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『見下ろすは、かの月。 』
白藤(ib2527)&朱華(ib1944)

 その日は、よく晴れていた。寒い、寒い、冬の日。頭上に広がる空は恐ろしいばかりに澄み渡っていて、ともすればちっぽけな自分が押し潰されるのではないかと思えるほど。
 おかしな事だと、白藤(ib2527)は心の中で、呟く。よく晴れた日ならばむしろ、心も軽やかに踊って良いはずなのに、どうしてこんなにも不安を煽られるのだろう。
 買い物からの帰り道、そんな事を思いながら義弟と2人、並んで歩く。無言で、時には他愛のない言葉を交わして。抱えた荷物を時々、揺すり上げながら――

「――誰か、来てる」

 その人影に、最初に気付いたのは義弟の方だった。ん? と眼差しを家の方へと向けてみれば、確かに、訪ねてきたらしい誰かと父が話をしているのが、見える。
 誰か――あれは、開拓者ギルドの人――?
 ついと眉を寄せ、白藤はその人影に目を凝らした。ギルドの制服を、彼女は何度か見たことがある。来客らしい人物が着ているのは、その制服に良く似ているように見えた。
 どくん、胸が跳ね上がる。頭上に広がる、落ちてきそうな青空を意識する。
 知らず、足が速くなる白藤の後を、追ってくる義弟の気配は感じながら、眼差しを2人から逸らす事が出来なかった。何を、話しているのだろう。ギルドの人がわざわざ家を訪ねてくるような、一体、どんあ出来事があったというのだろう。
 心臓が痛いほど早鐘を打って、息が上手く出来なかった。きっと頭のどこかでは判っていたその答えに、気付かない振りをしていて。

「――事前の調査が、甘かったようで」
「予想外に潜んでいた強いアヤカシに、息子は殺された、と‥‥?」
「恐らく」

 まだ子細は不明なのですが、と深刻な面持ちのギルド員に、柔和に応える父の顔色は、けれども青い。それに彼らはいったい、何の、誰の話をしているのだ――?
 ギクリ、足を止めた白藤に、思わしげな眼差し義弟が向けた。それは解ったけれども、作り笑いすら浮かべてやる余裕が、白藤にはなくて。
 アヤカシに殺された。誰が。この家に、ギルドから知らせが来る人間など限られている。限られているけれども――そうして父が息子と呼ぶ相手も、限られているけれども。
 いったい何を言っているのだろう、そう思った。『彼』が死んだなんて、アヤカシに殺されたなんて、どうしてそんな悪趣味にもほどがある冗談を。
 だって『彼』は笑って、約束したのに。幼馴染の朱華(ib1944)と神楽へ旅立つ、その日に。
 待っていてくれ、向こうでの生活が落ち着いたら、いつか必ず迎えに行くから。そうしたら一緒になろうと、そう約束したのに?
 しばらく呆然と立ち尽くし、その光景を見つめ、遠くなのに妙にはっきりと聞こえる会話を、信じられない思いで聞いていた。けれどもふいに聞こえた、ひゅぅ、と鳴る風の音にはっと我に返る。
 とにかく、神楽に行かねばならない。一刻も早く、神楽に行って――そうしてこんな馬鹿げたことが嘘に決まっているのだって、確かめなければ。
 そう、買い物荷物を放り出し、取るものも取りあえず走り出した白藤を、慌てて荷物を拾い上げながら義弟が呼び止めた。その声に、やっと白藤達の存在に気付いた父とギルド員が振り返る。
 けれども、それらの出来事すら、白藤は見ていなかった。ただ、神楽まで一刻も早く行かねばと――走って、走って、駆けつけて。
 2人が暮らしていた長屋で、ようやく見つけたのは、奇妙に空虚な長屋の中でぽつねんと座る、空っぽになった朱華だったのだ――





 『彼』の遺体には傷一つなかったのだと、墓まで案内してくれた開拓者が教えてくれた。その、サムライだという男は『彼』が亡くなった、その同じ依頼に赴いていたのだという。
 白藤が『彼』の恋人で、将来を誓い合った仲だと聞くと、サムライはますます沈痛な面持ちになって「謝って済む事ではないが、本当にすまない、白藤嬢」と深々頭を下げた。それに白藤は、仕方のないことだと頭を振る。
 傷一つつけずに命だけを奪っていく、そんなアヤカシが並大抵の相手ではないだろう事は、白藤も弓術師だ、想像はついた。このサムライとて『彼』を身代わりに生き延びたわけではないのだし、白藤自身が傍に居たとて、何か出来たかも怪しい。
 だからサムライを責めるでなく、神楽の近郊にひっそりと葬られた、『彼』の眠るささやかな墓石に手を合わせる。そうして頭の片隅で、長屋の『彼』の荷物を片付けなければと思っていたら、これを、と小綺麗な布で作られた小さな巾着を手渡された。

「これは‥‥?」
「遺髪だ。形見にと取っておいたんだが――」

 連れて帰ってやってくれと、頼まれ無論と頷く。そうして巾着を大切に受け取って胸に抱き、頭を下げた。
 それから、神楽でのすべての手続きを終えて。『彼』の遺髪と共に家に帰りつき、それを骸の代わりに埋葬を終えて――形見分けとは名ばかりの、持って帰った遺品の整理も終わってしまって。
 ふと、空虚な両の手のひらを、見下ろした。見下ろし、細く開けた障子の隙間から、夜空を見上げた。
 『彼』のごとき柔らかな真白の光を放つ、月がそこにはある。『彼』が居た頃、あの月を見上げては、どこか似通った雰囲気のある『彼』のことを想って過ごしたものだ。
 けれどももう、『彼』がこの手を握る事はない。あの温もりを感じることも、『彼』の声が耳に響くことも、ない。
 白藤はまだ、ここに居るのに。待っててくれと言われたあの時から変わらず、ずっと、ここに居て――今もまだ、ここに居るのに。月はまだ、輝いているのに。

(もう、どこにも居ない)

 ふいにそれを、実感した。『彼』は白藤を迎えに来ることなく、世界のどこからも居なくなってしまった。もう『彼』が「待たせてごめん」と現れることはない。文が届かないかと家の外に思いを馳せても、やってくることは、ない。
 もう、二度と――

「ふ‥‥ぅ‥‥ッ」

 涙が、こみ上げてきた。墓前ですら出てこなかったのに、今になって。自分が本当に、『彼』を永遠に失ってしまったのだと、急に解って。
 どんなに声を上げて泣いても、叫んでも、白藤の声すら届かない、二度と会えない場所へと『彼』は逝ってしまった。白藤を、置き去りにして。
 そうして残されて、今、白藤はどうしようもなく独りぼっちだった。独りぼっちなのだと、痛感した。

(迎えに来るって言ったのに‥‥ッ)

 後から後から、こみ上げてくる涙をどうすれば止められるのかなんて、解らなかった。悲しくて苦しくて、このまま息が止まってしまうかと思って――そうすれば、『彼』の傍に行けるのだろうか。
 他の事なんて、何も考えられなかった。想うのはただ『彼』の事。『彼』が居なくなったこと。それすら明確な思考になる訳でもなく、取り留めのない想いの残骸が波のように、幾度も幾度も白藤の中で沸き上がっては、深い海の底へと沈んでいく。
 その想いの欠片を拾い集めて、ただ、白藤は泣いていた。泣き続けていた。





 それからどれだけの時間が経ったのか、本当の所はあまり覚えていない。数日だったようにも思うし、気が遠くなるほど長い間、そうして泣き続けていたようにも、思う。
 食事も喉を通らなかった。通ったとしても吐き出した。ただ、彼女はひたすらに泣き続け、泣き続け、泣き続けていたから。
 もしかしたら本当に、このまま儚くなって『彼』の元へいけたらと、そんな想いが白藤の身体から、生きるという意志そのものを奪っていたのかも知れない。見る間にげっそり痩せ細って、それでも食事を受け付けず泣く彼女に、幾度も案じる言葉がかけられたけれども、それでも涙は止まらなくて。
 瞳からすっかり光が失われ、このまま後を追って儚くなるのではと心配されていた、そんな時。

「いつまでやってんだ、白藤」
「兄、様‥‥?」

 どかどかと、廊下を蹴立てる足音も荒く白藤の部屋に、兄が飛び込んできた。それにぼんやりと、泣きすぎて真っ赤になった瞳で焦点の定まらない眼差しを、向ける。
 何が起こっているのか、解らなかった。いったいなぜ兄は、こんなに怒った顔で白藤を見ているのだろう。
 ぼんやりとした眼差しに、チッ、と兄が舌打ちした。そうして次の瞬間、バシッ! と白藤の頬が、鳴る。
 次の瞬間、頬がかっと熱くなった。無意識に打たれた頬を押さえ、呆然と目を見開いて兄を見上げた彼女に、怒りの籠もった眼差しで兄が吐き捨てる。

「いつまでそうしてりゃ気が済むんだ。そうやっててめぇは、傍の2人の弟も朱華も捨てるのか!?」

 独りぼっちだなんて、とんだ思い上がりだと。白藤を必要としている者は他にもたくさん居るのに、勝手に世界中から取り残された気になって、それらの人々を捨てるのかと。
 ――そうやって、今度は白藤が彼らを捨てていくのか、と。

「‥‥‥ッ」

 愕然と、した。何度も白藤を案じて、覗きに来てくれた義弟達を、思い――朱華を、思った。
 朱華。神楽で抜け殻になっていた彼を、守りたいと願ったのは間違いなく本心だったはずなのに、いつしか自分自身の悲しみに囚われる余り、その存在すら置き去りにしてしまっていた事に、ようやく気付く。
 唇を、噛み締めた。悲しみが癒えたわけじゃない。けれども、白藤はいつしか、悲しみの涙をこぼす余り、悲しみに酔いしれては居なかったか。

「‥‥ありがとう、兄様」

 目を、覚まさせてくれて。どうかすれば憎まれるかもしれない、そんな荒療治を買って出てくれて。
 白藤の頬を打ったのだって、それが兄の優しさなのだと解る――だって、何も食べず、ただ泣き暮らして痩せ細った白藤の身体は、簡単に吹っ飛んでも良さそうなのに、揺るぎすらしなかった。極限まで、手加減をしてくれたのだ。
 だから。ありがとうと頭を下げる、白藤に兄は何も言わなかった。言わぬまま、正気づいた彼女の眼差しを確かめて、満足そうに鼻を鳴らし。
 がらり、縁側の障子を、開ける。

「来てるぞ」
「ぇ‥‥」
「――迎えに来た」
「朱、華‥‥?」

 引き空けられた縁側の、その向こう側。軒先に佇むその人影は、確かに、神楽で別れたはずの朱華のものだった。
 どうして、朱華が、ここに?
 驚きに目を見張った、白藤の真っ赤になった両目を朱華は見た。見て、静かに口を開いた。

「あれから何日も、考えたんだ」

 あれから――白藤が故郷へと帰ってから。小さくなっていく彼女の背中を見送って、それから『あいつ』の眠る墓の前に戻り――そうして何日も、何日も、考え続けていた。
 一体何故、彼が死んで、自分が生き残ったのか。たまたま直前の依頼で刀が折れたと言う、その些細な偶然が朱華を生き残らせ、彼を永遠の眠りに追いやった、その意味はなんなのか。
 そこに意味があるのなら、朱華は果たして、何をするべきなのだろう。彼の代わりに、生き残った自分がなすべきことは、なんなのだろう。
 『あいつ』がしたかったこと。――それは、守りたいものを守れるだけの、強さを得ること。そうして大切なものを、守り抜くこと。
 『あいつ』の守りたかったもの。――それは、白藤。生涯を共にしたいと願っていた、迎えに行くと約束した、大切な恋人。
 ――ならば。彼の代わりに、生き残った朱華がなすべきことは。

「白藤は、俺が、守る。この命に懸けても‥‥それが、俺の約束だ」

 『あいつ』の代わりに生き残った自分が、『あいつ』の守りたかったものを、『あいつ』の代わりに守り抜く。それこそが、朱華の刀があの日折れた理由であろうと、思うのだ。
 だから。友の墓石の前で、真昼の空に輝く白い月を見上げて、お前の代わりに白藤を必ず守ると、誓ったから。

「俺が支えてやる。だから、立て」

 そう――強い眼差しで言い切って、手を差し伸べた朱華に。差し伸べられた白藤は、その手を――取る。
 立ち上がる。
 そんな白藤の小さな背中を、兄が安堵の眼差しで見つめていた。





 新たな旅立ちの日は、やはりよく晴れた冬の青空が広がっていた。けれどももう、その澄んだ青さに押し潰されそうな不安を抱くことは、ない。

「これから、神楽に行って来る。行って、開拓者になって‥‥あなたの意思を、継ごうと思うの」

 実家から程近い、大きな桜の根付く場所に、神楽から持ち帰った遺髪を収めた墓を立てた。その、五行の墓もしばらくは、見納めになるだろう。
 これから白藤は、朱華と共に神楽に行く。今日はその、しばしの別れの挨拶だ――神楽にも、『彼』の遺骨を納めた墓はあるけれども。
 何となく、何となくだけれど、故郷である五行にあるこの墓にも、『彼』の魂が眠っているような、気がした。これから、幾度となく神楽の墓を訪れるだろうけれども、確かにこの場所にも『彼』は居る。
 だから。ここに帰ってきた『彼』に、旅立ちの暇を、告げる。

「今の私を見たら‥‥困ったように笑ってる?」

 手を合わせて、苦笑しながら囁いた。白藤を守る力を手に入れるために、開拓者になった『彼』。なのにその白藤が開拓者になると聞いて、きっと、『彼』は困っているだろうと、思った。
 守るはずの彼女が、力を得ようとしていること。白藤とて志体持ちだから、そもそも無力でもないのだけれども、それでも。

「―─でも‥‥見つけたいから‥‥殺したアヤカシを」

 傷一つなく『彼』の魂を奪い去った、憎いアヤカシを。見も知らぬ仇を、必ずや見つけて、仕留めて見せる。
 ――だから、見守っていてね、と。
 微笑み、そっと墓石に囁いた。壊れるほどに泣き暮らす日々はもう終わりだから、もう泣かないから。だから見守っていて欲しい、と。
 昔、『彼』の父に言われたことを思い出す。傷に効くのは、笑顔なのだと。ならば白藤はこの先、泣いたりせずにずっと笑顔のままで居よう。いつでも、どんな時でも。ずっとずっと、笑顔を忘れないで居よう。
 だから――どうか、安心して、見守っていて?
 最後にそっと目を閉じて、白藤は墓石の前から立ち上がり、朱華を振り返る。そうして神楽へと、新たな一歩を踏み出したのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業  】
 ib1944  / 朱華  / 男  / 19  / 志士
 ib2527  / 白藤  / 女  / 22  / 弓術師


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
また、蓮華の不手際で本当にご迷惑をおかけして、心から申し訳ございません‥‥(全力土下座

お2人にとっての、大切な方の面影を抱いた新たな始まり日の物語、如何でしたでしょうか。
先に納品させて頂いたノベルも受けて、このような形での始まりとなりましたが――イメージに合ってるかどうかが、改めて心配です;
ご発注のイメージも拝見させて頂きました、すごく素敵で切ないなぁ‥‥という辺りも、及ばずながら精一杯盛り込めていれば、良いのですが。

お2人のイメージ通りの、白く輝く月の見守る、切なくも美しいノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年06月04日

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