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『炎、揺らぐは霞なる。 』
久良木(ib7539)&宮鷺 カヅキ(ib4230)

 あたかも人目を忍ぶが如く、霞む月の影は優しく。
 忍び、偲ぶ月影の下、踊る炎が華開く――





 宿に辿り着いた頃には、とっくに日は暮れていた。ホー、ホー、と啼き交わす梟の声が響く空は、すっかり暗くなって、霞がかった月がぼんやり浮かんでいる。
 やれやれと、あてがわれた部屋で荷物を解きながら、久良木(ib7539)は切り取り窓の向こうに見える、霞月を見上げてため息を吐いた。
 春とはいえ、夜になれば随分と冷え込む。商売で陰殻までやって来たのは良いけれども、今さら野宿もたまったものではないから、何とか宿を得ることが出来たのは幸いだ。
 そう思いながら、ふいと月から視線を逸らし、商売道具を丁寧に点検していく。商人とは世を忍ぶ仮の姿だが、仮の姿だからこそ、人目を欺けるほどにそれらしくなければならない。
 だから、端から見ればひどく大雑把に、けれども決して抜けのないように。鼻歌なんぞを嗜みながら、荷物から商品を出しては戻していく、その中で。
 ふと――きな臭い気配を感じて、再び久良木は眼差しを切り取り窓の外へと向けた。けれども今度見たのは月ではなく、その月がぼんやりと照らし出す地上――宿の裏に鬱蒼と広がる、夜闇に沈んだ森の方だ。
 瞳を凝らし、闇の先を見透かそうとする人のように、意識を研ぎ澄ませる。空をぼんやりと照らし出す霞月は、けれども地上を煌々と照らすにはひどく、心許ない。

「‥‥何だ? 何が起こってる‥‥」

 ぽつり、呟いた。宿の中からではとうてい見遙かす事など出来はしない、深い森のその向こう側が、なんだか妙に騒がしい。
 しばし、そうして森の向こうの気配を探り、それから宿の中の気配に意識をこらしていたが、どうにもよく判らなかった。ふぅ、とまたため息を吐いて、久良木は点検しかけていた商売道具を元通りに荷物の中に仕舞い込む――幾ら部屋の中とは言え、用心に越したことはない。
 それから久良木は部屋を出て、宿の人間を捜すことにした。どうにも気にかかって仕方のない、こんな時はきちんと理由を確かめておかないと、後で足下を掬われかねない。
 きしきしと音を立てる階段を下りて、食堂を見回す。酒場も兼ねている宿屋は、この時間は旅人や住人が訪れて、互いにほろ酔い気分で賑やかに過ごしていた。
 そのうちの幾人かと、目が合う。それに当たり障りなく黙礼を返し、食堂兼酒場の奥へと声をかけた。

「すまんな。何やら、裏の森が騒がしいみたいなんだが」
「裏の森?」
「あぁ、そりゃ山火事だよ、お若いの。夕暮れ辺りから燃え始めてな」
「なぁに、この辺りまで火が下りてくることはないさ。街と森の間には沢がある」
「――そうかい。そりゃ良かった」

 久良木の言葉に、答えを返したのはけれども、宿の親父よりも周りの酔客の方が先だった。身なりだけ見れば恐らく、森仕事を生業としている男たちなのだろう。
 朗らかに笑う日焼けした男たちに、ひょいと肩をすくめて「アヤカシでも出たかと思ってね」と殊更に軽口のような言葉を紡いでみせると、すでに酔っぱらった男達は上機嫌で「吊り橋を落とせば大丈夫さ」と笑った。笑い、乾杯を始めた男達に礼を言い、食堂兼酒場を出て。
 そうかい、と浮かべていた笑みを引っ込めて、久良木は小さく呟いた。じっと、見つめるのは宿の裏手に広がる森だ――男達の言う通り沢で隔てられているのだろう、闇の中におぼろげに黒々とした道のような線がかろうじて見える。
 吊り橋がどこかにある筈だと、そうして、久良木は辺りを探りながら歩き始めた。
 男達が言った言葉を、全く信じていないわけではない。山火事が出たというのならばその通りなのだろうし、沢で隔てられてここらまでは下りてこないと言うのなら、それもその通りなのだろう。
 けれどもどうしてだろう、久良木にはなぜだか、それだけがこの妙な騒がしさの理由ではないような気が、したのだ。ただの山火事と言うだけで、これほどに、夜に満ちる空気がざわざわとざわめくことは、ないだろう。
 とはいえ、それを言ったところで、あの場にいた酔客に判るとも思えなかった。だから久良木は、確かめることにしたのだ。
 少し見回して、闇の中に揺れる何かがあるのを見つける。柔らかで頼りない月影で足下を確かめながら、そちらへと近づくとそれはまさしく、久良木が捜し求めていた吊り橋だ。
 ニッ、と唇の端を吊り上げる。そうして久良木は慎重に、両方の縄をしっかりと握って、ざわめく森へと渡っていったのだった。





 ――この街は、湖の畔に向かい、背中に深い森と山を抱く、そんな場所だった。決して交流が盛んというわけではない、けれどもそこそこ栄えている、そんな街。
 その街の、いわば背中を守るとも言うべき森の中に足を踏み入れると、すぐに、山火事の方向は判った。夜の風に乗って流れてくる煙の臭いはそうそう、見過ごしようもないほどはっきりと、森の空気を汚していたからだ。
 煙の臭い、木の焦げる臭い。それから中に混ざる、脂の焦げたような――恐らくは、逃げ遅れた動物の焼かれる、臭い。
 それらを確かめながら、久良木は、煙を吸い込みすぎないように気をつけつつ、炎の方へと下生えを踏み分け、歩いていった。やがてチロチロと炎の舌が見え始め、ゆっくりと、だが見る間に森を飲み込んでいく様子が見え始める。
 確かに街の男達が言っていた通り、この森で山火事はそこまで珍しくはないのだろうと、それでも感じられた。何よりまず、育っている木々が森の大きさに比べて、ひどく若い。恐らく、切り出して加工したり、材木として利用するそれを加味してもなお、若い。
 だから、誰もこの異常に気付かないのか。それとも、久良木のような生業の人間だからこそ、それに気付くことが出来たのか。
 後者であろうと、思う。何より普通に考えて、この炎の中に、数多の気配が――それも動物のものではなく、確かに意志を持って蠢く人のそれが存在するだなんて、一体誰が考えるというのだ。

(平和ボケ‥‥っつったらさすがに、失礼か?)

 胸の中で一人ごちる。この街の人間が、アヤカシに対してすらほんの少しばかり、鈍感になっていることは間違いないにせよ、常識で測れる限度というものはある。
 とまれ、ここまでやって来たのは間違いではなかったし、無駄でもなかったようだ。久良木は己の判断の確かさに鼻を鳴らしながら、さらに森の奥へ、奥へと進んでいった。
 炎はますます激しくなり、辺りを巻く煙に月の光も届かなくなる。赤々と揺れる炎に照らし出される、夜の森は些かのみならず、不気味に感じられ。
 この山火事すらアヤカシの仕業かもしれんなと、そんな事を考えていた久良木は不意に、足を止めて目を見張った。

(――気配が消えた?)

 つい先ほどまで、痛いほどに久良木の肌をビリビリと刺激していた、敵意が。その敵意を放っていた存在の気配が――突然、どこにも感じ取れなくなった。
 まさか、と思う。よしんば炎に巻かれたのだとしても、もう少し時間がかかりそうなものだ。何者かに倒されたのだとしても、複数存在したはずのモノが一瞬でどこにも感じ取れなくなるなんて、そんなバカなことが早々あっていいわけがない。
 そう。例えば久良木の『本当の』職業に携わるような連中ならば、ともかく――
 知らず、急ぎ足になって残りの道程を駆けた。その先に何があるのか、確かめなければならなかった。
 だから、駆けて、駆けて――燃える草を蹴散らし、駆けて。
 ふいに、ぽっかりと広がる空間が、あった。なぜだろう、何かを恐れるようにその場所には、炎すら届いてはいない。
 それが何故なのか――考えかけて、考えることを久良木はすぐに放棄した。解らなかったのではない。それを理解しようとする以前に、久良木の意識を惹きつけて止まないものがあったからだ。
 眼前に広がる、その異様な光景。霞み消え行く瘴気漂う中、立ち尽くす少女と――まるで眠るように横たわる、多くの大人の男達。
 一見すればその男達が、この辺りを根城にしているのだろう山賊だということは明らかだった。まして久良木のような稼業の人間には、いかに隠そうとしてもその違和感を隠し仰せはしない。
 けれども。倒れているのが少女で、立っているのが山賊ならばともかく、現実はその逆なのだ。
 それに――惑う。惑い、無感動な虚ろの眼差しでこちらを見てくる少女が、その手に不釣合いなほど大振りの太刀を持っていることに、気付く。
 恐らくはまだ八歳か、九歳程度だろう。その小柄で、ほっそりとした体躯に大振りの太刀は如何にも重たげだ。
 状況から見て、少女がその太刀を振るい、山賊たちを倒したのは明らかだった、けれど。

「‥‥これ、嬢ちゃんが一人でやったのか‥‥名前は?」
「‥‥‥ッ」

 久良木がそう声をかけた瞬間、さっと目の前の霧が晴れたように少女はみるみる瞳に光を取り戻し、驚きに目を見張った。呆然と辺りを見回し、倒れている男達を見てまた驚く。
 一体何がと、唇が動いたのが解った。それから、かろうじて久良木の問いは意識に残っていたのだろう、ゆるゆると眼差しを動かして振り返り。
 たった今まで握っていた大振りの太刀を、重たくて持っていられないとばかりに、取り落とす。

「名前、は‥‥『 』」

 そうして。紡いだ少女の、美しい名前を久良木は炎の中で聞いた。先ほどまでの驚きは消え、淡々とした口調の――恐らくは、それが生来この少女が生まれ持った性質なのだろう。
 そうか、と頷いた。問いたい事は幾らでもあったが、今、彼女に問うた所で何一つ久良木の納得できる答えが得られないだろう事もまた、解っていた。
 だから。霞月夜の下、踊る炎の光を受けて輝く少女の銀の頭を、撫でる。それはあたかも、何かの目印のように。

「今日のことは誰にも話すな。明日また会おう」
「‥‥‥?」

 不思議そうに目を瞬かせた少女は、けれどもこくりとその言葉に首肯した。それに微笑み一つをくれて、久良木は少女に背を向ける。
 霞月を、見上げた。まだ山火事は燃え盛っていたが、これ以上気になることは何もなかった。1人残してきた少女も、恐らく彼女ならば容易に逃れて、自分の家に帰るだろう。
 それを、久良木は確信していた。その根拠の一つには、彼女がほぼ間違いなく志体持ちである事が挙げられるが――志体持ちとて、久良木たちのような人間とは違って身体能力がずば抜けているだけの、ただの人間だ。
 だから。いうなればそれは久良木の、根拠のない勘のようなものだった。けれどもその勘が外れてはいない事を、久良木は確信している。

(ちゃんと修行した、ッて手じゃなかったな‥‥あの刃物の扱いは天生のものか。それに、あの瞳の色はもしや‥‥)

 考え、だがそんな己を戒めるように首を振った。真実はいずれわかる事だ。
 だから久良木は森を出て、宿に戻った。まず、あの少女の家を調べなければならない。





 翌日。
 山火事もすっかり収まったその街の、とある一軒家を久良木は訪れた。あの、昨夜森で出会った少女の、家。
 出迎えた両親が、一体どんな用事でと不審に眉を寄せた後ろで、少女は久良木に淡い眼差しを向けていた。けれども何も言わないのは、久良木との約束を守っているからか、そもそも感情が薄い故なのか。
 ちょっと外に居てくれと、少女を促し久良木は両親と向き合った。そうして、小一時間も話しただろうか。
 家の外に出ると、少女は言われた通り、そこに居た。その銀の頭を昨夜のように撫でて、見上げてきた感動の薄い眼差しに、告げる。

「両親の了承は貰った。嬢ちゃんは今日から、俺の臣下だ」
「しん、か‥‥?」

 不思議そうに、少女がその言葉を繰り返す。両親の傍を離れることよりも、単純にそれがどういう意味合いを持つのか、計りあぐねているようだった。
 臣下だ、と同じ言葉を繰り返す。その言葉を幼い舌で何度か転がして、やがて少女はこくり、と頷いた。
 よし、と頬を緩める。そうとなれば、少女には新しい名前が必要だった。あの美しい名前ではなく、『仕事』のための名前が。
 燃え盛る炎の中、霞月の下に立っていた、少女。

「今日から嬢ちゃんの‥‥『 』の名前は霞月…カヅキだ。俺は久良木。よろしく頼むな」
「――はい」

 与えられた名に異を唱えることすらなく、少女は、これから宮鷺 カヅキ(ib4230)と名乗る彼女は頷いた。そうして、行くぞ、と告げられた言葉に従って、生まれ育った家を背に歩き出す。
 それは12年前――初めて2人が出会った春の出来事。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ib4230  / 宮鷺 カヅキ / 女  / 21  / シノビ
 ib7539  /  久良木   / 男  / 36  / 泰拳士


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
また、お待たせしてしまって心から申し訳ございません(土下座

お二人の出会いの日の物語、如何でしたでしょうか。
霞月の下での出会いはこんな感じかな、と思いながら書かせて頂きましたが‥‥えぇ、あの、リテイクはいつでもオープンな気持ちで全力で受け付けてまs(ry
お嬢様は以前、ギルドでご一緒させて頂いたことがあるかと思うのですが、ご主人様(?)は初めてお預かりさせて頂きますので‥‥イメージが違っていないかが心配です;

ご発注者様のイメージ通りの、不穏でありながらなぜか美しく繊細な、始まりのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年07月05日

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