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『優しい午後 』
ネフティス・ネト・アメン(ea2834)&テティニス・ネト・アメン(ec0212)&シータ・ラーダシュトラ(eb3389)

●昔と今と
「えぇ!? ネティとテティって、ホントは血が繋がってないの?」
 重い色をした雲の合間から久しぶりに太陽が差し込んだ午後は、シータ・ラーダシュトラの素っ頓狂な声から始まった。
「あれ? 言ってなかった?」
 香草茶のポッドを手に首を傾げたのはネフティス・ネト・アメン。
 彼女が動く度に、髪飾りから額飾り、腕飾り等々がしゃらしゃらと音を立てる。イギリスのものとは趣きが違う意匠を施されたそれらは、彼女の故郷の品々だ。
「聞いてなかった‥‥と思うけど」
 それは、聞いていい事なのだろうか。
 ごにょごにょと語尾を濁したシータに、ネティは「そうだったかしら」と視線を姉、テティニス・ネト・アメンに向けた。釣られたようにシータもテティを見る。
 優しい香りを堪能しつつ、穏やかな一時を楽しんでいたテティは、妹と友人からの視線を受け、今、気付いたとばかりに顔を上げる。
「どうかした?」
「姉様、聞いてなかったの?」
 呆れたようなネティの声に、テティは肩を竦めてみせた。我関せずを決め込んでいたのだが、妹はそれを許してくれないらしい。
「聞いてはいたのよ、一応ね」
「一応、なんだ」
 即座に返って来たシータの呟きを黙殺して、テティは膨れっ面の妹に手を伸ばした。
「ほら、ネティ。そんな顔しないの」
 だって姉様、と見上げて来る様子は昔のままで、思わず笑みが零れる。
 パピルスの陰で泣いていた女の子。
 共に育ち、やがて別れの時が来て、このイギリスで再会し‥‥。
 会う度に成長し、娘らしくなっていく妹の姿は、テティにとっても誇らしいものであると同時に、ほんの少し‥‥本当に本当に僅かな痛みをもたらした。
 いつまでも「小さなネティ」でいて欲しい。
 それは感傷に過ぎない事は分かっている。けれども、そう思う心は紛れもなく自分の中にあって、妹の成長を喜ぶ心と矛盾した気持ちを呼び起こす。
ーもう、慣れたけどね‥‥。
「姉様?」
 怪訝そうなネティの頬を撫でると、軽く抓んでみる。その柔らかな感触は昔と変わらない。
「もう! ひどいわ! 姉様」
 ぷぅと頬を膨らませる仕草も昔と変わっていない。
 どこかほっとしながら、テティは呆気に取られた様子のシータに目を向けた。
「ずっと、私とネティが姉妹だと思っていたの?」
「うん。だって、2人ともよく似てるし。血が繋がってないって事がびっくりだよ」
 素直に頷いて、シータはネティが煎れた香草茶を啜る。顔を見合わせたネティと笑いあって、テティも再びカップを手に取った。
「似てる、と言われると‥‥嬉しいものね」
「そ、そうね。姉様は、私の憧れだったし」
ーいや、そこ‥‥照れるトコ?
 照れ照れと頬を染めて恥じらうネティの姿に、冷静なシータのツッコミが飛ぶ。
 ただし、心の中で。
「ネティってさ、テティの事、大好きだよね」
「当たり前よ! 私の自慢の姉様だもの!」
 即答である。
 カップを抱えたまま、シータは続けた。
「じゃあさ、アレクはー?」
「っ!!!」
 ぼん、と音がするくらいに上気した頬。
 とても分かりやすい反応を返したネティに、シータとテティは同時に息を吐き出した。
 アレク。
 フルネームはアレクシス・ガーディナー。ここ、サウザンプトンの領主であり、かつては冒険者としてギルドに所属していた男だ。その時の縁で、今も冒険者に対して惜しみない援助を続けているという。
「な、なんで、ここにアレクが出てくるのよ」
「うんうん、ネティ。落ち着こうか」
 額を押さえているテティを目の端に捉えながら、シータは空になったカップを卓へと戻した。
 こうまで予想通りでは、いじってくれと言っているようなものである。
 ネティには見えないように口元を引き上げると、シータは卓に肘をついた。笑みの形になったままの顔を隠すように、軽く指を組んで押し当てる。
「さて、ネティ」
「な、に?」
 じりと後退るネティの動きを視線で封じて、シータは声調を変えた。
「その額飾りは、ネティの故郷のもの?」
「そうよ。これは、お師様の元から1人立ちする時に、姉様が着けてくれたものなの。その時、一緒にネト・アメンの名前も貰ったのよ」
 ネト・アメンとは、アメン神の娘という意味だと、以前、ネティが教えてくれた。
 そんな事を思い出しながら、シータはテティを見た。
「それに間違いはない? テティ」
「ええ。ネティの名を頂いたネフティス神の御名を額に描いて、そして祝福の口付けを贈ったわ。祈りを込めて」
 ほぼ同時に微笑んだ姉妹に相槌を打つと、更に問う。
「腕飾りも、髪飾りも、異国風よね。それも?」
「姉様に着けて貰ったものじゃないけど、そうよ」
「じゃあ」
 きらり、とシータの目が光った。
 ‥‥ような気がした。
「その指輪は?」
 途端に、ネティの体が跳ねる。
 手を背に隠し、そわそわと落ち着きが無くなった彼女に、畳み掛けるように問うた。
「指輪、は?」
「こ、これはっ」
 銀製のそれは、最近、キャメロットで流行っている型だという事ぐらい、シータも知っている。
 キャメロットから離れたサウザンプトンには、まだあまり入って来てはいないものであることも。
「ネティ?」
「う‥‥」
 逃げ道を探して視線を走らせるネティの様子に、テティは大袈裟に溜息をついた。
「あの時、ネティの幸せと一緒に、悪い男に捕まらないようにと祈ったのだけど‥‥。もっとしっかり願っておけばよかったかしらね」
「わ、悪い男って、アレクはそういう程悪くはないのよ、姉様! お仕事だって文句を言いながらもちゃんとやっているし、領民からも親しまれているし! それから!」
 ああ、とテティは片手を挙げて、かの領主を擁護する妹の言葉を遮る。
「ネティ、私は「悪い男」がアレクだとは一言も言ってないのだけど?」
 はうっ!?
 固まってしまったネティに、シータはやれやれと頭を振り、テティは満足そうに笑んでカップに口をつけたのだった。

●もう、いっそ
 ネティは卓に突っ伏したままだ。
 自爆のダメージから、まだ回復しないらしい。
 モンスターや敵からの攻撃で負った傷ならば、多少なりと癒しの手段はあるが、さすがに自爆のフォローまでは無理だ。
ーま、無い事もないけど。
 がしかし、それが何の救いになろうか。
 聖なる母の愛も、今の‥‥恐らくは羞恥心とか自己嫌悪とかに陥っている‥‥ネティを癒す事は出来まい。
「ね、テティ」
「? なに?」
 つん、とテティのわき腹を肘で突っつくと、シータは小声で話しかけた。
 撃沈している妹を前に寛いでいたテティが、ゆっくりと首を巡らせる。
 どうしてそんなに楽しそうなのだろうと疑問に思うぐらいに笑顔である。
「楽しい?」
「そうね。なんだか、昔に戻ったみたいで」
 昔、とシータは口の中で繰り返す。
 それは、テティとネティが姉妹として暮らしていた頃の事だろうか。
ー‥‥一体、どんな生活をしていたんだろ。
 そんな考えが顔に出ていたらしい。
 小さく笑ったテティが口を開く。
「ネティは小さい頃から頑張り屋だったの。いつも明るくて、くるくると踊っている姿はとても可愛らしくてね」
「あ、それ、想像つくよ」
 見た事もない幼少の頃のネティが、元気に踊っている姿を思い浮かべて、シータも笑顔になる。きっと、見ている客達も微笑ましく見守っていたであろう。今のテティのように。
「でも、子供って頭が大きくて重心が上にあるでしょ。ネティもよく転んで‥‥その後、いつもあんな風に落ち込んで」
 卓に伏したネティを示すと、珍しく声をあげて笑う。
「あまりに動かないから、心配して見に行くと‥‥。ふふ、そのまま眠っていたとか。懐かしいわ」
「姉様っ!」
 がばっと顔をあげたネティが、真っ赤な顔で抗議する。
 自爆と幼い頃の恥ずかしい話をばらされるのと、どちらのダメージが大きいのだろうか。
 なんとなく、そんな事を考えながら、すっかり冷めてしまった香草茶で喉を潤していたシータは、部屋の入り口でおろおろしている女給に気付いた。誰かに用事があるようだが、声を掛けていいものかどうか困っている。
「なに?」
 シータが声を掛けると、ほっとした顔でちょこちょこと駆け寄って来た。
 可愛いな、と思う。
 年の頃は17、8という所だろうか。大人しげで可愛い娘だ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 ちらりとネティを見遣る。
 領主の館に勤める事が出来るのだから、そこそこの家の出の娘だろう。
 ネティの話ではないが、イギリスを恐怖のドン底に陥れた事件から数年。アレクは混乱するサウザンプトンをしっかりと纏め上げて、良い領主と民の信頼を得ている。
 シータから見てもそこそこ顔がいいし、冒険者をやっていたので剣の腕も確かだし、しかも独身ときている。
 この娘の親が何か期待していてもおかしくはない。
ー親だけじゃなくて、この子も、もしかして‥‥。
 一瞬、髪を掻きまわしたい衝動に駆られるけれど、シータはそれを意志の力で抑え込んだ。
 友人の恋路を茶化してみたりしたが、本当は幸せになって欲しいと思っている。当然である。
 だが、進展しているのかどうか分からないネティの恋路は、恋敵が現れてもおかしくない状況だ。そして、それにようやく思い当った自分に頭を抱えたくなる。
「あの‥‥」
 遠慮がちに問うて来た女給に、シータは何とか笑顔を貼り付けて向き直った。
「ネティ様に、お尋ねしたい事があるのですが‥‥」
ーお尋ねしたい事って何!? 修羅場? 修羅場なのっ!?
 焦るシータを尻目に、女給に気付いたネティが軽い足音と共に近づいて来る。
「あ、あのねっ、ネティ! えーとっ」
「あの、ネティ様っ」
 身を乗り出すように、女給が切り出した。
 咄嗟に伸ばした手をするりと躱した女給に、シータは目を見開く。
ーなっ! この子!?
「ネティ様っ! ご友人の皆様の今宵のお部屋は‥‥お部屋を‥‥っ、そのっ」
「あ、うん。そうね。姉様は私と同じで。シータにはお部屋を用意してあげて」
「はい!」
 ぱぁっと顔を輝かせると、女給は一礼して部屋から飛び出して行く。何故だか耳まで赤く染めて。
「‥‥‥‥ネティ」
「なぁに?」
「‥‥‥‥今の子は‥‥?」
 一段と低くなった声に気付いていないのか、ネティはあっけらかんと答えた。
「可愛いでしょ?」
 上機嫌で、しかも自慢げである。
 何故に?
「私付きの子なのよー、人見知りでねー、けどいつも一生懸命で、もう、すっごく可愛いのー」
「ああ、あの子が噂の‥‥。後で、私からもお礼を言わないと」
「お礼って、姉様?」
「いつも、妹がお世話になっていますってね」
 ふふふとシータには分からない会話を交わして笑い合う姉妹に、頬を引き攣らせる。
ーちょっ、ネティ付きの女の子がいるって、どういう事!? これじゃ、まるで‥‥。
 内心、冷や汗を流すシータの想像を裏付けるように、入口から顔を出したアレクが‥‥くどいようだが、このサウザンプトンの領主が
「ネティ、俺の青い上着、どこに置いたか知らないか?」
 などと尋ねてくるに至って、シータは力尽きた。
「ん? シータはどうしたんだ?」
「さあ? ねぇ、シータ、お腹すいた? 夕食の時間、早める?」
 心配そうに覗き込んで来るネティとアレクに、握り締めたシータの拳がふるふると震える。
「‥‥もっ」
「「も?」」
「2人ともっ、爆発しちゃえーーーーーーッ!!」



 煎れ直した香草茶の馥郁たる香り。
 大切な妹と、友人、そして、少し癪だけど妹を託す事になりそうな男の楽しそうな会話。
 未だ、混沌に満ちている世界で、こんな穏やかな午後を過ごせる事に感謝しなければ。
 目に見えぬ誰かと乾杯をするかのようにカップを掲げて、テティは満足そうに微笑んだのであった。
WTアナザーストーリーノベル -
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Asura Fantasy Online
2012年01月16日

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