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『はれたる朝に。〜揺れる面影 』
ユリア・ソル(ia9996)

 ほんの気まぐれと言えば、気まぐれ。だが本当に、それ以外に理由はなかったのかと言えば、そうとも言い切れないような。
 そんな気持ちで、よく晴れた空の下をユリア・ヴァル(ia9996)は歩いていた。通い慣れた――そして今は通らなくなって久しい、その道。
 かつては弾むような気持ちを抱えて通ったこともあるその道だったけれども、今日のユリアの心は晴れ渡る空とは裏腹に、うっすら雲がかかった様で。らしくないと苦笑し、足元の小石を軽く、蹴り飛ばす。
 ――かつて、結婚を申し込まれたことが、あった。昔付き合っていた恋人。ユリアがこれから会いに行こうとしているのは、その、かつての恋人なのだ。
 穏やかで、優しい人だった。金物細工の中でも、飾り細工を専門とする細工師で、彼が作る細工は彼自身のように繊細で、優しかったのを今でもユリアは覚えている。
 なぜ――今更、彼に会いに行こうと思ったのか。その理由を、ユリアはちゃぁんと解っている、けれど。

(今が幸せかどうか‥‥見るくらいは良いわよね‥‥?)

 そんな風に、何故だか自分に言い訳をするように、胸の中で呟きながら彼の家を、自宅を兼ねた工房を、目指す。胸元で揺れる指輪を、意識する。
 工房までの道のりは、覚えてしまっているせいだろう、それほど遠くは感じなかった。そうして何処から覗けば、相手に見つかることなく、中を見れるのかもユリアには解っている。
 だから、玄関を避けて。工房の脇に作りつけられた、茂みの傍の窓にそっと、近寄り――

「‥‥留守?」

 そこに誰も居ない事に、ついとユリアは眉を寄せる。だが何度見ても、工房の中はがらんとしていて、人の気配など微塵も感じられなかった。
 はぁぁぁぁ、とため息を吐いて、思わずしゃがみこむ。作業台の上には、いかにも少し席を外しただけ、といわんばかりに作りかけの細工や、道具が置いてあったから、すぐに戻ってくるのだろう。
 出直そうと、思った。幾ら何でもこんな所に居たままじゃ、帰ってきた彼に気付かれる。そうでなくとも決して人目が皆無という場所ではないのだから、ご近所にも不審の目で見られかねない。
 どうして居ないのよというほんの少しの苛立ちを感じながら、茂みを離れて表に出ようと、して。――あれ? と不思議そうな声に、ギクリ、足を止めた。

「ユリア? ユリアじゃないか」
「‥‥ッ!? え、ぇ‥‥」
(なんで帰ってくるのよ‥‥ッ!?)

 ついさっきまで、どうしていないのかと怒っていたことも忘れて、内心で相手を罵りながらユリアは、表面上はにこりと笑顔を取り繕った。そうした所で、工房の脇の茂みから出てきた気まずさを、到底拭えるものではなかったが‥‥
 久し振りに見る、それは確かに、ユリアが幸せにしているかどうかと気になってやってきた、元恋人だった。あの頃と変わらない様子の彼に、果たして自分はどう見えているのだろうと、思う。
 幸いにして、彼はユリアが何故玄関の前ではなく、工房の脇から出てきたのかについては尋ねなかった。本当に気にならなかったのか、あえて突っ込まなかったのか、それは解らない。
 買い物に行っていたのだろう、紙袋を抱えた彼が、笑う。

「久し振りだね。この辺に用事?」
「そ、そんなところかしら。あなたは買い物?」
「うん。――そうだユリア、少し時間があるならお茶でも飲んでいかないか? ちょうど、新しい紅茶を買ってきたんだ」

 ほら、と親しげに買い物袋をゆすり上げた彼に、思わず苦笑が毀れた。良いわよ、と髪を揺らして頷く。
 ユリアは彼に会うためだけにこの町に来たのであって、当然、他の用事なんてありはしないのだから。





 久し振りに足を踏み入れた工房は、懐かしく、そしてひどく遠い場所に思えた。かつては当たり前に、ここにユリアの居場所があって――けれどもそれは遠い昔のことで。
 買ってきたばかりという紅茶を遠慮なく頂き、知らず工房の中を見回したユリアに、相変わらずだろう? と苦笑が返った。

「少しは片付けようと思ってるんだけど」
「ほんと、相変わらずね」

 くすりと笑う。ユリアが彼と付き合っていた頃から、常に工房の中には何かしらの細工道具なりが転がっていたものだ。それでも決して煩雑に映らないのは、よく手入れされ、清潔に掃除されているからだろう。
 そうして時々お茶菓子を摘みながら、くすくすとお互いの近況を報告し合った。家族の様子や、この頃の暮らしや、仕事の調子や――

「――そういえば。恋人が出来たんだ」
「‥‥そうなの?」
「うん。君と別れて、しばらくしてからね。今度、結婚するんだ」
「‥‥‥そうなの」

 ふいに告げられた、その言葉にユリアは軽く目を見開き、それからほっと頬を緩ませた。あぁ、彼は幸せなのだと実感し、安堵する。
 彼と付き合っていた頃、ユリアもまた彼に結婚を申し込まれたことが、あった。けれどもユリアはその申し出を断り、あまつさえ、我ながらなかなか酷いと思うやり方で彼を振ったのだ。
 だから。その彼がちゃんと、新たな幸せを掴んだことに――ちゃんと幸せでいることに、ほっとする。自分勝手かも、知れないけれども。
 かつての事など気にした様子もなく、にこにこと微笑んで婚約者のことを語る彼。或いは、今が幸せだからこそ、かつてそんないざこざがあったユリアに対しても、穏やかに接することが出来るのだろう。
 ほっとして――また胸元のペンダントを意識した、ユリアに彼が「君は?」と尋ねた。

「今は誰か、付き合ってる人はいるの?」
「‥‥‥ッ。居る、けど‥‥どうなるか、分からないわ」

 その問いに、一瞬どう答えたものか迷ったユリアは、やがて細く深い息を吐いて、正直な答えを返した。脳裏に、恋人の面影を複雑な気持ちで思い浮かべる。
 恋人もまた、優しい人だ。それは分かっていて、けれども些か朴念仁過ぎて、時折ユリアの地雷を見事なまでに踏み抜いていく。
 だから。どうなるか分からないと、無意識に胸元に揺れる指輪を指先でいじりながら告げた彼女に、彼はふ、と息を吐いて笑った。

「大丈夫だよ。――それは、彼から貰った指輪、なんだろう?」
「ええ、そうよ?」
「なら大丈夫だ――僕は指輪を受け取っても貰えなかったからね。君が思っているよりもずっと、君の心は彼の傍にあるよ」

 そう言って、彼は微笑み、太鼓判を押した。ユリアの恋人が誰かも、知らないくせに。どんな相手かも聞いてないくせに――それでも間違いないと、自信を持って。
 あっけに、取られた。それからぷっと吹き出し、そうかしら、とくすくす笑う。
 おかしな事に、確かにそうかもしれないとユリア自身、彼の言葉に納得してしまったのだ。腹を立てることもあるけれども、それでも、自分で考えているよりも遥かに、ユリアは彼のことを心の中に入れてしまっているのかもしれない、と。
 くすくす、くすくす。
 笑うユリアを微笑ましく見守って、元恋人で今は良き友人である彼は、君の幸いを祈ってるよ、と呟いた。それに、あなたの幸いを祈ってるわ、と返す。
 次に来る時はきっと、ここには新しく家族となった若夫婦が暮らしているのだろう。そうしてユリアはきっと、二度と、工房までの道のりに気まずさを感じたりはしないだろう。
 ――なぜだか、そう思った。





 結婚式の招待状が届いたのは、それからしばらくしての事だ。一読し、最後に彼の名前と新婦の名前が並んで記されているのに、お幸せに、と微笑む。
 そうして招待状を閉じて、返事は後で考えようとテーブルの上に置いたユリアの首に、指輪のネックレスが揺れた。あれからまだ、幸いにもこれを外したことはないけれども。

(もしかしたら、いつか‥‥なんて、ね)

 胸の中で呟き、指先で胸元の指輪に触れる。大丈夫だよと、微笑んだ彼の言葉が耳に蘇った。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia9996  / ユリア・ヴァル / 女  / 21  / 泰拳士


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
また、お待たせしてしまって心から申し訳ございません(土下座

懐かしいかつての思い出に会いに行く物語、如何でしたでしょうか。
いえ、あの‥‥内容的に、本当に、ちょっと結構どきどきしながら書かせて頂きましたが‥‥ま、まだ大丈夫でしょう、か‥‥?(滝汗
お嬢様の新たな道行きを、及ばずながら、心よりお祈りしております(深々と

お嬢様のイメージ通りの、懐かしく、痛みの過去が思い出へと変わる優しいノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年07月06日

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