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『必要なもの -2- 』
海原・みなも1252)&リリィ(NPC0367)


 夢の中で精神力を使い果たし、狐の姿になるという失態を犯したみなもだったが、リリィの気まぐれにより無事に現実へと戻る事が出来た。
 ベッドの中で目を覚ましたみなもはそっと安堵の溜息を吐く。
「これではいけませんね」
 みなもは夢の中での出来事を思い出し対策を練る。今後夢の中での戦闘があるかどうかよりも、一番はみなもの探求心がくすぐられ、俄然やる気が出てきたからだ。
 夢の中では精神力が強い者が勝つということは分かっている。精神力が切れたら現実世界には戻れず、そのまま死へと繋がる。夢の中に持って行けるものは無く、基本的には身一つで行くしかない。ただし眠る前に同化していればその能力を持ったまま行く事が出来るが、精神力の消費は通常の倍だ。
「万が一、消滅してしまうのなら他の人たちの力を借りるわけにもいきませんし。それに、もし夢の中で不意をつかれたら、身一つでなんとかしないと」
 再び溜息が漏れる。
「私に出来る事はなんでしょう」
 みなもは夢の中でリリィが去り際に言っていた言葉を思い出す。
「じゃあまた一週間後の夜に夢の中で会おうね。キミの成長楽しみだし、リリィも教え甲斐があるしね。んー、リリィとしてはね、人魚の末裔さんには……」
 最後の部分がよく聞こえないままに現実へと戻ってしまったのがみなもには悔やまれる。ヒントがそこにあったかもしれないのだ。勿体ない事をしました、と目を伏せるがすぐにみなもは起き上がり、小さく拳を握る。
「あたし、頑張ります」
 夢の中へ行く約束の晩までに、なんとか自分なりの方法を見つけようとみなもは決意したのだった。


 そして約束の晩が訪れる。
 みなもは眠る前にイメージトレーニングをしていた。
 夢の中では精神力と想像力がすべて、とみなもは結論付けた。アイテムに頼る事は一番始めに止め、精神力を持続させる事を選んだ。一週間で多少なりともそれの強化に励み、まだまだ特訓すべき領域ではあるが少しは自分の糧になったのではないかと思う。
 瞳を閉じると目に浮かぶのは、リリィのような夢魔の姿で『水』をまるで羽衣のように纏う自分の姿。それがみなものイメージする夢の世界でのみなもの姿だ。
 精神力でどうにでもなる世界なら、水を纏った姿で存在しているという概念でそこに存在していれば、それが許される世界なのだ。
 そして肝心なところは水を纏うというところにある。夢の中には水はない、と思っていたが、それが初めから存在しているという概念でいれば話は別だ。水がそこに存在していれば、水を操る事が出来るみなもはそれを夢の中でも自在に操る事が可能ということだった。
「よし。イメージはバッチリです」
 みなもはゆっくりとベッドに身を沈め、夢の中へと入る準備をする。規則正しく息を吐き、自然と訪れる睡魔に身を委ねた。そのまま意識を手放せば、リリィの待つ夢の中へと行けるはずだ。みなもの意識はそこで途切れた。


「いらっしゃい」
 甘い声が耳元で聞こえ、みなもは目を開いた。夢の中で覚醒した瞬間、イメージトレーニングで何度も思い描いた姿を想像する。
 みなもはおそるおそる自分の姿を眺め、リリィと同じような露出度の高い格好に、天女の羽衣のような水の衣を纏っているのを確認すると満足そうに頷いた。
「ふーん、そうきたんだね。これはちょっとリリィもびっくり」
「はい、やっぱりあたしに合うのはこれかなって」
 少し照れたようにみなもが言えば、リリィは満面の笑みで抱きついた。
「キミ、やっぱりすっごいね! リリィ感心しちゃった。一週間で具現化出来ちゃうくらいの精神力身につけちゃうなんてあんまり無いと思うよ。前は同化してたのもあるけど、ちょーっと力使っただけでバテてたのにね」
 水の衣に手を入れたり出したりしながら楽しそうにリリィは笑う。それに釣られてみなもも笑顔になった。
「ただ、思いついたのは良いんですけど、これがどう夢の中で使いこなせるかは分からないんです」
 みなもは手にした水の衣を弄びながら告げる。
「じゃあ、実践してみれば良いんじゃない? ほらほら、いつものようにリリィが実験台になってあげる」
 どうぞ、と蠱惑的な微笑を浮かべたリリィがみなもを挑発した。みなもは戸惑いながら、リリィの誘いに乗る。
「では……」
 弄んでいた水の衣の端を切り、掌の上で水の球体を作る。それはくるくると回転し、薄暗い闇の中で煌めく。まるでそれはミラーボールのように微かな光を反射させ、暗闇を妖しく揺らした。
 とてもその光景は幻想的で目を奪われる。リリィも例外ではなかったようで、その美しさに魅せられていた。
 しかし次の瞬間、その球体はリリィに向けて弾丸の如く発射された。野球ボールほどの球体は、途中で砕けていくつもの水滴になり、凶器となったそれら一粒ずつがリリィを襲う。
「キャアっ! ……なーんてね」
 目を奪われていたリリィは隙を突かれた形になったが、精神力の差でみなもの攻撃を軽く腕を薙ぎ払う事で防いだ。リリィに当たる前に水滴はすべて蒸発してしまったのだった。
「……っ、残念です」
「でも今のはリリィも危なかったよ。これ、とっても良い使い方だと思うの」
 まだまだ改良の余地はあるけどね、とリリィはウインクをしながら指先に残した水滴をピンっと弾いてみせた。
「あとね、リリィ、良い事思いついちゃった」
「良い事? それはなんですか?」
 出来る事は全部試してみたいです、とみなもが言えばリリィは話し出す。
「さっきの技をやる前にね、キミが人魚に変身しちゃえばいいと思うの」
「……なるほど」
 わざと幻想的に見えるように演出をしたのはみなもだった。それを更に増長させるとしたらそれが最適だろう。
「皆、それに目が行くから不意を突くのは簡単でしょ? 容姿も武器になる。魅了も付加したら結構良い線行くんじゃないかな」
 早速やってみて、とリリィに促され、みなもは集中する。
 水の衣はそのままに体をゆっくりと変化させていく。足はなくなり、銀だがうっすらと青い鱗の生えた魚のように。着ているといえるのかどうかも怪しかった夢魔の服も消え、露わになる胸。そこに申し訳程度に純白のビキニの水着を纏う。青色の髪がその白に映えた。閉じていた瞳を開ければ、髪と同様に青い瞳がリリィを捕らえた。
 言葉を失いリリィはしばらくみなもの姿を見つめ続ける。恥ずかしくなったみなもが、あの、と声を発するまでリリィはみなもを見つめ続けていた。
「はわー、すっごいね。目の前で変化されるとちょっと衝撃が走るというか、素敵だったよ、うん」
 リリィはみなもの姿を絶賛し、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。さらさらの髪を撫で、鱗の生えた下半身を撫で回す。
「あの、あの……! そろそろ離していただけますか?」
「イヤ! だって可愛いんだもん」
「でもっ! 恥ずかしいのでちょっと……」
 みなもは身じろぎしてリリィと距離を保とうとする。リリィは不服そうな表情をしつつもみなもから離れると口を開いた。
「今回の着眼点と発想はバッチリね。人魚の特性を生かしつつ、精神力高める事で夢の中でも『水』を扱う事が出来るし」
「そう言っていただけると嬉しいです」
 みなもはリリィに向けてそう伝えたかったのだが、突然声が出なくなっていた。何度口を開いても出るのは吐息のみ。
「ふふっ。今日はここまでね。確か人魚姫は魔女に声を奪われちゃうんだよね」
 さしずめリリィが魔女ってとこかな、とリリィは愉快そうに、声が出なくて焦るみなもの周りを飛び回る。
「今日のお勉強の代償は、人魚姫の声ね」
 楽しいね、とリリィはみなもの肩口にキスをして、とん、とみなもの肩を押す。とたんにグラリと揺れたみなもはそのまま後ろへと倒れるが衝撃はない。ただ、落下していく感覚がみなもを襲った。
 みなもは恐怖で悲鳴を上げるがそれも音にはならず、自分の体の中でだけ反響する。
「じゃあ気をつけてね。良い夢を」
 リリィが手を振るのが見え、それはあっという間に遠くなっていく。落下速度が速まりみなもは恐怖で意識を手放した。

 じっとりと手に汗をかきながらみなもはベッドの中に居た。
「まだまだ特訓しないといけませんね」
 みなもは安堵の溜息と同時に、落胆の溜息を吐いた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年06月14日

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