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『WhiteFairy【雪よりも白い吐息】 』
リヴァル・クロウ(gb2337)


 ――舞い散る雪はまるで妖精のようで、触れる誰かに幸せな夢を見せる。
『隊長さんっ? どないしはったの』
 インターホンから聞こえてくる若い女性の声は、少しひっくり返っていた。突然の来訪者に驚いたのだろう。
「戦闘データを渡しに来た。ついでに色々な話でもできればと思ったのだが」
 リヴァル・クロウは相手の反応を待つ。彼女と友人として知り合って数ヶ月、いい機会と言えばいい機会だ。
『ちょっと待っとってー』
 その言葉を残してインターホンからの応答が途切れると、ドアの向こうでぱたぱたと足音がする。近づいてきた足音が止まり、かちゃかちゃとドアチェーンや鍵を開ける音。
 そして扉が開き――。
「お待たせー!」
 満面の笑みを浮かべた藤堂 媛が、ひょっこりと顔を出した。
 部屋の中から、食欲を刺激する匂いがする。夕食の最中だっただろうか、否、もしかしたらこれから客人でもあるのかもしれない。年頃の若い女性、そしてクリスマスシーズンというこの時期、スケジュールが詰まっていてもおかしくはないのだから。
 連絡をしてから来るべきだったか――リヴァルは一瞬そう考える。
 突然の来訪をどう感じているだろうか。連絡を入れずに来たのだから訝られてしまう可能性もあるが、彼女の笑顔からはその心配はないことがわかる。
「折角来てくれたんやしお茶でも、あ、ご飯まだやったりするー? 外寒かったやろー、上がって上がって!」
 媛はリヴァルの背を押して中に誘導する。
「あ、いや……もしかして夕食中だっただろうか。だとしたら申し訳ない」
「これからやから、心配いらへんよ。一人じゃ食べきれんくらいあるから、手伝ってぇな」
「そんなにも作ったのか」
「昼間、友達が来ててん」
「……ふむ、作りすぎたということか」
 そういうことなら、とリヴァルは遠慮無く部屋に上がることにした。
 思ったより広いマンション、片付いているリビング。テーブルの上に広げられた料理はどれも美味しそうだ。
「さ、遠慮無く食べてんかー」
 そう言いながら、既に媛は食べ始めている。釣られるようにリヴァルも食べ始めた。
「隊長さんのお口に合うとええんやけど」
「心配はいらない、どれもうまい」
「よかったー」
 媛は嬉しそうに笑う。
 ――それにしても、この落ち着く空気はなんだろう。
 穏やかな雰囲気を持つ媛。それは今まで出会った誰とも違う、そして誰もが持ち得ない彼女特有のものだ。普段は殺伐とした戦場に身を置くことが多いが、こういう空気に触れるとホッとする。
 妹のような、大切な存在。そして、自身が隊長を務める小隊において、唯一のサイエンティスト。
 彼女には非常に目を掛けてきているし、戦闘面での連携では相性も良い。そういった蓄積もあってこその、安堵感だろうか。大規模作戦における個人受勲も、彼女のお陰と言っても過言ではない。
 もっとも、それを告げたところで、きっと彼女は「そんなことあらへんよ」と笑い飛ばすだろうが――。
 そして穏やかな空気のなか、くつろげる空間でゆるりと時間が過ぎていく。

 料理への賛辞、戦闘についての考察、小隊のこと、他愛のないこと――尽きぬ話題にいつしか時間を忘れてしまっていた。
「しまった、いつの間にか日付が変わって……」
 リヴァルが気づいたときにはもう、終電も終バスも終わっている時間だった。ゆっくりしすぎたようだ。
「うや、もうそんな時間?」
 雛も目を丸くし、壁の時計を見やる。頷きながら、リヴァルは思案に暮れた。
 さて、どうするべきか。電車もバスもないなら、徒歩かタクシーか。
 それとも近所の深夜営業のカフェなどで、始発まで時間を潰すか。
 当然と言えば当然なのだが、ここに泊めてもらうという選択肢はない。いくら妹のように思っていても、若い女性のところに泊まるわけにはいかない。こんな遅くまでお邪魔していたということすら申し訳がない。
 だが、媛はあっけらかんとした口調で言ってのける。
「ん〜、バスとかないし、もう泊まっていきや〜」
 その言葉にリヴァルが耳を疑っていると、媛はぱたぱたと何やら準備を始めた。どうやら布団を出そうとしているようだ。リヴァルは慌てて制止する。
「ま、待て待て待て」
「なにー?」
 毛布を抱えてかくりと首を傾げる媛。リヴァルを泊めるという行為は、リヴァルを信用してのこと。
 そこまでの信頼を持たれているのは嬉しいし、申し出も有り難くないと言えば嘘になる。外は冷え込みが厳しく、ここに来る前も少し雪がちらついていたくらいだ。
 ここは、媛の厚意を受け止めよう。
「……では、お言葉に甘えるとしようか。だが、流石に布団まで借りるわけにはいかない。ソファーでいい」
「そうなん? 遠慮せんでえぇのにー」
 そう言いつつも、媛は無理に布団を押しつけては来ない。この距離感と、必要以上の問答がいらないのがまた心地良い。
 リヴァルは「毛布だけ貸してくれ」と、媛が抱えていた毛布を受け取った。
「じゃ、風邪引かんようにリビングのエアコンつけっぱにしとくし。それくらいはええよね?」
「感謝する」
 そしてふたりは片付けを終えると、それぞれ眠りに落ちていった。

 極端に寝心地が悪いというわけではないが、やはりソファーでの就寝というものは熟睡とはほど遠い。ましてや、ここは自宅ではない。
 自分の「匂い」というものがどこにもないのだから、そういった意味でも微かな緊張を伴う。
 浅い眠りは、幾度となく意識の覚醒を誘う。ほんの微かな、エアコンが漏らす音。それさえも、眠りを妨げるには充分すぎるほどの存在感を放つ。
 そしてまた、リヴァルは薄ぼんやりした意識のただなかにあった。
「‥‥今、何時だ‥‥」
 時間を確認しようと、腕を伸ばす。確かテーブルの上に腕時計を置いていたはず――。

 むにょん。

 ――なんだろう。
 この……柔らかく、暖かな感触は。
 手の平いっぱいに広がって、しっくりくる。

 むにょん、むにょん。

 ふたつ、あるようだ。
 どうやら布に包まれているらしい。

 むにょむにょむにょむにょ。

 非常に安心する。どこか懐かしささえ感じる。
 もう少しこの感触に浸っていたい――が。
 朦朧とする頭の片隅で、この感触の正体に気づき始めていた。
 これは、この感触は……。

 むにょん。

 まさか……。
 この感触がなんなのか、もう本能的にはわかっている。だが、まだどこか夢見心地で理性が追いついていかない。
 それを確認するように、ゆっくりと瞼を開けていく。
 まだ世界は闇のなかで、当然のように部屋のなかも暗いはず――だが、薄明かりが灯っていた。部屋の隅に置かれたランプが、ほんのりとオレンジに輝いている。睡眠を妨げるほどではない柔らかい明かり。
 おかしい、明かりはすべて消して眠ったはず。ゆるりと視線を移せば、自分を覗き込むように媛の顔。
 そして、手は――。
「えーと……隊長さーん、そろそろ離して貰うて構ん〜?」
 ――!
「うわ……っ!?」
 理性が、追いついた。
 リヴァルは文字通り飛び起きると、何度も自分の手と媛の顔を見比べてひたすら謝り倒す。
「すまなかった、決して故意ではなく、ただ、その、時計をだな、その……!」
 あろうことか時計と間違えて媛の、媛の、媛、の……その、胸、を――!
 先ほどまでリヴァルが被っていた毛布を手にしている媛。恐らく、掛け直してくれていたのだろう。だというのに自分は何をしているのだ。
「この手が! この手が勝手に! いや、手は悪くなくて、だがしかしこの手が……っ!」
 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。リヴァルは全身に冷や汗をかき、思いつく限りの言葉を並べ立てる。だが、媛は特に気にしているようでもなければ、ショックを受けているようでもない。
「あはは、ちょっと吃驚したやんか〜、隊長さんも案外ドジっ子さんやねぇ」
 くすくすと笑いながら、媛はリヴァルの額をつつく。
「き、気にしてない……のか?」
「え、別に気にせんよ〜、ワザとな訳でもないんやし」
 へらりと無邪気に笑い飛ばす媛。パニックを起こしていたリヴァルも、その様子にようやく落ち着きを取り戻した。
「とにかく、すまなかった……。それから、毛布もありがとう」
「うん。朝までまだ時間あるし、ゆっくり寝てぇや」
 媛はそう言うと、ランプを消して自室へと戻っていった。

「隊長さん、朝やで〜。起きてぇな」
 翌朝、リヴァルは媛の声で起こされた。一瞬、ここはどこだっただろうと混乱するが、すぐに昨夜ここに泊まったことを思い出す。
 そして、夜中の――アレ、も。
「お、おはよう」
 少し上擦った声で返し、上体を起こす。手に昨夜の感触が蘇ってきた。
「……うゎ……っ」
「どうしたん?」
「な、なんでもない」
 首を傾げる媛に、リヴァルはぶんぶんと首を振る。言えない。柔らかかったなんて、その感触がまだ残っているなんて言えない――!
 媛はジャージにエプロン姿だ。胸のふくらみにふと目が行ってしまうが、慌てて視線を逸らした。
「んん? あぁ、これ? 近くに小規模な畑を借りててん。朝早く起きてそこで作業してきたとこやから、ジャージのまま」
 リヴァルの視線を、ジャージに対するそれだと思ったのか、媛はキッチンからカゴに入った野菜を持ってきてリヴァルに見せた。
 大根やほうれん草や白菜――季節の野菜が溢れている。
「朝食できてるし、冷めんうちに食べよ?」
 昨夜のことはやはり気にしていないようだ。変わらぬ笑顔でリヴァルをダイニングまで手招きすると、媛は熱々の味噌汁をお椀に注いでくれた。

「すっかり世話になってしまった。……色々、ありがとう」
 玄関先でコートを羽織ると、「駅までお見送りするし」と媛もコートを羽織った。
 外に出ると、昨夜降った雪が世界を白く彩っていた。雪は止んでいるが灰色の雲が低く垂れ込めているため、またすぐにでも降り出すだろう。頬を刺す冷気は昨日よりも鋭く、思わず身を縮めてしまう。
 何気なく空を見上げれば、思った通りふわりと舞い降りる白い綿毛。
「……また降り出したようだ」
 リヴァルが目を細めると、それは次々に数を増していく。
 髪に、頬に、雪が落ちる。一瞬だけ暖かくて、そしてひやりと広がる。寒いけれど心地の良いこの雪に、少し当たっていたいと思った。
「少し……散歩するか」
「ええね! せっかくの雪やし!」
 リヴァルと媛は笑みを交わし、まだ誰も踏んでいない雪を踏みしめていく。
 雪よりも白い吐息、さくさくと響く足音。
 最寄りの駅まではそれほど遠くはないけれど、少しだけ遠回り。
 舞い散る雪はまるで妖精のようで、触れる誰かに幸せな夢を見せる。
 ――どこかから、クリスマスソングが聞こえてきた。



   了


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb2337/ リヴァル・クロウ / 男性 / 25歳 / ガーディアン】
【gc7261/ 藤堂 媛 / 女性 / 20歳 / サイエンティスト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■リヴァル・クロウ様
お世話になっております、佐伯ますみです。
「WF! Xmasドリームノベル」、お届けいたします。
CTSで初めてお世話になってから三年以上経つのですね。早いものです。
今回、ラキスケ交えつつ、ほのぼのした日常を書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。少しでもお気に召していただけましたら幸いです。
かなり好き勝手に書いてしまった感があります。もし何かありましたら、遠慮なくリテイクかけてやってくださいませ。
途中でやりすぎそうになってしまって、さすがにそれは蔵倫様にひっかかりそうでしたので、自粛しました……!
リヴァル様のノベルは、リヴァル様視点となっております。藤堂様のノベルと比べてみてくださいね。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
また、土日を挟んでしまい、お届けが若干遅くなってしまって大変申し訳ありませんでした。
これからますます寒さが増していくことと思いますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2012年 1月某日 佐伯ますみ
WF!Xmasドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2012年01月16日

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