▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『例え昔に戻れなくても 』
皇・茉夕良4788)&怪盗ロットバルト(NPC5279)

 図書館では、前に比べると情報規制が緩くなったような気がした。
 流石に4年前の記事は未だに見せられないが、バレエ誌や音楽雑誌のあからさまな抜け落ちはなくなったのだ。
 皇茉夕良は、音楽雑誌やバレエ誌を探していた。
 あれから、海棠織也とは連絡を取っていない。彼自身今どうしているのかは分からないので、彼が今どうしているのかが気になった。
 と、1冊の雑誌に手を止める。茉夕良の取ったバレエ誌には、この前に行われたバレエコンクールの結果発表が載っていたのだ。

「あ……」

 優秀賞を取っていたのは、織也であった。
 踊ったのは、これまた彼らしいと言うべきか、「白鳥の湖」のジークフリートだった。
 今度彼の現在通っている常夜学館で、彼の凱旋公演が行われるとも書いてあった。
 日付を確認すると、それはちょうど次の日曜日。その日は特に予定もないので、観に行けるはずだ。
 茉夕良は手帳に日付と時間、常夜学館の地図を書き込むと、いそいそと図書館を後にした。

/*/

 常夜学館も、聖学園と同じく芸術総合学園である。
 学館へ向かう間に見える街並みも、この学館に合わせて作ったような、映画の撮影にそのまま使えそうな日本とは趣の違う風景が続いていた。
 学館が見えてきた。

「……もしかして、皇さん?」
「! 織也さん」

 まだ舞台まで若干時間があるとは言えど、彼は門の外に出ていた。

「今日舞台なんでしょう? 観に来ました」
「驚いたな……ありがとう」
「いえ……」
「誰か観に来るなんて思わなかった」
「……ご家族にはおっしゃってないんですか?」
「言ってないよ。叔母上と兄さんにも言ってないし、親はどちらも海外に行って定期連絡以外連絡してないから」
「そうですか……」

 まだ相変わらず、家族とは溝があるらしい。しかし前みたいにひがむ癖はなくなっている所だけは、少しだけ安心した。
 そして、意外な事に気付く。

「もしかして……守宮先輩にもおっしゃってないんですか?」
「うん……桜華には迷惑かけたから」
「そうですか……」

 茉夕良が思わずうなだれると、織也は目を細めて笑う。

「別に君が気にする事じゃないと思うけど?」
「そりゃ気になりますよ」
「そう? そう言えばもうそろそろ入場始まるんじゃないかな?」
「あっ……じゃあ私はそろそろ……」
「はい、これどうぞ」

 茉夕良が慌ててホールへと移動しようとすると、その前に織也が何かを差し出した。どう見てもそれはチケットだった。

「これでそこそこいい場所で見られると思うけど」
「……ありがとうございます」
「まあ、前のコンクールの演目とは違うから」
「楽しみにしています」

 茉夕良がチケットを受け取ると、織也はまた目を細めて笑い、そのままひらひらと手を振って立ち去って行った。
 素の織也さんは、不思議な人だな……。イメージが変わったような気がする。
 あっけに取られながらも、茉夕良はチケットの裏の地図を見ながら、ホールへと走って行った。

/*/

 チケットをもらって席を探すと、そこはどうも関係者席らしく、舞台、オーケストラの間に通路を挟んだ1番前の席だった。
 本当は、これで家族を呼ぶつもりだったんじゃないかしら……。織也の複雑な胸中を思うと少し切なくなるが、茉夕良は黙って席に着いた。
 今回の凱旋公演は、バレエ科の小作品の後に、織也の舞台がある。そしてその演目は……。

「「ジゼル」……か」

 パンフレットを読みながら、茉夕良は複雑に思いつつ、暗くなる中じっと舞台の上を見た。
 オーケストラの曲は厚く、オーケストラが自分の前で演奏しているのだから当然なんだろうと、舞台を観る。
 小作品が終わった後、いよいよ「ジゼル」が始まった。
 ジゼルを踊っているのは、恐らくバレエ科の中でもかなり上手い人なのだろう。演技が自然で、踊りも目を見張るものがある。そして、織也が登場した。織也の役は、アルブレヒト……ジゼルの心を弄び、挙句彼女を死に追いやった王子の役である。
 織也がジゼル役の生徒と踊っているのを見ると、茉夕良は何とも言えずに切なくなる。織也さんは、本当はこれをのばらさんと踊りたかったんじゃないのかしら? でも……。
 第一部は、ジゼルが半狂乱になって死に、アルブレヒトは村人達から責められ、村から追放されて幕を閉じる。
 第二部は、時間が過ぎて夜になる。
 茉夕良はそれを呆然としながら見た。
 織也の踊りの鬼気迫るものに、ただ見惚れていた。
 アルブレヒトはウィリー達を怒らせ、ウィリー達に死ぬまで踊らされる事を命令され、ただ踊り続ける。
 彼の手が掲げられれば、汗が飛んでいるのが見えるような錯覚をし、彼が高く跳べば、
 その踊り1つ1つが、後悔と謝罪の気持ちを感じさせるものであった。
 恐らく何も知らないで舞台を観ている人間は、彼がアルブレヒトの演技をしているようにしか見えないだろうが、彼の事を知っている茉夕良には、これが誰に向けて踊っているのかが分かった。
 織也さん……。
 やっぱりこれは、彼の事を知っている人にも観てもらった方がよかったんじゃないのかしら? それとも……そんな事したらまた彼は昔の彼に戻ってしまうの?
 茉夕良の胸に様々な物が渦巻く中、舞台が円満に終了した。
 拍手が茉夕良の背中にもたくさんぶつかり、舞台上の踊り手達も笑顔で手を振っていた。舞台が終わった後、彼と少しだけ話をしてみよう。茉夕良はそう思いながら、最後まで手を叩いた。

/*/

 舞台が終わってから、人に聞いて控え室へと向かう。
 しばらく待っていたら、すっかり衣装も化粧も取り払った制服姿の織也が出てきた。

「あれ、まだ帰ってなかったんだ」
「お疲れ様です。舞台……素敵でした」
「そう……よかった」
「あの……あの演技……本当に誰にも見せなくってよかったんですか? あれを見せたら誰も織也さんの事……」
「よかったんだと思うよ、それで」
「……本当に?」
「僕が勝手に色々やらかして、色々思って、挙句勝手に謝った。それだけだと思うけど。……皇さんは」
「はい」
「……誰にもこの舞台の事、言わないでくれる?」
「…………」

 茉夕良はこくりと頷くと、織也は少しだけ嬉しそうに、目を細めて笑った。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年03月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.