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『WhiteFairy【雪よりも白い吐息】 』
藤堂 媛(gc7261)


 ――舞い散る雪はまるで妖精のようで、触れる誰かに幸せな夢を見せる。
 部屋に響くインターホン。誰だろうと藤堂 媛がモニタを確認すると、そこに映し出されたのは自身が所属する小隊の隊長、リヴァル・クロウだった。
「隊長さんっ? どないしはったの」
 声が少しひっくり返る。隊長の突然の来訪者に驚いたのだ。
『戦闘データを渡しに来た。ついでに色々な話でもできればと思ったのだが』
 リヴァルはそれだけ言って、媛の反応を待っていた。
「ちょっと待っとってー」
 媛はインターホンを切り、ぱたぱたと玄関に向かう。そしてドアチェーンを外し、鍵を開け、ゆっくりと扉を開いた。
「お待たせー!」
 笑顔で出迎えると、リヴァルが少し視線を彷徨わせた。どうしたというのだろうか。
 なにか戸惑っているような、思案しているような、そんな表情だ。
 もしかしたらお腹でも空いているのだろうか。そういえば、昼間遊びに来た友人と一緒に作った料理を温めなおしているところだ。匂いが暖かい空気と共に外へ流れ出す。
 この匂いで、恐らくリヴァルは考え込んでいるのだろう。それならば。
「折角来てくれたんやしお茶でも、あ、ご飯まだやったりするー? 外寒かったやろー、上がって上がって!」
 媛はリヴァルの背を押して中に誘導する。
「あ、いや……もしかして夕食中だっただろうか。だとしたら申し訳ない」
 慌てるリヴァル。なるほど、そういうことか。料理の匂いに、媛が夕食中だと思ったのだろう。それとも来客があるのではと思ったのだろうか。リヴァルのことだから、恐らくは両方かもしれない。
 媛はくすりと笑い、軽くリヴァルの背を叩く。
「これからやから、心配いらへんよ。一人じゃ食べきれんくらいあるから、手伝ってぇな」
「そんなにも作ったのか」
「昼間、友達が来ててん」
「……ふむ、作りすぎたということか」
 そういうことなら、とリヴァルは遠慮無く部屋に上がってくれた。
 料理をリビングのテーブルの上に広げ、リヴァルに勧めていく。
「さ、遠慮無く食べてんかー」
 そう言いながら、既に媛は食べ始めている。釣られるようにリヴァルも食べ始めた。
「隊長さんのお口に合うとええんやけど」
「心配はいらない、どれもうまい」
「よかったー」
 言葉通りに美味しそうに食べてくれるリヴァルに、媛は嬉しくなる。
 ゆったりと、楽しく進む食事。リヴァルの食べっぷりに、媛はおかわりも用意する。
 そしてリヴァルからもらう料理への賛辞、戦闘についての考察、小隊のこと、他愛のないこと――尽きぬ話題にいつしか時間を忘れてしまっていた。
「しまった、いつの間にか日付が変わって……」
「うや、もうそんな時間?」
 リヴァルの言葉に、雛は壁の時計を見やる。確かに日付は変わり、もう終電も終バスも終わっている時間だった。頷きながら、リヴァルは思案に暮れた。
 ちらりとリヴァルを見る。彼はどうするつもりなのだろう。
 電車もバスもないなら、徒歩かタクシーか。
 それとも近所の深夜営業のカフェなどで、始発まで時間を潰すか。
 ここに泊めてもらうという選択肢はないだろう。いくら親しくしているとは言え、リヴァルはそういうことを言い出すような人ではない。恐らくは、こんな遅くまでお邪魔していたということすら申し訳がないと思っているだろう。
 媛はそれならばと小さく頷き、リヴァルに告げた。
「ん〜、バスとかないし、もう泊まっていきや〜」
 リヴァルが返事をする前に、媛はぱたぱたと準備を始める。来客用の布団を一式用意しなければ。まずは毛布から。
「ま、待て待て待て」
「なにー?」
 毛布を抱えてかくりと首を傾げる媛。リヴァルを泊めるという行為は、リヴァルを信用してのことであり、なぜ彼が止めるのかわからない。
 しかしリヴァルは暫しの思案ののち、媛の言葉に甘えることにしたようだ。
「……では、お言葉に甘えるとしようか。だが、流石に布団まで借りるわけにはいかない。ソファーでいい」
「そうなん? 遠慮せんでえぇのにー」
 そう言いつつも、媛は無理に布団を押しつけるつもりはない。リヴァルがもっと遠慮するのが見えているからだ。
 思った通り、リヴァルは「毛布だけ貸してくれ」と媛が抱えていた毛布を受け取った。
「じゃ、風邪引かんようにリビングのエアコンつけっぱにしとくし。それくらいはええよね?」
「感謝する」
 そしてふたりは片付けを終えると、それぞれ眠りに落ちていった。

「よう寝とる……」
 深夜、媛はリビングの隅にあるライトを灯し、リヴァルの様子を見る。
 何度も目が覚めた。眠りが浅く、夢ばかり見る。リヴァルを家に泊めたからだろうか。それとも一日に二度も来客があって、興奮して寝付けないのだろうか。
 特に、不快というわけではない。何度も目が覚めても、気怠さを感じたりはしない。充実した一日だったからだろう。
「……毛布ずれとるやん」
 リヴァルは毛布をほとんど被っていなかった。リビングはエアコンをつけたままで暖かいから、風邪を引くことはないだろう。だが、このまま放っておく訳にはいかない。
「しゃーなぃなぁ、掛け直したろ」
 くすりと笑い、媛が毛布に手を掛けた――そのとき。
「‥‥今、何時だ‥‥」
 もそりと、リヴァルが動いた。起きているのか寝ているのか。だが時間を確認しようとしているようで、テーブルの上にある腕時計を取ろうとする。だが、その手は――

 むにょん。

「ひゃっ?!」
 突然の大きな手の感触に、媛は思わず声がひっくり返る。慌てて口を塞ぎ、起こしたりしなかっただろうかとリヴァルの様子を確認。
「……よかった、起きてへん」
 ホッとしたのもつかの間、リヴァルの手はもぞもぞと動く。

 むにょん、むにょん。

 片方だけではなく、両方の胸を交互に鷲掴み。
 どうやらこれが何なのかわからないらしい。確認するように手を動かしている。
 さあ、どうしよう。起こすべきか起こさぬべきか。明らかに事故であり、特に気に留めるほどのことではないのだが、しっかりと掴まれてしまって身動きが取れない。
 媛は迷う。迷いながら、リヴァルの顔をじっと見る。
 ラストホープに来て間もないころ、右も左も分からず過ごしていた媛に声を掛けてくれたのがリヴァルだった。
 リヴァルは優しく、色々なことを教えてくれた。ラストホープのことや、バグアのこと、他にも沢山。彼が隊長を務める小隊にも所属し、それから大規模作戦におけるアドバイスや武装の手配等、何くれとなくお世話になっている存在だった。リヴァルには、本当に助けられてばかりだ。
 ――いつか恩返しが出来たらえぇな〜。
 媛はずっとそう思っていた。だから、今日こうして泊めたのもその一環であり、普通に親切心からだ。他人からは無防備と取られるかもしれないが、しかしそれはリヴァルに対する信頼からくるもので、恐らくはリヴァルもそれを理解しているだろう。恋愛的な感情も特に抱いていない。
 名前とは裏腹に、日本人的な外見から何となしに親近感を持ってはいるが、恋愛的な感情は特に抱いてはいない。
 返しきれない恩、それをこうして少しだけでも返せたことが嬉しい。
 まだリヴァルの手は、むにょむにょしているけれども。
 媛はくすりと笑う。そろそろ、起きてもらったほうがいいだろう。
「えーと……隊長さーん、そろそろ離して貰うて構ん〜?」
 そっと声をかけると、リヴァルが目を見開いて飛び起きた。
「うわ……っ!?」
 そして何度も自分の手と媛の顔を見比べ、ひたすら謝り始めた。
「すまなかった、決して故意ではなく、ただ、その、時計をだな、その……!」
 しどろもどろ、大慌てだ。媛はにこにこと聞いている。
「この手が! この手が勝手に! いや、手は悪くなくて、だがしかしこの手が……っ!」
 恐らく、自分でも何を言っているのかわからなくなってきたのだろう。リヴァルは全身に冷や汗をかき、思いつく限りの言葉を並べ立てる。だが、媛は特に気にしていないし、ショックも受けていない。
「あはは、ちょっと吃驚したやんか〜、隊長さんも案外ドジっ子さんやねぇ」
 そう、ちょっと吃驚しただけなのだ。くすくすと笑って、リヴァルの額をつつく。
「き、気にしてない……のか?」
「え、別に気にせんよ〜、ワザとな訳でもないんやし」
 へらりと無邪気に笑い飛ばす媛。パニックを起こしていたリヴァルも、その様子にようやく落ち着きを取り戻した。
「とにかく、すまなかった……。それから、毛布もありがとう」
「うん。朝までまだ時間あるし、ゆっくり寝てぇや」
 媛はそう言うと、ランプを消して自室へと戻っていった。

「隊長さん、朝やで〜。起きてぇな」
 翌朝、媛はリヴァルを元気いっぱいの声で起こす。目を開けたリヴァルは少しぼーっとしていたが、すぐに上体を起こした。
「お、おはよう」
 少し上擦った声で返すと、何やら不思議な表情をして小さな悲鳴を上げる。
「……うゎ……っ」
「どうしたん?」
「な、なんでもない」
 首を傾げる媛に、リヴァルはぶんぶんと首を振る。もしかしたら、昨夜のことを思い出して慌てているのだろうか。ふと、リヴァルの視線が媛の顔から下に移動した。
「んん? あぁ、これ? 近くに小規模な畑を借りててん。朝早く起きてそこで作業してきたとこやから、ジャージのまま」
 媛はジャージにエプロン姿だ。それが不思議だったのだろう。まあ、確かにジャージとエプロンなんてあまり聞かない組み合わせだ。
 媛はキッチンからカゴに入った野菜を持ってくる。大根やほうれん草や白菜――季節の野菜が溢れている。これを朝食のために収穫しにいったのだと、リヴァルに見せた。
「朝食できてるし、冷めんうちに食べよ?」
 そして笑顔でリヴァルをダイニングまで手招きすると、熱々の味噌汁をお椀に注いだ。

「すっかり世話になってしまった。……色々、ありがとう」
 玄関先でコートを羽織るリヴァルに、「駅までお見送りするし」と媛もコートを羽織った。
 外に出ると、昨夜降った雪が世界を白く彩っていた。雪は止んでいるが灰色の雲が低く垂れ込めているため、またすぐにでも降り出すだろう。頬を刺す冷気は昨日よりも鋭く、思わず身を縮めてしまう。
 何気なく空を見上げれば、思った通りふわりと舞い降りる白い綿毛。
「……また降り出したようだ」
 リヴァルが目を細めると、それは次々に数を増していく。
 髪に、頬に、雪が落ちる。一瞬だけ暖かくて、そしてひやりと広がる。寒いけれど心地の良いこの雪に、少し当たっていたいと思った。
「少し……散歩するか」
「ええね! せっかくの雪やし!」
 リヴァルと媛は笑みを交わし、まだ誰も踏んでいない雪を踏みしめていく。
 雪よりも白い吐息、さくさくと響く足音。
 最寄りの駅まではそれほど遠くはないけれど、少しだけ遠回り。
 舞い散る雪はまるで妖精のようで、触れる誰かに幸せな夢を見せる。
 ――どこかから、クリスマスソングが聞こえてきた。



   了


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gc7261/ 藤堂 媛 / 女性 / 20歳 / サイエンティスト】
【gb2337/ リヴァル・クロウ / 男性 / 25歳 / ガーディアン】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■藤堂 媛様
お世話になっております、佐伯ますみです。
「WF! Xmasドリームノベル」、お届けいたします。
少し変わった形のご発注にどきどきしつつ、時系列的なものや伏線なども入れつつ、このような形で書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。少しでもお気に召していただけましたら幸いです。
かなり好き勝手に書いてしまった感があります。もし何かありましたら、遠慮なくリテイクかけてやってくださいませ。
ラキスケに対してはジャージのくだりで全然気にしないおおらかさが出せているといいのですが……。
藤堂様のノベルは、藤堂様視点となっております。リヴァル様のノベルと比べてみてくださいね。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました……!
また、土日を挟んでしまい、お届けが若干遅くなってしまって大変申し訳ありませんでした。
これからますます寒さが増していくことと思いますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2012年 1月某日 佐伯ますみ
WF!Xmasドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2012年01月16日

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