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『●きみと過ごす、始まりの日 』
日和(ib0532)

 思ったよりも冷たい外気に、日和(ib0532)は寒い、と小さく唇を震わせた。
 見上げた空は白く、東の空から昇り始めた太陽は地面を温めてはくれない。
 プルル、と身体を震わせ、硬くなった身体を伸ばせば、毛布代わりに敷いた木の葉がガサガサと音を立てた。
 まだ、眠そうなもふらのまくらが、薄く眼を開けてチラリと此方を見た。
 山に新年という人間の作った括りは無いが、なるほど、新しい年と聞けば寂しさを感じる山の中でも、静謐さにあふれているように感じる。

「元日やったら、おせち料理作っておかなあかんなぁ」
「なあ、央。その、おせち料理って何?」
「え、日和、おせち料理知らんの?新年を迎えるには、欠かせへん料理やで。元日に食わせたるわ」
「じゃ、じゃあ私も手伝う!」
 おせち料理、とは新年を祝って食べるものらしい……実際は、大晦日に作ってしまうのが普通であるが、日和が手伝うのなら。
 そう思い、央は手伝う、と言う言葉に頷いた。
 おせち料理、と言うが、そのような料理を口にした事がない日和。
 そんな彼女に、央 由樹(ib2477)が作ってくれる、と約束したのだ。
「ほら、此れが家までの地図や。そうそう、俺の家に通じる抜け道があるんやで」
「え、何処に?」
「それは、自分で探しぃ」

 過去の回想から思考を今に戻せば、日和の手に握られているのはあの時、差し出された地図。
 おせち料理とは、きっと、凄く美味しくて、ビックリする物に違いない。
 それならば、最高の肉を調達しなければ……自分に出来る事はその位だけれど、央なら『それでええで』と言ってくれる気がした。
 山の動物達は新年や、初日の出、などと浮かれる様子も無く、山は静けさを保っている。

「肉、肉、おせち……」

 秋の内にたっぷりと食事を終え、肥えたであろう彼等、搾取するのは一頭でいい、それで十分だから。
 超越聴覚をフルに活用し、自身の感覚を最大限に研ぎ澄ませる。
 軽やかに、だが、音も無く背にしていた大樹へと飛びあがり、上から界隈を見降ろした。

 ――カサリ

 腰に収めた苦無を手に、樹を渡る……冬の森は静かに感じるが、春を待つ生命が息づいている。
 寒風が、木々の間をすり抜ける音、木々を踏みしめる動物の足音――音の方へと一息に放つ。
 鈍い音がして、刺さったのを目にすると、軽く地面に着地すると足を引きずる鹿を目にする。
「肉、貰うね」
 急所を一息でつき、苦しまないようにして彼女は鹿を肩に背負う。
「う、流石に重い……」
 秋に充分肥えた鹿は、見た目よりも重かったが、笑って出迎えてくれる央と、おせち料理の事を考えれば苦にはならない。
「そう言えば、抜け穴があったっけ――」
 サクサクと山を降りながら、地図は必要なかった――約束してから何度も、何度も見て覚えたから。
 忘れっぽいながらも、必死に覚えた央の家までの道。

 ――大切な、人だから


「ここかぁ……よし、抜け穴探すぞー!シノビなめんなー!」
 まずは外観からじっくりと探してみる、明らかに手を加えた場所には期待しない。
 抜け穴が、抜け穴であり得る為には、秘密でなければ……央の事だから、きっと上手く隠してあるだろう。
 でも、使った痕くらいはあるかもしれない、外に抜ける為の穴が塞がれては、意味を果たさないからだ。
 コツコツ、軽く叩いては音の変化を確かめて――。
「ここかな?」
 草木で隠された、だけれどもしっかりと人為的な手を加えられた形跡のある抜け穴。
 人っ子一人がくぐるだけで精一杯であろう、その場所だったが、日和はおせち料理への期待と、央に会える喜びで……忘れていた。
「よ、っと――」

 ――ズシ、ミシ

 あれ、とばかりに何度も地面を蹴り、中へ入ろうとするが……動けない。
 もう一度、地面を蹴ってみるが、やっぱり動けない――明らかに、詰まっている、鹿が。
「(これって、ヤバいかも……?)」
 身体を戻してみようにも、やはり、鹿が詰まって動けない。
 その頃、央はおせち料理の準備を着々と進めていた……もうすぐ、準備も終わるだろう。
 日和はまだだろうか――と考えた時に、何やら居間から物音がする。
 勿論、此れは抜け穴の出口で――何やら、ただならぬ気配がして……彼は思わず、ツッコミを入れざる得なかった。
「……何しとんねん」
「……ごめん、ちょっと無理だった」
 鹿の大きさって、結構あるね、と照れて何やら弁解を始める日和の頭をクシャクシャと撫で、央がほんのり、笑みを浮かべた。
 央としては、満面の笑みのつもりであるが、感情表現は苦手――だが、日和には伝わったらしい。
「じゃあ、おせち料理、作るの手伝おうかな」
「おまえ、料理出来るんかいな」
 期待はしない、と言い切った央に、肉料理くらい、と日和が胸を張った。
 それほどまで言うのなら、好意を無碍にするのもよくないだろう。
 日和の料理スキルはあまり……高そうではないが、とりあえず央は口を開いた。
「じゃあ、かまぼこ切ってくれへん?」
「了解、了解」
 任せて、と日和がかまぼこを切る間に、煮物の調子を見る。

 ごぼう、れんこん、里芋……家の土台がしっかりするように、運気の見通しはよく、そして子孫繁栄を。
 昆布巻きのカンピョウをしめ『よろこんぶ』と喜びに結びつける……今年はいい年になりそうだ、恋人と一緒なのだから――。

 日和の方を振り返った央は、ちょっと待てぃ、とその手を抑えつけた。
「え、何?」
「逆手やん、逆手!包丁の持ち方は、こう!」
 日和の後ろに回り、包丁の持ち方を教える央、思わぬ形で密着する事になったが、二人とも必死で気付いてはいない。
「ほら、でもこっちの方が慣れてるし」
「それやったら、身体に刺さるやろ?」
 同じシノビ同士であるから、勿論、クナイと言った武器の使い方も分かる……だが、逆手なのは頂けない。
 残念だなぁ、なんて、日和は頭を悩ませ、ああ、と頷いた。
「焼くのは得意だよ」
 その言葉に、最早、不安なものしか感じない央であるが、とりあえず。
「そ、そうか。じゃあ、鯛を焼いて……」
 日和が紡ぐ印――火遁だ。
「待てぃ!」
「え、早く焼けていいじゃないか」
 当然ながらそれも阻止する央だが、便利なんだよ、と日和は当然とばかりに胸を張る。
 だが、央の方はハラハラし通しで、寿命も縮まった気分だ。
 何も出来ないんだなぁ、と不満そうな日和に『じゃあ、肉、料理しよか』そう言って、二人で肉を捌いていく。
 危なっかしい日和の手つきだが、ちょっとずつ、ちょっとずつ央が直していく……そして。

「完成や」
 ちょっぴり、見た目は残念なおせち料理になってしまったものの、頑張りと、そして愛は籠っている。

 鯛に、昆布巻き、紅白のかまぼこ。
 黒豆に栗きんとん、数の子に伊達巻き、海老、ごまめ――。

「うわぁ、美味しそう!」
 居間へと運んで、いただきます、挨拶をして頬張る。
 その箸も祝い箸と、念の入れようだ。
「うん、美味しい。あ、こっちも!全部美味しいよ!いい旦那さんになれる」
 次々に箸を伸ばし、幸せそうな日和の顔を、囲炉裏の炎が照らす。
 曇りのない、明るいその顔を見て、央は本当に良かった、そう、思う――おせち料理を作って、そしてこの人と会えて。
 そして、その『旦那さん』の隣に立つのが、日和ならもっと、良い。
 彼女が笑ってくれると、自然と笑みもこぼれてくる。
 やんわり、ゆるんだ表情で央は口を開いた。
「また来年も作ろうかいな……日和が食べてくれるんやったら、やけどな」
「勿論、絶対食べるよ」
 その裏に込められた思い、此れからも共に――改めて口にするのは恥ずかしいし照れくさい。
 だから、遠まわしに口にしてみて、それは解ってないかもしれないけど。
 来年も一緒だと、信じる事にして央もおせち料理を口に運ぶ。
 味がいいとは言えないかもしれない……でも、美味しい、そう、断言できる。

 温かい囲炉裏の熱に手をかざし、一緒の時間を満喫する。
 恋人らしい触れあいは無く、それでも、此れが自分たちのやり方だと言えるから。
 幸せだなぁ、なんて思わず頬が緩んでしまう日和。
「なんや、ニタニタして」
「んーん、何でもない」
 もしかしたら、自分が幸せになどなってはいけないのかもしれない……未だに、大切な人を眠っている間とは言え、殺してしまった経験。
 それは、深い痛みとして日和の中に存在している。
 央は先を『約束』してくれる、甘やかすだけじゃない、一緒に叶えていく人……ずっと、傍にいてくれる。
 だから、考えないようにしていた『明日』を望むことができた。
 でも、そんな近い関係に、怯えがない、と言えば嘘になる。
 本当に、一緒に居てもいいの――?

「あ、雪だ」
「これやったら、積もるやろなぁ」
 央の淹れたお茶をすすりながら、縁側に座って灰色の空を見上げる。
 同じ色をした、雪がハラハラと落ちてくる――雪は、大地を白く染め上げるのだろう。
 誰かが上げた、凧がくるり、くるりと空を舞っていた。
 子供達の笑い声も遠く、耳を澄ましながら二人の時間を堪能する。
「二人で過ごす正月っちゅうのも、ええなぁ」
「そうだね。おせち料理も美味しいし、温かいし」
「後は――初詣でも行こかぁ」
「……初詣?」
「行けばわかるって、でも、もうちょっとゆっくりしたいなぁ」
 自然と手が重なり合う、温かなぬくもり――だが、そんな事にはお互いに気付く事無く、空を見上げていた。
 この人となら、前に進もう、過去の負い目があったとしても……そう思う、強く、強く。
 雪は、二人を祝福するように、ハラリハラリと降り続いていた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib0532 / 日和 / 女性 / 23 / シノビ】
【ib2477 / 央 由樹 / 男性 / 25 / シノビ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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日和様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

此方こそ、お世話になっております。
お二人で過ごすお正月、と言う事で書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
漫才の様で中々、甘い雰囲気になりにくいとの事ですが――自然体でいられる二人を目指してみました。
新年の、お二人の情景を書かせて頂いた事に、感謝致します。
日和様とは、所々異なる場所がございますので、お時間があれば、読み比べて下さいませ。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
WF!迎春ドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2012年01月30日

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