▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『清福の白い花 』
フィオナ・アルマイヤー(mr0433)

●学士、花嫁になるのこと
「きゃ‥‥」
 ふわり。
 ローブの質感とは異なる衣の軽やかさに驚いて、彼女は思わず裾を押さえた。手元に視線を向けると、しっかり絞り模様の皺ができている。
「あ‥‥すみません」
 いつになく狼狽してしまうのは、不慣れ過ぎる格好のせいだろう。何せ今の装いはウェディングドレスだったりする。
 作ってしまった皺を伸ばす方法を真剣に考え始める彼女に青年は人のよい顔を向けて言った。
「大丈夫、めくれやしないから、そんなに握り締めないで‥‥ほら、リラックスリラックス」
 白薔薇を主にしたブーケを持たせて、右手にブーケ左手に淡黄色したリボンの束を何本か散らすように持つよう指示した青年は、カメラを構えて言った。
「うん、いい感じ。それなら思いっきり握っても判らないからね、ああでも左手は少し開いた方がいいかな‥‥はい、リラーックス」
 ユグドラシル学園の学士フィオナ・アルマイヤー(mr0433)。彼女は今、ブライダルモデルのアルバイトをしているのだ。

●学士、アルバイトすること
 2〜3日前、雨上がりのオープンテラスでフィオナは友人と差し向かいでお茶を飲んでいた。
 テーブルにあるのはシンプルな白磁のティーセットと、ふっくら綺麗に膨らんだシフォンケーキ。一緒にいかがと誘われて席に着いたフィオナにホイップたっぷりのシフォンを勧めて、友人はゆったりと琥珀色の輝きを湛えたカップを傾けつつ言った。
「フィオナって‥‥化けるわよね」
「化ける、ですか」
 寮の自室で研究没頭していて暫く食事も疎かだったフィオナは、黙々とフォークを入れていた手を休めて友を見た。彼女を凝視していた友人はフィオナに化粧気がない事を指摘すると化粧すれば化けると思うと言う。
「私は興味ありませんから」
「勿体無いわよ、折角元が良いんだし。そうだ、知り合いがモデルを探しているのだけれど‥‥フィオナ、やってみない?」
 話だけでも聞いてみる事にした。何でもデザイナーを目指す若者達が集まって、ウェディングドレスのポートレート撮影を行うのだと言う。しかしモデルだけが見つからず、求人広告を出しているとの事だった。
「アルバイトですか‥‥」
 お洒落もアパレル業界も興味はないが、アルバイトという事であれば考えてみなくもなかった。研究予算はあるに越した事がない。
 それに、フィオナ・アルマイヤーに出来ない事などあってはならない。
「良いでしょう」
 至って平然と、フィオナは快諾したのだ。

 そんな訳で、フィオナは着せ替え人形と化していた。
 この時期挙式も多いと聞く街の瀟洒な教会を借り切って、セミプロの若者達が幸せを象徴する衣装の撮影に勤しむ1日。
「フィオナさんだね、ありがとう助かるよ」
「よろしくお願いします」
  普段はプロのアシスタントをこなしながら夢に向かって努力している彼らに迎えられ、フィオナは生真面目そのものの顔で挨拶した。正直、何で私がと思う気持ちがないでもないが、これで予算補填ができると思えば容易いものだ。

 落ち着いた面持ちで女性に案内されて仕度用の小部屋へ向かう。てっきり衣装の着替えと思っていたのだが、その前にひと仕事あるらしい。
「あなた、いつもスッピンね? ふふふ弄り甲斐がありそうだわぁ♪」
 簡易服に着替えさせたフィオナを見たメイク担当の女性が、妙にうきうきした様子で言った。
 確かにお洒落だの化粧だのは普段全く気にしていないが、ちょこっと化粧するだけなのでは――などと思っていると、手際よく髪を纏められた後、襟元を緩めるよう指示される。なるほど、背中を露出するドレスのために産毛の処理をするらしい。
「真っ白で綺麗な肌ね、もっと綺麗にしてあげる。楽にしてね」
 長椅子にうつ伏せになって蒸しタオルを押し当てられた後、剃刀のひんやりした感触が背を滑り始める。背の処理の次は仰向けに座り直して顎から胸へかけて、そして顔へ。
 しょりしょり――剃刀の刃が耳に近付くにつれ、内心緊張しているフィオナにも小気味良い音が聞こえてきた。
(音がする、剃れているのですね)
 冷静に状況分析してみる。くすぐったいような快いような。刃物を当てられているのに何だか心地良い。
 再び蒸しタオルで丁寧に拭われた後、今度はひんやりした感触が肌に刺激を与えてゆく。普段は生命活動の健常維持目的でのみ洗顔するフィオナには、化粧水の香りさえ何か新鮮だ。
「緊張しなくても良いわよ? あなたの肌とっても綺麗‥‥化粧ノリも良いはずだから安心して♪」
 メイク係は堅い顔を解す為にか掌でマッサージを始めた――ようにフィオナは思った。下地を少し乗せているのだが、化粧をしない彼女にそれは判断できない。ただ、マッサージされるにつれ段々と自身が落ち着いて来るのは感じられた。
(肌が柔らかくなっていうような気がしますね‥‥)
 傷めないように優しく揉み込むように――肉の下味を付ける理屈をイメージして大人しくされるがままになっていると、今度は粉を叩かれた。まるで唐揚げの肉になった気分だ。
「元が綺麗だから素肌を生かしましょう、お粉だけで充分ね」
(ああ、化粧されているのでしたね)
 目の周りはさり気なく瞼を閉じて、鼻の周りは呼吸を止めて。フェイスパウダーを含んだパフと、視界を行き交う人の手がこそばゆい。
 やがてパフが刷毛になり筆になり、再び髪を弄られて――
「どう? いい出来でしょう?」
 満足気なメイク係に大きめの手鏡を渡されて、フィオナは覗き込んだ。

 垢抜けた美少女がいた。
 自身を醜いと思った事はない、寧ろ整っている部類だと思う。だが鏡の中の少女は優等生フィオナ・アルマイヤーではなかった。髪色骨格その他の特徴は自分だし、表情を変えれば鏡の少女も付いてくるのだが――
 身をやつした年頃の少女が其処にいた。
「これは‥‥」
 これが、自分なのだろうか。
 魔術研究に青春を捧げた真面目な優等生、不可能を可能にしてみせる常に一番、二番手は有り得ない秀才のフィオナ・アルマイヤーなのだろうか。
「元の良さに色を加えただけよ? 折角良い素材してるのにお洒落しないなんて勿体無いわよ?」
 片付けながら言う女性と入れ替わりにドレスを抱えたデザイナー達が入って来た。口々に褒めそやす若者達の中から一人がフィオナに近付いて自慢の一着を着せ付け始めた。

●学士、そして少女であること
 そして話は冒頭に戻る。
 握り締めて皺になった箇所をブーケで隠して撮影再開。幾重にも重ねたオーガンジーは白。重ねてあるのに殆ど重さを感じない軽やかさは羽のような着心地で、なのに上半身は胸元を強調するかのタイトな作りだ。
「その姿勢で少し背中を向けてくれるかな」
「‥‥あ、はい」
 くるり翻せば長く垂らした裾が優雅に円を描いた。
 引きずるほどに長いドレス――着ているだけで淑やかになった気分だ。思わず手袋した手指を巡らせるように動かすと、辺りから溜息が漏れた。
「あ、それいい。その調子。お嬢様みたいだよ」
「‥‥も、勿論ですわ」
 奇妙な褒め言葉さえ微笑で流せる余裕が出て来た。
 だって私は――フィオナ・アルマイヤーは名家の生まれなのですもの。

 衣装換えで髪型を変えて貰いながら、フィオナはぼんやり考える。
 フィオナは――純粋魔法理論の研究をしている彼女は元々精霊魔法の名門に生まれた令嬢だ。あいにく精霊魔法の方に適正がなかった為、自身の道を模索すべく畑違いのこの分野へ飛び込んで、以来研究に青春の全てを捧げてきた。
 誰にも負けたくない。弱みは見せたくない。
 ずっとそう思って、年頃の女の子らしい事は何もしないで没頭して来たのだけれど。何だろう、このときめきは。
 次の衣装は丈の短いミニドレス、本物さながらにガーターベルトを嵌めて仕度室を出る。格闘もこなす健康的で滑らかな脚は正面からのみ覗いている。後ろ側は引き裾になっていて、決して下品にはならないデザインだ。
 照れと戸惑いを混じらせながらも立ち姿は堂々として、美しい。
(アルバイト‥‥なのですよね)
 自身の変身と周囲の称賛を楽しいと思い始めている自分に気付いて、フィオナは戸惑った。
 次に着たのは奇抜な一着。基本はマーメイドラインだが布面積と透け感が絶妙の斬新さを出している。着手によってはきわどくもなりそうなデザインを、フィオナは綺麗に着こなしていた。
 スタッフ達への信頼が彼女を自然にさせている。仕草も表情も柔らかい、幸福に輝く花嫁のそれだ。
「だいぶ慣れてきたね。次で最後かな」
 最後に出された衣装はパニエを用いたプリンセスラインの正統派ドレスだ。
 ウェディングドレスは女が一生一度着るか着ないかの勝負服。このドレスのふっくらした裾のラインに憧れる少女も多い。
(私は‥‥)
 幼い頃憧れていたろうか。花嫁に、いつかなれるだろうか。
 少し膝を曲げてベールをかぶせて貰って、白百合の花束を両手に抱えて。
「フィオナ、綺麗よ。とってもよく似合ってる」

 足元を埋め尽くす白の花弁。
 フィオナは花――幸福を具現した花になっていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【mr0433/フィオナ・アルマイヤー/女/18/磨けば光る美人学士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 周利でございます。この度はご指名ありがとうございました。
 初めてお逢いするお嬢さん、初めて触れる世界‥‥どきどきわくわくしながら辿らせていただきました。
 お預かりしました情報やバストアップなどから受けたフィオナさんの印象は、負けず嫌いで努力家の秀才タイプ。だけど内面に女の子らしさをほんのり残した可愛らしい人だと感じました。発注者様のイメージに近い事を祈りつつ‥‥お楽しみいただけましたら幸いです。
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2012年06月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.