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『のぼる、きざはし。 』
玖堂 柚李葉(ia0859)&玖堂 羽郁(ia0862)

 それは彼女にとって、特別な日だった。とても、とても特別な――ありったけの勇気を振り絞って迎えた、日。
 幸いにして今日の空は晴れ模様で、うん、と一つ頷いた。どうせならこんな日は、晴れていたほうがもっと勇気がもらえる気がするから。

(大丈夫。‥‥大丈夫)

 胸の中で、おまじないのように唱えて言い聞かせる。養母も居る。恋人も、来てくれる。だからきっと百人力だ。
 そう――佐伯 柚李葉(ia0859)は5月の空を見上げて、胸の前で祈るように手を組み、自分に何度も言い聞かせた。





 話があるのだと、養父に切り出したのは柚李葉にとって、かなり勇気の要る事だった。何くれと本当の娘のように可愛がってくれる養母と違って、どこかずっと距離を感じ続けてきた養父はひどく、遠い存在だったから。
 その養父と、それから義兄に。話があるので時間をくださいと、紹介したい人が居ますと、告げたのはだからすごく、すごく思い切った決断だった。そしてずっとずっと、いつかはきちんと言わなければならないと、話さなければならないと、考え続けていたことでも、あって。
 柚李葉のその言葉と、その眼差しに、何かあると感じたのだろう。養父と柚李葉を伺う義兄にちらり、眼差しをくれた養父は表情の伺えない顔で、三日後ならばと指定して。
 今日が、その日。まんじりとしない気持ちで迎えた朝を、養父と養母は常と変わりない様子で迎えた様だった。

「おはようございます、お養父さん、お養母さん」
「おはよう」
「おはよう、柚李葉。よく眠れた?」

 いつもどおり、朝の挨拶をした柚李葉に、返ってくる言葉も変わらない。養父にぺこりと頭を下げて、養母にはにこっと微笑み頷くと、柚李葉は己の食膳の前にちょこんと座った。
 それから、不機嫌そうに柚李葉の前の食膳に座る義兄に「おはようございます、お義兄さん」と頭を下げると、ぶっきらぼうに「おはよう」とだけ言葉が返る。眼差しが返らないのは珍しいことじゃない。
 だから、いつもどおりの、けれどもほんの少しだけ居心地の悪い朝食を終えて。そわそわとした気持ちで恋人の訪れを待つ、佐伯家に玖堂 羽郁(ia0862)が到着したのは昼前のことだった。
 金糸で藤の刺繍を施した、藍の狩衣の下の着物と指貫は紫苑でまとめ。きりりと凛々しく結い上げた髪に烏帽子を載せた羽郁は、何処から見ても立派な貴族の若君だ。
 羽郁にとっても何しろ、今日の訪問は特別だった。愛しい柚李葉との婚姻の許可を得るために、ついに彼女の家を訪れるのだから。
 5月の、吉日。以前にも来訪した折、仕事の都合で見える事が出来なかったことから、養父が忙しい人だというのは良く解っている。だから指定された日に不服は、ない。
 自宅は勿論、別宅よりも規模から言えば遥かに小さな、けれども羽郁にとっては同じかそれ以上に素朴で、感じの良い門を叩く。この素朴な居心地の良さは、この家を切り盛りする夫人の人柄によるものだと、知っている。
 脇門から出てきた取次ぎの男に名前を告げると、すぐに引っ込んで表門が開かれた。そうして、ご案内いたします、と先を立って歩く男の後ろから、そろそろ初夏の草花が彩りを添え始めた、素朴な庭を眺めながら歩く。
 玄関に、辿り着くと柚李葉はすでに、そこに居た。羽郁の顔を見てほっと息を吐き、はにかむように微笑む彼女もまた、初夏らしい装いの清楚な着物に身を包んでいる。

「いらっしゃい、羽郁」

 彼を出迎えながら、柚李葉は若草色の袖を揺らした。だって今日は特別なんでしょ? と嬉しそうに微笑んだ養母が用意してくれたそれは、養母自身が嫁入りの時に持ってきた、娘時代の着物なのだという。
 何の話とも、言ってないのに。こうして当たり前の顔で色んな事を、無言のうちに察して気配りできるからこそ、養母は商人である養父の妻として、長らく家を支えてこれたのだろう。
 もしかしたらどんな話で羽郁がやってきて、柚李葉がどんな話を養父と義兄にしようとしているのかすら、養母は知っているのかもしれない。けれども何を言うでもなく、特別なんでしょ、と微笑むだけの養母をありがたいと、思う。
 きしきしと、廊下のなる音を聞きながら、養父母と義兄の待つ広間へ、向かった。その小さな、緊張した背中の後を歩きながら、羽郁はそっと柚李葉に囁きかける。

「大丈夫。俺も居るから」
「――うん」

 ありがと、と。その囁きにはにかんで、すぅ、と柚李葉は息を吸った。吸って、吐いて。また吸って。
 すっと、その扉を、開ける。もう後戻りは出来ないその扉を――するつもりも、ないけれども。
 広間の奥、開いた扉の正面には、養父が座って待っていた。その右手には義兄が不機嫌そうに座って居て、反対側には養母がおっとりと座っている。その正面に二つ並んだ円座は、柚李葉と羽郁のために用意されたもの。
 いよいよだと、思う。柚李葉にとっても、羽郁にとっても。
 用意された席に着くと、まず、口を開いたのは羽郁だった。養父と義兄を相手に、座った円座の上でぴんと背筋を伸ばし、胸を張って挨拶する。

「お初にお目にかかります。石鏡の巫覡氏族【句倶理の民】宗家・玖堂家が長男、羽郁と申します」
「――これは、ご丁寧に」

 その威風堂々とした挨拶に、養父が眼差しを少し傾けてそう言って、自らも自己紹介をした。それからちらりと柚李葉に、これはどういう事だと眼差しで、問う。問われたと、感じる。
 ただの友人でないことは、こうして改めて紹介をと言われれば嫌でも、解る。だから『どういう事』というのは、彼がどういう関係なのかという意味とはきっと、別の意味だ。
 すぅと、息を吸った。養父の、養母の、義兄の眼差しを意識した。隣に居る羽郁を、感じた。
 そうして目を、開き。

「‥‥お養父さん。私、好きな人が出来ました」

 その言葉を、紡ぐ。ずっとずっと、言いたくて、言いたくなかった言葉。言わなきゃいけなくて、言えないまま来てしまった言葉。
 傍らに居ても緊張しているのが良く解る柚李葉の、小さな手を羽郁は勇気付けるようにぎゅっと握った。そのぬくもりにほっと息を吐く。
 ぎゅっと、その手を握り返した。

「彼が、私の好きな人です。だから――お養父さんの選ぶ佐伯の為になる人の元に、私は、嫁げません」

 ずっとずっと、恩返しとして当たり前だと思っていた。一座がなくなり、佐伯の家に貰われてから、ずっと。
 いつか、養父の選ぶ、佐伯の為になる家の、見も知らぬ誰かへ嫁ぐのだと――それが、佐伯の家で養ってもらった自分に出来る、精一杯の恩返しなのだと。
 拾われたばかりの頃は、どうにかして恩返しがしたくて、むしろそれを望む節すらあったかもしれなくて。けれども大きくなってからは、そうして羽郁と出会ってからは特に、それが心苦しくて。
 それに――

「お義兄さん」
「‥‥‥なんだ」
「もし、佐伯に見合うお家がなかったら、私が佐伯の血を引く志体持ちの子を産まなくちゃいけない事‥‥噂で、ずっと前から知ってました」

 だから余計に私が好きじゃなかったんですよね、と。淡く微笑む柚李葉の肩を、羽郁はぎゅっと強く抱く。
 佐伯の血を引く志体持ちの子。それが意味するのはつまり、養女である柚李葉と嫡男である彼を娶わせ、子を生ませる、ということだ。
 志体持ちが生まれる確率は、多くはない。けれども片方が志体持ちならば、その確率はぐんと上がる――
 しん、と広間が静まり返った。まるで羽郁に守られるていような心地で肩を抱かれ、柚李葉は、祈るように養父を見つめる。
 どうかこの言葉が、この想いが、養父に届きますように。せめて養父の心のどこかに、琴線に、触れることが出来ますように。
 その男は、と長い沈黙の後に、養父が言った。

「お前が選んだ、その男は――どういう家柄の人間なのだ?」

 静かに、値踏みするような眼差しが羽郁の上へと注がれる。その眼差しはまさに、商売に赴く時の養父のもので――駄目だったのだろうかと、眼差しを落としながら柚李葉は、言った。

「彼のお家はとても‥‥大きいけれど‥‥でも、好きなのは彼自身です」
「柚李葉殿が他家へ嫁ぐことで、佐伯に齎されるはずだったものの損失は、句倶理が倍の額で補填する用意が有ります」

 その言葉に、羽郁が力強く言い添える。現に羽郁も、今は一族の当主である彼の双子の姉も、前当主である父だって揃って柚李葉の為ならなんだってするだろう事は、改めて聞かなくても解っていた。
 むしろ姉ちゃんは改めて聞いたら殴られるかもな、と胸のうちで羽郁は苦笑する。その表情も、怒った姉が何と言うかまでまざまざと思い浮かんで、目の前に居るわけでもないのに羽郁はつい、首を竦めた。
 とはいえこれははったりではない。現に、柚李葉を得る引き換えに、句倶理が抱えている人脈や、句倶理が商っている一部の香木の独占販売権を提供してもいいと、一族から許しは出ている。
 そう――告げると、養父が計算するように眼差しを天井へと動かした。義兄が、そんな養父を見て、羽郁を見る。――柚李葉ではなく、羽郁を。
 届かないのだろうかと、絶望的に、思った。それでも祈りながら、さらに言葉を紡ごうとした柚李葉と、さらに援護しようとした羽郁を、眼差しで制した人が居る。
 にこりとその人は、養母は優しく微笑んで、夫と息子にこう言った。

「もう良いじゃありませんの。これ以上何か、考える事がありまして?」
「いや、それは‥‥だが‥‥」
「母上、商売のことは私と父上で考えることで‥‥」
「私は。――母親として、佐伯の妻として、このお話を喜んでお受けしますわ。あなた方、それで構いませんでしょ?」

 にっこり。
 駄目押しで微笑んだ養母に、これ以上何か文句があるのかと無言で、だが表面上はあくまで穏やかに同意を求められて、養父と義兄はちらり、お互いの顔を見合わせた。けれども、反対するだけの理由があるとしたら、それは『佐伯家から柚李葉という志体持ちが失われること』以外に、他ならないのだ。
 志体持ちは、基本的に望んで得られるものではない。それは例え、佐伯の血を持たず、たまたま目をかけていた一座の縁で引き取った娘であった柚李葉であろうとも――多くの開拓者が集まるこの神楽ではさほど珍しくはないが、本来は1つの村に1人、志体持ちが生まれるかどうかという程度の確率でしか、ないのだ。
 だが養母の理屈はそれを遥かに飛び越えて、柚李葉が幸せなら良いじゃない、と笑う。その上で、彼らがこだわる利益とやらも得られるのだから問題ないでしょうと、商人の妻の口を利く。
 はぁ、とどちらからともなくため息が、漏れた。決して心から納得したわけではない、けれども少なくとも今この場で言い争いはしない。そんなため息だった。
 それでも――確かに1歩、前進したと、感じる。
 肩を抱く羽郁の手に、そっと手を添えた。それを察して手を離した羽郁に眼差しで礼を言って、深々と3人に頭を下げる。
 納得はしてなくても、引いてくれた養父と義兄に。そうして当たり前の顔で、良かったわね柚李葉、と少女のように微笑んで胸元で手を合わせてる、優しい養母に。

「――嫁ぐまで佐伯の名前を、名を汚さない様、頑張ります。ご恩返しが出来ない事を許して下さい」
「気にしなくていいのよ、柚李葉。私は、あなたが私の娘で居てくれるだけで、これ以上ないくらいに幸せなのよ?」
「義母君――柚李葉殿をこれまで養育して下さった事、私からも感謝します」

 何か言いたげな夫と息子を置き去りに、にこにこと微笑む養母に少し笑って、それから羽郁は柚李葉の隣で同じように頭を下げた。どんなに彼女が柚李葉を慈しみ、実の娘と同じか、それ以上に愛している事を、彼も知っている。
 だから。そんな彼女の翼の下から、愛する柚李葉を連れて行くことを、謝罪する。そうして決して、彼女の翼の下を離れたとて、柚李葉の笑顔を曇らせたりはしないと、誓う。
 それは彼女から柚李葉を奪う、正当な報酬で、当たり前の誓いだった。恐らくは羽郁が突きつけた、数多の『利益』よりも遥かに大切で、この上なく重要な。
 だから羽郁は誓い、養母に笑いかける。艶やかに、幸せに。

「私は貴女の柚李葉殿に心底惚れております」
「知ってますわ――私の可愛い娘を、よろしくお願い致しますわね」

 その笑顔を正面から受け止めて、養母は微笑み頷いた。もし出来なければいつでも連れて帰りますよと、その眼差しが語っているようで、必ずと改めて誓いを立てる。
 緊張の満ち満ちていた広間を、ゆるゆると、和やかな気配が満たしつつあった。勿論それは、一先ずのものではあったけれども。
 それでも確かに、1歩何かが進んだ筈だった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 / 女  / 17  /  巫女
 ia0862  / 玖堂 羽郁  / 男  / 19  / サムライ


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
また、お待たせしてしまって心から申し訳ございません(土下座

ついにお養父様とお義兄様と対決なさる物語、如何でしたでしょうか。
気付けばお養母さん最強伝説になっている気が致しまして、執筆しながらどきどきはらはらとしております、いえ本当に(目逸らし
迷惑などということはありませんので、お気になさらずなのですよ〜(笑
そしてイメージとかあれとかそれとかどれとかございましたら、お嬢様も若君様も、いつでもお気軽にリテイクをどうぞ、です‥‥orz

お嬢様と若君様のイメージ通りの、新たな始まりへと階段を上るノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年07月09日

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