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『書き初めに呪いを込めて 』
ラグナ・グラウシード(ib8459)

 正月早々、その体育館には老若男女、大勢の人間が集まっていた。
 思い思いの衣装に身を包んだ彼らには、一点、共通点がある。
 利き手に筆。もう一方の手には硯。
 さらには腕まくりをして――気合い十分。
 そう、これから魂の籠もった一筆を披露する、新春書き初め大会が開かれようとしていた……。



 カップル。カップル。カップル。友人同士。そしてカップル。
 皆が皆、にこやかに笑みを浮かべたり、頬を赤く染めたりしながら正月気分を満喫している。
 そんな賑やかな会場の端で、壁の花と化した男が1人、ため息をついていた。
 和装のラグナ・グラウシード。
 着付けは誰かに頼んだのだろうか、羽織と袴を見事に着こなしている。
 普段とは一味違った凛々しさ。
 ……だからこそ、その気合の入りようが、一層『空回り』しているように見えてしまうのだが。
「――イベントなんて嫌いだ」
 思わずこぼれる独り言。そしてまたため息。表情は言うなれば悲壮そのものである。
 彼の胸に渦巻く思いは一つ。どうして、こんなところに来てしまったのか。

「ねえねえダーリン今年の目標は何? 何書くの?」
「今年もハニーをバグアとかテンマから守り抜くことさハハハ!」
「やだー! ダーリン愛してる! ところでバグアとかテンマって何? 新しいアヤカシ?」
 新年早々イチャこくバカップルが、互いの頬をつつきあいながらラグナの前を通り過ぎた。
 ……爆発しろ! 今ここで!
 腹の底から絞り出したような声。相手に聞こえないよう、口の中だけで呟いた。
 そして怨念の篭った重たい視線を向ける。
 しかし、リア充どもはラグナの放つ不穏な気配にも怯むことはない。
 それどころか、今度はお互いの頬に墨でマルバツを書いてはしゃぎ始めた。
「お前なんかこうしてやるっ」
「やだー、こんな顔じゃお嫁に行けないぃっ」
「大丈夫。俺が責任とってもらってやるからな!」
「ダーリン……はあと」
 その瞬間ラグナは、自分の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
 ……ああ、これが初夢ならば問答無用で切り刻んで、消し炭にしてやりたい。
 その灰を水に解いて、呪いの如き怨念を込めた書き初めにしてくれる……!
 相手に聞こえなければ無問題とばかりに、脳内で思いつく限りの不穏な単語を並べ立てるラグナであった。

 そもそも、自分はなぜ1人でこんな想いをしているのだ。ラグナは自問自答する。
 独り身の年越しは心に沁みた。惨めなことこの上なかった。
 ゆえに誰かと、この悲しみを分かち合いたかったのかもしれない。
 だが勇んで初詣に出かけるわけにはいかなかった。
 其処にはカップルとファミリーしか存在しないことが容易に想像できたからだ。
 かといって初売りなるイベントに出かける元気もない。
 女性の修羅たる一面を目撃してしまいそうで、恐ろしいというのもある。
 一升瓶片手に駅伝を見るだとか、開き直って寝正月だとか、そういう選択肢がないこともなかったのだが……
 自宅に引きこもっていると、どうしても悪い方に思考が偏ってしまう。
 うたた寝のさなかに、「初詣でカノジョとラブラブ☆」のような夢を見た日には、目覚めたが最後、虚しすぎて叫びだしたくなること請け合いだ。

 今年だけではない。
 去年も、おととしも、先おととしも……いつだって冬は、ラグナにとって辛い季節だった。
 体も寒い、心も寒い。憂さ晴らしに飲んだくれ、気が付けば財布まで寒くなっていることさえある。
 世の恋人達が一斉に指を重ね愛を語り合う12月25日。
 なにせその日は不幸にも、ラグナの誕生日なのだ。
 たとえ友人を作ろうと、唐突に齎される「悪い俺彼女できたから」の一言で、全てが瓦解する。
 誰にも祝われない、ちっともめでたくない誕生日。
(特に、クリ……もとい誕生日から元旦にかけてが最強に鬼畜だ)
 12月半ばから1月半ばまでの時間を100倍速にできる能力があったら、売って欲しい。
 切実にラグナは願っていた。そんなものが存在するわけもないのだが。
(……まぁ、せっかく来たんだし一筆したためるか)
 ため息をつきつつも羽織を捲くり、震える手で墨をする。筆を取る。
 普通の毛筆筆より少しだけ太いそれを手に、魂の一画目。
 毛筆に不慣れであることも一点、手の震える理由ではあるのだろうが――
 それ以上にアレである。武者震いである。或いは怒りに震えている。
 一筆入魂。込める魂は当然、積年の怨み。
(おのれリア充どもめ……! 豆腐の角に頭ぶつけて死ね! いっそ豆腐ごと爆発しろ! あれおかしい何を言っているのだ私は!)
 抑えきれない暗黒面が顔を出す。
 言葉にこそしないが、半紙に向かうラグナの表情は憎悪に満ちていた。
 そして完成。
『リア充と悪に正義の鉄槌を!! ―― ラグナ・グラウシード』
 書初め用の細長い半紙いっぱいを使って書かれた、その一文。
 巧拙については……あえて触れるものでもない。
 それ以上に、感じ取らざるをえない――怨念じみた黒いオーラ。
 ただの紙、ただの文字のはずなのに、見る者すべてを震え上がらせるような禍々しい気を放っている。
 そう、まるで現在のラグナの精神をそのままそっくり写したかのように。
「うわぁぁぁんママぁぁああ怖いよぉぉお!」
 母親に手を引き連れられた通りすがりの少女が、ラグナの書を見て泣き出した。
 子供の泣き声を背に受けながら、思う。
 ……帰って、一杯やるか。
 鬱憤を吐き出してスッキリしたのか、はたまた色々面倒になって放心したのか。
 どちらともつかない微妙な表情を浮かべたまま、なぜかモテない色男は大会会場を後にしたのだった。



 ラグナは己の根城に戻った。
 城と言っても一人暮らし、安い賃貸の集合住宅である。
「はぁぁぁ……」
 帰宅一番ため息をついても、咎める人間は誰もいない。それは良いことか、それとも違うのか。
 部屋の明かりをつけて、買ってきた一人用のおせちを広げてみる。
 美しく盛り付けられた重箱風の容器が、一周回って物悲しい。
 誰も訪ねてこないと思うと、大掃除も手を抜くわけで。
 部屋の中には年末年始で溜まった、酒の空き缶空き瓶に、ごみの入った袋。
 悪臭だとか汚れだとか、さすがにそういうものが生じるレベルまでは行かないが――
 なんというか、ザ・男の一人暮らしといった風合いだった。

 温めておいてくれる人間のいない部屋は、気温以上に寒いもの。
 部屋の入口に放り出したままだった赤い半纏に袖を通す。
 コタツを温め潜り込み、寒さに震えながら、なんでこんなことしてるんだと自問自答する。
 だが答えが出るはずもない。
 独り言をしても余計に虚しいだけだ。
 心の中だけで、ラグナは呟く。
(なぜ……なぜ私には、恋人がいないのだろう。できないのだろう)
 きらり、と目尻に光るものがある。
 いけない。このまま考え続ければ、無限ループに陥るのは目に見えていた。
 慌てて気を紛らわせようと、ちょうど手元に打ち捨てられていた、雑誌を拾い上げて目を通す。
 そして飛び込んでくる、恋愛占いの文字。

『山羊座の方! 今年は恋愛運サイアクの1年になりそう……特に男性。ロンリーで当然です、めげないでね!
 他人の色恋沙汰に関わるとろくな事がないかも。トラブルに巻き込まれないように注意して。
 ラッキーカラーはねずみ色。ラッキーアイテムは今一番親しい異性の写真。肌身離さず持っておいて』

 ――見なきゃ良かった。
(今、身近に異性がいるなら……! そもそもこんなに苦労はしていない!)
 隣家から漏れ聞こえる笑い声が、余計に寂しさを際立たせる。
 ぽろりと、心の汗がこぼれた。
 歯を噛み締め、声を殺して俯くラグナ。修羅の目にも涙である。

 リア充の殲滅ではなく、出会いや自分磨きを目標に掲げればまだ救いもあるだろうに。
 そんな外野からの声も、彼には届かない。
 こうして心からの後悔とともに、ラグナ・ラクス・エル・グラウシードの残念な1年が幕を開けたのだった……。

【了】
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2012年01月11日

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