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『楽園 』
夜神・潤7038)&聖栞(NPC5232)

 昔々。
 アダムとイブと言う男女がいた。
 アダムとイブは何も知らず、ただ楽園で平和を謳歌していた。
 何も知らなくとも、楽園の中は幸せに溢れていた。
 神から言われた事はただ1つ。
 赤い実を食べてはいけない。
 その実を食べたら、楽園から追放しないといけないと、そう神にきつく言われたのだ。

 しかし。
 アダムとイブは楽園から追われる事となった。
 食べてはいけない赤い実――りんごを口にしてしまったから。
 それは、2人に知恵を与えた。
 神が何故それを恐れたのか。
 知恵がなければ、人は不幸が分からない。
 知恵があれば、人は不幸を知ってしまう。
 人は幸福を求めれば、そこに際限がない。
 際限ない幸せの探究こそが、もっとも不幸な事なのだから――。

 2人が口にした知恵は、一体どんな味だったのか、今となっては分からない。

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 夜神潤が絵本を読んでいた時、広げていた本に影が落ちたので、顔を上げる。

「待たせたかしら?」
「いえ」

 昼間の図書館には人がいない。
 今は初等部から高等部までは授業中なのだから、この時間に図書館を利用する生徒はいないのだ。潤は大学部なので、この時間はいつでも出入りできる。もっとも、普段は大学の敷地内の図書館を利用するので、自分が読むにはいささか物足りないものが多いが、少なくともこうして時間を潰す事はできた。
 閲覧室には、今は夜神潤と聖栞しかいない。

「あら、旧約聖書の絵本?」
「暇潰しです」
「そう。向かいに座っていい?」
「どうぞ」

 そのまま聖栞は向かいに座る。
 今の時間は図書館委員もカウンターにはおらず、ただ司書がカウンターの中で事務仕事をしているばかりだ。今は誰も来る事もないだろう。

「訊いていいですか?」
「どうぞ」
「結界についてです」
「あら……」

 栞の顔が少しだけ曇る。
 この件はやはり、今まで黙秘していた事か。
 潤は彼女の反応でそう確認しつつ、口にする。

「星野のばらに会いました。彼女は結界の張られている学園内からは出る事ができないようですが。あれは彼女を外に出さないようにするためのものですか?」
「……そうとも言えるし、そうとも言えないわね」
「……? そうとも言えないと言うのが分かりませんが」
「そうね……。星野さんに会ってしまった以上、隠し事はできないから、言うしかないわねえ」

 栞は溜息を吐くと、両手で頬杖をつく。
 珍しく眉を潜めているのは、よっぽど口にする事がためらわれる事なのか。

「まず。星野さんが学園の中で自殺した。ここまでは多分星野さんから聞いていると思うけど」
「はい、彼女自身は1人で可哀想なのは嫌だと、そう言っていました」
「そうね……。彼女は相当不遇だったから。友達もいたし、恋人もいた。才能も恵まれていて、名前通り、エトワールになるにふさわしい子だった。でも、これだけ完璧な人間を、誰もが愛せるかしら?」
「……人は妬みます」
「ええ……。うちの甥御の事は、どこまでご存じ?」
「海棠君は双子で、学園にいる方が秋也君、外の学校に通っているのが織也君と伺いました」
「……そう」

 沈黙が降りる。
 栞はどうも相当言いにくいらしく、視線が下に落ちている。
 どうも分からない。何故この双子が星野のばらの自殺に関わっているのか。そもそもこの3人の関係性は、噂程度にしか聞いてはいないのだから。
 肉親からは、この3人の関係はどう映っていたのか。

「織也は劣等感の塊だったからね。秋也に嫉妬していたのよ。
 才能があって、技術があって、認められて。
 2人とも、私から見たらどちらも才能があったのよ。
 ただ残念ながら、ほんの少し。ほんの少しだけなのよ。秋也の方が抜き出ていたから、世間は秋也を持ち上げた。織也がそれを幼少期の頃からずっと見続けていたからね。
 そして何より、彼にそっくりな恋人がいたから。
 妬ましくて、あの子は兄よりも優れているものを探した。
あの子自身もそこそこ女の子は寄って来たけれどね。13歳の男の子から見たら、彼女程完璧な人は見つからなかったのでしょうね。
織也は彼女を奪おうとしたけれど、彼女に拒絶された。
 残念ながら、私も2人の間に何があったのかまでは知らないけれど、混乱した彼女は、そのまま劇場型自殺を決行した……」
「…………」

 何故のばらが、彼を口にするのも嫌な程、織也の事を語らなかったのかが、分かったような気がした。
 同時に疑問も残る。
 何故、そこまで嫌われているにも関わらず、織也は彼女を生き返らせようとした?

「理事長、続けて質問よろしいですか?」
「……どうぞ」
「……彼はどうして、彼女を生き返らせようとしたんですか?」
「正直、それは私にも分からないわ」

 理事長は首を振った。
 確かに、これ以上は織也に会わなければ、分かりそうもない。少なくとものばらの口からは彼の事はこれ以上聞き出せないだろうし。

「……ありがとうございます。後、話を変えますが」
「何かしら?」
「……楠木えりかってご存知ですか?」
「あら、あの子?」

 さっきまでの深刻な顔は、少しきょとんとした顔に変わる。
 どうも本当に彼女の事は知っているらしい。

「彼女、前に会いましたけど変わった子だなと思いまして。理事長館の方へ走って行ったから、知り合いなのかなと」
「ああ。あの子はよく来るわよ。バレエは最近始めたらしいから、あまり踊れないみたいだけれど」
「……そうなんですか?」
「ええ。でもだからこそ面白い子だと思うんだけどねえ」

 そもそも、バレエを中学から始めると言う事はあまりない。
 何故ならバレエを踊る身体の柔らかさや基礎技術は、ほとんどは幼稚園の頃から鍛えるものだからである。趣味でバレエを踊る人間もいるが、それは働き始めたOLや主婦などの趣味の領域で、バレエ教室に通うならともかく、バレエの専門学校に入って学ぶと言う事はまずない。

「どうしても、人には劣等感って言うものを持つんだけどね。あの子にはそれがないから。下手だけれど楽しそうに踊るし、上手い人を「羨ましい」じゃなく、「すごい」と褒められる子だから。
 あの年頃から、競争社会に入っていくんだけどねえ」
「はあ……」

 思い返してみても、やっぱりダンスはお世辞にも上手いとは言えない。
 妙な所で謝る事はあるが、それで悪い人間かと訊かれると「そんな事はない」と答えられる。

「理事長館によく来るんですか?」
「ええ。一緒にお茶飲んだり、時々バレエの練習したりしているわねえ」
「バレエの練習……ですか?」
「あまりバレエの練習見られたくない子用に、理事長館の中にも小さいダンスフロアあるから。あそこでよく練習しているわねえ」
「…………」

 下手だけど楽しく、なのに練習は見られたくない。ねえ……。
 まさか、とも潤は思う。
 少なくとも、自分が見た事ある怪盗オディールは、存在感があった。でも彼女にはそう言うものがない。バレエ技術がないのだから、存在感が出る訳もない。
 何か1つトリックがあるような気がするが、今は心の中で留めておく事にした。
 と。
 授業の終わりを告げる鐘が鳴った。

「そろそろここも生徒が来るわねえ」
「ありがとうございます。今日は」
「ええ。でも気を付けてね」

 栞は立ち上がり、すれ違い際に短く声をかけた。

「秘宝は1つでも奪われたら、彼女は正気を失うから」

 意味を訊く前に、栞の姿は見えなくなっていた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年03月01日

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