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『白銀の月の名 』
白神・空3708)&エスメラルダ(NPCS005)


 噂ってやぁね。
 あたしはただ降りかかってきた火の粉を払っただけなのに …… ――

 白神空は、ふぅと長く息を吐いた。
 いつもなら、その席は店主であるエスメラルダの指定席。しかし、客の煽りを受けて彼女はステージに立っていた。薄暗い店内の一角だけが別世界。弦を弾く音楽と彼女の弾くステップの音で熱気を孕む。

 声を掛けてきたのはあっちから。それに応えたのは退屈だったから。
 生きてく上で遊びは重要。楽しまなくては意味がない。
 世界が変わっても同じところもあるわけで、体温というのは兎角心地良く身体に沁みる。
「―― ……あら」
 安宿の簡易的な寝台はやたらと軋む。
 まだ仕事に慣れないのか、僅かに躊躇した少年の指先を絡め取り、軽く引いただけで少年はよろりと体勢を崩し寝台に身を落とす。
 一人用の寝台が二人分の体重を支えると、必要以上にぎしりと苦し気な音を立てた。
 その時、目深に被っていたキャスケットがふわりと頭から抜け落ちると、まだ幼さ残る愛らしい容姿と、頭頂部にはぴくりと震えた三角の耳が付いていた。
(―― ……獣人?)
 びくびくとまるで小動物のように見上げてくる少年に、空はふっと口角を引き上げて、たまには毛色の違うのも良いわよねぇ、と瞳を細める。ある意味リアルに毛色が違う。
 つっと空の綺麗に整えられた爪の先が、少年の輪郭をなぞり、悪戯に唇の上を這う。その僅かな所作一つ一つに過敏に反応し、それに合わせるように、ふわりふわりと獣耳が揺れる。
 少年が辿々しく触れてくるのもどこかむず痒く、相手の羞恥心がこちらの嗜虐心に火をつけて尚いっそう胸が高鳴った。
(ん。悪くないわ……)
 空が満足気に微笑んだことに気を許したのか、少年はようやく緊張が解けたように空に両腕を伸ばしてくる。その腕に素直に捕らわれ、組み敷いた相手の胸に頬を摺り寄せる。柔らかな体毛が、空の滑らかな頬を撫でた。
 遊びには良い玩具だ。

「……あの」
「んー、なあにぃ?」
 心地良い疲労感に微睡んでいると、か細い声が空を捉える。余韻を楽しむように静かに瞼を落としていた空は、片方の瞼を持ち上げると少年の瞳がもの言いたげに揺らいだ。
 ん? と疑問に思い僅かに身体を起こしたところで
 ―― ……ドガァァァンッ!
 木製の扉があっさり蹴破られた。
 舞い上がった埃の奥から頭を屈めて誰かが入ってきた。うっすらと長い鼻面が浮かび上がる。視界が拓けはっきりとその姿を捉えると、男は狼の頭をした獣人だった。
 ちらと視界の隅に映った少年は、ぺしゃんっと獣耳を頭に張り付けて寝台の隅っこで震えていた。
 となれば問答無用。
 大儀はこちらにあるはずだ。
「おう! にーちゃん誰にことわ……っぶへ!」
 フ……ッ……と、男の前に影が掠めた。ふっとごわりと太い体毛が風に靡くと同時に、その巨体も派手に吹っ飛んでいった。
「き、さま、」
 男は無様に足下に座り込み、ぐいっと口の端から滲んだ血を拭い取る。そして、苦々しく空を睨み上げた。
「やーねぇ、せっかくの楽しい気分を台無しにしたのはそっちでしょ〜?」
 たった一発の拳で跪かせた空は、汚いものにでも触れたように、軽く手を振ると腕を組んで相手の男を見下げた。ふんっと鼻で笑って顎を上げる姿は、白い月のように凛とし美しい。


 その後、男は悪態を吐きながら、遮二無二逃げ出したから気にしないことにしたのに、何気なくエスメラルダに訪ねると粗方の事情が分かった。
 街娼を扱っている小さな組織同士の縄張り争い。昨日の少年も恐らくそれに巻き込まれた口だ。
 確かにこの黒山羊亭の界隈は、この辺りでも一番の繁華街。稼ぎどころでもあるだろう。誰が元締めになるか、も、一大事なのは分からなくもない。
(まあ、客にとってはどうでも良いことだけどね…… ――)
 やれやれと嘆息した空は、先ほどのエスメラルダとの会話を思い出し口元に嘲笑を浮かべると、つっとグラスの縁をなぞった。
 それと同時に、突然店内が水を打ったような静けさに見舞われた。
 しんっと緊張が走ったあと、わぁぁっと湧き上がる歓声と惜しみない拍手が贈られる。
(なんだ踊りが終わったのね)
 反射的に驚いた自分に、ふふっと笑いを零した。
 カラカラと氷を揺らしてから残りを飲み干す。
「あら、帰るの?」
「んー、今日は帰るわ」
 カウンターに空になったグラスを載せて立ち上がった空に声を掛けたのは、舞台から降りてきたエスメラルダだ。彼女は頷いた空に、僅かに思案顔をする。
「あなた気をつけた方が良いわ。好きで面倒ごとを起こすような輩も多いから」
 その警告に空は、妖艶な笑みを浮かべて「ありがと」と唇に指先を添え、ちゅっと放った。

 街灯と月明かりのみが頼りの帰り道。
 煉瓦で舗装された道に、空のヒールの音が高く響く。
「―― ……」
 こつっと足を止めた空は、ふーんっと何かに納得したかのように口の端を上げたあと、再び歩き始めた。当初はもちろん、城へと帰るつもりだったのだが予定は変更されたらしい。


 狭い路地を抜け、僅かに拓けた場所に出ると、空はぴたりと足を止めた。
「呼び込みにしては数が多いわよねぇ」
 独り言かと思われた空の言葉に応える声が、一つ二つ三つ……影になった場所から姿を現した。
「昨日は、よくもやってくれたな!」
 それを皮切りにあちらこちらから野次が飛ぶ。典型的な『チンピラに絡まれる図』だ。人数は、ざっと見た限りでは 十? 二十? まあ、その間くらいだろう。
「あらぁ? 遊びっていうのは楽しむ為にあるのよ。それを邪魔されて愉快なわけないわ。それで? 貴方達は、あたしを楽しませてくれるのかしら?」
 わざとらしく肩を竦め嘆息した空に、チンピラは「うるせぇ!」「黙らせろ!」と口々に騒ぎ立て、わっ! と一斉に襲いかかってきた。作戦も戦法もあったもんじゃない……強いて言うなら人海戦術だ。

 山積みになるように空に攻撃を仕掛けた。
 確かに全員が一太刀、振り下ろしたはずだ。
 ―― ……キ……ィィ……ン……
 刹那の静寂が耳に痛い。辺りの空気が、真空になったかのように張り付き黙したあと、突然弾けた。
 ドンッという爆発音と共に、男たちは弾け飛び、地面に叩きつけられる。
 そして、その中央に立った空は、大きな斧を肩に掛け静かに男たちを見下げる。
「手加減、してあげるけど……死んじゃったらごめんねぇ」
 いって冷笑を浮かべると、艶めかしく紅い舌先が唇をゆっくり舐めた。

 十秒持っただろうか?
 その力の差は歴然だった。
「バケ、モ、ノ……」
 地面と仲良くなったまま、吐き出された台詞に空はせせら笑う。そして、すっと膝を折ると、ぐっと息も絶え絶えな男の顎を持ち上げて
「あらぁ、意外と丈夫ね。それに失礼な話。化け物に見える?」
 無邪気ささえも秘めたような笑みは、底冷えするように恐ろしい。
 月明かりを浴び、流れる星を紡いだような銀糸。陶器のように白い肌。浴びた返り血さえも彼女を彩る装飾品のように魅せていた。

 空がその件で小組織が壊滅したことを知ったのは後の話。
 そして、それをきっかけとして、裏界隈では『白神空』の名が歩き始めてしまった…… ――


【白銀の月の名:終】

■□ライターより□■
 本当に文字数ぎりぎりなので簡単に。
 どんな時でも自分の欲求に素直で憎めない空さんを書かせていただきました^^
PCシチュエーションノベル(シングル) -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2012年07月02日

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