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『それは終わりを告げる鐘の音 』
エスリン・マッカレル(ea9669)&レジーナ・フォースター(ea2708)&ネフティス・ネト・アメン(ea2834)&ベアトリス・マッドロック(ea3041)&テティニス・ネト・アメン(ec0212)

●手段
 空に手を広げる木々の、まだ薄枯れた葉の隙間を抜けて太陽神からの恵みが届く。
 ひらひら降り注ぐその恵みを集めるように、手のひらを宙に翳していたテティニス・ネト・アメンは静かに瞳を開いた。
 集めた光をふわり、投げ上げる真似をして、
テティはゆったりと舞い始める。この国には、見えない所で世界を闇に染める力から人々を守っている古き神々がいるのだと聞いた。
 供えた神酒と捧げる舞いは、テティから古き神々への敬意だ。ちゃんと届くかどうかは分からない。しかし、古き神々の話を聞いた時から、自分なりの心を捧げたかった。
「異国の舞か」
「‥‥ スカアハ?」
 不意に落ちて来た声と気配。
 それはテティにとっても忘れ得ない懐かしいものだ。その名を呼べば、女は嬉しそうな笑顔を見せた。
「久しいな。どうしたのじゃ、このような場所に」
「この国の神々がおられると聞いて、ね。私の舞と心は彼らに届いたかしら」
 満足した猫のよう目を細めると、スカアハは口元を吊り上げる。
「喜んでおる。‥‥最近、闇の力に抗えなくなる者もおってな。そなたの心で、ここの小さき者達もしばらくは耐えられよう」
 それほどに状況は悪くなっているのか。
 表情を曇らせたテティの肩にスカアハの手が触れる。慰めるような、励ますような、温かな感触だ。
「心配せずともよい。この国を護る為にわしは存在するのじゃ。長き眠りの果てに目覚めたはこ時の為ではなかったのかと、わしは思うておる」
 遥かな過去に思いを馳せているのか、スカアハの微笑みが柔らかくなった。
「怖い場所‥‥」
「ん? ああ、あの者も冒険者であったな。話を聞いたか。そうじゃ、邪なる者の手に落ちた邪竜の力の源。あれを何とかせぬ限り、澱みは増し、滅びへと向かう定めを変えられぬ」
 真っ黒な不安がテティを襲う。古き神々に連なるスカアハの言葉は妙に現実味がある。
「‥‥クロウの心臓を取り返せば、定めを覆す事が出来るのかしら」
 問われて、スカアハは険しい表情で何処かへ視線を向けたまま、首を振る。
「お主も知っておろう。邪竜の心臓を持つ者は多少の手練れが束になっても敵わぬ。‥‥つまり、邪竜の心臓を取り返せる可能性は限りなく低い」
「スカアハ、それは」
 クロウの心臓を取り戻せないという事なのか。
 邪竜の心臓、それは円卓の騎士トリスタン・トリストラムの心臓だ。彼を取り戻す為に必死になっている友の顔が頭を過る。
「あれは災いを招くもの。じゃが、奪い返す事が敵わぬのであれば仕方がない」
「何か他の方法でも?」
 暗い瞳で、スカアハは答えた。
「邪竜を封じた一族の力は失われたわけではない。その力を使えば、あるいは‥‥」
 その方法をと勢い込んだテティに告げられたのは、残酷な言葉。
「心臓を封じていた器を壊すことじゃ。そうすれば、あの者を倒さずとも澱みは封じられよう」

●誓い
 風が吹き荒ぶ断崖絶壁に立ち、彼女は一点を見つめていた。その視線の先にあるのは荒ぶる鷹か揺蕩う雲か。 ただひたすらに虚空を見つめる彼女の心に去来するものは何なのか‥‥。
「私の名はレジーナ・フォースター。ちょっぴりお茶目な女の子。友達からは、ちょっとだけ暴走傾向だって言われちゃうの。てへぺろ」
 だだ漏れだが、レジーナなので問題ない。
「世界を巡り、私は探し求めてきた!」
 ごおと吹きつける風に向かって、レジーナは叫ぶ。
「西洋の者にとって、不死者はデビルの眷属に等しい。けれどっ! 世界にはそう思わない国だってあるっ! あるのよっ! ヒューイット!!」
 ぐぐっと握り締めた拳を突き上げると、お蝶夫人が同じポーズで彼女の周囲を駆け回る。
「 炎のように‥‥いえ、炎よりも熱くッ! 燃えるが如く、燃えるが如く、貴方への想いは深まっているッ! 何も心配しないで。私はッ! 貴方と共にいるッ!!」
 目も眩む絶壁を大理石で飾られた階段を降りるかのように、レジーナは足を踏み出した。
「待っていて、ヒュー。今すぐ行くわッ」
 後日、人とは思えないスピードで崖を駆け下りる彼女の残像を偶然見かけた猟師の話が広がり、色んな噂を呼ぶ事になるのだが、それはまた別の話。
 世界各地を回った修行の日々の賜物か、全てに背を向けた者を希求する心の為か、全身の感覚が鋭くなっている気がする。
 感じる。
 蜘蛛の糸のように細く頼りないけれど、確かに彼の気配を感じる。
「南‥‥」
 南には、彼の主が領主を務めるサウザンプトンがある。そんなはずはないが、万が一、主に害なせとあのデビルに命じられたなら‥‥?
 どういった理由があって、彼がデビルに従っているのかは定かではない。
 しかし、体に流れる血の抗いがたい宿命にも逆らってデビルに従ったのだ。操られているわけではなく、彼の意志で。
「でも、必ず、この私が! あなたを呪縛から解き放ってみせます!」
 居場所も分からぬ彼に届けと、レジーナは風に声と心とを乗せた。

●母と子
 後で奢ると言われて、ほいほいと乗ってしまった事を、年若い記録係達は心の底から後悔する事になった。
「ほらほら、何やってんだい、坊主ども! まだ読んでない報告書がこんなにあるんだよ!」
 まったく、最近の若い奴らはだらしないったらありゃしない。
 溜息混じりのベアトリス・マッドロックの言葉に、彼らは肩を落とした。ギルドには、毎日のように膨大な量の報告書が提出される。一部の期間を抜き出すだけでもかなりの時間が掛る。何年も前のものなら尚更だ。
「探求の獣を探していた時期となると‥‥トリスタンの坊主が関わった事件は‥‥」
 ウィンチェスターの聖女絡みの事件か。
 だがしかし、それだけではない。絞り込まれた期間だけでも、ウィンチェスター、イブスウィッチ、マビノギオンと動いている。円卓の騎士ではなく、トリスとして動いた事件も合わせると、更に範囲は広がる。
「後の手がかりは、やっぱ紋章かねぇ?」
 付け足されたという花の図柄をまじまじと見る。
 それは、由来を削除した後もトリスタンの紋章として用いられているわけだが‥‥。
「専門の騎士様が調べて分からなかった紋章だ。それ以上の事を調べるのはあたしにゃ無理だね。でも、この花には坊主のおっ母さんへの気持ちが込められている」
 母を敬い、慕う心がトリスタンにこの花を紋章に加えさせた理由の最たるものだろう。
「子供の気持ちも、子供を思う母親の気持ちも、あたしにゃよく分かるよ」
 紋章の中で咲く花を指先で撫でて、ベアトリスはトリスタンの生い立ちについて思い返した。
「おっ母さんは天使の島の出、坊主の親父とは島を出て知り合い、坊主が生まれた。その時に予言をした占い師‥‥はもう死んじまってるから話は聞けないとして、おっ母さんは坊主に「哀しみの子」という名前をつけて故郷へと送った」
 名前というものは、赤子への最初の贈り物だ。大抵の親は、子供の幸せを願って名前をつける。「哀しみの子」と名付けた母親の心中を思い、ベアトリスは眉を寄せた。
 肝っ玉母さんと呼ばれていても、子を思うと不安になる事もある。あの予言を受けた母親が不安に駆られた‥‥というのは、理解出来ないわけではない。だが、それでも腑に落ちない。
「そういや、何でおっ母さんは坊主を手放したんだろ?」
 不安に思うのであれ尚のこと、子供の行く末を見守りたいと思うのではないだろうか。
 なのに、母親は赤子のトリスタンを兄に託した。
「坊主を強く育てたかったってのが妥当なんだろうけど‥‥」
 トリスタンの心臓に隠された秘密を思えば、天使の島で育てるのが安全だと思ったのかもしれない。
 けれど、本当にそれだけだろうか?
 ベアトリスは思う。
 母親は強い。我が子を守る為ならば、どんな事も出来る。そう、例え、自分が死んだと思われ、二度と会えなくなったとしても、子を守る為ならば‥‥。
「ちょっと待ちなよ? なんでおっ母さんは自分を死んだ事にさせたんだい? 一緒に天使の島に戻るって事も出来たはずだ。なのに、なんで‥‥?」
 ふと浮かんだ疑問。
 それを自身にぶつけながら、ベアトリスは報告書の山を見つめた。何か大切な鍵が、そこに記されているはずだ。そして、自分達が得た情報の中にも。

●覗き見た未来
「エスリン!」
 大きく手を振る友人の姿に、エスリン・マッカレルは安堵にも似た感情を覚えて息を吐いた。
 何事もない、のんびりとした旅だとはいえ、高貴な姫の護衛というものは気を張るものだ。
 ‥‥そういう事にしておこう。
「わざわざすまないな、ネティ」
「何言ってるの。水臭いわよ」
 そう言って笑うと、ネフティス・ネト・アメンは一通の手紙を差し出した。捺されているのはサウザンプトン領主の印章だ。
「あれでも一応は領主ですものね。ポーツマスとは前みたいにいがみ合ってるわけでもないし、ある程度は使えると思うわ」
 領主に対してひどい言いようではあるが、ネティは彼が領主になる前からの知り合いであり、腹心の部下たるヒューイットが去った今、他愛のない言い合いを出来る唯一の相手と言っていい。
 彼らの間には確りと結ばれた絆があるのだ。それが、少し羨ましい‥‥そんな事を考えていたエスリンの肩に、ぽすりと軽い衝撃が訪れた。
「それは何ですの?」
「イゾルデ殿‥‥、ですから、そのような事は」
 エスリンの肩に顎を乗せるようにして手元を覗きこんでいたのは、金の髪の娘。
「あら、失礼」
 ぴょん、と踏み台にしていた石から飛び降りて、イゾルデと呼ばれた娘はエスリンが手にした書状に手を伸ばした。彼女こそが、エスリンが警護している姫であり、色んな意味での頭痛の種だ。
「サウザンプトンのご領主様‥‥?」
「ええ。イゾルデ殿も面識がおありでは?」
 問われて、イゾルデは首を傾げた。
「今のご領主様にはお会いした事はないと思いますが‥‥?」
 かつて、彼女と同じ顔をした姫はサウザンプトン領主の元に滞在していた。その時には、既にアスタロトと入れ替わっていたと考えられるから、彼女に覚えがないのも仕方がない事かもしれない。しかし‥‥。
「貴女が‥‥イゾルデ?」
 書状に目を通すイゾルデを見つめていたネティが、恐る恐る声を掛けた。
「はじめまして‥‥かしら?」
 戸惑った視線がエスリンに向けられる。
 ネティも、以前のイゾルデと同じ顔をして、全く雰囲気の違うイゾルデに困惑している様子だ。
「多分、はじめましてだと思いますわ」
 にこやかに答えたイゾルデに、気を取り直したらしいネティが手を差し出した。
「私はネフティス・ネト・アメン。占い師をしているの。ここでお会い出来たのも何かの縁だし、貴女を占ってもいいかしら?」
「‥‥占い、ですか?」
「そうよ。太陽神様にお伺いするの」
 首を傾げるイゾルデに微笑みかけて、ネティは軽く目を閉じ、精神を集中させる。
 淡い金色の光がネティの体を包み、やがてぼんやりとした光景が脳裡に広がった。それは、どこかの庭園のようだった。恐らくは四阿か露台かでお茶を飲んでいるのだろう。ただし、周囲は暗い。夜のお茶会のようだ。
 笑顔のイゾルデと語らっているのは、豪奢なドレスを着た女。
 彼女達のテーブルには菓子やら飲み物やらが山積みにされ、燭台には蝋燭が煌々と灯っている。とても贅沢なお茶会だ。
 語らっている女の顔が見えないかと、ネティが意識をこらしたその時に。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 不意にイゾルデの手がネティの胸元に伸びた。
 ぽふん、と胸元に落ちた感覚。
「イゾルデ殿ッ!!」
 突然の出来事に硬直したネティから、手慣れた様子でイゾルデを引き離すと、エスリンはその首根っこを掴まえた。悲しいかな、この姫との道行きでこんな破廉恥行為に慣れてしまったせいで、その対処法も習得済み、しかも達人域である。
「イゾルデ殿、好みの相手がいたとしても、おいそれと手を出してはいけないと、あれほど申し上げたでしょう!」
「‥‥エスリン、それは何か違うと‥‥」
 引き攣りつつ突っ込んだネティを振り返ると、エスリンはぐっと拳を握り締めた。
「違わない。イゾルデ殿には、まず「待て」を覚えて貰わねばならないのだッ」
「えー‥‥?」
 返って来た言葉に、ネティは心底嫌そうな顔をした。犬と同じ扱いの姫なんて、見た事も聞いた事もない。
「‥‥あれ?」
 ふと頭を過ったのは、ネティがよく知る少女。
 いや、ここまで壊れてはいないし、彼女は彼女なりに考えて行動しているが。
「と、とにかく、先触れの護衛の方が痺れを切らしているでしょう。そろそろ世話になっているという方の処へ急ぎましょう」
 イゾルデと不毛な会話を続けていたエスリンが、話題を打ち切るように言う。途端に不満そうな声を上げたイゾルデを眼差しで黙らせて、呆気に取られているネティに向き直る。
「そういえば、ネティはポーツマスに知り合いが多かったな。もしかすると、イゾルデ殿の知人も顔見知りという可能性もあるか‥‥」
「え?」
 エスリンの真剣な瞳に、ネティは彼女の言わんとしている事を察した。
「そ、そうね。もしかしたら知ってるかも。結構、ポーツマスの有力者が多いのよ?」
「まあ、そうですか」
 だが、イゾルデはあまり興味なさげに相槌を打っただけだった。
「えーと、エドガーさんとかウォルターさんとかダンカンさんとか?」
 さらりと並べた名前の中に、ポーツマスを襲った禍の犠牲となった者の名を連ねる。ちらりと様子を窺えば、イゾルデはぱちぱちと瞬きをしていた。
「存じ上げまない方ばかり‥‥ですわ。多分」
「あ、そうなの。じゃあ‥‥」
 他の者をとポーツマスの知人を思い浮かべたネティの言葉を遮るように、イゾルデは微笑みながら告げた。
「それに、知人はポーツマスの街には住んでおりませんし」
 これにはエスリンも焦る。
 ポーツマスに向かっていたのに、違うと言われれば当然だろう。
「イゾルデ殿!? 貴女は確か、ポーツマスの知人の所へ向かわれると‥‥」
「ですから、街ではありませんのよ。新居はポーツマスの外れ、確か、あちらの方でしたかと」
 指差した先に広がるのは、なだらかな丘陵。
 ほっとエスリンは息を吐く。
「そうですか。ならば、それほど離れてはおりませんね。よかった」
 予定は狂ったが、この姫との旅を考えると誤差の範囲だ。
 そう自分を納得させて視線を上げたエスリンは、友人の顔に浮かんだ表情に眉を寄せた。
「どうかしたのか、ネティ?」
「あ‥‥あそこってまさかサウス丘陵‥‥?」
 唇を戦慄かせたネティの顔に浮かんでいたのは、紛う方無い驚きと、そして僅かな恐怖であった。

●深く
 ふふ、と闇の中から笑い声が聞こえた。
「そろそろかしら」
 その声に、男はゆっくりと振り返る。
「お出迎えの準備をしなくては、ね。どのような趣向がお気に召すのかしら」
 興味を失ったように、男は視線を戻した。
 闇は深く、どこまでも続いている。
 光など、どこにも見えなかった。
WTアナザーストーリーノベル -
桜紫苑 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2012年03月21日

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