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『カミオロシ――黄昏時の遭逢 』
物部・真言4441)&(登場しない)
 次第に暮れゆく日を受けながらに物部・真言(ものべ・まこと)はひたすらに歩みを進める。
 ポケットの中では懐中時計の金鎖がしゃら、と小さな音を立てている。
 荒れ果てた神社、その懐に座する荒れ果てた巨岩――神籬。
 今彼のポケットに入っているのは、その傍で拾った懐中時計、だ。
 このあたり女性や、幼い少年ばかりが相次いで失踪するという事件が起っている。世間では単発の事件が偶然重なっただけ、という見方をされているようだが、真言は違った。
 彼は事件の起った場所を拾い集めていくと、ほぼ中央にこの神社がある事に気がついたのだ。
 さておき、夕暮れを迎え、これから荒れた神域は異界に近づく。
 霊的エネルギーに満ちた場は、いくら真言に心得があっても危険がある。
 寧ろ、どうしてもその場にいかねばならないという場合を除けば避けるのが賢明というものだ。
 その為真言は手がかりである懐中時計のみを手に場を離れようとしていたのだが――。
 前方から、何ものかが歩いてくるのがみえた。
 背格好から見るに恐らく男性。だがその表情はみえない。
 まるで、黄昏時に魔と逢ったかのように。
 その人物は真言の事など介さぬようにただまっすぐ歩いてゆく
 彼の向かう方向は、森の中。とりわけて何も無い場所だ。
 ――ただの人間には。
 この先は、普通の人間であれば、ただの森とうち捨てられた神社があるに過ぎないと思う事だろう。
 そう、神社、だ。
(「……まさか……?」)
 ひっかかるモノを感じ、真言は足早に今来たばかりの道無き道を引き返す。
 苔むした巨岩、神籬のある場所へと。
 日は傾き没した。今は薄明かりが残るのみ。
 あの場所は恐らく霊的存在が跋扈する場所となっていることだろう。
 だが、件の霊域は真言の想像の上を行く事態を起こしていた。
 霊的エネルギーがあちこちから噴出し、渦を巻いている。それどころか、所どころ黒い霞のようなものが現れ空気を澱ませているのだ。
「……どういう事だ、これは……?」
 ぽつり、真言は呟く。その瞬間聞き慣れない声が耳に入った。
「……誰だい?」
 真言から少し離れた場所――神社の境内であった所にスクウェア型の眼鏡をかけた線の細い男性が居たのだ。歳の頃は二十代後半から三十代と言った所か。
「キミが誰かは知らないが、この場からは立ち去った方が無難だよ」
 男は穏やかに、諭すように真言へと語りかける。
「あんたは……」
 真言は彼へと誰何し距離を詰める。一歩、二歩。そして……。
「!?」
 ばちん、と鋭い音がし、真言ののばしかけた手がはじかれた。指先には痺れたような痛みが残る。男はそんな真言に何かを得心したかのように深く頷いた。
「……成程、キミには霊的な力があるのかな?」
「あんた、なんでそれを……」
「それは解るさ。この結界にはじかれるのはその手の人間のみだからね」
 笑顔のままに返された言葉に真言は即座に思惑を巡らせる。
 結界についてそれなりに詳しい、そして真言が能力を所持する事を見抜いた、という事は、恐らく相手は何らかの術士である可能性が高い。
「つまり、あんたがこれを張ったわけか」
「モチロンその通りさ。だが……」
 油断無く身構えたまま問いかけるとあっさりと軽い答えが返る。だが言葉に反するように彼の手からは黒く粘つく何かが放たれた。
 不意の攻撃を、真言は小さく舌打ちしつつも軽くバックステップで避ける。
 そして先ほど神籬に触れた時にみえた、女性に絡みついていた悪心を思わせるモノと同じだと理解する。
「いくら何でもいきなり、攻撃的過ぎるんじゃないか?」
「悪いがキミは少々邪魔な存在のようなのでね」
「……一体何をしている!?」
 真言の鋭い声に男は口の端を歪めるようにして笑った。
「神を、おろすのさ」
 彼の言葉は真言の中に小さな怒りをまき起こす。
 手入れもされていない、この荒れ果てた神社。日頃から奉られることも敬われることもなく、ただ何らかの目的の為だけに神を呼ぼうとする行為。それに彼は怒りを覚えたのだ。
 真言が家を出る前、彼の記憶では、一家は、日頃から神社を清め、そして大切に接していた。
 それは決して神主の家系だから、というだけの理由ではなかった。
 人が人を大切に思うのと同じように、神は勿論、モノも、全てを大切にする。感謝の思いを持って暮らしていたと言っても良い。
 だからこそ目前のこの男の、神を、全てをただ自身の目的だけの為に使い捨てようとするかのような雰囲気が酷く不快だった。
「こんな荒れた場所で神を降ろす事など……」
「……残念だが、それは違う」
 反論しようとした真言を封じるように男が先回りをして語る。
「それなりに手順を踏んでやれば、それなりの力場がそろって居る以上神を降ろす……神霊を神籬へと乗り移らせる事は理論的には可能。だが僕が望んでいるのはそんな事じゃない」
 次第に言葉は熱を帯び、そして身振りは芝居がかったモノになっていく。周囲に渦巻く悪心を思わせる気配も次第に濃くなり、まるで身を蝕む瘴気のようになりつつある。恐らく彼がこの悪心の発生源なのだろう。
 だが、それ以前に――男の言う神おろしは真言の知るものとはかけ離れ、未知のものへと移り変わっていく。
「……何を言っている……? あんたの目的は神おろしではないのか?」
 ぽろりと零した言葉に男は狂気じみた哄笑を響き渡らせた。
「っははは……! 僕は彼女をおろすのさ。神から、ただの人間に!」
 何も知らなければ意味の分からない言葉。
(「まさか……?」)
 あの、神籬に触れた時に視えた、女性のイメージが真言の脳裏を過ぎる。彼女が「神」だと言うのだろうか?
 真言の視線の気づかぬように。あるいは、もはや真言の存在は視界に入ってもいないのか。
 男はただ滔々と語り続ける。
「神である彼女を汚し、人にする事が出来れば僕の望みは成就される! その為の贄で、その為の結界、そして儀式だ!」
「待て……ッ!」
 踏み出そうとするも真言を結界が再び阻む。
 そんな真言を見やりつつ男は自身の服のポケットに手を入れる。だが目当てのものは見つからなかったのか不快げに舌打ちをすると真言に背を向けた。
「僕も少々急がねばならないので悪いが失礼するよ」
 歩みだそうとする男を止めようと真言はひたすらにあがく。
 両手をのばすと掌が結界に触ればちばちと凄まじい音を立て、更には掌は灼けるような痛みがあり、身体には衝撃が伝わってくる。瘴気により体力は奪われているが、それでも彼は進もうとするのをやめない。
 そんな真言を男は嘲った。
「悪いがキミはそこからこちらには入れない! 僕に縁の深いモノでも持って居ない限りは、この夕闇の結界を祓うことも出来ないさ!」
 捨て台詞だけを残し彼は朽ちかけた神社の奥へと向かっていく。
「……く……っ!」
 何とかして止めなければ、もしかしたら新たな犠牲が出るかもしれない。
 人的被害だけではなく、神籬に触れた時に視えた『彼女』も。
 真言は額から零れた汗を手の甲で拭おうと腕を振り上げ、途端、動きに合わせるようにポケットの中で硬質なモノがしゃらりと鳴った。
「……まさか、これは……」
 ポケットの中に入っていたものは、あの時神籬の近くに落ちていた懐中時計。
 この持ち主は、もしや。
「……なら、やってみるしかないか」
 手には痛みが、全身には痺れが残るも、それでも放ってはおけない。
 真言は結界へと対峙する。
 空はもはや暗く、夜を迎えようとしている。
 かくして真言の長い夜がここから始まったのだ――。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小倉 澄知 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年05月02日

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