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『虚空(そら)なるヒカリ。 』
朱華(ib1944)&白藤(ib2527)

 覚えているのは、虚ろに満たされていた事。何もかもが空っぽで、どこを探しても何もなくて――けれどもいつも、喉の奥につかえたような何かがあって。
 それが、何なのかすら考える事を、知らなかった。考えようと、思いつきもしなかった。
 ただ、時が過ぎていく。静かに。虚ろに。――何事もなかったかのように。
 それがあの数日間について、朱華(ib1944)が覚えている、すべてだった。





 幼馴染で、親友。互いに生まれ持った志体がよりいっそう、彼らを結び付けたのかもしれない。
 『あいつ』と朱華は、そんな間柄だった。朱華が猪を倒せば、『あいつ』は熊をしとめる。そんな風に、互いに競い合うように、あるいは励まし合うように、朱華たちは大きくなっていって。
 だから年頃になって、一緒に神楽の都に行って開拓者になったのも、明確にそうと示し合わせたわけではなく。ただ当たり前に、共に故郷を出て神楽へとたどり着き、開拓者となって、共に依頼に出向くようになった。
 同じ長屋で寝起きして、共にギルドに赴き、次はどれにしようと相談して、気に入った者があれば一緒に請ける。なければ郊外や訓練所まで行って、手合わせをして互いの腕を磨き合った。

「腕を上げたな」
「そちらこそ」

 鍛錬が終わった後、汗を拭いながら言い合うのはもはや、日課で。大切なものを守れるように、切磋琢磨して腕を磨き、力をつけた日々は、けれどもひどく穏やかに過ぎて行き。
 夜が来る前には共に長屋に帰り、共に食卓を囲んで、眠りに就く。――それは何度でも繰り返された、当たり前の日々。これからも飽きるほどに、何度でも繰り返すのだと、信じるまでもなく思っていた、日々。
 振り返ればいつでも、当たり前にそこに在る彼はまるで、真昼の空に仄かに白く存在を示す月のようで。決して存在は主張しないのに、いつも見守られているようでひどく、心地良い、『あいつ』はそんな相手だった。

 だから。そんな存在が世界から欠けたのだと突然聞かされても到底、現実のこととは思え、なくて。

 ――それがどんな依頼だったのか、朱華は今でもどうしても思い出せない。ただ解っているのは、ギルドの中では珍しくもないありふれた依頼で――そうして珍しく、朱華は彼と一緒に依頼に参加せず、頑張って来いよと長屋の前で見送った、ということ。
 朱華と彼が離ればなれになることなど、幼い頃から数えても殆どなかった。あるとすれば何か、特別の事情があった時くらいのものだ。
 その理由なら、朱華は今でも、我が身を絶たれた血の滲むような感覚と共に覚えている。直前の依頼で刀が折れてしまった朱華は、行きたくとも行くことが出来なくて。
 今から思えば、それが――朱華と彼との、運命の分かれ目。
 さほど、難しくもない依頼だったと、思う。すぐに戻ると言った『あいつ』に、朱華はならメシを用意しておいてやろうと、返した。それに『あいつ』は――笑った。

「旨いのを頼むよ」
「――さっさと行ってこい」

 そうして告げられた言葉に、無愛想寸前の淡々とした調子で返したら、また笑われる。ぬぅ、と首をかしげて見た朱華にまた笑い、そうして『あいつ』は当たり前の顔で旅立った。
 行ってくる、と。ただそれだけの、感慨も何もない言葉だけを、残して。
 ――それなのに。

「‥‥ぇ?」
「‥‥すまない。本当にすまない」

 その、夕方。
 約束した通りに夕飯の支度をして、煮物の味付けがいまいち薄かっただろうかと考えながら長屋で待っていた、朱華の元に返ってきたのは物言わぬ骸だった。すっかり冷たくなった、血の気のすっかり失われた顔は、しっかり瞼が閉じられていて。
 言われずとも、そこにすでに命が宿っていないことは、解った。朱華も開拓者だ、骸の一つや二つは見たことがある。
 それでも。一体なぜ、彼がそこでそうして、冷たくなって眠っているのか――どうしても、理解が出来なかった。理解、する事を頭が拒否した。
 何の変哲もない、いつもと変わらぬ依頼ではなかったのか。確かにアヤカシは、下級と言えども気を抜けばベテランの開拓者ですら危うくなる事もあるけれど、それでも一体、どうして。なぜ、彼が。
 物言わぬ彼を、だからただ、見つめた。何の冗談だと思った。思って、けれども震える指先で触れた彼のほほが酷く冷たかった事に、びくりと肩が震えて否応なしに、これが現実なのだと思い知らされた。

「な‥‥んで‥‥」

 昨日までは、他愛のない言葉を重ねて、話していたのに。
 昨日までは、今朝だって、朱華が夕飯を用意すると言ったら、頼むと言って笑っていたのに。
 昨日までは‥‥この指に触れる彼は、確かに暖かかったのに。
 ――彼をつれて帰ってくれた開拓者仲間が、何度もすまない、すまないと謝っていたのも、耳に入らなかった。それは後から思えば、幸いだった。もしも聞いていたことなら、朱華は間違いなく、なぜ彼を守れなかったのかと言った事だろう。
 責めるでなく。ただ、なぜと――守れなくてすまなかったと謝る相手の胸を、さらに抉った事だろうから。
 それから一体、いつ開拓者仲間が帰ったのかも、覚えては居なかった。しばらくの間、決して広くはない長屋の一室でそうして、彼を、彼の冷たくなった横顔を見つめていて――不意に響いた、ホー、と啼くフクロウの声に、いつの間にか夜になっていたのだと、気付いた。

「あ、ぁ‥‥教えて、やらなくちゃ‥‥」

 そうして、ぽっかりと空いた思考の空白の中に、やっと彼女のことが思い浮かぶ。白藤(ib2527)。こいつが守りたかった、大切なもの。そうして誰よりこいつを大切に思っている存在。
 だから、知らせてやらなくちゃ、いけない。こいつがこんな事になったのに、白藤が知らないなんて、そんな事があってはいけない。
 何故だろう、どうしてだかそう、信仰を胸に抱く人のように朱華はそう考えて、ふらり、彼の遺体を置き去りに長屋を出た。そうして幽鬼のような足取りで伝書屋に行き、白藤に仔細を知らせる文を書こうとした所で、誰かが『あいつの家にはギルドから知らせが行ったよ』と朱華に言った。
 誰だったのだろう、よく思い出せない。そうか、と礼を言って伝書屋を後にして、送ろうかという申し出を、断って。
 あぁ、と空を見上げた。『あいつ』が居なくなったのに、この世界のどこからも失われたというのに――凍りつくような冬の空気の中、冴え冴えと美しい夜空。
 どうしてと、訳もなく思った。思い、ふらふらとまた長屋に戻って――そうして糸が切れた人形のように、彼の傍らにぺたりと座り込み、膝を抱えたのだった。





 それを聞いたのは、よく晴れた冬の日のことだった。よく晴れた――恐ろしいばかりに澄んだ青空が頭上に広がり、ちっぽけな自分が押し潰されそうな錯覚に陥りそうな、日。
 彼。幼馴染の朱華と2人、神楽の都まで出て行って開拓者になった、白藤の恋人。
 その彼が、依頼中に命を落としたと、いう。
 家の前で、ギルドの制服を来た誰かと話している父の、会話が聞こえてギクリ、足を止めた白藤に、思わしげな眼差しを義弟が向けた。それは解ったけれども、作り笑いすら浮かべてやる余裕が、白藤にはなくて。
 父は、あの人は、何を言っているのだろう。彼が死んだ? 朱華と共に神楽へと行く日、待っててくれと笑った彼が? いつか必ず迎えに行くから、そうしたら結婚しようと約束したのに――?
 しばらく呆然と立ち尽くし、その光景を見つめ、遠くなのに妙にはっきりと聞こえる会話を聞いていた白藤は、ひゅぅ、と鳴る風の音で初めて目が覚めた人のように、はっと気付いて慌ただしく走り出した。
 早く神楽に行かなければ。一刻も早く神楽に行って――そうしてこんな馬鹿げたことが嘘に決まっているのだって、確かめなければ。
 そう、白藤は取るものもとりあえず、着の身着のままで走り出して。一体何があったのかと、驚く周囲の人々の目にも気付かず、ただ、神楽を――彼と、共通の幼馴染である朱華が共に暮らしている、白藤も幾度か行ったことのある長屋に、辿り着き。
 がらり、勢いよく扉を開けたのは、もしかしたらその長屋に漂う雰囲気を、中に入る前から察したのかもしれない。

「朱華! いったい、‥‥ッ!?」

 走り込んだ勢いに任せて、長屋の中に向かって半ば、怒鳴るように言いかけた白藤は、そこに広がっていた光景を見て思わず息をのんだ。飲まずには、いられなかった。
 長屋の、真ん中。奇妙なほど空虚な空間の中で、光のない目をしてただ座りこくる、朱華の姿。

「朱、華‥‥?」

 震える声で、呼びかけた。けれども、朱華の答えは返らない。朱華の耳には、届いていない。
 幾日、そうしていたのかもはや、朱華自身にも解ってはいなかった。まるで世界のすべてを拒絶するように、周りに何が起こっているのかも解らないまま、ただ喉の奥につかえた、何かがせり上がってきそうな感覚だけが、朱華に解るすべてだったから。
 多分、誰かが訪ねてきたと、思う。もう眠らせてやろうと、かけられた声に自分は頷いたのだっただろうか。
 『あいつ』の抜け殻がそうして誰かに運ばれていく所を、見たかどうかすら覚えてはいなかった。きっと、見たのだと思う。けれども朱華にとってそれは、遠い世界の出来事のようで。
 ただ、朱華はここで息をしていただけだった。己のうちにこもり、腹も空かず、眠たくもならず――ただここで、『あいつ』が今度こそ笑って『遅くなったな』と笑って帰ってくるのを、待っていた。
 だから。身じろぎ一つせず、虚ろな眼差しでどこかを見つめ、座りこくる朱華の姿に白藤は、背筋を這い上るような恐怖を、感じた。朱華自身にではない、このまま自分と朱華と、それから彼の繋がりが切れてしまうんじゃないかと、恐ろしくなったのだ。
 朱華まで、このままどこかに行ってしまうのではなかろうか。そうして3人、絆も途絶えてばらばらになってしまうのではないか。
 守らなければいけないと、だから、思った。朱華を、守らなければ。この絆を、なんとしても。

「朱華。‥‥大丈夫だから」

 ぎゅっと、座りこくったままの朱華を、抱き締めた。祈るような気持ちで。羽根の下に雛を守る、親鳥のように。
 それは――朱華にとってはまるで、暗闇の中に一筋射した、光のようだった。びくりと大きく震え、見開いた瞳の中に、そうして映った白藤の顔にひくり、喉が鳴った。
 白藤。『あいつ』が守りたかったもの。かけがえのない、大切だった存在。――『あいつ』の生きる理由だった、彼女。

「あ、ぁ‥‥‥ぁぁぁぁぁぁ‥‥ッ!」

 そうと、解った瞬間、朱華の喉から絶叫にも似た叫び声が迸った。喉につかえていたモノが、残らず外へと溢れ出る。
 涙が、溢れた。後から、後から、止めどもなく。
 拭うことも思いつかなかった。もしかしたら、自分が泣いていることにすら、その時の朱華は気付いていなかったのかもしれない。
 己を抱く、白藤に必死に、縋るようにしがみつく。暗闇でやっと出会った光を、逃すまいと――この手を離したら、この闇に溺れてどことも知れぬ場所に沈んでしまう。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥ッ! う、うぅ、うぅぅぅぅ‥‥ッ」
「大丈夫。朱華、大丈夫、大丈夫だから」

 魂の悲鳴のごとき、聞くだけで胸が痛くなるような声にならない声をあげ、痛いほどの力でしがみつく朱華に、白藤は何度も、何度もそう囁いた。囁き、抱き締め、朱華の髪を優しく撫でた。
 大丈夫だから。必ず私が守るから。――守って見せるから。
 そう、髪を撫でながら何度も、何度も心の中で呟いた。繰り返し、自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。
 ゆっくり、ゆっくり、子供のように泣きじゃくっていた朱華の呼吸が、静かになっていく。滝のように零れ落ちていた涙が、その勢いを衰えていく。
 けれども――それと同時に少しずつ、自分自身の心も軋んでいっている事に、白藤はまだ気付いていなかった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業  】
 ib1944  / 朱華  / 男  / 19  / 志士
 ib2527  / 白藤  / 女  / 22  / 弓術師


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お2人にとっての大切な方を失った日の物語、如何でしたでしょうか。
発注文を拝見した時、ふと心に流れた歌がありました。
その歌の、美しく繊細で空虚なイメージを抱きながら、書かせて頂いたのですが――雰囲気のイメージに、合致していれば良いのですけれども(汗

お2人のイメージ通りの、触れれば壊れる硝子細工のようなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年06月01日

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