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『夢抱く朝の。〜夢のような未来の為に 』
リュイン・グンベ(ga3871)


 用意したのは少し大きな四角い紙。それから何とか揃えた細い筆と、墨と、硯。
 ショッピングモールの片隅にあった、文房具屋の主人に聞いて何とか揃えた道具を前に、リュイン・カミーユ(ga3871)はよし、と小さく頷いた。何とか用意を調えられた満足感もあり、これから始める事への緊張感もあり。
 何も書いていない紙をじっと見つめて、ほんの少しだけ息を吸って、吐く。いつもよりちょっとだけ背筋をぴんと伸ばしたら、なんだか改まった気持ちになった。
 外は、雪。深々と降り積もる、真白の夜。
 よし、と筆を取り上げた。いつまでもにらめっこしていたって仕方がない。手順は全部、頭の中に入っている。
 だからリュインはおぼつかない手つきで、教えられた通りに筆を握る。どこか嬉しそうな、微笑ましそうな文房具屋の主人が、書道道具一式を所望したリュインに「使い方は解るかね?」と教えてくれたのを、思い出す。
 そうして、目の前に置いた『お手本』をじっと見つめながら一文字、一文字、慎重に紙の上に筆を乗せて綴っていった。

『なかきよの
 とおのねふりの
 みなめさめ
 なみのりふねの
 おとのよきかな』

 静かに、静かに。ただ、音も無き雪の気配を感じ、雪の匂いに満たされながら。
 ゆっくりと紙の上に筆を滑らせて、どうにかこうにか書き上げた字を見て、ふぅ、とリュインは細い息を吐いた。

「間違わずに書けているのか分からんが、こんなものか?」

 うーん、と『お手本』と自分自身の字を何度も見比べる。使い慣れない筆に、使い慣れない墨。これで文字を書いているというのだから、日本人はたいしたものだ、と思う。
 まだひらがなだったからどうにかなったけれども、漢字になってくると文字を書く、と言うよりは数多の線や点を組み合わせたアートを描き写しているにも等しい感覚だ。おまけに、何とかなるひらがなだって、意味は全く分からなくて。
 けれども何度も、何度も見比べて、どうやら間違いはなさそうだと確信すると、やっとリュインの顔に満足そうな笑みが浮かんだ。かなり緊張していたせいか、線が少し歪んでしまったかもしれないけれども、書き上げられただけで上出来だろう。
 うん、と満足に頷いて、紙の上に載せた墨がちゃぁんと乾くのを待ちながら、リュインはピンと伸ばしていた背筋をほんの少しゆるめて頬杖をついた。そうして思い出すのは、今も遠くで戦って居るであろう彼のことだ。
 付き合って3年でやっと婚約にこぎつけた彼は、UPC沖縄軍の中尉を勤めて衣いる、アメリカ国籍の日本人。そのせいだろう、アメリカ暮らしも短くはないだろうのに、好きな食べ物がブリの照焼きというくらい、日本人ぽさが抜けていなくて。
 そんな婚約者のためにも、日本の事を知りたいと思うのはごくごく自然な感情だ。それに何よりリュイン自身が、彼が愛する日本のことを知りたい、と願っていたから。
 日本についての本を読んだり、映像を見たり。時には日本人の友人に話を聞いたりもして。
 この『おまじない』の事を知ったのも、日本のお正月特集だったか、雑誌で見かけたからだ。
 遠く、婚約者を想う。彼も今夜の初夢のために、こんな風に『おまじない』をしているのだろうか。それともそこまでは気が回らずに居るのだろうか。
 そう、ここに居ない彼を、想う。
 墨はすっかり乾いたようだ。念のために、墨の上を指先でつっと撫でてから、ひらり、紙を取り上げた。

「良い夢ならば、アイツの夢‥‥だよな」

 小さく呟いて、知らず浮かんでくる幸せな微笑みに口元を緩めながら、リュインはその紙をきっちりと、慎重に折り始める。丁寧に、丁寧に。どうか素敵な夢が見れますようにと、願いを込めて。
 書いた文字を隠すように折り込んで、出来上がった帆掛け船(というらしい)を枕の下に挟んで寝たら、良い夢を見られるのだという。それこそが、素敵な初夢を見るおまじない。
 ニューイヤー、新年の最初の夜に見る夢は、その一年の指針を占う特別な夢であるという事も不思議な風習だし、そのためにこんな風に『おまじない』をして良い夢を見られるように願うのもまた、日本の不思議で、どこか心惹かれる習慣であると、思う。
 丁寧に、折り方を見ながら折った帆掛け船もまた、ほんの少し歪んでいるように見えた。何よりちゃんと折り上がったのかすら、リュインには判別がつかない。
 それでもきっと良い夢が見れるのだと信じて、丁寧に枕の下へ差し込んだ。そうしてなんだかくすぐったい気持ちで、布団の中に滑り込む。
 外の雪はまだ、降り止む気配はない。降り続ける雪の中に、まるで自分が溶けていってしまう様な、そんな不思議な気持ちでするり、眠りの中へと滑り落ちる。
 その一瞬前の空白の中でまた、婚約者を想った。

 ――明日。一体どんな夢を抱いて、目覚めの朝を迎えるのだろう。





 劇的な未来など、リュインは望んでいるわけじゃない。めくるめくドラマティックな展開など、見ている分には楽しかろうが、実際に自分がその中に巻き込まれたなら間違いなく、疲れてうんざりしてしまうはずだ。
 だから、望む未来は平凡なもので良い。平凡な、平凡な――そんな人生で本当に幸せなの? と誰かに首を傾げられてしまうかもしれないような、ささやかで平凡な、幸い。
 そう、ちょうどこんな風に――

「ママーッ! パパが帰ってきたよッ!」
「早く早く!」
「ちょっと、そんなに引っ張るな」

 両手を可愛い子供たちに引っ張られて、リュインは苦笑しながら台所から、夫を出迎えるために玄関へと向かう。早く早く、とそれでもぐいぐい手を引く子供たちは、笑っている気配は解るけれども、なぜだろう、顔がよく見えない。
 ほんの少し、胸に違和感を抱いて、そんなものだろうなとリュインは頭の片隅で頷いた。何がそんなものなのか、あまりよく解っては居なかったけれど。
 子供達に手を引かれるまま、玄関のドアを開けるとそこには夫が居る。そうしてリュインを見て、当たり前に微笑んで「ただいま」と言う。
 だからリュインも当たり前に、幸せな気持ちに満たされながら言った。

「お帰り。疲れたか? 料理が出来ているが‥‥」
「をッ、そりゃ楽しみだな。うちの奥さんは料理上手だ」

 リュインの言葉に、夫は嬉しそうに笑ってそう言いながら、すっかりお腹が空いてしまったとばかりに胃の辺りを撫でて見せた。それを真似して小さな手で自分のお腹をさすった子供達が、顔を見合わせて「お腹すいたよねー」「ねー」と頷き合っている。
 全くもう、とリュインは呆れた笑みで、そんな3人を見比べた。昔はそりゃあ、申し訳ないくらいに料理が苦手だったリュインだけれども、今ではこうして夫や子供達に楽しみにされるくらい、すっかりお料理上手になった。
 愛する人に、愛する子供達に、毎日の料理を作って上げられる幸せ。凝った特別な料理なんかじゃない、ごくごく当たり前の、何の変哲もないおかずだけれども、いつだって3人は大喜びで食べてくれる。
 ただそれだけのことがひどく嬉しくて、いつでもリュインは3人の食べっぷりを見る度に、幸福で満たされるのだ。

「今日はブリの照焼きとおひたしだ。早く手を洗ってこい‥‥と、先にあちらのご飯か?」

 言いかけたリュインがちら、と庭に視線を向けると、その先にいた犬が『待ってました!』とばかりに立ち上がり、嬉しそうにぶんぶんしっぽを振り始めた。そうして、決して広くはない庭いっぱいを駆け回り、時に飛び跳ねながら存在を自己主張している。
 今度はリュインのみならず、夫や子供達からも微笑ましい苦笑がこぼれ落ちた。結婚し、この家に住むようになってから、いったいどちらが犬を飼おうと言い出したのだったか。なぜかリュインにはそれが思い出せないのだけれど、あの犬もまたリュインの大切な家族であることは、確かだ。
 しょうがないなぁ、と子供達がませた口調で言った。

「ママ、僕たち、先にご飯をあげてくるよ。ちゃぁんとブリの照り焼き、残しといてね」
「私も!」
「食べたりしないさ。頼んだぞ」
「「はぁい!」」

 くすくす笑いながら言ったリュインの言葉に、大きな声で良いお返事をした子供達が、手を繋いで走り出す。その小さな2つの背中を見送っていたら、やれやれ、と夫が大きく伸びをした。
 そうしてリュインを優しいまなざしで見て、何かを言いかけた彼はふと、怪訝な様子で鼻をひくつかせながら玄関の奥へと眼差しを向ける。なぁ、と不思議そうな――不審そうな、声。

「何か、焦げてないか‥‥?」
「‥‥‥あぁッ!?」

 夫の言葉に、はっと気付いたリュインは慌てて、台所に向かって走り出した。ブリの照り焼きは完璧だ。お浸しもしっかり漬け込んである。けれども箸休めで作った里芋の煮っ転がしは、まだとろ火でことこと煮ている最中だったのだ。
 全速力で台所に駆け込み、うっすら煙の上がる鍋に駆け寄る。慌てて火を消して蓋を開けると、しっかり香ばしい匂いがふわっとリュインを包み込んだ。

「あぁ‥‥」
「はは。久し振りにやらかしたな」

 がっくり、うなだれるリュインの後ろから、付いてきた夫が面白そうに肩を揺らした。そうして鍋の中の里芋を1つ箸で取って口に放り込み、「なんだ、十分いけるぞ」と笑顔で美味しそうに咀嚼する。
 ジッ、と探るように夫を見ると、彼は早くも2つ目の里芋に箸を伸ばしているところだった。どうやら、リュインに気を使った嘘ではないらしい。
 ほっと胸を撫で下ろすと、また面白そうに笑った夫が「自分でも食べてみたらどうだ」と箸に摘まんだ里芋を、リュインの前に差し出してきた。ん、とそれを口に含んだリュインも、多少香ばしくなってしまったものの、味は大丈夫だとまた安堵する。
 和食の好きな夫に合わせて、和食をしょっちゅう食卓に並べるせいか、2人の子供も和食好きだ。おまけにちょっとばかり、色々と薀蓄を垂れたい年頃なのだろう、リュインに向かって「ママ、今日のは美味しいよ!」「今日はちょっと味が薄いよ」などと知った口を利くので、困る。
 とはいえそれもまた、リュインにとっては嬉しく楽しい出来事で。「味が濃いのは身体に良くないんだ」ともっともらしく言い返しながら、次はどんな風に工夫して子供達や、何より夫を喜ばせようか考えて買い物に行き、台所に立つのが、この上なく幸せで。
 永遠にこの幸せが続けば良いのにと、思う。庭からは愛犬のはしゃぐ声と、幼い口調でなにやら偉そうに言い聞かせている子供達の声。目の前には愛する夫。
 ささやかで、当たり前で、何の変哲もない――この上なく心が満たされた、幸せな暮らし。
 じっと夫を見つめたら、ちょっと不思議そうな顔で「どうした?」と尋ねられた。ふる、と首を振って何となく夫に抱きつけば、笑いながら抱き返してくれる強い腕。

(こんな暮らしは――我には、まるで――)

 まるで夢のようだ、と。
 思った瞬間、腕の中の夫の笑顔がぼんやり、霞がかった。え? と目を瞬かせたリュインの耳に、響いていた愛犬と子供達の声がだんだん、遠くなる。
 一体何が、と――思う間もなくリュインの意識は、ふわりと溶けるように闇の中に消えていった。





「――ん。夢、か‥‥?」

 布団の中で身じろいで、リュインはゆっくりと瞼を開いた。目の前にはいつも通りの、自分の部屋の天井がある。
 夢か、と胸の中でもう一度、呟いた。寝る前に折った帆掛け舟を思い出す。良い夢が見れますようにと、願いを込めて文字を綴り、丁寧に折って枕の下に差し込んだそれ。
 手を差し込んで探ればまだ、そこにある。取り出した帆掛け舟をほんの少し寝ぼけた眼でじっと見て、ありがとうな、と呟いた。

(幸せな夢だった)

 傭兵である今の自分には到底想像もつかない、夢に描くことすら難しい生活。ただ当たり前の、ささやかな――いつでも彼がそこにいる暮らし。
 あの夢が本当に未来になれば良いと、願った。あれはただの夢だったけれども、今でも目を閉じれば鮮やかに蘇るほど、胸いっぱいに幸福感が満ちるほど、優しくて幸せな夢だったから。
 彼との、未来。今は離れていて、互いに何かあるたび戦いに明け暮れる日々を送っているけれど、いつかは共に手を取り、当たり前に暮らせる日がやってくれば良いと、願う。
 ――だから。

(その為にも今は、戦っていこう)

 ぎゅっと拳を握り締めて、決意を瞳に閃かせ、リュインは自分に言い聞かせた。まだ戦いは続いている。懸念も、不安も山ほどある。
 けれどもいつの日か必ず、この戦いを終えてあの夢のような未来を現実にするのだと――祈るように強く、新たしき朝の光に誓ったのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 /   職業   】
  ga3871 / リュイン・カミーユ /  女  /  22  / ペネトレーター

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
本部ではご一緒させて頂いたことはなかったかと存じますが、初めてのご発注に蓮華をご指名下さいました事に、まずは心から感謝致します(ぺこり

年の始めの少し不思議な(?)夢物語、如何でしたでしょうか?
恋人さんのために日本の文化を学んだり、一生懸命実践なさるお嬢様が可愛らしいなぁ、と蓮華も書いていてほのぼのと致しました(ほく
きっと、地球を救うのは傭兵の皆様のお力と、こんなささやかで幸せな願いであるのだと、思います。
‥‥ところで、ほのぼのの方向性はこちら側で大丈夫でしたでしょうか(どきどき←

お嬢様のイメージ通りの、優しくささやかな幸いに満ちたノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WF!迎春ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2012年01月30日

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