方のびろうどの袋を指差した。開けてみて、というと、羽郁はまず青いびろうどの袋を開ける。そうして中に入っていた、日の光を受けて深い青に輝く勾玉に目を細め、ありがとな、と笑った。
 良かった、と胸を撫で下ろした柚李葉だ。2人にそれぞれお揃いの物を送りたくて、あちらこちら探した品だったから、気に入ってもらえて嬉しい。
 そうして始まった、2人だけのささやかな誕生パーティーは、すごく特別で、和やかだった。晩秋の色付いた庭は、言葉などなくともただ眺めているだけで時間が過ぎていくもので。
 温かな香草茶でお腹を暖め、羽郁のお手製のお菓子でお腹を満たす。甘酸っぱく煮た柚のタルトに、干し葡萄のクッキー。よく熟れた柿と梨、それから瑞々しい葡萄はよく冷えていて喉越しが爽やか。
 少しお腹がいっぱいになってきたら、羽郁が縁側から下りて庭を案内してくれた。色付いた木々や、彼の家族が作ったという花壇や香草畑を順番に案内されて、それにこくりと頷きながら、ゆっくりと散策する。
 以前にお邪魔した本邸とも別邸とも違う庭は、素朴で暖かい。それでいて見応えがあるのはやっぱり、趣味が良いのだな、と思う。
 そうして、手を繋いで歩きながら他愛のない言葉を重ね、羽郁の説明に頷いたり、目を見張ったり、笑ったりしながら過ごすうち、いつしか日は傾いて、辺りが茜色に染まってきた。それはやがて黄昏へと変化して、庭を美しく染め上げる。
 羽郁がそんな黄昏を見つめながら、柚李葉、と呼んだ。それまでとは違うその声色に、ぴくり、手が緊張に震えてしまう。
 そろそろかな、と思っていた。その予感が決して外れて居ないだろうことを確信しながら、はい、と紡いだ返事は緊張に震えている。
 そんな柚李葉を振り返り、夕陽を背にまっすぐ見つめて、羽郁はどこか緊張した面持ちでその言葉を、紡いだ。

「柚李葉、俺は君がとても大好きです。言葉を並べ立てても足りないほど、君の事を愛しています」
「‥‥‥」
「これからの人生、苦楽を共にするかけがえの無い人として。死が2人を分かつまで、君を幸せにすると誓います。どうか、俺の妻になって下さい。佐伯柚李葉姫」

 そこまでを一気に喉の奥から押し出して、真剣な眼差しで、祈るように自分を見つめてくる羽郁の眼差しを、柚李葉は見つめ返した。彼の双子の姉の事が頭を過ぎる。
 双子の姉弟で、それ以上に仲が良くて通じ合っている2人に、柚李葉は最初、もっとヤキモチを妬くかと思っていた。柚李葉が彼らの間に入った所で、その絆は揺らぐはずもなく強固であることを感じていたからだ。
 だから、通じ合ってる2人を見てヤキモキするのじゃないかと。思っていた彼女の予想は、良い意味で裏切られた――羽郁はずっと柚李葉だけを見てくれていたし、彼の姉もまた柚李葉を気に入ってくれて、2人で文字通り挿む様に愛してくれたから。
 その愛情に気付けた事が、幸いだと思う。そうして掛け値のない愛情を向けられる事が幸せだと、幸せだと感じて良いのだと、心の奥底から思えるようになった。
 だから柚李葉も、2人一緒に抱きしめられる位に沢山、彼らを愛したい。与えられた溺れるほどにたくさんの気持ちに、負けないくらいに彼らを大切にしたい。
 まるで雪のように過ぎった白い花の幻を思い出す。あなたの願い事は、なぁに? 尋ねた誰かの言葉に、私の願いは、と繰り返す。

(私の願いは‥‥『大事な人の力になれる事』と『羽郁のお嫁さんになる事』)

 だから。

「――不束な、私ですが‥‥」
「‥‥‥ッ!」

 ぺこり、と。
 丁寧に丁寧に、ありがとうの気持ちを込めて頭を下げた柚李葉の言葉に、羽郁は大きく息を飲んだ。かと思った次の瞬間、ぎゅぅッ、と強く抱き締められる。
 びっくりして動きを止めた。けれどもしっかりと抱き締められた腕に彼の気持ちを感じて、柚李葉は眩暈がする心地でそっと、確かめるように羽郁の背へと両腕を回す。

「――これからもずっと、宜しくね、影真」
「ああ、もちろん。世界で一番幸せにする」

 小さく呟いた、柚李葉の言葉に何度も、何度も羽郁が頷く。けれども今の柚李葉にとっては、ただ彼が傍に居て、こうして自分を抱き締めてくれているだけで間違いなく、世界一幸福なのだ。
 だからきゅっと、背中に回した腕に力を込めた。全身に感じる彼のぬくもりに、なんだかくすぐったい気持ちで、くすくす、笑いが込み上げてくる。
 辺りを染め上げる夕陽の中で、そうしていつまでも2人、抱き合っていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 /  女  /  17  /  巫女
 ia0862  /  玖堂 羽郁  /  男  /  19  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ついにこの時がやって来たなぁ、と蓮華も感慨深く感じながら書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
それぞれの視点からの物語、緻密なモザイク――になっていれば嬉しいのですが(笑
そして何げに、相変わらず、お養母様が本当に楽しそうで――ご結婚の衣装とか、今からわくわくと決めてらっしゃるような気がしてなりません(ぇー

笛吹きの巫女様のイメージ通りの、素直な気持ちで未来を見つめる、始まりのノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年01月10日

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