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『●きみと過ごす、始まりの日 』
央 由樹(ib2477)

 トントントン、リズミカルに音が鳴る。
 自宅で一人の男が、ほんの少し遅いおせち料理の準備を始めていた。
 空は白く、雪でも降って来そうで、きっと山で眠っているであろう恋人の日和(ib0532)の事を思い浮かべる。
 深く眠る時は、山に籠ると聞いているから、きっと寒いに違いない。
「(ほんまやったら、俺が何とかせなあかんのやろけど)」
 でも、それは二人でゆっくり、歩んで解決していく事だ。
 囲炉裏に入れた火は、少々強めにしており、いつ来ても大丈夫、自分の出来る事を。
 日和と出会ってから、自分は随分変わったと、央は思う。

「元日やったら、おせち料理作っておかなあかんなぁ」
「なあ、央。その、おせち料理って何?」
「え、日和、おせち料理知らんの?新年を迎えるには、欠かせへん料理やで。元日に食わせたるわ」
「じゃ、じゃあ私も手伝う!」
 おせち料理、とは新年を祝って食べるものらしい……実際は、大晦日に作ってしまうのが普通であるが、日和が手伝うのなら。
 そう思い、央は手伝う、と言う言葉に頷いた。
 おせち料理、と言うが、そのような料理を口にした事がない日和。
 そんな彼女に、央 由樹(ib2477)が作ってくれる、と約束したのだ。
「ほら、此れが家までの地図や。そうそう、俺の家に通じる抜け道があるんやで」
「え、何処に?」
「それは、自分で探しぃ」

 過去の回想から思考を今に戻せば、美味しそうに煮た黒豆が出来ていた。
 菜箸で一口、味見をすれば舌に優しい味わいが、口の中に広がる。
 黒豆は、皆がまめに(元気に)過ごせますように……おせち料理には、様々な願い事が込められている。
 だからこそ、日和と一緒に食べたいとそう、思った。
 日和が食べた事がない、と言うのもあるが、この重箱に詰まる全ての願いが、叶うようにと。

 栗きんとんの裏越しに、精を出す――今年も豊かな生活が送れますように。
「(まあ、開拓者で裕福も何も、あらへんけどな)」
 一般人と較べて、武器に消えていく分や、命をかけなければならない……割にあうかどうかは、その人次第と言えよう。
 中々力のいる裏越しを終え、次は数の子に味付けをする。
 子孫繁栄……子孫、と言うのは少し早い気もするが、験は担ぐべきである。
 何より、祖母の味を日和にも味わって欲しい――大切な人を共感できる事は幸福だ。
 あまり言葉で伝えるのは得意ではないが、その反面、手料理には沢山の思いが込められている。
「日和も、そろそろ起きたかな」
 今、家に向かっているところだろうか……普段、仏頂面の央であるが、日和の事になると少しばかり、表情が和らぐ。
 子供ではないが、早く、早くと願ってしまうのだ。


 と、つらつらと思考に浸っていた央だが、不審な物音に居間へと向かう。
 ――時折、ゴッ、ゴッ、と言う怪しげな物音まで聞こえてきた。
 勿論、此れは抜け穴の出口。
 きっと日和なら、探すだろうと思っていたからバレないように手を加えておいたが――。
 もしかしたら、手を入れ過ぎて崩れてしまったのかもしれない、と考えていた央だったが。
 目の前の光景に……彼は思わず、ツッコミを入れざる得なかった。
「……何しとんねん」
「……ごめん、ちょっと無理だった」
 鹿の大きさって、結構あるね、と照れて何やら弁解を始める日和の頭をクシャクシャと撫で、央がほんのり、笑みを浮かべた。
 央としては、満面の笑みのつもりであるが、感情表現は苦手――だが、日和には伝わったらしい。
「じゃあ、おせち料理、作るの手伝おうかな」
「おまえ、料理出来るんかいな」
 期待はしない、と言い切った央に、肉料理くらい、と日和が胸を張った。
 それほどまで言うのなら、好意を無碍にするのもよくないだろう。
 日和の料理スキルはあまり……高そうではないが、とりあえず央は口を開いた。
「じゃあ、かまぼこ切ってくれへん?」
「了解、了解」
 任せて、と日和がかまぼこを切る間に、煮物の調子を見る。

 ごぼう、れんこん、里芋……家の土台がしっかりするように、運気の見通しはよく、そして子孫繁栄を。
 昆布巻きのカンピョウをしめ『よろこんぶ』と喜びに結びつける……今年はいい年になりそうだ、恋人と一緒なのだから――。

 日和の方を振り返った央は、ちょっと待てぃ、とその手を抑えつけた。
「え、何?」
「逆手やん、逆手!包丁の持ち方は、こう!」
 日和の後ろに回り、包丁の持ち方を教える央、思わぬ形で密着する事になったが、二人とも必死で気付いてはいない。
「ほら、でもこっちの方が慣れてるし」
「それやったら、身体に刺さるやろ?」
 同じシノビ同士であるから、勿論、クナイと言った武器の使い方も分かる……だが、逆手なのは頂けない。
 残念だなぁ、なんて、日和は頭を悩ませ、ああ、と頷いた。
「焼くのは得意だよ」
 その言葉に、最早、不安なものしか感じない央であるが、とりあえず。
「そ、そうか。じゃあ、鯛を焼いて……」
 日和が紡ぐ印――火遁だ
「待てぃ!」
「え、早く焼けていいじゃないか」
 当然ながらそれも阻止する央だが、便利なんだよ、と日和は当然とばかりに胸を張る。
 だが、央の方はハラハラし通しで、寿命も縮まった気分だ。
 何も出来ないんだなぁ、と不満そうな日和に『じゃあ、肉、料理しよか』そう言って、二人で肉を捌いていく。
 危なっかしい日和の手つきだが、ちょっとずつ、ちょっとずつ央が直していく……そして。

「完成や」
 ちょっぴり、見た目は残念なおせち料理になってしまったものの、頑張りと、そして愛は籠っている。

 鯛に、昆布巻き、紅白のかまぼこ。
 黒豆に栗きんとん、数の子に伊達巻き、海老、ごまめ――。

「うわぁ、美味しそう!」
 居間へと運んで、いただきます、挨拶をして頬張る。
 その箸も祝い箸と、念の入れようだ。
「うん、美味しい。あ、こっちも!全部美味しいよ!いい旦那さんになれる」
 次々に箸を伸ばし、幸せそうな日和の顔を、囲炉裏の炎が照らす。
 曇りのない、明るいその顔を見て、央は本当に良かった、そう、思う――おせち料理を作って、そしてこの人と会えて。
 そして、その『旦那さん』の隣に立つのが、日和ならもっと、良い。
 彼女が笑ってくれると、自然と笑みもこぼれてくる。
 やんわり、ゆるんだ表情で央は口を開いた。
「また来年も作ろうかいな……日和が食べてくれるんやったら、やけどな」
「勿論、絶対食べるよ」
 その裏に込められた思い、此れからも共に――改めて口にするのは恥ずかしいし照れくさい。
 だから、遠まわしに口にしてみて、それは解ってないかもしれないけど。
 来年も一緒だと、信じる事にして央もおせち料理を口に運ぶ。
 味がいいとは言えないかもしれない……でも、美味しい、そう、断言できる。

 温かい囲炉裏の熱に手をかざし、一緒の時間を満喫する。
 恋人らしい触れあいは無く、それでも、此れが自分たちのやり方だと言えるから。
 幸せだなぁ、なんて思わず頬が緩んでしまう日和。
「なんや、ニタニタして」
「んーん、何でもない」
 聞いてみたい気もしたが、そうしたら、自分も不思議と笑みが浮かんでいる事を指摘されるかもしれない。
 もしかしたら、自分が幸せになどなってはいけないのかもしれない……祖母の教えを最悪の形で破ってきた。
 冷たくなっていく旧友たち、それは、紛れもない自分が奪った命。
『不殺』の教えに従う事に出来ず、罪に苦しむ。
 だが、共に歩んで行きたい恋人と出会って、自分は変わった、そう、言う事が出来る。
 裏切って来た自分だから、出来る限り、日和との約束、そして願いは叶えたい。

「あ、雪だ」
「これやったら、積もるやろなぁ」
 央の淹れたお茶をすすりながら、縁側に座って灰色の空を見上げる。
 同じ色をした、雪がハラハラと落ちてくる――雪は、大地を白く染め上げるのだろう。
 誰かが上げた、凧がくるり、くるりと空を舞っていた。
 子供達の笑い声も遠く、耳を澄ましながら二人の時間を堪能する。
「二人で過ごす正月っちゅうのも、ええなぁ」
「そうだね。おせち料理も美味しいし、温かいし」
「後は――初詣でも行こかぁ」
「……初詣?」
「行けばわかるって、でも、もうちょっとゆっくりしたいなぁ」
 自然と手が重なり合う、温かなぬくもり――だが、そんな事にはお互いに気付く事無く、空を見上げていた。
 この人となら、前に進もう、過去の負い目があったとしても……そう思う、強く、強く。
 雪は、二人を祝福するように、ハラリハラリと降り続いていた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib2477 / 央 由樹 / 男性 / 25 / シノビ】
【ib0532 / 日和 / 女性 / 23 / シノビ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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央 由樹様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

オチがお任せ、と言う事で手を重ねさせて頂きました。
お二人で過ごすお正月、と言う事で書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
罪悪感に苛まれながらも、二人、手を取り合って新しい年を歩んで頂きたいです。
新年の、お二人の情景を書かせて頂いた事に、感謝致します。
日和様とは、所々異なる場所がございますので、お時間があれば、読み比べて下さいませ。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
WF!迎春ドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2012年01月30日

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