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『+ 結婚しようか、例えひと時の夢だとしても + 』
工藤・勇太1122



 幸か不幸か。
 それは六月のある日の出来事。


「にゃにゃー♪ 今日も遊びに来たにゃーん♪ んにゃ?」


 現実世界では高校生男子である俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は夢の世界では五歳児程度のチビ猫獣人の姿になれる能力を持っている。今日も今日とてこの異界フィールドの住人であるスガタとカガミの元に遊びに来たのだが――そんな彼の前に見慣れぬものがふよふよと浮いている。はしっと飛びあがりそれを猫手で掴んでみるとそれはなんと美しいベール。雑誌などでウェディングドレスを来た花嫁がその頭に被っている姿を見たことがあるが、まさにソレそのものであった。


「にゃはっはー、こうしてつけてみたら俺様も可愛いはにゃよめさんにゃん! ……にゃーんてにゃ」


 装飾は女性らしくフリルにお花があしらわれたもの。
 面白半分で俺は身に着けてみるがやがてすっと熱が引く。言ってみれば「一人で何をしてるんだ。しかも中身は高校生男子の俺が」という突込みが自分の中で行われたからである。だが。


「にゃっにゃ? あれ、あれれ? は、外れにゃいにゃー!!」


 さぁっと血の気が引く。
 俺はぐいぐいとベールを引っ張るがそれはまるで頭部と一体化したかのように外れない。前屈みになり両手で引っ張り続けても駄目。やがて何でこんな間抜けな事態になったのかと思い出し、じわりと涙が浮き出す。


「にぎゃー!? スガター! カガミー!!」
「うわ、工藤さん。なんでそんな可愛い格好をして……あー」
「お、勇太。お前なんでそんな可愛い格好をし……あー……」
「にゃー! お前ら今説明しなくても俺がにゃにやったのか理解したにゃ! したにゃらこれ取ってにゃー!!」


 二人の名前を呼び、現れた少年――スガタとカガミに俺は抱きつく。
 説明せずとも案内人であるこの二人には何が起こったのか伝わってしまうこの異界はプライバシーと言うものがない。だが緊急を要する今はある意味ありがたい事だった。


「残念ながら僕にはそれが何なのか分かりません。見た目は可愛らしい花嫁さんのベールなんですけどね」
「残念ながら俺にはそれが何なのかわかんねーよ。見た目は可愛い花嫁のベールのくせにな」
「まあ何はともあれ」
「いう事は一つ」
「「 夢の世界といえど怪しいものは拾うべからず 」」
「にぎゃー!! じゃあフィギュアとミラー達に聞くにゃー!!」


 まさかスガタとカガミにも分からないなんて思わず、俺は他にこのベールについて知っていそうな異界の住人である少年と少女の名をあげる。切羽詰っている俺はもうどうして良いのかさっぱり分からない。外したいのに外れないこの状況。しかもこれは女物。一時の気の迷いは非常に心にダメージを与え自業自得と言わざるを得ない。
 スガタとカガミはやれやれと顔を見合わせ、それから一度意思をあわせるように頷きあう。そうしてから俺はカガミの腕にふわりと抱きかかえられ、転移する。一瞬空間を移動する時特有の景色がぶれるような感覚があったが、次の瞬間には目の前にはアンティーク調の一軒屋が建っている。スガタとカガミは扉の傍に貼られている「鏡・注意」の張り紙も無視して扉を開く。ノックもせずに中に入った二人に俺が逆にびっくりしてしまった。


「やあ、いらっしゃい。三人とも」
「ミラー、お前ももう知ってるだろうけど、このベールについて知りたい」
「工藤さんがどうやらこのベールに呪われたみたいなんですけど」
「あのね、君達。急いでいるのは分かるけど挨拶くらいするのが礼儀だよ」
「にゃ、にゃ! こんにちはにゃ!」
「はい、<迷い子(まよいご)>は良く出来ました」


 既に出迎えの格好で立っていたのは黒と緑のヘテロクロミアを持つ短い黒髪の少年、ミラー。
 十五、六歳程度の彼は呆れたようにスガタとカガミに注意を一つする。そしてそれは道理に適ったものだからこそ俺はカガミの腕の中でぺこりと頭を下げた。そして彼の後ろ、応接室からはくすくすと可愛らしい少女の笑い声が聞こえてくる。今度は黒と灰色の瞳を持ち、床に散るほどに長い灰掛かった黒髪を持つ彼女の名はフィギュア。足の悪い彼女は木製のイスに腰掛けながら俺達をそっと手招く。


「初めまして、愛らしい<迷い子(まよいご)>。そのベールについて知りたいのなら、私のところにいらっしゃい」
「は、はじめましてじゃにゃいにゃー……」


 フィギュアという少女は記憶に欠陥を持っており、既に数度会っているというのに未だに自分の事を覚えてくれない。いや、今はむしろ思い出さなくてもいいかもしれない、けど!!
 カガミとスガタはミラーと共にフィギュアの居る応接室へと移動する。口元に手を当てて笑うフィギュアの表情からしてもうこのベールが何であるのか分かっているようだ。


「それで、君は情報に何を差し出す?」
「にゃー! やっぱり来たにゃー! でも俺様差し出すものといってもおやつくらいしかにゃいにゃー!!」
「ふふ、ミラー。今日は本人の物を貰わなくてもいいと思うわ。あたしね、欲しいものはもう決めてあるの」
「おや、フィギュアが欲しいだなんて珍しい」
「ミラー、あたしね。あれが欲しいわ」


 そう言ってフィギュアが指差したのは俺――ではなく、俺の頭に乗ったまま外れてくれないベールだった。


「そのベールは結婚式前夜で亡くなった女性の念が篭った呪いのベールよ。異空間に封印されていた物だけど、何故かこの空間に迷い込んできたのね。<迷い子>ならぬ<迷い物>ってところかしら」
「にゃぁああ!!? 呪いにゃんていやにゃー!」
「でも外す方法――と言うより無力化する方法があるのよ。ふふ」
「は、早く教えて欲しいにゃー!」
「じゃあ、そのベールに込められた想いを成就させてあげなきゃいけないわね」
「――にゃ?」
「そのベールの持ち主の女性は結婚したかった。だから成就させるのは至って簡単よ」
「ま、まさか……」
「花婿が花嫁を思って決して他の女性にそれを付けない様封印していたけれど、貴方がつけてしまったなら仕方ないわ。――と、言うわけで擬似結婚式をしてしまえば良いのよ」
「にゃんですとー!?」


 嫌な予感がぴったりと当たってしまった。
 まさかのまさかのまさかのまさかのー!!?
 フィギュアが楽しそうに笑っていた理由がこれで判明した。確かに女の子ならこういう事は面白がるだろう。そして今回の報酬は無力化したベール。フィギュアもそのベールが欲しいというなら俺は呪いを解くしかない……、の、か?


「って、カガミ! にゃに、俺様をスガタに渡してるにゃー!?」
「いや、なんかスガタとフィギュアでお前のお色直しをするって電波を受けたから」
「お願いだから俺様にも分かるように言葉で喋ってくれにゃー!! って、うにゃぁあああ!!」
「さて、お化粧しましょ。そうしましょ」
「工藤さん。ファイトです。これが終わったら呪いから解放されるんですから」
「ちょ、ミラー!! フィギュアが俺様に夢中にゃよ、いいのかにゃ!?」
「僕はフィギュアが楽しそうならそれでいいからね。さて、僕とカガミは簡易結婚式場でも作ろうか」
「最後の砦が役に立たなかったにゃー!!」


 フィギュア主義のミラーが俺を見捨てた……。
 いや、そもそも言うほど味方でもなかったけどこの対応に俺様はがっくりと肩を落とす。かくして応接室は花嫁の控え室と化し、俺様はもはや空中から色んなものを取り出すこの異界の住人達の手によってそれはそれは可愛らしい『花嫁』に仕立てられ上げられ――。


「ってにゃんで俺様うえでぃんぐどれすなのにゃー!?」
「だって頭に被っているものがベールな上に、取り付いているものは女性の思念なんですもの。ここでタキシードだなんて女性の思念が許さないわ」
「にゃ、にゃぁああ……ま、まさかの人生初女装……が……うぇでぃんぐどれすだにゃんて……」
「大丈夫ですよ、工藤さん。ほら今チビ猫獣人の姿をしているからマスコット的に可愛いですよ! 若いから化粧の乗りも良いです!」
「スガタ! 全然フォローににゃってにゃいのにゃー!!」


 ――俺の、俺様の味方はどこですか。


 えぐえぐと心の中で涙が滝のように溢れだす。
 だがスガタとフィギュアが次々と俺を小さな花嫁に仕上げていくのを止める方法なんて思いつきやしない。そしてどれくらいの時間が経っただろうか。二人が満足げに全身鏡を俺の前に出し、現実を見せ付ける。そこにはちょこんっと愛らしく出来上がった花嫁の姿があった。幼児の姿だから性別も化粧次第で誤魔化しがこんなにも効くものかと内心びっくりする。


「ミラー、こっちは出来上がったわ。そっちの準備は大丈夫かしら?」
「ああ、フィギュア。式場は出来上がったよ」


 そう言いながら閉められていた扉を開いたのは。


「あら、ミラーってば素敵な神父姿」
「年齢も一応二十代後半ほどまで上げてみたけどもう少し上の方が良いかな」
「いいえ、格好いいわ」


 聖書を抱き、典型的な神父服を着た二十代後半ほどの青年に成長したミラーの姿に俺は顎が外れそうになる。いや、知っていたさ。知っていた。ここの面々は外見を自由に操れる事くらい。今更これくらいで驚いてたまるものか!!


「さて花婿の用意も出来ているからそろそろ始めようか」
「――にゃ?」


 そうだ。
 擬似とはいえ結婚式ならば相手がいなきゃ成り立たない。俺は素早くフィギュアとスガタを見やる。ミラーは神父。フィギュアは女性だから論外。ならスガタはと言うと、その姿を二十歳ほどの青年に成長させるが――その正装は黒タキシードだった。
 え、つまり。つまりですね。つまり白タキシードを着ている花婿と言うのは、まさか、まさかまさかまさかまさかのまさかですかー!?


 応接間を出れば俺は目を丸める。
 俺がお色直しをしている間に家の中は造り変えられ、教会の一部と化してしまったのだ。これは心底見事だと思わざるを得ない。そして呆然としている俺はスガタに手を取られ、教会の奥の誓いの場へと足を進ませる。そう、それはまるでスガタが花婿の父親役のように。
 ミラーがフィギュアを抱き上げ、最前席へと転移し彼女を下ろす。一番式が見える特等席だ。
 やがて俺の手は父親役のスガタから花婿役へと――つまり残った一人、青年の姿をしたカガミへと手渡される。ステンドグラスから差し込む光の中、俺とカガミは誓いの場へと足を進める。ここまで来て俺はもう頭の中が真っ白になりそうなくらい混乱し始めた。
 向かい合った俺とカガミ、そしてその間に神父のミラーが立って結婚式が始まる。


「――じゃあ早速。花婿、カガミ。君はこの花嫁を妻と定め、生涯愛し続けることを誓うかい?」
「当然」
「では花嫁、工藤 勇太。君はこの花婿を夫と定め、生涯愛し続ける事を誓うかい?」
「――ち、ちちちちち」


 神父のミラーの言葉は彼独特のもので、形式的にかなり言葉を省いている。
 だけど決して大事な部分は外さず、俺は顔をトマトのように真っ赤にさせながら言葉を必死に紡ごうとする。カガミはあっさりと誓ったけれど、俺はそうではない。だって結婚式だ。どれだけ擬似だって言われてもこの言葉は神聖な言葉で、神様に嘘を付く事なんて出来ない。ベールだって幸せな結婚を望んでいるのだから、ここはカガミのように言えばいいのだけど。


 ああああ、もう心臓の音を止まれ!
 いや、止まったら死ぬから落ち着け!
 どうか、俺の口よ。動いてくれ!


 ベールで隠されているからまだマシだけど、うろたえている俺を皆が見ているしきっと気付いてもいる。
 やがてカガミがすっと膝を折り、そしてまだ誓いの言葉を言い終えていない俺のベールをそっと持ち上げた。その瞬間、ミラーはふぅっと呆れたように小さな吐息を漏らす。


 次の瞬間――花嫁と花婿の唇と唇が触れ合う。


 柔らかなそのキスに俺は最大限に目を見開き、次にぷしゅううっと煙が出るのではないかと言うほど全身を赤らめるとそのまま身体を後ろへと傾け倒れた。だが地面に倒れる前にカガミがしっかりと腕を俺の身体に回し支えてくれた事によって事なきを得る。
 ぱさ、り……。
 そしてあれほど頑固として俺の頭から外れなかったベールがあっさりと落ちる。カガミはそれを拾い上げ、フィギュアへと投げた。


「ほらよ」
「あら、有難う」
「そのベールももう良いってよ」
「ふふ、幸せそうですもの。『どちら』もね」


 カガミの腕の中に抱かれながら俺はぐらぐらと意識を揺らす。
 フィギュアはカガミに貰ったばかりのベールを指先で撫で、そして優しげに微笑む。死しても尚、女性は結婚を夢見ていた。その純粋な呪いは今果たされ――。


「よかったじゃないか。初夜まで要求されなくて」
「……にゃ、にゃぁあああーー!!!」


 からかうカガミの声に俺は意識を取り戻す。もう茹蛸だ。絶対に茹蛸状態に決まってる。俺はぽかぽかとカガミに猫パンチを食らわせながらも、最後にはぎゅうっと抱きつく。
 ぎゅう。
 ぎゅうっと。
 そんな俺達を放置し、ミラーはもう役割は終わったとばかりにフィギュアの傍に寄り、彼女の頭にベールを被せこっちはこっちで幸せそうに微笑みあう。その様子はスガタだけが見ていた。そして最後に彼が言った言葉と言えば。


「六月の花嫁さんは幸せになれるんだよ、よかったね。工藤さん、フィギュア」
「あら、ミラー。あたしと結婚してくれるの?」
「君が望むなら神に誓わずとも生涯を共にするよ」


 かくして『めでたしめでたし』で終わる今回のお話。
 俺はあのベールが俺の想いを知ってくれたから離れてくれたんだろうなと思うと……恥ずかしくて中々カガミの方へと顔をあげれずに居た。





―― Fin...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 Congratulations!
 ……というわけで、見事なプレイングを有難うございましたv
 始終幸せな気分で書き上げさせて頂きましたが、どうでしょうか?
 ギャグコメディという事で今回は漫才ちっくなところが多々入っております。どうか工藤様が幸せな花嫁になれますように!
 あ、カガミはちゃんと工藤様の事大事にしますので(笑)
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年06月25日

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