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『いと惜しき、愛しき日々。 』
ラルフェン・シュスト(ec3546)

 眠りから、覚めるたびに噛み締める。当たり前に、目覚めればそこに居てくれる家族。愛しい妻に、可愛い娘達。
 ラルフェン・シュスト(ec3546)はそれを想うたびに、言葉には尽くせない、尽くせるはずもない幸いに、目眩にも似た喜びを覚えるのだ。今日もまた始まる、昨日と同じ、一昨日と同じ、変わらぬ朝を迎えられた事に。
 思うのは、想うのはいつも、ただ感謝。そして喜び。
 こんな自分を選び、愛してくれた妻に。こんな自分を父と選び、生まれてきてくれた娘達に。
 目眩がするほどのささやかな幸せに、かつては繰り返しうなされた悪夢ももう、見ない。代わりに優しく幸せな夢を見て――或いは夢すら見ずに、疲れて眠る家の中にはいつも、愛しい妻と娘達の気配がある。
 それを、噛み締める。噛み締め、ただその無事と幸せを、祈るように願う。
 ――今朝も、また。

(お疲れ)

 赤子の頃は尚更に見分けのつかない、そっくりな寝顔ですやすや寝息を立てる双子の娘達の横で、ぐったりと疲れた様子で眠る妻の頬に、愛情と労いを込めてキスを落とす。それからもちろん、起こさない様に細心の注意を払って、可愛い娘達のほっぺたにも愛情と感謝を込めて。
 片方が泣けばもう片方も泣く、双子の小さなお姫様達のおかげで、パリ郊外にあるシュスト家の屋敷はいつも戦争中だ。それはもう、ただ幸いを噛み締めていられるような生易しいものではない。
 それでも、ラルフェンや妻が癒されるのもまた、可愛い娘達のおかげだった。片方が笑えばもう片方も笑い、ご機嫌の時には何やら声をあげている、きっと傍から見れば『そんな事で』と思われそうなささやかな事で、そこに娘達が確かに在るのだという滲むような幸せが胸に込み上げる。
 だから。どうかこの幸せが、ただ当たり前に、当たり前に続いていきますように。何事もなく健やかに、幸いに過ごす事が出来ますように。
 祈りを込めてキスをして、ラルフェンはそっと足音を忍ばせ、部屋を出た。窓から見えるパリの街並みは、今日も変わらず雪景色。
 それは、ラルフェンがこの国に来た時から変わらぬ、冬の光景だった。





 朝もまだ明けやらぬ、爽やかな空気の中に何とも言えない香りが広がった。きちんと沸騰させたお湯をティーポットの中に注ぎ、茶葉を踊らせて蒸してもなお、その香りが変化することはない。
 何かと賑やかなパリには幾つも名物があるが、そのうちの1つが間違いなく、迷茶「ムーンロード」だろう。とあるウィザードによって配合された、飲むと眠気どころか魂まで別天地に飛んでいきそうなほど恐ろしく苦く、恐ろしく不味い、お茶というカテゴリーに分類するのはお茶に対する冒涜とすら言える雑草茶である。
 そんな物騒な(?)お茶が何故、シュスト家の台所にて存在を誇示しているのかと言えば。

(まさかこうして役立つとは思わなんだが‥‥)

 口中で呟きながら、ラルフェンはティーポットから、ティーカップへと中の液体を注いだ。その途端、今までにも増して強烈な香りが一杯に広がって、用心のために開けて置いた台所の窓から外へ、流れ出していく。
 彼はこの所、この『迷茶』を早朝の目覚まし代わりに嗜んでいた。文字通り、この劇的な苦さ・不味さが吹っ飛んでいくお茶は、寝起きの身体を一気に覚醒させるには実に役に立つのだ。
 とはいえ、当然ながらシュスト家の中で、この迷茶を嗜むのはラルフェンだけだった。否、シュスト家に限らず、好きこのんで迷茶に手を伸ばす物好きは、パリ広し、パリッ子多しと言えども、ひどく少数派である。
 そのラルフェンとて、嗜好品として嗜むのではなく、あくまで実用品として利用しているに止まるのだから、迷茶の威力たるや推して知るべし。どこぞでは罰ゲームにも使われていたり、とある月精霊が実はこっそりお気に入りだったりするくらい、一般的な『お茶』ではない。
 こくり、ティーカップに口を付けたラルフェンは、何とも言えない顔でそれを飲み込んだ。中身を迷茶と知っていて嚥下するには、非常な努力と意志の力と、時に場のノリや思い切りといった要素が必要になる、それはそんな味だった。
 幾度飲んでも飲み慣れると言うことを知らない、実に破壊力のある不味さに、意識が吹っ飛びかけるのを理性で踏み留まる。ある意味で、ラルフェンの意志力の鍛錬にもなっているかもしれない。
 軽く頭を振って念入りにティーポットとティーカップを洗い、片付けた。そうしていつも通りに身だしなみを整え、庭に出たラルフェンを、待っていた愛犬達がぱっと立ち上がり、尻尾を振って出迎える。

「おはよう。今日も元気そうだな」

 声をかけると、愛犬達は嬉しそうに一声鳴いた。もちろん、家の中でぐっすり眠っている愛娘達と、疲れて眠りに就いている妻は起こさないように、愛犬達も気を使っている。
 よしよし、と頭をわしわし撫でて、ラルフェンは日課の鍛錬を開始した。冒険者たるもの、いつ何時のことがあってもその時、その時でベストを尽くせるよう、常に備えておかなければならない。
 まずは身体をほぐしつつ、やがて本格的に動き始めた主を、愛犬達が誇らしそうな眼差しで見守った。やがて、うずうずと前足を動かし始めたのに気付いて、おいで、と声をかけると嬉しそうに飛んでくる。
 そうして、疲れ過ぎない程度に身体を動かしたラルフェンは、いつも通りのメニューを終えてようやく動きを止めた。ふいと空を見上げれば、気持ちだけ早くなってきた太陽がもう顔を見せている。
 額に浮いた汗を布で拭い、いったん家に戻って湿ったシャツを着替えると、改めてラルフェンは愛犬達を引き連れ、パリの街へと歩き出した。愛犬達の散歩を兼ねて、冒険者ギルドへと向かう。
 お行儀よく、けれども嬉しそうに歩く愛犬達に、微笑み、時に話しかけながらラルフェンは、昨日とは違う道を選んで、パリの街を通り抜けていく。
 普通の地図には載っていない、パリの裏地図の道ももうすっかり覚えてしまった。それを確かめるように、何か変わっていないか、珍しいことが起こっていないか確かめるように、毎日違う道を歩き、違う人と出会い、違う風景に触れる。
 昔は見知らぬ街だった、この街が今、ラルフェンが生きる街だ。そうしておそらくはこれからもずっと、生きていく街。
 川沿いに位置する冒険者ギルドには、まだ早朝だというのにすでにちらほらと人が居た。数多の冒険者達を抱えるギルドは、基本的に常に門戸を開いている。例えそれが真夜中であろうと、だ。
 きょろ、と見るともなく見回したギルドの中に、顔馴染みの受付嬢シーナ・クロウル(ez1141)を見つけたラルフェンは、おはよう、と声をかけた。何やら書き物をしていたシーナが、顔を上げてぱっと顔を輝かせる。

「おはようございます〜」
「今日は何か、変わった依頼はあったかい?」
「えっと、そうですね〜‥‥」

 う〜ん、と唸りながら記憶を辿り、掲示板を見つめるシーナと他愛のない言葉を交わす間にも、ギルドには幾人もの冒険者や、依頼人らしき人が姿を見せては、去っていった。顔見知りがいれば声をかけ、そうでないならただ見守る。いつか、依頼で一緒になる事もあるだろう。
 そうしてしばらく過ごしてから、シーナに別れを告げたラルフェンは、その足で冒険者酒場へと向かった。ここの名物(?)は古ワイン――だが、雪の中を歩いて冷えた身にはさすがに堪える。
 だから暖かなスープを注文して、ラルフェンは程良く暖まった酒場の中をきょろ、と見回し、程々に暖炉に近いテーブルに腰を下ろした。愛犬達にもミルクを貰い、ゆっくりと暖を取りながら、居合わせた顔見知りの冒険者と、この頃の調子や家族の話なんかをする。

「まだまだ、しばらく大変だぜ?」
「だろうね」

 すでに子持ちの彼が、しみじみと当時を振り返って肩を叩いたのに、ラルフェンは微笑みながら肩を竦めた。お互い、その労苦の向こうにある幸いもよく知り尽くした顔だ。
 いくら可愛い娘達と言っても、音を上げたくなる時だって確かにある。けれどもそれ以上に愛おしいからこそ、幾ら疲れ果ててもまた頑張ろうと思えるのだろう。
 今日は久しぶりに依頼に向かうという彼を見送って、ラルフェンも愛犬達とともに冒険者酒場を出た。このまま家に帰ろうかと少し悩んで、シュクレ堂へと足を向ける。
 パリの一角で営業しているシュクレ堂は、今日もパンや焼き菓子を買い求めて、早くもパリッ子が姿を見せていた。その中に混じってラルフェンが買い求めたのも、ちょうど焼きたてのふわふわパンに、作りたての焼き菓子だ。
 パリには他にもシュクレ堂のパンを買える所があるが、やはり本家本元の焼きたてパンはここでしか購入出来ない。恐ろしく柔らかいパンに、蜂蜜をたっぷり練り込んだ生クリームを挟んだ甘いパンも、同じく蜂蜜を使った甘い焼き菓子も、是非にと買い求めに足を運ぶ者が居る。
 まだ暖かなパンと、袋入りの焼き菓子を詰めた紙袋を、礼を言って受け取った。中から1つ取り出して、半分に割ったうちの1つを愛犬たちに均等に分けてやり、残りの半分をかじりながら雪の街を、我が家に向かって歩く。
 愛する妻に、良いお土産が出来た。娘達に食べさせて良いかどうかは、その妻の意見を聞いてからだけれども。





 パリにやってきた時、ラルフェンは独りきりだった。愛する者を失い、その過去から逃れるように独りパリに辿り着き――愛する妻を始めとして、様々な人々に出会ったのだ。
 日々変わらぬ、何気ない暮らし。何気ない笑顔。他愛のない会話。こうして毎日違う道を歩き、パリを巡るのはまるで、そうした何気ない、この上なく尊く大切なものを確かめるための行為にも、似ていた。
 それはもしかしたら、再び喪失することを恐れるが故の行為なのかも知れない。手の中にある、溢れるほどの幸せが涙が出そうなほど愛おしくて、二度と失うことなど考えられず。
 ――戯れのようにそんな事を考えながら歩いていたラルフェンは、ふと浮き足立つ人々に気付いた。何かお祭りでもあっただろうかと記憶を辿り、そうしてそれを思い出す。

「もうすぐバレンタインか‥‥」

 1年に1度、愛を込めて贈り物を渡す日。昔は男性から意中の女性に、愛を込めた花束を渡すのが慣例だったけれども、その縛りも薄くなって久しい。
 だからラルフェンも、愛する妻に今年は何を送ろうかと考えながら、浮き足立つ街を歩く。商店街へと足を向けると、贈り物にふさわしそうなちょっとした小物やアクセサリーなんかが、店の一番目立つところに置かれていた。
 店先をのぞき込み冷やかしながら、眠っていた妻の顔を思い出し、その傍らですやすやと寝息を立てていた双子の娘達を思い出す。
 バレンタインが終われば、愛する娘達の誕生日だ。彼女達が生まれた――生まれてくれた日の事を、ラルフェンは一生忘れないだろう。
 ラルフェンの初めての子は、生まれる前に天に召された。それが一因となって、先妻もまた我が子の後を追うように儚くなったのだ。
 だからまた、生まれる前に失うのではないかと、恐れた。大切な、愛する者をまたなくしてしまうのではないかと、怯えて――生きた心地がしなくて、余りに落ち着かないラルフェンを見た者に「どっちが子供を産むのだか」と笑われたほどで。
 だからこそ、最初の産声が聞こえた瞬間、ラルフェンはこの上ない安堵と、それから例えようのない喜びを覚えたのだ。瞳を閉じれば今だって、娘達の産声が耳に蘇る。
 1歳の、娘達が生まれて初めての誕生日だから、改めて妻の労苦を労いたいし、我が子と生まれてくれた娘達にも感謝と祝福を伝えたかった。さて、と幸せな気持ちで悩み始めたラルフェンは、気付けば鼻歌を歌っている。
 有難う、お疲れ様、愛してる――繰り返し妻や娘達に伝え、囁く想いや言葉はあるけれども、ラルフェンの胸の内はとうてい、千の言葉を尽くしても伝わる事はないかも知れない。万の言葉を囁いたとて、溢れる想いをすべて伝えることは出来ないだろう。
 それでも、だからこそ。いつでも胸に溢れる想いを、どう表し、伝えれば良いのか。
 優しくも悩ましい課題に頭を悩ませるラルフェンの頭上から、ラルフェン・シュストさん、と声がかかった。

「ラルフェンさん? お届け物だよ」
「ああ、ありがとう」

 小さな両手で手紙を抱えたシフールに、礼を言ってラルフェンはそれを受け取った。読まなくても良いのかな? と尋ねるシフールに手を振って、署名を確かめれば長女のコリルからの手紙だ。
 知らず、頬が緩んだ。シフール便の訪れにいったん中断していた鼻歌を再開し、首を傾げて主の手元を見上げる愛犬達に「コリルからだよ」と教えてやる。
 長女のコリル・キュレーラ(ez1187)――ラルフェンの養女となった今はコリル・シュストと呼ぶべき長女は、目下、他領の騎士の下で修行中の身だった。ラルフェン自身も、当時はまだ結婚はしていなかった妻とともに、コリルの旅立ちを見送ったのだ。
 『お父さん』とラルフェンを呼ぶ声と、輝く笑顔が蘇ってますます、ラルフェンの頬が緩む。シュストを名乗ることを、これから家族がどんどん増えていくことを、コリルはたいそう喜んでいた。
 手紙は日々の修行やあちらの様子、ラルフェン達を気遣う内容が殆どだった。最初から終わりまでを一気に読み通し、確かめるようにもう一度読み直してから、丁寧に畳んで懐にしまう。
 妻にも見せてやったら、きっとひどく喜ぶだろう。そうだ、お姉さんから手紙が来たよと、愛娘達にも読み聞かせてやらなければ。
 早速、コリルへと送る返事をあれこれと考えながら、それにしても、とラルフェンは思わずには居られなかった。

(風邪を引かず、元気でいるだろうか‥‥)

 どこにもそう言った事は書かれていないけれども、だからこそ心配は募る。怪我などはしていないか、しっかりと食事は取っているのか。騎士修行の身にあまり過保護なことは良くないが、シフール便の返事と一緒に何か送ってやろうか。
 そうした事に頭を悩ませ、心配するのは、けれども親だからこその幸せな特権なのだった。





 煙突からは、暖かな煙が立ち昇っていた。疲れて眠っていた妻が、起き出して朝食の準備を始めたのだろう。
 少しはなれたところからその煙を見上げ、目を細める。足元を歩いていた愛犬達が、早く帰ろう、と急かすようにうろうろ歩き、小さく吼えた。
 眼差しを落とせば、見上げてくる愛犬達と目と目が合う。知らず、微笑みラルフェンはしっかりと紙袋を抱えなおして、愛犬達の頭を撫でた。

「そうだな、帰ろう」

 帰る場所がある。お帰りと、出迎えてくれる家族が居る。家で待つ家族を想い、早く帰らなければと足を速める。
 とても当たり前の、取り立てて数え上げるほどでもないそんなささやかな幸せを、今でもラルフェンは噛み締めるのだ。家に帰り、玄関をくぐって「ただいま」と誰かに言える事が、眩暈がしそうな程の幸いだと感じる。

「ただいま」
「おかえりなさい」

 帰ってくる、歌うような柔らかい声にまた、滲むような幸せが胸に満たされた。朝とは違い、ハーブティーの良い匂いのする台所に顔を出すと、ラルフェンの抱えたシュクレ堂の紙袋に、妻がぱっと顔を輝かせる。
 双子のお姫様達は、今はまだ眠っているようだ。うっかり起こさないように、後で覗きに行くとして。


 ――さあ。この上なく平凡で、この上なく贅沢な、幸せな朝食にしよう。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名    / 性別 / 年齢  / 職業  】
 ec3546  / ラルフェン・シュスト / 男  /  32  / 代書人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

のんびりと幸せを噛み締めるお散歩なひととき、如何でしたでしょうか。
日々に幸せを感じられるのは、本当に素敵な事だなぁ、と思います。
毎日1つ、寝る前に今日の良かったことを呟くようにすると、「今日の良いこと見つけなきゃ!」って前向きになれると誰かが申しておりました(ぇ
ぇっと、そしていつもと変わらず、イメージが違った時は遠慮なさらずリテイクをずずい、です(土下座

息子さんのイメージ通りの、何の変哲もない得難き優しい日々のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WTアナザーストーリーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2012年02月20日

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