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『誰も知らない普通の子 』
皇・茉夕良4788)&守宮桜華(NPC5244)

 皇茉夕良バレエ科塔を歩いていると、バーに捕まってストレッチをする生徒や、個人レッスン場で踊っている生徒が目に入る。
 聖祭とか大会とか関係なく、練習はするし、踊るのは好きらしい。

「懐かしいわ……」

 茉夕良はまだ身体の出来上がっていない華奢な女の子達が、笑いながら一緒に踊っているのを見ると、自分がバレエをやっていた頃を思い出して、つい目を細めて見てしまう。
 さて、彼女もどこかで練習しているのだろうか。
 茉夕良がバレエ科塔を探索しているのは他でもない。守宮桜華の行方を探しているのだ。

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 茉夕良が階段を昇っていると、音楽が流れて来て、ふと足を止めた。
 この曲は……「眠れる森の美女」のだったわね?
 もしかしてと思い、自然と曲の方角へと足が向いていた。
 流れていたのは、階段と階段の間の広い空間で、ここにもバレエのストレッチ用のバーが設けられていた。既に放課後で、本格的に練習する生徒達は体育館のダンスフロアに言っているか、個人レッスン場に出向いている。おかげでこのスペースで踊っているのは桜華しかいなかった。
 桜華はレオタード姿で踊っていた。
 舞台で見たバレエではなく、今はストレッチとして曲に合わせて足を伸ばしたり跳んだりしているだけのようだ。
 1曲終わった所で、ようやく彼女の動きは止まった。

「お疲れ様です」

 茉夕良が声をかけると、桜華は背中をぴくっと震わせて、ようやく茉夕良に気付いたように振り返った。

「……ごめんなさい。ストレッチしてたから」
「いえ。身体を使うのは重要ですから」

 桜華は端に寄せていたペットボトルとタオルを取りながら、茉夕良の傍に寄って行った。

「どうかしたんですか? こんな所まで」
「いえ。……楠木えりかさんについて教えて欲しくって」
「あら。えりかちゃんの事……本当だったんですか」

 彼女には既に連絡はしていたものの、訊かれる事は半信半疑だったらしい。
 桜華は首を傾げつつ一口だけペットボトルに口をつけると、話し始めた。

「でもあの子、普通の子ですけどねえ」
「そうなんですか」
「はい。バレエもこの学園に入学するまでした事ない子ですし。……実際お世辞にも上手いとは言えませんね」
「でも、あの子は確か出ていませんでしたか? 「白鳥の湖」に」
「……あの子の友達が、本当は踊るはずだったんですよ。オデットを。でも練習中に足を捻って、無理して踊ったら悪化するからと、舞台で踊るのを医者に止められたんですよ。大した怪我ではなかったんですけど、悪化したらいつまで経っても治りませんから」
「そうですか……」

 確かにバレエは、見た目に反して体力勝負の芸術だ。
 でもそれなら下手な子にわざわざ主演を任せるだろうか……?

「でも面白い子ですね」
「その面白いって言うのは……」
「そうですね……何と言うか」

 桜華は少し思い出したように、口の中で笑った。
 茉夕良はそれを見ながら、いつか慌てて走っていくのだけ見たチュチュ姿の少女や、今まで数回だけ見た真っ黒なチュチュの少女を思い浮かべる。
 オディールには存在感があったような気がしたが、彼女自身にはオーラらしいものは全く見受けられない、本当に「普通」としか言いようのない子だった気がする。……断定できない時点で、彼女の印象が薄いと言う感想は否めないが。

「あの子、この学園で全然競争って言うものにこだわっていないんですよ」
「競争に……ですか?」
「ええ。それに。本当に下手だけれど、いつも楽しそうに踊っている子ですね。普通皆できる事ができなかったら、どこかで劣等感を持つのに、あの子はそういうもの持ってないんですよ。そのせいか、いつも理事長館で練習していますね。あそこにも個人用レッスン場ありますから」
「…………。そう言えば、先輩はどこで彼女に初めて会ったんですか?」
「そうですね……秋也に会いに理事長館に行ったら、そこに彼女がいたんです」
「そんなにしょっちゅう、理事長館に行っているんですか? その、楠木さんは」
「いつもいる訳ではないですけど……、よく練習したりお茶飲んだりしているみたいですね。小母様、普段から遊びに来る生徒にお茶振る舞ってるからあまり気にしてませんでしたけど」
「……先輩は、彼女に「白鳥の湖」任せて、どう思いましたか?」
「そうですね……」

 桜華は笑っていた。
 思い出し笑いで、くぐもったような、はにかんだような笑いを浮かべる。

「下手でしたねー、ちゃんとピルエットで立てませんし、ターンも2回以上続けてできませんし。でもマイムだけは踊るはずだった子に負けていませんでしたね。バレエは踊りだけ上手くても仕方ありませんし。演技ができて、存在感があって、そして踊りが上手くないと。マイムだけの場面は皆目を見張っていたみたいですね」
「…………」

 決定的証拠はない。
 彼女自身がオディールかどうかと言う。
 でも、何で彼女はそんなに理事長館にいるのだろう?
 桜華は織也のしてきた事は知っていても、怪盗オディールの事は本気で知らないようだった。
 でも……。
 理事長館を出入りしていたのなら、秋也は知っているのだろうか? 彼女の事を。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年02月24日

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