▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『母と祖国と 』
レピア・浮桜1926)&エルファリア(NPCS002)

「いや、前にも言ったと思うけど、そういうのの扱いはちゃんとしないとダメだって」
 エルファリアの別荘で、レピアは今宵も石化を解除され、エルファリアの部屋へと連れて来られた。
 そこに待っていたのは、満面の笑みを浮かべるエルファリアと、その手に持っている魔本。
 中に書いてある物語を体験できる、と言う魔本だ。
「中にはホントに危険なモノだってあるんだからね? 前のだってあたしの所為で色々危険だったわけだし」
「でも大丈夫だったじゃない。二人とも帰って来られたし、今回もきっと大丈夫よ」
 安全か安全でないか、と言う話であれば、安全だと考えられるわけがない。
 前回はレピアの呪い、ギアスの所為で大変な事になったのだ。
 今回だって同じ様な事が起こるかもしれないのだ。
「もうそろそろ、そんな魔本で遊ぶのはやめよう。あたしはエルファリアが心配で言ってるんだよ?」
「うーん、でも今回は危険をおしてでもやってもいいと思うの」
「どうしてさ?」
「この本の内容をちょっと聞かせてもらったんだけど……」
 どうやら鑑定者から内容を聞けたらしいエルファリア。
 そこには興味深い一節があったと言う。
「この本には、呪いを解く泉が書いてあるの。もしかしたらそれを使ってレピアの呪いも直せないかしら?」
「魔本が現実に影響するって言うの?」
「実際、私たちの精神には影響しているわ。前の冒険の記憶だって残ってる。と言う事は、ありえない話でもないんじゃないかしら?」
「それにしたって……」
「ね、ね? 試してみましょう?」
「うーん……」
 しばらくして、レピアも首を縦に振らざるを得なくなった。
 こうしてまた、二人は魔本の中に旅立つ事になる。

 しかし、エルファリアはこの時、ある事を伏せていた。
 鑑定者に『これはやめておいた方が良い』と言われた事を。

***********************************

 時は乱世。
 国同士が自らの領土を広げようと日々戦争が行われる時世。
 強国が弱国を飲み込み、その強国をも更なる強国が飲み込む。
 正に弱肉強食の体現となったこの世に、しかし、命の芽吹きもある。
「お慶び下さい、元気な女の子です」
 とある小国、聖巫女と呼ばれる女王が統治する国で、その日、世継ぎとなるべき女子が誕生した。
 今正に子を産んだ女性、今代の聖巫女であるエルファリアは娘の顔を見て微笑む。
「さぁどうぞ、お抱きになってくださいませ」
 メイドによって手渡された我が子を抱き、エルファリアは娘の額にキスをした。
「ああ、可愛い子。私の娘……」
 その時、部屋のドアが開き、奥から男性がやってくる。
 聖巫女の伴侶となった男性、エルファリアの夫だ。
 と言っても、女性が統治しているこの国で、夫の地位は低い。
 王と言う訳ではなく、エルファリアの家臣の一人ぐらいの位置づけだ。
「エルファリア様、おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。貴方もこの娘を抱いてあげて。私たちの子よ」
 エルファリアに娘を渡され、夫も彼女を抱く。
 愛らしい笑顔に心癒され、自然と笑みを零していた。
「可愛らしい、玉の様な子だ。エルファリア様によく似て、さぞ美しく育つでしょう」
「いいえ、顔なんかは貴方に似ているわ。きっと誰にも優しく、それでいて強い娘に育つでしょう。お転婆かもしれないわ」
「ははは、それはそれで育て甲斐があります。さぁ、エルファリア様はそろそろ休まれて下さい。私はこの事を国中に知らせてきましょう」
「ありがとう、頼みます」
 夫が出て行った後、エルファリアはすぐに目を閉じて眠りに落ちた。
 娘はエルファリアの小指をしっかり掴んで離さなかったと言う。

 しかしそんな幸せな時間は、長くは続かなかった。
 それは出産から数日後、エルファリアがやっとまともに動けるようになってからの事だ。
 エルファリアの私室に夫が駆け込む。
「エルファリア様! 大変です!」
「どうしたんですか、騒々しい。この子が起きてしまいます」
 ゆりかごで寝ている娘を気遣いながら、エルファリアはただ事でない事を察する。
 夫はエルファリアの前に跪き、額の汗を拭う。
「お逃げ下さい。隣国、帝国が動きました!」
「なんですって? 帝国との不可侵条約はまだ有効でしょう!?」
「反故にされました! あやつら、最初からこの時期を狙って攻め入るつもりだったのです!」
 この小国は聖巫女の力、強力な魔力によって守られていたのだが、しかし、それもこの時期は話が違う。
 聖巫女の力は月経や初潮、特に出産前後に大きく衰える。
 帝国は聖巫女の力に何度煮え湯を飲まされたかわからないが、この時ばかりは違うのだ。
「帝国軍は既に国境を越え、聖都付近の村や町を占領して回っております! このままでは、都に至るのも時間の問題かと……」
「また戦が始まるのですね……」
 エルファリアは娘の頬を撫で、悲しそうに視線を落とした。
 しかし、すぐに顔を上げ、夫に向き直る。
「すぐに兵を準備して。帝国軍を迎撃します」
「聖巫女様はお逃げ下さい。今のお身体では戦は無理です!」
「いいえ、我が国が危機に瀕しているのに、私だけ逃げるなんてことは出来ません。私自ら先陣立ち、帝国軍と戦いましょう」
「なりません!」
 夫は立ち上がってエルファリアの肩を掴む。
「貴女はこの国にとって何よりも大切なお方。そんな方を前線に立たせるなど……!」
「ですが、私だけ何もせずに城にいることは出来ません!」
「それならば、貴女はここから逃げるべきです!」
「兵たちが戦っているのに、私だけ逃げろと!? そんな事出来ません!」
「ならばその娘はどうするのです!? 子には親が必要だ。貴女があの娘を守らずして、誰が守るのです」
「それは……しかし……」
 それ以上、エルファリアは何も言えなかった。
 その様子を見て、夫は優しく言い聞かせるように話す。
「貴女と娘はこの国の希望だ。私も他の者も、貴女たち二人のためならば命を懸けられる。ですから、貴女たちは失われてはならないのです」
「ですが私は、貴方にも傷ついて欲しくない……」
「ならば私の為に祈って下さい。それが何よりの力になります」
 そうして夫は戦へと向かった。
 この国を、妻を、娘を、帝国から守る為に。

***********************************

 城門が開き、軍が出陣する様を見届けた後、エルファリアはメイドを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、聖巫女様」
「貴女に重大な仕事を頼みたいのです。娘を……レピアを連れて逃げてください」
「……そ、それは……」
 すぐにエルファリアの真意を察し、メイドは言葉を詰まらせる。
 エルファリアは娘、レピアと別行動を取る事で、リスクを分散させると言っているのだ。
 それは穿った見方をすれば、どちらかが囮になる……この場合はエルファリアが囮になるのと同義だ。
「お言葉ですがエルファリア様、御身も無事に城から落ち延びられる様に近衛兵も用意してあります。どうか、その様な事は仰らないでください」
「これは決して消極的な案ではありません。私は国の為にも死ぬわけには参りません。ですが大所帯で行動すれば機敏さに欠けます」
「しかし……」
「二手に分かれることで、どちらも助かるかもしれないのです。お願いです、ここは引き受けてください」
 エルファリアに頼まれてしまっては、メイドも断るわけにはいかなかった。

 しばらくして、エルファリアはレピアと別れの時を迎える。
 城の地下、脱出用の抜け道の前でレピアを抱いたエルファリアは、彼女の額にキスをした。
「レピア、どうか生き延びて……」
 名残惜しそうにレピアの頬を撫でた後、メイドに手渡した。
「どうか、無事に逃げ延びて下さい」
「聖巫女様も、どうかご無事で……ッ!」
 メイドはエルファリアに一礼した後、すぐに抜け道を駆け出した。
 その姿が見えなくなった後、エルファリアも近衛兵を連れて別の道を行くのだった。

 エルファリアが抜け道を歩いている途中、先導する兵が歩みを止めた。
「聖巫女様、すぐに引き返してください!」
「ど、どうしたのです!?」
「待ち伏せです! こちらの出口は既に封鎖されています!」
「何ですって!?」
 兵が感じ取ったかすかな気配、出口方面に息づく複数の影。
 それらはエルファリアたちが引き返す前に行動に出た。
「目標発見! 捕らえろ!」
 黒い鎧を来た一団は、足音を立ててこちらに向かってくる。
「聖巫女様、お逃げ下さい! ここは我らが!」
「貴方たちを置いてはいけません!」
「聖巫女様のためなら、この命惜しくはありません!」
「しかし……ッ!」
「見つけたぞ!」
 すぐそこに迫った帝国兵。
 乱戦になってしまっては、平和な小国の兵士など物の数ではなかった。

***********************************

 結局、その戦で小国は攻め滅ぼされ、帝国の領土となる。
 小国の国民は全て奴隷階級となり、帝国の人間にこき使われて死んでいく。
 その上で捕らえられた聖巫女エルファリアは帝国領へと連れ去られ、呪いをかけられて苦汁の日々を送っていると聞く。
 しかしまだ、小国には希望があった。
 エルファリアの遺児、レピアが帝国に捕まったと言う報告は未だになかったのである。
 それから長い月日が流れた。

 帝国が版図を広げ、近隣の国を属国とし圧政を布いていた頃。
 小国のあった場所から解放軍が立ち上がり、帝国軍を次々と打ち砕いていった。
 その先陣を切るのは青い髪の聖女と呼ばれる女性だった。
 不思議な魔力で解放軍を率いるその姿は、小国にあった聖巫女そのもの。
 名をレピアと言った。
 正真正銘、エルファリアの娘である。
 彼女は聖巫女の力を用いて、仲間と共に帝国軍を打ち破り、それに呼応して各地で反乱が引き起こる。
 帝国は広げすぎた版図により戦力が分散され、反乱に対応しきれず戦線を都近くまで押し戻されるのだった。

 そしてついに、帝都まで解放軍が攻め入った。
「全軍、あたしに続けぇ!!」
 先頭を行くのは青い髪の聖女、レピア。
 解放軍の大将でありながら、いつでも先陣を切る彼女は、正に勝利の女神だった。
 彼女に鼓舞され、解放軍は城門を打ち砕いて帝都を攻め上る。
 レピアはその途上で広場に辿り着く。
 そこの噴水には美しい女性を模った石像があった。
「……ッ! エルファリア……!」
 レピアはその像を見た瞬間に、彼女だと理解する。
 レピアをこの世界に産み落とし、今なお帝国の責め苦を味わい続けているエルファリア。
 彼女は帝国の呪いによって、現実世界でレピアが負っているような状況に置かれているのだ。
 即ち、夜の間だけ生身に戻り、昼の間は石化する呪い。
 しかもエルファリアの場合、状況が更に悪い。
 エルファリアは敗戦国の女王であり、今は帝国に囚われている捕虜。
 捕虜に関する世界的な条約もないこの時世で、彼女が夜の間だけ生身に戻った時、何をされているのかレピアには察して余りある。
 その苦境は、憔悴した石像の顔を見れば相当な物だとすぐにわかるのだった。
「待ってて、エルファリア。今すぐ助けてあげるからッ!」
 石化の呪いを解く手段はある。
 この世界には呪いを解く泉がある、と言うのは確認したとおり。
 しかも運の良い事に、それはエルファリアの治めていた小国にある泉なのだ。
 この戦に勝利し、エルファリアを国へ凱旋させる事が出来れば彼女を元に戻す事ができるはず。
 それを目指し、レピアは帝都にそびえる城へと足を向けた。

 もともと士気の低かった帝国軍に対し、レピアという輝かんばかりの大将旗をかざした解放軍は破竹の勢いで帝都を進み、すぐに城を包囲する。
 すぐに帝国の要職についていた人物は捕らえられ、または討ち取られていった。
 玉座にいた皇帝すらも、一兵卒に討ち取られるほど、あっけなく戦は終わった。

***********************************

 勝利の宴もそこそこに、レピアはエルファリアの石像と共に小国へと凱旋する。
 荒れきった国となってしまったが、城内に湧く泉は未だ清廉を維持していた。
「エルファリア、これで元に戻って……ッ!」
 祈るようにしながら、レピアはエルファリアの石像を泉で洗い流す。
 すると、エルファリアは見る見るうちに石化が解け、普通の人間へと戻ったのだった。
「エルファリア! エルファリア、大丈夫!?」
「……レピア? ああ……レピアなのね」
 レピアの姿を確認すると、エルファリアは彼女に身体を預けた。
 その姿は以前の美しさの影もなく、ただただ痛々しさのみしか持ち合わせていないようだった。
 それが夜の間、二十三年間もいたぶられ続けた捕虜の姿である。
「やっぱり、この魔本はやめるべきだったのよ……今更後悔しても遅いけど、ごめん、エルファリア……」
「ううん、私のわがままだもの、レピアは悪くないわ」
 魔本の中で起こった事は、物理的には影響しないものの、記憶には残る。
 この二十三年分の痛みや苦痛、屈辱にトラウマなど、今回の魔本でエルファリアは色々な物を抱える事になったのだ。
 レピアはエルファリアの身体を強く抱きしめ、魔本の世界が終わるのをただジッと待った。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ピコかめ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2012年01月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.