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『春待ち侘びて、雪に咲く 』
千代田清顕(ia9802)

 雪に咲く 赤のはなびら 生々と――

●初詣の帰りに
 西光寺 百合(ib2997)の天儀で迎えた初めての新年の記憶。
 それは彼女を負うて歩いている千代田 清顕(ia9802)の背の広さと、強張った彼の表情――哀しい記憶。

 百合は彼の背に顔を埋めていた。
 初詣の最中に足を挫いてしまった百合は、神社の社務所から清顕に背負われたまま境内を抜け露店を見、帰宅の途に就いていた。
(折角のお参りだったのに‥‥)
 頑張っておめかしして、清顕と一年の幸福を祈って――なのに、御神籤の結果は。
 どうしても挽回したかった、少し良くない恋愛運。
 良くない御神籤は樹に結び付けるといいよと聞いて、御神籤を高い場所へ結ぶほど願いが叶うような気がして――結果、足を挫いてしまったのだけれど。
 子供じみてやしなかったかと、今更ながらに恥ずかしい。殊に幼児よろしく背に負われている身としては。
『‥‥ほんとにこれでいいの? 皆そうするもの? 』
『皆なんてどうでもいいだろ。俺だけ見てなよ』
 何度となく繰り返されてきた言葉。
 恥ずかしくて、百合は周囲の目を気にする度に清顕へ問うた。
 だが清顕は、その度に事も無げに返すと軽々と百合を背負い直して歩き続けるのだ。

 もうどの辺りまで来ただろう。
 顔を伏せて運ばれるがままに任せていた百合は、突然立ち止まった清顕に驚いて、顔を上げた。
 頬に冬の寒気が触れる。まだ家には遠い、新雪積もる道の途中だった。道の両端に立ち並ぶ、椿並木が美しい。
「千代田さ‥‥」
 清顕の名を呼ぼうとして口篭る。姓でなく名で呼べと常日頃言われていたから、ではない。
 椿、綺麗ねと言いたかった――でも言えなかった。
「‥‥雪は、嫌いだ」
 ぽつりと乾いた声を漏らす清顕の表情は強張り、昏さを湛えた瞳が常の彼とは別人のように思えた。
 雪道を凝視する清顕の視線の先には雪中の赤。鮮やかに、生々しく散華する椿の花弁。
(千代田さん‥‥?)
 真冬に咲く花の潔くも儚い様は真白の雪との対比で美しくもあったが、それを見入る清顕の顔色は決して美を愛でる者のそれではない。
 彼の背という近くにいながら、二度と逢えない遠くに離れているような不安感に駆られて、百合はおそるおそる声を掛けた。
「きよ、あき‥‥?」
「‥‥ん? もっとしがみついてくれてもいいけど?」
 いつものように軽口を叩く彼。百合を気遣うような柔い微笑みを浮かべて、幼子をあやすように負い直す。
 不安げな彼女の様子に、清顕は苦笑して見せた。
「ごめんごめん、昔、雪には苦労させられたからね、つい」
 故郷が豪雪地帯だったんだよと説明する清顕だが、その態度は百合には何処か繕っているように見えて――哀しかったのだ。

●雪の日の記憶
 失敗した、彼女に気取られてしまうとは。
 韜晦には自信があったし演じ慣れてもいた。常に余裕ある態度は清顕の地だし、本心を悟られぬよう幼い頃より調練された身だ。
 だが――
『きよ、あき‥‥?』
 己を覗き込む、百合の不安気な表情が頭を離れない。あんな顔、させたくはなかったのに。

 初詣から後、表向きは何事もなかったかのように日は過ぎた。
 だが、当人達の心中に波が立たなかった訳ではなく、寧ろ表立たぬ気遣いの上で成り立った、ぎこちない遣り取りの日々が続いている。
 いつものように努めて朗らかに清顕が軽口を叩いても百合は考え込んだきりだ。笑顔で接しても、まるで韜晦を見透かすかのような眼差しで、沈痛な面持ちで見つめ返して来る。
 何となく互いに気まずくて、清顕は家を空けがちになっていた。
 留守にすると言っても忍犬のモクレンがいる事でもあるし、行き先は開拓者ギルドである。仕事探しの名目で通った末に、他国での仕事を請けて来た。
「泊りがけの依頼を請けてね、帰りは明後日になりそうだ。君と逢えないのは辛いけど、しっかり稼いで来るよ」
 夕方、精霊門が開くまでに出立の準備をと手際よく荷造りをしていた清顕は、いつも通りの軽口で百合に話しかけた。
 百合の反応はこの数日、同じだ。
「‥‥そう。行ってらっしゃい」
 抑揚のない声、心此処に在らずの様子。
 留守はモクレンと忍犬のラミアがいるから大丈夫、気をつけてと送り出された清顕だが、心に懸かるのは百合の憂いを帯びた姿だった。

 夕闇に溶け込んでしまいそうな黒の貴婦人、白雪に紛れてしまいそうな透き通った白肌のひと。
 日の光に溶け消えてしまいそうな、儚げな女。
 見送る百合の姿に、あの日の哀しげな表情が喚起され、そして――ふいに姉の面影が重なった。

 清顕には姉がいた。
 病弱で厄介者扱いされていた姉は、里の総領息子として育てられた清顕とは別に暮らしており、姉らしい記憶は殆どない。長じて姉だと知らされた時は驚いたものだ。
 美しい人だった。陽に晒されぬ白い肌は青白く透き通り、なよやかで儚げな佇まいをしていた。身体が弱く命の儚さを知るがゆえに、他者に対しても慈悲の心で接する事ができる、心根の優しい娘だった。
(今頃の時期だった‥‥)
 赤い、赤い血が点々と真白な雪を染めたのは。感情の消えた昏い瞳で夜道を睨む。
 シノビの世界は勢力の潰し合いだ。
 清顕の里を襲った災厄もまた、そうした敵対勢力の一団に拠るものだった。その日、敵襲に対し防戦で手一杯だった清顕達は救援が後手になり、結果、里は幾人もの犠牲者を出した。
 白い雪に散る、赤い血痕。命尽きた里人達。
 漸く救護に駆けつけた清顕が既に事切れていた姉を見つけたのも、姉を掻き抱いた彼に非情な現実が突きつけられたのも、その時の事である。
『どのみち長くは生きられんかったろう。これで良かったのだ』
 彼女の救出が他の里人よりも後回しにされたのだと知ったのは、ほかならぬ里長の言葉からだった。
 病弱で働き手の一ともなり得ず厄介者扱いをされていた姉。病に臥せり身動きが取れなかった姉が逃げ遅れるのは当然、救援を後回しにするのは、すなわち見捨てる事を意味する。
 死んで良い人間などいるはずがなかった。ましてそれは清顕の姉だった。
(椿は‥‥あの時の血痕を思い出させる)
 忘れる事のできない惨劇を振り払うように頭を振ると、清顕は気持ちを切り替えて精霊門を潜った。

●月下の雪椿
 二日後の夜。
 おかえりなさいと清顕を出迎えた百合は微笑んで言った。
「ただいま。何か良い事があった?」
「内緒」
 相変わらずの軽い口調で応じながら清顕が上がり框に腰掛けると、濯ぎ桶を持ってきた百合は人差し指を唇に当てて微笑った。
 明らかに一昨日とは様子が違う。
 さて、お姫様は一体何を内緒にしているんだろうねと、盥の湯で足を濯いだ後、荷を持って座敷に上がるが特に変わった様子はない。
「ああ、ラミアもモクレンもただいま」
 縁側で主達に尻尾を振っていた忍犬達にも声を掛けた――その時だった。

 月明かりに庭がはっきりと見えた。
 積雪の庭一面にあるはずの雪がなく、代わりにあったのは。
「こうしたら雪も悪くないでしょ?」
 驚く清顕の背に百合の声が掛かった。明るい声に振り返れば、彼女は笑顔で己を見ている。
「百合‥‥?」
 庭の雪を覆うように白椿を配したのは、言うまでもなく百合の仕業だった。
 昼の間に山へ入り自然に落ちた綺麗な状態の白椿を拾い集めた百合は、清顕の帰宅までに庭へと敷き詰めたのだ。
 大変だったろう。白椿を集めるのも敷き詰めるのも勿論ながら、途中でモクレンやラミアが遊びたがってちょっかいを出したに違いなく、庭でおとなしくしているラミアが服を着ていたりする辺りに百合の苦労が偲ばれた。
「君の手‥‥」
 百合が咄嗟に隠そうとするのを両手で包み込む。白く美しい指はすっかり霜焼けになって赤くあかぎれていた。
 恥ずかしさに顔を背けて百合は思う。
 雪を見て辛そうな清顕の心が、少しでも軽くなるように。辛さ悲しさを無くす事はできないけれど、これからは幸せになって欲しい――だって私は、彼が時々見せる本当の笑顔が好きだから。
(私の側でなくても構わないから‥‥清顕さんが嘘の笑顔でなく笑っていられるように)
「‥‥ね?」
 笑って? 私が好きな、本当の笑顔で笑って?
 子供騙しだとは思う、けれど彼の幸せだけを念じて起こした行動は百合の精一杯の想い。
「ばかだな‥‥」
 清顕は百合を抱き締めた。

 優しい、君。ひたすらに他者の幸せを願える、心優しい百合。
 子供の遊びのように懸命に埋めたのだろう百合の姿が、己の帰宅を今か今かと待っていただろう百合の心が容易に想像できて、ただただ愛おしかった。
 己の心に降り積もった赤い雪は、冷たく凍り付いて根雪のように二度と溶けぬものと思っていた。だが、白椿で埋め尽くされた雪は清らかで、記憶の雪が白く塗り替えられてゆくような気がした。
 一族を憎んだ末に里を出た。だが己の憎しみは一族に対してでなく己自身に向けられたものでもある。
 姉を助ける事ができなかった自分。真白の雪を血に染めた自分。

 ――いつかは全てを赦せる時が来るだろうか。

 来るような気がした。
 腕の中の恋人が、雪解けの刻を運んでくれる。そう信じたいと思った。
 椿は木偏に春と書く。
 冬のさなかに咲き、春を待ち侘びる花。来たる春を喜び迎え、生を寿ぐ花。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia9802 / 千代田 清顕 / 男 / 28 / 韜晦を続けていた男】
【 ib2997 / 西光寺 百合 / 女 / 27 / 初心で無垢な箱入り娘】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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周利でございます。
初詣イベシナの続きとのご申請、ありがとうございました!

そして‥‥大変重要な心情をお預けいただきましてありがとうございました。
喜怒哀楽の見え難い人で、お姉様を看取った際にも崩れなかったと聞く鉄の感情との事でしたが、
ご希望に添った描写になっておりますでしょうか‥‥緊張しきりです。

百合さんが、これから清顕さんに人らしい感情を目覚めさせてゆくのですね。
お互いになくてはならない二人。どうか今後ともお幸せにv
WF!迎春ドリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年02月17日

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