▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『傷と綻び 』
炎海(ib8284)&アルセリオン(ib6163)&朧車 輪(ib7875)&月雪 霞(ib8255)


●優しい導き

 それは、本来嬉しいお誘いであるはずだったのだ。


「ほんと? ……演奏会、してくれるの?」
「はい」
 にこりと微笑む月雪 霞(ib8255)と、笑顔を見せる朧車 輪(ib7875)。
 霞がハープの演奏が得意だというので『いつか聞いてみたい』と輪が言ってくれたことを覚えていたらしい。
 先日の話ですが、と霞が切り出して、輪の都合の良いときに合わせて『演奏会』をしてくれることになった。
 いつもおとなしめの少女の表情が……たちまち花開くように綻ぶ。
「それじゃ……連れてきたい人がいるの……私はその人を大好きだから……一緒に聞きたい。すごくいい人なんだよ」
 連れてきていい? と聞けば、霞は勿論ですと言って、ニコリと微笑んで頷いてくれた。
「では、私の好きな人も呼んでいいでしょうか?」
「うん!」
 そうして二人で顔を見合わせ微笑みあう。
「じゃあ……早速一緒に行こうって聞いてくる」
「ふふっ……」
 そうして二人は日時と待ち合わせ場所を決め、当日にと言って別れたのだった。


「――って、わけだから……炎海さんも、来てくれるよね……?」
「そもそも……私の了承も得ずなぜ勝手に『行く』ものとして君が返事をしているのだね」
 おおよその話を聞いた蛇竜の獣人、炎海(ib8284)は呆れ顔をして輪を見やった。
 家に押しかけてきて『炎海さんも行こう』と、何が何やらわからない状態で切り出され、詳しく聞けば約束を取り付けた後である。
「でも、来てくれるよね?」
「ああ。そのようなご招待を受けたのならね。お前と一緒でなければなお良かったが……」
「えっ、一緒に行ってくれるの?」
「別々に行くに決まっているだろう! 何を期待した目で私を見ているのかね! さぁ、用が済んだらとっとと出ていき給え!」
 また炎海の気に障ったらしく怒鳴られてしまったが――人間の演奏が聴けるというのに心が揺らいだのだろう。
 いつもは邪険にされているというのに、今日は(比較的)朗らかに了承を得た。
「じゃあ、約束……絶対来てね」
「わかっている」
 むすっとしたような顔だったが、約束してくれた。
 それが輪の心を軽くさせる一因となっていたのにも気づかず、輪は笑顔で炎海の家を出て行った。
 さらに言えば、彼女は自分の足取りが軽やかなのも気が付いていないのだろうが……。
 大好きな炎海と一緒に、大好きな人たちと同じ時間を過ごせる。
 輪はそれがとても嬉しくて、早く当日になってほしいと――……一日千秋の想いでその日が来るのを待っていた。

●すれ違い

「あら」
 霞が時間より早く出向いた待ち合わせ場所には――既に先客がいた。
「おや……。貴女が今回の演奏会の主役かな? はじめまして。出会えた幸運に感謝を」
 人好きのしそうな笑顔で握手を求められ、好感を抱いた霞も笑顔でその手を握り返す。
 ほっそりとしていてやや青白い指先を別段気にすることもなく、炎海はにこやかに、それでいて優しい視線を霞に向けた。
「人を呼びつけておいて、まだあの娘は来ないのかな」
「輪ちゃんの事ですか? ふふ、多分こちらに息せき駆けて向かっているのではないでしょうか……。
とても楽しみにしているのは、彼女だけではありません。私も楽しみにしています」
「それは私もだ。人知れず努力してきた証を公に披露するなんて、
そのような嬉しい機会に招待してくれた事に多大な感謝を」
「まぁ……お上手ですね」
 和やかな雰囲気での歓談は、突如終わりを告げた。

 待ち合わせ場所に指定した、貴重な時計が建っている広場の前――霞の立っている場所よりやや後方から――突如、悲鳴が木霊した。
 何事かと後ろを振り返る霞と炎海。
 視線の先には、一人の男……獣耳がついていることからして獣人のようだが……こちらに向かって迷うことなく走ってくる。
「……君の待ち合わせた人かね」
「え? 炎海さんのお友達ではないのですか……?」
 炎海へと向き直ってそう尋ねると、炎海は渋い顔をして冗談はやめてほしいと返す。
「ただでさえあの修羅の小娘が私に付きまとって迷惑しているというのに、獣臭くなるのは御免こうむりたいものだ」
「え……」
 炎海自身も獣人でありながら、そういった獣人や修羅を……好意的に思っていない節が見受けられると感じた霞は、
 少なからず身構えてしまう。口元を覆ったベールの下で、唇をきゅっと引いたのだが――炎海が不思議そうにそれを見た。
「どうかしたのかね?」
「いえ……」
 お互いの様子に注意を向けてしまっていたので、こちらに駆けてくる獣人の事などすっかり失念していた。
 ガッと乱暴に肩を掴まれ、後ろに身体を引かれる霞。
「きゃ……!?」
「霞殿!」
 彼女を抱きとめた……いや、腕に引き込んだのは、先ほどの獣人だった。
「何をするんです! やめてください!」
 当然ながら、見知らぬ男に抱きしめられるような形で腕の中に納まっているのは恐ろしいものだろう。
「貴様、その薄汚い手を離せ……!!」
 炎海が獣人を睨みつけるが、その男の様子は……明らかにおかしかった。
 視線をあちこちに彷徨わせ、走ってきたせいだけではなかろうが息遣いは荒く、生臭い息が霞の顔にかかる。
 白昼堂々の痴漢か……とも一瞬考えたが、衛兵が数人駆けてきたのでその考えは霧散した。
「来るんじゃねぇッ!! この女がどうなってもいいのか!?」
 どこで奪ってきたのか、男は霞の首筋にナイフを突きつけ、衛兵と炎海を遠ざける。
「刃物を女性に突き付けて人質にするとは、恥ずかしいと思わないのか!!」
「うるせえっ!」
 こんな往来で、刃物を突きつけたとして逃げ場などないのに、どうしようというのか。
「脱獄なんてしなければ、お前も刑期はもう少しで終わる所だったのに!」
「俺は、あんな所もうたくさんだっ!!」
 衛兵の言葉から察するに、どうやらこの男は投獄されていたらしい。だが、こんな獣人の罪も事情も、炎海には微塵も興味はない。
「道を開けろ! この女ぶっ殺すぞ……! チッ、邪魔な布だな!」
 男のナイフが、霞の口元を覆っていた布を切り裂いた。
「……!」
 裂かれたベールははらりと地面に落ちる。
 瞬間、霞の顔からは血の気が引き、口元を慌てて隠したが――炎海は驚愕に目を見開いていた。

 彼女の唇から覗く牙。

「修羅……か?」
「…………」
 霞はもともと白い顔をさらに蒼白にさせ、顔を背ける。
「知られたく、なかったんです……! 自分が修羅だって……」
 今は亡き師匠とジルベリアを旅していたころに感じた、汚れたものを見るような周囲の眼を思い出す。
 差別的な態度。その傷は霞の心に深い傷を未だに残し、トラウマとなっている。
 だが、炎海は獣人だ。彼女の恋人と同じく、獣人なら、分かってくれるかもしれない――そんな淡い期待を持っていた霞の心の傷を深くするかのように、鋭い楔が撃ち込まれる。
 
「なんと気味悪く醜い事か……!」

 炎海の、蔑むような目。そして、先ほどの紳士的な対応もなくなり、吐き捨てるような口調だった。
「よりにもよって、修羅ごときが人間と偽って暮らしているなど……己の分を弁えぬ振る舞いに吐き気すら覚えるよ」
 
 騙されたと感じて炎海が憤っているわけではない。
 それよりも、己の種族を偽り、他種族であるような真似をしたという、その性根が許せなかったのだ。
 無論、霞は人間だとは一言も語っていない。だが、炎海はそのように捉えた。
 炎海の眼はすぅと細められ、懐から術符を取り出して印を結ぶ。
「醜きは種族ではない。己の弱き心を隠し、あまつさえ偽る行為……! もはや浅ましさを通り越して悍ましい。
――それほど己の姿を嫌い、偽りの姿で苦しい生を送っているのであれば……本来の姿で潔く死ぬがいい!」
 火輪を唱えると術符が淡く発光し、炎海に召喚された式が火の輪を打ち出した。
 それはさほど炎海から距離の開かない、獣人を狙っている――いや、霞を人質にした獣人『を』狙っているわけではない。

 霞『も』狙っているのだ……!!

(――私、も……)

 その事実を理解した霞は、すぐ側に迫り、鎌を振り上げる死神の吐息を感じた。
「――霞!!」
 間一髪、アルセリオン(ib6163)が彼女と獣人の前に立ちふさがり、己の身を投げ出し庇う。
 霞の目の前で炎が爆ぜ、アルセリオンの銀の髪が揺れる。
「ぐっ……!!」
 魔法に対しても抵抗力が高いとはいえ、痛くないわけがない。
 身体を走る激痛に、アルセリオンは片膝をついて苦痛の声を漏らした。
「邪魔をするな!!」
 尚も術を放ってくる気配のある炎海に、アルセリオンが苦悶の表情でやめろと呟くのだが、逆上しているらしき炎海に、それは聞き届けてもらえないようだ。
「アル! アル……!」
 愛しい人の顔が苦痛に歪み、痛めつけられている……その事実がさらに霞の心を掻き乱し、彼女は半狂乱になって泣き叫ぶ。
 恐怖に固まる男の腕を振りほどき、アルセリオンへ駆け寄ると、どちらともなく抱きしめあう。
 孤立した男は、殺されると思ったのか、腰が抜けてもなお、這いずるようにして逃げているところを衛兵に捕まった。
 それでも特に抵抗しなかったのは、殺されるより牢獄にいた方がマシだ……と思ったからに相違あるまい。
 両脇からしっかりと衛兵に捕まれ、引きずられるようにして詰所へ連れて行かれる。
 そこへ、息を切らせて走ってきた輪が合流し――……異様な雰囲気で睨みあうアルセリオンと炎海を見つめた。

 どうして、霞は泣いているのか。どうして、炎海さんの態度がいつもと違うのか。どうして、アルセリオンは炎海に対して怒っているのか。
 彼女に説明するものも当然なく、状況が飲み込めぬ輪はただ立ちすくむだけだった。
 
「なぜ……なぜ、霞まで狙った!! それに、いくらあの獣人が罪を犯した者だとしても……志体持ちでなければどうするんだ!? こんなものを食らったら死んでしまうところだったんだぞ!」
 身体の痛みよりも、心のほうが痛かった。
 アルセリオンの口調も激しくなるが、炎海の言葉はアルセリオンには予想し得ぬ返答だった。
「なぜ、だと? 逆になぜ俺が……鬼や獣の命など気にしなくてはならない?」
 冷酷を通り越し――暴戻でもあった。
 眼を見開いたアルセリオンは言葉をぐっと押し留め、怒りに震える腕で霞の背中を軽く叩いて宥める。
「――……皆、必死に生きている。僕も獣人であるし……心あるものが君の意見を聞いたら、非常に憤慨するだろう」
 獣人? と炎海は聞き返し、ああ、と投げやりな声を出す。
「君も獣人か。ふん……通りで獣臭かったわけか。しかもその獣に糾弾されるとは、すこぶる気分が悪いな」
「獣人だからなんだと言うんだ。君だって、その鱗は獣人の証ではないのか!?」
 アルセリオンの緑の瞳が炎海を捕らえ、忌々しげに炎海は目を細める。
「――精々偽りの者同士、仲良く慰めあうといい。輪、俺はもう帰る。不快極まりない者の演奏会など、奏でる音も表面を触るだけの軽い音色だろう。聞く価値もない」
「――ッ!!」
 アルセリオンの顔に怒気が浮かんだが、霞が服を引っ張って首を振る。
 話し合いは無駄なのだと、一刻も早く去ってほしいと。
 その意思を汲んだアルセリオンは、静かな口調で言う。
「……僕たちと君の風は、交わる事が出来ないようだ。
二度と会わぬことを祈るよ」
「ふん。こちらとて願い下げだ」
 炎海はそれを横目で見て、踵を返す。
 輪の横を通りぬけ――思わず、はっしと袖を掴んで無言のまま引き止める輪。
「…………」
 冷たい目で輪を見下ろし、縋るように掴まれている袖を乱暴にふり払うと、一度も振り返ることなく立ち去っていく炎海。
「炎海さんっ……」

 炎海の事も心配だが、霞の嗚咽が、輪やアルセリオンの耳に……、心に辛かった。
「私、私っ……騙そうとしていたんじゃ、ないんです……! 気持ち悪い、って、誰かに思われたくなくて……!」
「わかっている……もう言うな、霞……!」
 きつく霞を抱きしめるアルセリオン。霞は彼の胸に埋もれ、慟哭の涙を流す。
「あの人は、私たちの命なんて……無いようなものだって思って……!
私たちに生きる資格はないのですか、アル……!」
「霞、生きていてはいけない人間はこの世にいない。僕や霞も、生きるためにこの世で産声を上げたのだから」
 落ち着かせるために背中をさすっているアルセリオンは、怒りも悲しみも内包している。
 言葉や感情に出さぬようにするのも、並々ならぬ気力が必要だったろう。
「もう、あの男と会う事もない……!」
 しかし、それを否定したい者もいた。

「どうして……どうして、2人ともそんな事言うの?」
 輪の声が悲しさに震えても、霞もアルセリオンもそれに気づかない。いや、悲しさに満ち溢れた空気は彼らを包んでいたから、気づけなかったのだ。
「炎海さんは、悪い人じゃないよっ……!」
 暫しの沈黙の後、アルセリオンはゆっくりと口を開いた。
「輪はそう思っているんだな……つまり良い人だというのか? 良い人というのは、他者を……霞を、殺そうとするのか?
あの人を慕っている輪には悪いが、僕にはあの男が良い人だとは到底思えない……!
気をつけるといい。彼には良くない風が舞っている。それが君に吹き荒ぶ前に――」
「炎海さんは! 良い人で……悲しい人だよ…… 私は、私には分かるよ……!」
 ぼろぼろと大粒の涙が輪の瞳からも零れ、頬を伝って地面に落ちる。
 はっとするアルセリオンだったが、言葉を撤回する気はなかった。

――みんなが、バラバラになってしまった。
(どうして、こんなことになっちゃったの?)
 本当なら、霞の家でハープを聞きながら『素敵だね』とみんなで笑い合っていたはずなのに――!!。
 悲しくて、でも、去っていった炎海の事が気になって……後を追うようにその場から逃げていく輪。
 それを哀しげな瞳で見送り、アルセリオンは辛そうな表情で唇を噛んだ。
 冷静さに欠けていたせいで、輪を傷つけてしまった。
 だが、己の大切なものを傷つけられてなお、冷静でいられる者がいるのだろうか。
 こうして、思い出したくもない過去の境遇と同じ行為をされ、悲しさに震える愛する人を、自分以外誰が守るというのか。
「……霞。僕は霞のすべてを愛しいと思う。過去に何があったとしても――それは変わらない。
君を支え、同じ風の吹く道を歩いていきたい……」
「アル……!」
 首に取り縋る霞に、アルセリオンはこの場と荒れる感情が許す限りの笑顔を向け、ゆっくり彼女を立たせる。
「戻ろう……もう、ここにいる必要はない」
 小さく頷いた霞を立たせ、アルセリオンは彼女の肩を抱きながらゆっくりと歩を進めた。
 輪は、その小さな身体を震わせながら、寂しく泣いているのかと思うと心が重くなる。
 だが、きっと立ち直ってくれるだろう。

 アルセリオンは傍らに視線を向ける。
 再び霞に優しい風が吹くことを切に祈りながら、その悲しい横顔を切なげに眺めていた。


-END-

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登場人物一覧

【ib8284 / 炎海 / 男性 / 外見年齢45歳 / 陰陽師】
【ib6163 / アルセリオン / 男性 / 外見年齢29歳 / 巫女】
【ib7875 / 朧車 輪 / 女性 / 外見年齢13歳 / 砂迅騎】
【ib8255 / 月雪 霞 / 女性 / 外見年齢24歳 / 吟遊詩人】


■ライターより

いつもお世話になっております。
大事な娘さん息子さんをお預かりさせていただきました〜
悲しいお話は私も結構好物なのですが、炎海さんの悪人無双が度を越していないかが心配です。
皆様のイメージと相違が大きくなければありがたいのですが……
何か違和感がございましたらお申し付けくださいね!
今回のご発注ありがとうございました!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
藤城とーま クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年07月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.