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『愛の花咲く時 』
弥生・ハスロ8556

 人が人を愛しく思う。
 人が人の幸せを願う。
 それは恋愛感情だけではない、もっと大きな愛なのだと思う。

 夫が海外出張するというので空港まで見送った。
 あいにくの雨だったが、無事に飛行機は飛んでいった。
 今回の出張がどの程度のものかわからないと言っていたが、夫は早く帰ってくるからと言っていた。
 弥生(やよい)・ハスロはその言葉を信じて待つことにした。
 夫は嘘をつかない。
 毎日いつ帰ってきてもいいように、掃除をし、洗濯をし、ふとカレンダーを見た。
 時は6月。あぁ、今年ももう半分が過ぎようとしている。
 そういえば、弟は元気だろうか?
 頭を掠めたのは弟・藤堂皐(とうどう・さつき)だった。
 …久しぶりに会いたいな。
 そんな思いから、弥生は電話の受話器に手をかけた。

 皐はすぐに電話に出た。
 今義父のバーで手伝いをしている最中だと言った。
 と、遠くから養父の声が聞こえる。
「…時間くれるって」
 養父の粋な計らいにお礼を言い、近所の駅で待ち合わせすることを決めた。
 弥生はいそいそと出かける支度をした。
 白いワンピースに紫外線よけの薄手のカーディガンを羽織り、長い黒髪を綺麗に梳いた。
 外はあいにくの曇天だった。梅雨の時期は天候が安定しない。傘を持っていったほうがいいだろう。
 弥生は足取りも軽く、駅へと向かった。
「姉さん」
 軽く手を上げて弥生を呼ぶ男性がいる。
 皐だ。
「待たせたかしら?」
「いや、時間ぴったり。さすが姉さんだ」
 そう言って2人が並んで話していると、行き交う人々が振り返る。
 色白な美人と中世的な青年の組み合わせはどうも目を引くようだ。
「場所を変えましょ。この間素敵な喫茶店を見つけたの。付き合ってよ」
「どこにでもお供するよ」
 皐はいつものことだといわんばかりに素直に弥生に従った。

 駅から2人は歩き出すと、近況を語り合った。
 夫が海外出張に行ったこと、少しだけ料理のレパートリーが増えたこと。
「それ、本当に食べれるの?」
 皐はびっくりしたように聞き返した。
 弥生は話しながら、少しだけ自分が寂しかったのかもしれないと思った。
 夫を待つのは苦痛ではなかったが、誰か心の許せる相手と会いたかったのかもしれない。

 リーンゴーンと大きな鐘の音が鳴り響いた。
「!? びっくりした…こんなところに教会?」
「結婚式でもやってるのかな?」
 弥生たちが見つめる先には、白い小さな教会が見えた。
 すると、その扉が開いて中からドレスアップした人々が大勢出てきた。
「おめでとー!」
「お幸せに!」
 手に持った籠から掴み取ったものを空中に撒きながら、人々はさらに中から出てきた主役を祝福する。
 真っ白なウェディングドレスに真っ白なブーケを持ち、幸せそうな笑顔で花嫁は花婿に寄り添って歩く。
「ホントに結婚式だったみたいね」
 弥生は目を細めて、その光景を見つめた。
 丁度半年ほど前、私もああして祝福を受けたのだ。
 晴れの舞台、自分が幸せであるとあれほど祝われたのは初めての経験だった。
 最愛の人と結ばれたこと、新たな家族が増えたこと。
 それはどんなことよりも幸せだと思えた。
 きっとあの花嫁も今、そんな幸せの真っ只中にいるのだろう。
 無意識に笑顔がこぼれ、弥生はとても幸せな気分になった。
「ねぇ、あの花嫁さん幸せそう…ね…?」
 弥生が隣の皐にそう言いかけて「どうしたの?」と思わず言葉にしてしまった。
「え? あ…いや、なんでもないよ」
 そう言った皐月だったが、明らかにその表情には困惑や不安といった負の感情が混じっている。
「なんでもない顔じゃないわ。…もしかして失恋したの?」
 ぐっと皐月が息を呑んだのがわかった。どうやら図星だったようだ。
 聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。
 でも、知ってしまった以上は姉として何かできることはないだろうか?

「皐はさ、警戒しすぎてるのよ。相手を信用して、信用されて…そこから愛情って生まれるの。もう少し肩の力抜いてみなさい」
 軽くアドバイスしたつもりだった。けれど、それは弥生がそう思っただけだった。
「姉さんはさ『好きです』って言われたら『はい、そうですか。じゃあ私も好きになりましょう』って言えるの? 俺は…無理だよ」
 少し怒ったような、でも寂しそうに皐は言った。
 なにか、言ってはいけないことを言ってしまったのだと弥生は知った。
「そ、それは確かに無理だけど…でもね、『好きです』って言われたら『友達になりましょう』くらいはいえると思うわ」
「それは体のいい断り文句だよ」
「うっ…じゃあ、じゃあどうしたらいいって言うのよ!?」
「何で姉さんが逆切れするの?」
 突然始まった姉弟喧嘩に、通行人はそそくさと避けて道を通る。
 …むしろこれは姉弟喧嘩ではなく、痴話喧嘩に見えるのかもしれない。
 お互い黙り込んでしまって、気まずくなって…でもこのままじゃダメ。このままは嫌だ。
 私が…私が本当に伝えたいのは…

「…皐。私は皐にそんな顔して欲しくないのよ。離れて暮らしてても皐は私の家族。だから、そんな顔しないで…」
 
 皐月が驚いたような顔を一瞬見せて、そして少しだけはにかんで笑った。
「俺も、姉さんに笑ってて欲しいよ」
 差し出された皐の手。弥生はまっすぐに皐の瞳を見返した。
「だから…仲直りしよう」
 弥生がその手を掴むと、とても温かくて安心できた。
「はい、これで仲直り」
 にっこりと笑った皐に弥生もつられてにっこりと笑った。

 それは、私があなたを思う心。
 あなたが私を思う心。
 家族という愛で結ばれた確かな絆。

「ねぇ、皐。私に相談乗れることがあったら言ってよ? 全力で力になるからね」
「わかってるよ。…なるべく相談するよ」
「なるべくって何よ」
「姉さんに相談すると、義兄さんにまで知られそうだ」
「言わないわよ? 秘密はちゃんと守るから」
「でも、夫婦の間で秘密はよくないんじゃないかな?」
「………」
 他愛もない兄弟の会話が交わされる。
 教会では今まさに家族になった2人が幸せそうにオープンカーに乗り込む。
「幸せになってね!」
「お幸せに!」
 手を振る花婿と花嫁に、弥生は小さな拍手を贈った。
 幸せでありますように。
 大きな幸せでなくても、皐が心から幸せだと思える日がきますように。
 私の大事な家族が、笑顔でありますように。 

「ねぇ、喫茶店はやめてお父さんのバーに行こうか」
 弥生がそう提案すると、皐は「え?」と驚いた顔をした。
「久しぶりに会いたいもの。ね? 一緒に行こう」
「俺、そこから来たんだけど…」
「いいからいいから。たまには親子水入らずで話したいわ」
 ふふっと微笑んで弥生は歩き出した。
 その後を皐も歩き出す。
 いつか、その皐の横を見知らぬ女性が歩く未来があるのかもしれない。
 それでも、私と皐はいつまでも姉弟で…。
 いつまでも、私はあなたの幸せを願っている。

 曇り空はいつのまにか晴れ間を見せて、地上に幸せを降らせるようにキラキラと煌いた…。


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☆登場人物一覧
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女性 / 26歳 / 請負業

 8577 / 藤堂・皐 (とうどう・さつき) / 男性 / 24歳 / 観測者

☆ライター通信
 弥生・ハスロ 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はDream Wedding・祝福のドリームノベルへのご依頼ありがとうございました。
 クールに振舞いたいけれど元気で明るい女性といった感じで書かせていただきました。
 姉弟の絆を結婚式を通じて再認識…素敵な設定で、それを生かしきれたのか自信がありませんが、少しでもお気に召せば幸いです。
 ご依頼ありがとうございました。
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年07月04日

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