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『天狗の気まぐれ、鬼神の余興。…追走劇、その後の『演目』。 』
天波・慎霰1928)&和田・京太郎(1837)&(登場しない)





「――やりやがッたな京太郎ッ!」
「――っははっ! 慎霰はこのくらいいつもやってたじゃねーか!」





 ………………とか何とか、宿中を駆け回ると言う結構迷惑っぽい追走劇を演じた後の事。

 その件が宿側にバレなかったのか、はたまたその程度まぁ良いやと黙認されたのかは不明だが…とにかく何やかやと騒いで回った二人――天波慎霰と和田京太郎の二人は、その後宛がわれていた元の部屋に戻って一応ながら落ち着いた。で、取り直して用意されていた御膳に舌鼓を打ったり痛飲したり、また普通に温泉に入り直したり…とやっぱり何やかやで再び芸者衆と楽しく宜しく賑やかにやっていたのだが。

 そんな中。

 不意に、襖を隔てた向こう、ずんずんと勢い良く廊下を踏み鳴らし近付いて来る音がした。…京太郎が来た時と同じようでもあるが予感と言うか何と言うか、その辺の『何か』が何となく違う。ともあれその音が部屋の前まで来たかと思うと――ズバンッ、と襖が引き破る勢いで開けられ、その向こうから何やら不敵どころか不穏な怒りのオーラを纏ったやさぐれた雰囲気の若者――見たところ慎霰や京太郎と同年代のようだが場所が場所なので実際年齢は何とも言えない――がずかずか入り込んで来た。中に居た艶やかな芸者衆には目もくれない――入って足元も大して気にしないと言うかお銚子やら膳やら避ける気も無く平気で蹴り飛ばしながら入って来る様に、部屋の中の方も――キャッと短く叫んで飛び退く芸者さんやらで俄かに騒ぎになる。

 そして、そんな明らかに友好的で無い態度で宴に乱入して来た若者のその顔は――。

「…誰だッけ?」
「え? おまえの知り合いじゃねーの?」

 肝心の部屋の客こと慎霰、京太郎共に、盃片手に結構悠然と顔を見合わせそんな反応。
 そしてその反応に。

「ってオイコラ俺のこの顔見てその反応かよッ!? ふざけるのも大概にしやがれ!?」

 …若者は軽く逆上。
 騒ぎを余所にのほほんしている慎霰と京太郎の二人を――では無く若者は『目的』になる慎霰の方を見、乱暴に掴みかかる――掴みかかりに行こうとするが。
 何故か乱入者の若者が実際に掴みかかったのは鬼の角を生やした京太郎の方。しかも、京太郎と若者共にそれに気付いてきょとんと顔を見合わせた直後には、当の若者の方が何故かすってんころりんと転がっている――更には若者が無様に転がったそこで、待ってましたとばかりにカシャリと携帯カメラ機能のシャッター音が続く。その源は慎霰の手許。…ちなみにその携帯は本来、乱入者の若者当人が持っていた筈のものだったりする。
 その携帯で今の醜態をちゃっかり撮影、更には続けて他人様のものであるそれを何やら勝手に操作していると思しき慎霰を見、京太郎は軽くむくれた顔を見せる。
「おいおい、コイツこっちに回すなら先に言えっての」
 …コイツ――この乱入者をこっちに回すなら。
 今、慎霰に掴みかかろうとした若者が実際手を出したのが京太郎の方だったのは、勿論、慎霰が何か――恐らく幻覚か何か――を仕掛けて意図的に間違わせた為になる。そして勿論、すってんころりんと転がったのは己に掴みかかって来る――そして相手が違うと気付いても急には止まれなかった若者に咄嗟に即応した京太郎の仕業。
 慎霰は綺麗に決まったそれらの顛末を見、ち、と軽く舌打ち。…ちょっと残念。
「…今のであっさり転がされちまうとはなァ。一発くらい入れられるかと思ったんだが」
 京太郎の方にも。
「…ほー、言うねぇ慎霰。まぁだそんなに俺の事が甘く見えんのかよ?」
「いやいや、その方が面白ェだろうなッて思ッたまでよ」
 ほら、一緒に踊ってくれるッつッてたろ?
「そりゃあ粋な踊りなら、って言っただろーが。今のの何処が粋だって?」
 と、不満そうに京太郎が慎霰に返したところで――すってんころりん転がった乱入者の若者が悔しそうな雄叫び上げて飛び起きる。その様を見て、おお、と京太郎と慎霰共に軽くびっくり。…と言っても、本気で驚くと言うより驚いたような感嘆の声を棒読みで読み上げているようなわざとらしい感じ。
 その反応に、乱入者の若者は声を裏返らせながらまた癇癪。
「ッいいかげんにしろよてめぇらっ!?」
 喚きながらも乱入者の若者は慎霰が勝手に使っていた自分の携帯をすかさず引っ手繰る――慎霰もここはあっさり取られている――わざと取らせて返しているとも言うが。そして乱入者の若者が大急ぎでその携帯を確認すれば『また』自分がすってんころりん転がった瞬間の間抜けな姿が何処ぞに送信されましたとお知らせが。…『また』。昨夜に続き。そう、若者が乱入して来たその理由は――昨夜、危険な妖酒だが美味だとか何とか慎霰に巧妙に騙されて術入りの酒を飲まされたから。
 そしてその酒に込められていた術が発動した結果、宿中を阿呆な姿で踊り歩くと言う醜態を晒してしまっている――しかも、あろう事かその醜態を身内――この若者の場合は恋人やら親兄弟と言う最も見られたくない相手――にがっつりと動画送信されてしまっていた怒り故、である。
 ちなみに、そんな真似をされたのはこの若者だけでも無い。ただ、今乱入して来たこの若者が『そうされた』中で一番若く、血の気も多かった、と言うだけの話だろう。実際、他の年長者やらその筋では重鎮っぽい連中が同じように現れたとしても、慎霰は多分驚かない。

 ………………この若者は昨晩、慎霰に『丁重に』おもてなしされた陰陽師御一行様、の中の一人。

 そして勿論、慎霰はこの若者――陰陽師見習いか『見習い』が取れてまだそこそこ程度っぽい『人間』がここに乱入して来たその時からそれを承知。
 京太郎も京太郎で、わからないながらも多分そーだろーなーと薄々察していたところ、となる。『今の』もだからこその対応でもあったりするのだが。
 ただ。
 このまま頭に血が上ってる小僧一人を弄り倒すのもちょいと芸が無かァ無いか、と言う気も少し、する。



 と、言う訳で。
 ひとまず仕切り直す事を試みる。

「ッつーか、いきなり怒鳴り込んで来て何の用だよ?」
 慎霰は改めて陰陽師見習いに訊いてみるが、途端、今度は――何の用は無ぇだろう! と即座に怒号。間近で発されたその大音声に思わず両手で耳を塞いでから一拍置いて、いやさ本当に何の用ですかい? とまた改めて――今度は幾分下手に出る形にしらばっくれて、慎霰は問い直す。
 が、陰陽師見習いの据わった剣呑な目は変わらない。
「…あくまでしらばっくれる気かオイ!?」
「いや、だから何の用だッてんだよ。こッちァ楽しくやってるところなんだッて」
 いきなり乱入して来て宴の邪魔されても困るんだけどよ。
 こんななァ、他人様に迷惑だって思わねぇのかい?
「ッてめぇが言うか!?」
「俺が言っちャあ悪いかい」
「どの口が言いやがる!? 昨晩の事忘れたたァ言わせねぇぞ!? っつか今もケータイやりやがったよなてめぇっ!?」
「さて? 何の事やら。…いきなり怒鳴り込んで来て言いがかり付けなさるッてェ事は、相当の覚悟がおありと見受けますがねェ?」
 とか何とか白々と嘯きつつも、ぎらり、と慎霰の黒い眼が若者――陰陽師見習いを見て光る。…昨晩の『もてなし』でまだ足りねぇッてんなら続きをやるのも吝かじャァねェ。そんな事を考えている慎霰の傍では、京太郎もまた何やら面白げにニヤニヤ笑って慎霰と陰陽師見習いの遣り取りを見ている。が、京太郎の持つその青い眼の光もまた軽く不穏。と言うか――慎霰に勝るとも劣らない悪戯めいた輝きを放ってもいる。…昨晩の『もてなし』とやらに噛めなかった以上は今度こそ。そんなつもりでいるのかもしれない。
 果たしてそれらに気付いているのかいないのか、陰陽師見習いの方も――コノウラミハラサデオクベキカ、とばかりの剣呑な目の光は揺るがない。

 と。
 俄かに一触即発?の空気になったところで。
 ぱん、とやけに軽く手を叩く音がした。自然とその音の源に一同の視線が集まる――叩く事で合わせられていた白い繊手は狐芸者のもの。
 そして皆の注目を集めたそこで――百戦錬磨な狐芸者の姐さんがにこにこと食えない提案一つ。

「ヤ。言った言わないやったやらないじゃ埒が明きませんよォ。ここはひとつそちらの兄さんも恨み事は呑み込んで、宿にいらっしゃる他の皆々様の前で大々的に白黒付けてみちゃァ如何です?」
 で、勝った方の言い分に負けた方は黙って従う。
 勝負は一回、行司は皆々様。勝っても負けても恨みっこなし。

 …それで如何?

 と、そこまで鈴を転がすような声で続けられたところで。
 今度は、うむ、と何処からともなく重々しく肯定するような唸り声が続く――狐芸者の提案に応える形。それまで居なかった――見た目からして年嵩だろうと思える者の声。誰かと思えば、陰陽師見習いが乱入して来たその後ろ、開け放たれた襖の向こう側から数名の『人間』がまた現れていた。その数名の内一人の姿を見るなり、陰陽師見習いは、師匠、と驚いたような声を上げている。
 即ち、件の「慎霰に『丁重に』もてなされた陰陽師御一行様」の残りの皆さんがやっとここまで御到着、と言うところらしい。先に来た見習いクンの加勢に来たのかはたまた殊勝にも止めに来たのかは不明だが。慎霰も慎霰でちらりと後から来た面子の顔も一通り見、全員悉く昨日の面子であると確認。それから、これで役者が揃ッたぜ、とばかりに京太郎に目配せ。
 そして――狐芸者の提案に先に答えて来たと思しき陰陽師の様子を、先を促すように窺うと。
 師匠と呼ばれたその陰陽師は、にやり笑って慎霰を――慎霰と京太郎を見下ろして来る。

 ――――――それで構わん、白黒付けさせて貰おうじゃあないか、と。



 ともあれ、陰陽師衆の――その纏め役らしい『師匠』のその宣言に、よし、んじゃあこっちァ俺が出るぜ! と不敵に名乗りを上げたのが京太郎。盃を置くなり胡坐をかいていたところから軽やかに立ち上がり、陰陽師衆に向かって一歩前に出、見得を切る。負けじとばかりに見習いのみならず他の陰陽師衆も京太郎にメンチを切り、芸者衆もここぞとばかりに双方挑発し合うその様子にヤンヤヤンヤ。
 じゃあ決まりだ、とばかりにトントン拍子に話は進み、気が付けば吹き抜けの広場と言う最適な場所まで用意され、誰が支度をしたのかお札を用いて即興で作った土俵のような結界がそこには張られている始末。何処からか話を聞いた他の客人たちも、妖怪・人間問わず格好の余興だとばかりに周囲に集まって来てまでいる。
 ここ一番の大相撲だァ、魅せてくれよ、と何やら待ち兼ねている観客らから野次が飛ぶ。…どうやら土俵のようなと言う通り、ここでやるのは『相撲』と言う事で話が纏まった事になるらしい。勿論、本気でやり合う訳ではなく、それなりの加減――勿論勝負としてはそれなりに本気だろうが――で行う対決と言う建前で。
 そしてもう、土俵の中央には京太郎が立っている――肩を回し軽く体を解して、今か今かとウズウズ待ち構えているような頼もしい姿を観客に見せ付けている。…おまえら一番の力自慢出してくれや、と陰陽師衆に軽く注文するのも忘れない。注文された陰陽師衆の方では京太郎とは反対に何やら真顔で相談中。そんな中、でけェ口叩いてるが無様な姿見せンじャねーぞォ? と土俵の外から本来当事者な筈の慎霰まで盃傾けつつ呑気に野次。うるせえ黙ァって見てろって、と慎霰にすかさず返す京太郎。慎霰は肩を竦めて、どうなる事やらねェ、とニヤニヤしながら更に大声で野次り返す。

 そうこうしている内に、陰陽師衆の相談が纏まったようで、集まって話し込んでいたところから軽く散会する。そして――『師匠』他陰陽師衆の中でも年配と思しき連中が何やら揃って印を組み真言を唱え始めた。すると土俵の中、京太郎と対峙するにちょうど良い間合いの辺りに式符が渦を巻いて舞い始める。その渦は次第に強くなり、ゴォオオオと一頻り小さく派手な竜巻が起きて――消えたかと思ったら、渦を巻いていた式符の名残を纏って、京太郎の五倍はあるかと言う体躯の鉄棒持った大鬼が代わりに現れていた。
 式符が消え切ったそこで、うぉおおおと空気ごと周囲を揺らがす大鬼の雄叫び。それもまた目を引くパフォーマンスとばかりに、観客からはわああとばかりに歓声が飛んでいる。
 対峙する京太郎の方は、ちらりとはその大鬼の式神を見たが――それ以上の反応は特になし。ただ、何やら詰まらなさそうに小指で耳をほじって、完全に余裕の態度。
 そして一頻り式神のパフォーマンスを許してから、にやりと笑い、うし、とばかりに四股を踏み改めて――いや、場所が土俵っぽい以上は一応相撲らしいパフォーマンスでもって事で――式神と対峙。式神の方でも徒手の京太郎に合わせて金棒を一時消し、京太郎と似たような態勢を取ったかと思うと――いつの間にやら勇気ある太鼓持ちの一人が行司役を買って出、はっけよーい、とこれまた何処から持って来たのか軍配で仕切る。
 そして。
 ――のこったッ、の掛け声と共に、京太郎と式神は激突。…したのだが、何処か様子が変だった。京太郎の方は涼しい顔、式神の方は必死な顔。力尽くで掴み合い押し合っている――ように見えるその姿は、見た通りの体格差を考えれば逆であって然るべき。京太郎の方が押されて…どころか衝突した時点でぽーんと軽々弾き飛ばされていておかしくない。
 なのに、結界の内で繰り広げられているのは全く逆の姿。京太郎が余裕で式神に余裕が見えない。式神は力が籠り過ぎて筋肉が震えてまでいるようなのに京太郎を押し切れていない。京太郎の方はそんな式神の力を軽々押さえているようで、まるでこれからどう料理してやろうか思案しているような表情にさえ見える。
 暫くそのままがっぷり四ツに組み合い――と言うか体格差からして組めてはいないがどうにもそんな印象で――掴み合い、本当に相撲でもしているような様子を見せていたかと思うと、京太郎は今度はその態勢のまま一気に式神の巨大な体躯を押し出している。そしてそのまま土俵際まで攻めるどころか結界の際まで撃ち抜くように思い切り吹っ飛ばし、結界の壁にぶつけて見せる――それでも式神は倒れない。結界の壁に背をぶつけ軽くよろめいた様子は見せるが、程無く立ち直り、間合いの開いたそこを好機と見たか今度こそ改めて金棒を召喚、振り上げつつ京太郎に突進の上、振り下ろそうとする。
 …相撲の建前だが、別に金棒使用も反則では無い。と言うか何となく無手の相撲っぽい形から入りはしたが、そもそも武器使用自体に制限は設けていない。本気は駄目よと建前はあるが、何処からが本気かは両者の良心に任せると言う適当さである。よって、金棒振り回しても本気では無いと言えばそれで通る。そして鬼に金棒と言うのは文字通り本当の話でもある――。
 ――筈だったが。
 式神が金棒を振り下ろしたそこ、京太郎はあろう事か指一本であっさりとその巨大な金棒を止めている。たっぷりとその姿を見せ付け観客のどよめきを聞いてから、にやりと笑い、その金棒を止めた一本指を軽くひと押し。するとそこからべこべこと音を立てる勢いで金棒のそこここが陥没、最後にはぼろりと折れて崩れ落ち、金棒は金棒の形を無くしてしまう。
 それを見届けてから、京太郎は力強く舞うような所作で腕を掲げたかと思うと、その腕を思い切り手許に引くように振る――ヴン、と何かが唸る音もした。そして中空に光る弧が見えたかと思うと――今度はその弧が式神の身に一気に絡み付き拘束、どしん、とばかりにその弧に引き摺られ、式神のその巨体が引き倒された。そして、京太郎は引き倒した式神のその頭に、ここぞとばかりに芝居がかった仕草で足を乗せ踏み付ける。
「おいおい、コイツで一番の力自慢かい。柔だねぇ。もう終ぇかい?」
 …式神を拘束した弧の正体は京太郎にとっては鬼化に拘らず使い慣れた鋼糸。そして――怪力(に見えただろう所業)の正体は大気の操作。適宜両方を合わせて用い、初めの相撲から最後の拘束まで殆ど全ての状況で京太郎は先手を取っていた――と言うか、こうなるまでの状況全てを演出していた、と言っても良い。要するに初めから京太郎のペース。はっけよーいのこったと始まった時にはもう、式神の動きは京太郎の手の中。全てが結界の中の出来事であったが故か、陰陽師衆は京太郎の技の正体に気付けず、何の力が式神を圧しているのか対処出来なかった、と言うところだろう。
 もっとも、技の正体がわかったとして、この陰陽師衆に天界の鬼神の技を突き崩せたかどうかは不明だが。

 ともあれこの姿を見れば、一目瞭然。
 決着は付いている。何事が起きたのか即座に判断出来ていなかった観客らも一拍置いて歓声に沸いている。小兵――と言っても鬼は鬼なのだが――が大鬼を撃退。この形は見ていてなかなかに小気味も良いだろう。
 が、当然式神の主こと陰陽師衆は面白くなかろうとも言え。自分は結界の外だと言うのに結界の中の京太郎に食ってかかろうと詰め寄る――詰め寄ろうとする血の気の多い陰陽師見習いや、それを必死こいて腕尽くで止めている姿に、やっぱり剣呑な目で京太郎を睨んでいる者やら色々居る。見習いの若者やわかり易く京太郎を睨み付けている数名と比較すれば一応冷静っぽい様子を見せている連中も、あーだこーだと大真面目に何やら話し込んでいるようでもある。が、歓声にかき消されて話の内容の詳細は聞こえない。
 慎霰は観客席からそれらの様子をちらと見、まァた何か悪巧みしてンじゃねェだろうなァ、とぼやいて胡坐をかいた膝に頬杖。そのまま相変わらず盃を傾けつつ、何か思い付いたのか――口許だけで、にやり。
 笑ったところで、あーだこーだやっている陰陽師衆の様子が少し変わる。気のせいかそれまでの動きが不意にぴたりと止まり、次には何やら違った動きを始める――やけに行儀良く一人ずつのこのこ結界の土俵に上がっている――結界なのに入る事が出来ている――曰く、中から外には出れないが外から中には入れる類の結界であるらしい――いやそういう問題では無く。
 京太郎と式神の決着直後に陰陽師見習いの若者が制止されていた通り、そもそも陰陽師衆としてはこの結界の土俵に入る気など無かった筈なのだ。
 なのに今。
 陰陽師衆の足は一人残らず土俵に向かっている。そして――『自然に』動くその足以外は、何事が起きたのか驚き慌て混乱している。そのばたつく姿すらもまた滑稽で。更には気が付けば束帯姿――式神を操る事情が出来たと言う事で所謂陰陽師の仕事着っぽいあの着物――で決めていた筈なのに、その凛々しかった服装までもが――全然違う形に変わっている。
 この対決で一応その形を借りた『相撲』と掛けてか貧相な体躯に力士らしくまわし一丁の姿やら、力自慢、と出された式神をそのままデフォルメしたような滑稽な鬼っぽいコスプレさせた姿やら。そんな風体にいつの間にやら変わっており、陰陽師衆…だった彼らはいつの間にやら結界の土俵の中、式神足蹴にしている京太郎の前にびしりと整列。
 気付いた京太郎からは、おー、随分殊勝な心がけじゃねーか。と労いの声まで掛けられてしまう始末。足の方は整列しているのにそれ以外は必死で抵抗している陰陽師衆。またてめぇかッ!? とばかりに彼らの意識と言うか怨念が向かうのは勿論、目の前の京太郎より先に、観客を決め込んでいる慎霰の方。陰陽師衆にしてみればこのふざけた感触は――昨晩と同じ。恐らくは京太郎と式神の対決に気を取られて――負けた事で次の対処にと更に気を取られたそこに付け込まれ、阿呆な行動を取るような妖術でも掛けられてしまった、と言う事だろうとすぐに察している。
 そしてその想像は正解。今の陰陽師衆の滑稽な風体はどれもこれも慎霰特製の『ユニフォーム』姿、になる。が、勿論慎霰は知らん顔。何を言ってなさるんだィ、とばかりに大げさに肩竦め、それから改めて素知らぬ顔で陰陽師衆を見遣るが――程無く堪え切れなさそうに爆笑してしまう。当然、その反応に土俵に並ばされた陰陽師衆は逆上、慎霰を散々罵るが――。

「わざわざ土俵に上って来といてこっちァ無視ってのはねーんじゃねぇの?」

 と。
 遠くの慎霰どころかすぐ近くから大鬼倒した京太郎の声。
 その声がしたと同時に、並ばされていた陰陽師衆の手足に京太郎の鋼糸がくるりと掛かる。わざと『そうした』事を知らせたようなその掛け方。気付いた陰陽師衆が何事かとその源を――京太郎を振り返りその顔を見れば、浮かんでいるのは無邪気かつ獰猛な笑み。

「今の式神じゃ全然物足りねーしな。折角格好の舞台も整ってんだし、次の演目もやらせて貰うぜ?」

 と、宣言したそれから後は。
 …集められていた観客ごと、京太郎がぶち上げたその『演目』に乗っかって、収拾が付かない程に宿中で大騒ぎ。
 そもそも一対一の対決と言う当初の話は何処に行ったんだと言う勢いで、結界の土俵は『舞台』に変わり、誰から奏で始めたのか――多分素知らぬ顔で慎霰から――笛や太鼓と舞い踊り。陰陽師衆は悉く狂言回しの脇役に使われ、その中で前々から言っていた通りに京太郎は粋な踊りの披露まで始める。来い来いとばかりに狐芸者や猫娘まで呼び込み、終いには酒やおひねりも飛び交い、やられっぱなしで腹に据え兼ねていた筈の陰陽師衆の面子も寧ろ開き直って自ら踊り出したり、と乱痴気騒ぎ振りに何が何だかわからなくなって来る始末。



 ………………やりすぎ。

 乱痴気騒ぎが落ち着いてから後。疲れて転がる累々たる屍(…)を見ればその一言に尽きたようで――そのきっかけになったと言うか中心人物だった京太郎に慎霰の二人は結局宿の経営者からこってり絞られた。昨晩の『良くやってくれた丁重なおもてなし』分を考えてもさすがに差し引きゼロとは行かず、宿の経営者も散らかったこの惨状の後始末に途方に暮れてか何やら半泣き。

 それらの状況を見、確かにやり過ぎちまッたなァ…としょげる慎霰。
 そして一方の京太郎の方もまた、慎霰同様しょげているのはしょげているのだが。

「…あーあ。あの可愛い狐芸者ちゃんの名前何だったっけなぁ…」
「…。…あン?」

 ……………そう、京太郎にとってはこれだけの騒ぎを起こして叱られた事よりも、酔ってお気に入りの狐芸者の名前を忘れた事の方がよっぽど重大だった、らしい。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年05月02日

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