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『〜泥土の水底〜 』
来生・十四郎0883)&来生・千万来(0743)&(登場しない)


「幻覚だ、幻覚!」
 どこにいてもどんな時でも追いかけて来る、あの時の記憶に、来生十四郎(きすぎ・としろう)は抗うようにそう言い続けた。
 それなのに、あの日見たものがあまりに鮮烈すぎて、何度も何度も夢に見るようになってしまった。
 くり返し見てしまうせいで、まったく忘れることができないのだ。
「…誰かの意思ってヤツか?」
 そう思った方がいっそ気が楽だった。
 一方で、あの時のことをもっとくわしく調べるべきだという心の声もおさまらなかった。
 できれば、兄よりも先に真実にたどり着きたいのだ。
 そうでないと、自分に不都合な「真実」が隠されてしまう恐れがある。
 十四郎は今いち乗り気にならない自分に罵声を浴びせながら、従弟の来生千万来(きすぎ・ちまき)に連絡を入れた。
『うわあ、十四郎さんから連絡してくれるなんて、めずらしいですね! 明日は雪かな?』
「第一声がそれかよ…」
 元々仕事以外の用事で、電話を使うことはない。
 電話料金だって安くないのだ。
 日々カツカツの生活を続けている自分にとって、通信料は馬鹿にならない。
 それをよく知っている千万来は、「かけ直しますね!」と軽快に言ってくれた。
「お前に頼みがある」
 かかって来た電話を受けるや否や、十四郎は唐突に切り出した。
「ちぃとな、調べてほしいことがあるんだ」
『いいですよ、僕でよければ』
 中身を聞く前から、千万来はあっさりと請け負った。
 このあたりは、家族の気安さの表れだろう。
(家族、か…)
 少々胸に痛みを覚えながら、十四郎は思った。
 もし真実が、自分の想像しているとおりなら、「家族」などという言葉は自分が使っていいものではなくなる。
 そんな恐ろしい世界に足を踏み入れようとしている自分に、十四郎は少しだけたじろいだ。
 怖くないと言えばうそになる。
 だが、自分の好奇心と、源泉はわからないが、何かの義務感に突き動かされて、口を開いた。
「お前の行ってる、城東大学のことをいくつかな」



 それから数日後、十四郎は千万来に電話で呼び出された。
 城東大学の図書館で落ち合ったふたりは、人目を避けるように奥の方へと行くと、本棚の陰になっている一角に腰を落ち着けた。
「これがこの大学の構内図です。それと、こっちが廃止になった学部のリストと、その研究内容。詳細はこっちの資料がわかりやすいですね」
 いくつかの資料を十四郎の前に並べて、千万来は滔々と話し出した。
「で、この間十四郎さんが立ってた辺り…図面で言うと、工学系棟の集中してるエリアの一番東側です。ここに元は生命工学科の研究棟があったんです。20年ほど前に研究が突然中止になって、その後研究科の再編で、生命工学科自体も廃止になったんです」
「生命、工学科…」
 不穏な言葉の響きに、十四郎の眉間にしわが寄った。
 工学というのは、科学の知識を応用して、実用的で社会の利益となるような手法や技術を発見し、製品の発明などに活かすことを主な研究目的とする学問の総称だ。
 大半は数学と物理学、化学が基礎となって研究に応用されている。
 そんな学問の頭に、「生命」がついている――つまり、生命工学とは、簡単に言ってしまえば「新しい生命を作り出すことを目的とする学問」だということだ。
 十四郎の背筋に悪寒が走った。
 嘘であってほしいという気持ちと、もう後戻りはできないという気持ちが、心の奥底で火花を散らす。
 そして結局、まっすぐ進む方を選んだのだった。
「当時の研究員の名簿はあるか?」
 千万来はじっと十四郎を見つめた。
「…名簿はなくなっていましたが、当時、十四郎さんのお父さんが在籍していた記録が残っていました」
「それで?」
「確かたまたま知り合った助手と一緒に研究をしていたらしいです。俺の父親が、十四郎さんのお父さんから聞いたそうですけど、その助手は若いのに優秀だって言ってたそうですよ」
 十四郎は身を乗り出した。
「その助手の名は? わかるか?」
「えーっと…神野、だったかな? 正式なものは残っていないので、確かめようがないんですけど、俺の父親が言ったのは、そんな感じの名前だったと思います」
「神野、だと?」
 十四郎にはその名に見覚えがあった。
 兄が隠し持っていた、父と助手の写真の裏に、それらしい名前が書いてあったのだ。
「…だから俺はあの時…」
「えっ?」
 千万来が聞き返したが、十四郎は首を横に振った。
「何でもねえよ。ひとり言だ」
 言いながら、十四郎はひとつの確信を得た。
 初めて居候を家に連れて来た時に、見覚えがあるような気がしたのは気のせいではなかったのだ。
「彼」は確かに存在した――はるか昔にも、今と同じ姿のまま。
(子供の頃廃屋で会ったのも、写真に写っていたのも…じゃ、俺を作ったのは、親父と…!)
 ジグソーパズルのピースが、ひとつひとつはまっていくかのように、脳裏で鮮やかな、けれどもひどくおどろおどろしい地獄絵図が組み立てられていく。
 その絵が全体を見せた時、はたして自分はどうなってしまうのだろうか。
 十四郎が、ごくりと唾を飲み込んだ。
 後ろを振り返れば既に道はなく、前は薄暗くてまだよく見えない。
 いったいこの先に、どんな未来が待っているのか――想像も、見当すらつかないまま、十四郎は図書館の沈黙の水の中に沈んで行った。
 
〜END〜


〜ライターより〜  
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 本当にご無沙汰しております。
 
 とうとう十四郎さんが真実の端をつかんでしまいました…。
 周りを取り巻く方々との関係が、
 これから先どうなっていくのか、
 考えるととてもつらいです。
 それでも職業柄と、近しい人たちとの関係を考えて、
 真実を手に入れようとしてしまうんでしょうね…。

 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です。
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2012年03月21日

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