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『WhiteFairy【Utopia】 』
セシル シルメリア(gb4275)


 炬燵のなかで、足下から、腰から、おなかから、ぽかぽかぬくぬくと包まれる感触。
 この理想郷は手放したくない。ひたすらに堪能したい。今日はもうどこにも行かずにこの理想郷で過ごしたい。そんな思いが過ぎる。
 鼻腔を突くのは、深い眠りを妨げる空腹誘導臭。炬燵が微かに揺れるのは、天板に何かを置いているからだろうか。
 そして、耳に心地よく響く――。
「ほらほら、寝てないで起きてくださいな!」
 ――恋人の、甘い声。
 セシル シルメリアはとろとろと瞼を開けていく。霞む視界がはっきりしてくると、そこには当たり前のようにフェイト・グラスベルの顔があった。
「明けましておめでとーなのです、今年もよろしくなのですよ♪」
 小さく首を傾げて笑むフェイト。さらりと髪が流れ、セシルの頬をくすぐる。
「……んぅ……くすぐったい……」
 でも、その髪を払いのけるつもりはない。このくすぐったさが寝起きには心地よくて、できればこのまま恋人を抱き締めてしまいたくなる。
 起きなければ。起こしてくれているのだから。でもその前にやはり一度だけ――。
「あけおめーです、ことよろーですー」
 言いながら、フェイトをかき抱く。
 腕の中にすっぽり入ってしまう、小さくて柔らかい恋人。その感触をもふもふと堪能するセシル。ちょっとだけ身体をくねらせて、起きて起きてと囁く声があまりにも甘い。
「……あん、駄目なのですよ。起きてくださいな、起きてくださいなっ」
 囁きながら、鼻先に軽く唇を寄せてくるフェイト。
 セシルは腕を緩めて彼女を解放すると、彼女の残り香を楽しみながら上体を起こした。もそりと腕を伸ばし、毛布を肩から被る。これで炬燵から出ている部分の防寒もばっちり、完璧な装備だ。
 炬燵の天板の上には、重箱と鍋、それから小皿やお椀などがずらりと並べられている。
「お正月といえばお節にお雑煮なのです! あ、日本的な流れって、大丈夫ですかねー?」
 笑顔を浮かべたと思ったら、今度はかくりと首傾げ。ころころと変わる表情が可愛い。セシルはお節やお雑煮、そしてフェイトの顔を順に見る。
 頑張って作ったんだろうと思うと、やっぱり抱き締めたくなる。だが、ここはひとまず我慢だ。
「お雑煮お節、全然おっけーですー♪ 既に日本文化を吸収済みなのです」
 これは黒豆、これはたつくり、これは栗きんとんでこちらは紅白なます――セシルは次々に指さし、名前を言っていく。
「よかった、じゃあ食べるのですよ♪」
 嬉しそうに笑い、フェイトはお雑煮をお椀によそった。

 お節もお雑煮も美味しくて、お腹も心もほっこりと満たされた。
 テレビは年始恒例とも言える番組ばかりだが、ぼんやりと見ているには最適だ。
 セシルが天板に頬をくっつけ、テレビを見つつまどろんでいると、くいくいと袖を引っ張るフェイト。
「ねーねー初詣行きましょうよー」
「……初詣?」
「ほらー、晴れ着も用意したんですよっ」
「晴れ着……」
「テレビ見ながら炬燵でのんびりもいいですけどー、やっぱりお出かけもしたいじゃないですか!」
 両腕に抱えた晴れ着をひらひら見せながら、フェイトはくいくいと袖を引っ張り続ける。
 初詣――確かに晴れ着とか着ているフェイトを見たいような気もする。
 気も、するけれど――。
「だが断る!」
 がばりと顔を上げるセシル。突然のことにフェイトは驚き、目を丸くして固まってしまった。
「この寒空、今日は布団でくるまれたこの理想郷を堪能すると決めたのです♪ ですから、フェイトも一緒に」
 ぐいっ、ずるずるずるー!
 フェイトの腕を引っ掴んで、炬燵の中に引きずり込む。
「理想郷へご案内ですー」
「……って、ちょ、何引っ張りこもうと……っ!」
 ハッと我に返り、フェイトは炬燵から逃れようとする。両腕をばたばたと動かしてはいるものの、そこにあまり力は入っていない。拒絶をしているわけではないのだ。
 そしてあっという間にセシルは彼女を膝の上に乗せ、後ろからがっつりと腰を抱き、身動きを取れなくしてしまう。
「……で、結局引っ張り込まれたとか」
 遠い目で呟くフェイト。もうここから逃れようとはしていない。
「いらっしゃいませー、ですー」
 セシルはにっこりと笑って、腕の中の恋人に囁いた。
「もー、分かりましたよ、今日はのんびりしましょか。……そうと決めたからには、イチャイチャするのです!」
 恋人はこくりと頷き、くるりと身体を反転させた。密着する胸と胸、今にも触れ合いそうな互いの鼻。
「寒くないです……?」
 向かい合うことで炬燵布団から出てしまったフェイトの背を、セシルは丁寧に両手で撫でていく。
 その手に背を押しつけるように身体をくねらせ、フェイトは笑った。
「……全然。だって、セシリーが暖かいから……大丈夫なのですよ♪」
 鼻先を擦り合わせ、吐息を絡めてくる。
「こうすればもっと暖かいのですー」
 セシルはフェイトを抱いたまま、ころりと寝転がる。
 そのまま右に、左に。ころんころんとフェイトを上に乗せ、セシルは狭い炬燵のなかを転がってみる。時折、炬燵の脚に身体をぶつけたり飛び出したりしながらも、そのたびにふたりで笑い「痛いですねー」と互いの身体をさすり合った。
 そのうちに転がることをやめ、もう一度炬燵に潜り込む。それまで上に乗っていたはずのフェイトはいつしかセシルの横に。そして炬燵布団を肩までかぶって、もう一度抱き締め合った。
 テレビから楽しげな笑い声が聞こえてきたので、二人とも首だけ動かして少しそれを見つつも、布団の中の身体はぴったりと密着していた。
 もぞもぞと、セシルの腰骨あたりを撫でるのはフェイトの小さな手。その動きに合わせるように、セシルはフェイトの髪にうなじから両指を絡めていく。
 手の平で後頭部を微かに撫でながら、絡めた指はそのままフェイトの耳に触れ、その形のいい輪郭を丁寧になぞり始める。
「……ん……」
 フェイトが、微かに吐息を漏らした。ふたりともテレビに集中できない。音声は雑音となり、そのうちに聞こえなくなるくらいふたりの世界に没頭していく。
 こつん、と額を軽く当てる。そのままふたりとも瞼を閉じ、指先で互いの存在を確認し始める。
 セシルの指は耳の輪郭から顎のラインを確かめて、そのまま首筋、頸動脈の上を滑り、服の上から恋人の鎖骨に触れていく。
 フェイトはそのたびに吐息を漏らし、身体をひくつかせた。鎖骨に触れている右手の指が再び首筋をなぞって上に。そして唇を撫でていく。と、その手を小さな両手がしっかりと握った。
「……フェイト?」
 瞼を開け、セシルは恋人を見る。フェイトも瞼を開け、見つめ返してくる。
 握られた右手、その指を、フェイトの唇が包んだ。かり、と前歯で軽く噛まれ、セシルは心地よさで全身に鳥肌が立つのを感じる。
 フェイトはにっこりと笑って唇を離すと、ふいにセシルから離れて上体を起こした。
「どうしたのですー?」
 ほんの少しだけ心配になり、セシルも身を起こす。
「暑くなったので」
 そう言って、フェイトは羽織っていたカーディガンを脱いだ。
「これで少し涼しくなったのです。セシリーも脱ぎましょ?」
 にこりと笑み、セシルのそれを脱がしながら、「これ以上は寒いかな」と呟く。
 そしてじっとフェイトを見つめてきた。
「……キス、してくださいな。キス♪」
 いつもの調子でおねだり。でもその眼差しは熱く、瞳は潤んでいる。
 両手でそっと頬を挟む。頬は上気してとても熱く、炬燵だけで暑くなっているのではないことがわかる。
 セシルは、くい、とフェイトの顔を上向かせ、半ば覆い被さるようにして唇を重ね合わせた。
 そのまま――彼女の背を、床につける。勢いがあったものの、彼女が痛くないように腕を咄嗟に回して護った。
 唇は離れない。どちらからともなく、軽く下唇を甘噛みし合い、舌先を這わせていく。
 唇と全身で互いの存在を感じ、キスだけで身体の芯まで溶けてしまいそうになる。
 セシルの手は徐々に下に降りていき、小さな肩や二の腕を撫でつける。柔らかな感触を求め、さらに恋人の身体の上を這う。
 重ね合った唇から、熱い吐息。小さな手がセシルの手と同じように動いて、あちこちを撫でる。服ごしでも相手の全てがわかる気がして、もっと感触を知りたくなってしまう。そうしている間にも互いの指先が服の隙間から滑り込み、そっと素肌に触れればそこから「愛してる」と聞こえてくる気がする。
「……しあわせ」
 一瞬だけ唇を離し、どちらからともなく言う。おもむろにまた重ね――唇の柔らかさ、甘さを必死に貪る。
 そして――とろけるような熱さに、そして理想郷へと身を委ねていった。

「……ふぇ?」
 ファンヒーターが三時間を告げる音楽を発し、それを目覚まし代わりにしてセシルは目覚めた。
 テレビは相変わらずついている。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。確かひたすら互いに触れ合っていたことは覚えている。キスも沢山して、とろけて――。
 腕の中では、フェイトが小さな寝息を立てていた。そっと腕を引き抜き、セシルは炬燵から出てファンヒーターの「三時間延長」ボタンを押す。
 炬燵に戻ると、フェイトも薄目を開けていた。目を覚ましたようだ。
 のそのそと起き上がり、ぼんやりと宙を見つめている。まだ先ほどの甘い余韻に浸っているのかもしれない。セシル自身も、唇や手に残る感触はまだリアルだ。
「確か日本のお正月って、お年玉があるんですよね? お年玉、欲しいのですー」
 感触を思い出しながら、それとなくお年玉をねだってみる。もしかしたらくれるかもしれない。
「ふぁ……? お年玉、ですか? ……いいですよ、大好きなセシリーのお願いですもの」
 フェイトは未だぼーっとしたまま、こくりと頷く。
 ――そして何を思ったのか、突然覚醒した。
 小さなフェイトは、覚醒によって外見も身長も成長する。あっというまにセシルよりも「大人」になってしまった。
「……お年玉くれるんじゃないんですか?」
 首を傾げるセシル。でも覚醒したフェイトに思わず見惚れてしまう。
 その見惚れた瞬間、恋人の顔が近づいてきた。そしてそのまま――今度はフェイトがセシルを押し倒してしまう。
「……お年玉なのです」
 まだどこか寝ぼけたまま、覆い被さって唇を奪ってくるフェイト。
 セシルは一瞬驚いたものの、すぐに両腕を恋人の背にまわして受け入れる。
「違うお年玉が……よかったです?」
「……これがいいのですー」
 囁くフェイトに、セシルは笑みを返す。今度は自分がすっぽりと包まれ、抱かれる形になってしまったが、この心地よさはたまらない。
 フェイトがリモコンに手を伸ばし、テレビを消した。しん、と静まりかえった部屋に、ファンヒーターの音と互いの少し荒い呼吸音だけが響く。
 セシルの腰を抱いている手に力が籠もった。それに応じるように上半身を少し浮かせて押しつけ、足を絡ませる。
「今度は……眠らないのです」
 セシルが言うと、フェイトは頬をすり寄せてきた。
 その様に、セシルは「あれ?」と思う。もしかしたら、フェイトはまだ寝ぼけているのかもしれない。絡みついてはくるものの、いつもの甘えん坊な表情がそこにあったからだ。
 それならそれで構わない。甘えられるのもたまらなく心地良い。
 ここにも理想郷があった――セシルはくすりと笑い、恋人をぎゅっと抱き締めた。

 初夢に乗せるのは、新たな希望と、仄かな感情と。
 今年はどんな夢を見るのだろう。
 けれど、ふたりの夢は暖かくて優しくて、甘い甘い理想郷。
 眠ることなく、この理想郷で夢を見続ける。朝が来ても、ずっと――。



   了



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb4275 / セシル シルメリア / 女性 / 17歳 / サイエンティスト】
【gb5417 / フェイト・グラスベル / 女性 / 10歳 / ハイドラグーン】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■セシル シルメリア様
お世話になっております、佐伯ますみです。
「WF!迎春ドリームノベル」、お届けいたします。
甘々……ということで、色々と「寸止め」しております。多分、これなら蔵倫様も通してくれるはずと信じながら書いておりました……!
炬燵が恋しくなりつつ、炬燵のなかでのイチャイチャはとても幸せだろうなぁと思った次第です。
もし何かありましたら、遠慮なくリテイクかけて下さると幸いです。
またお二人をこうして書く機会をいただけて、感無量です。ありがとうございました。
今回も、セシル様のノベルはセシル様視点となっております。フェイト様のノベルと比べてみてくださいね。

この度はご注文くださり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでもお気に召すものとなっていましたなら幸いです。
まだまだ寒さ厳しい日々が続くと思いますので、お体くれぐれもご自愛くださいね。
2012年 2月某日 佐伯ますみ
WF!迎春ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2012年02月16日

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