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『ただの通訳だと思ったか? 残念、私だよ! 』
龍宮寺・桜乃7088)&(登場しない)

 部下から至急確認してほしい事項がある、と連絡があった。
 そんな取ってつけたような嘘社長と副社長が揃って席を外してから、5分。
 桜乃の目の前には様々な黒い噂を持つ、要注意の取引先関係者が2名ほど鎮座しているのである。

 社長だって、公に敏腕社長と名乗る以上ある程度の語学力は持っている。
 一般には堪能と言われるレベル。生活に支障なく、大学講義も八割方理解できる程。
 それでも通訳を必要としたのは、本日の商談に微塵の齟齬も許されないからだ。
 弊社の命運を懸けた……は言い過ぎかもしれないけど。それだけ大事だということに変わりはない。

(いや、まぁね、私なら何百ヶ国語でも完璧っすけど……)

 桜乃の能力は、絶対感覚と絶対記憶。
 ゆえにネイティブと通訳、両方の言葉を同時に聞く機会さえあれば、その全てを記憶してしまう事が可能となる。
 語学なんてものは、文法さえ理解してしまえば後は語彙を増やすだけのこと。
 普通の人間にしてみれば、それが一番難しい問題なのだよ、ということころではあるが。
 能力によって語彙を増やす事になんの障害もない桜乃にとっては、これほど容易な事もない。

(この国の言葉はなぁ……あ、隊長の顔と一緒にヤな事思い出した。忘れろ、私の黒歴史〜っ!)

 思わず寄りそうになる眉間のしわに叱咤激励。
 そんなに密着してなくても大丈夫、相手に動揺を見せるな私!
 自分に言い聞かせ、桜乃は精一杯の作り笑いをキープしていた。

 黒歴史。いわゆる、触れてはいけない過去である。
 桜乃のそれが何かと問われれば、断然、入社直後の研修(笑)であろう。
 一流企業の研修といえば普通、そこそこのホテルで缶詰めマナーやら社史やらのお勉強会みたいなものだろう。
 少なくとも桜乃はそう想像していた。
 それなのに――いざ自分に降りかかってきた研修(笑)は、想像を絶するものだった。
 体育館に集められて社訓絶叫しながら組体操と、どっちがマシか正直悩むレベルである。
 ……というのも、その研修(笑)というのが、何かしらの特殊能力を持つ者限定の特別メニューだったのだ。

 入社前。万能力を持っていようが、日常生活で耳にする機会があるのなんて日本語と英語、あっても中国語韓国語ぐらいか。
 無論、大学に行けばフランス語やらドイツ語やらロシア語やらの授業はあるけれど。
 それらの言語のネイティブスピーカーに遭遇する機会はそうそう多くない。

 そんな中、いきなり知らない国へ連行されたのである。
 一切の言葉がわからない状況、地図もお金もない有様。
 英語は世界語とか言うけれど、そんな常識、山の頂や密林の奥地では通用しない。
 仮に話せたとしても、訛りが強くて聞き取れない事はある。口を開いたらものすごい片言なんて事もよくあること。
 そうなれば、生きる為に必死で話し言葉を覚えるのもある種必然である。
 しかし言葉を覚えた頃になると、また次の国へ移動して同じこと。その繰り返し。半年間。
 さすがの桜乃も、この研修(笑)スパイラルにだけは生命の危機を感じた。
 それほどに壮絶な戦いだったのだ。密林の奥地で凶暴な珍獣追い回すより、余程。

「私一応女の子! 無茶な扱い反対! 過労で死ぬっ、」

 ある日、現地の言葉でそんな反論をした桜乃に、当時同行していた部隊の隊長は、流暢な日本語でけろりと宣った。
 その言葉を、桜乃は今でも忘れていない。執念深い? 否、当然だ。これは執着ではない、トラウマだ。

「社長と会社の為に死ねるなら本望だろ」
「…………」

 桜乃18歳。高卒後2ヶ月目にして既に立派な社畜と化していた。
 そんなん隊長に言われるまでもなく思ってるわ馬鹿! 社長抱いて!
 ……という叫びは、当然心にしまい込んだが。
 細い目の色黒筋肉達磨が、虎の威を借る狐(あるいは狸)に見えたのも事実。
 とまあ、そんなこんなで。いつかこの隊長ぎゃふんと言わせてやると誓った苦い思い出だ。


 表面上、社長と副社長は火急の用件あって席を外したことになっている。
 けれど実情は違った。休憩がてらの密談。合コンで言うところのトイレタイムだ。

 別にそれは眼前に座る取引先のイケメン二人を出し抜いているとか、そういう事ではなく。
 実際問題、目の前の彼らも分かっていて社長の退出を容認したはずだ。
 ――なぜなら、彼ら自身は彼ら自身、2人きりでこっそりと話し合いたい事があったようだから。
 要はおあいこということ。
 やって来た渉外担当がどんなにイケメンだろうとも、先方に黒い噂があることに変わりはない。
 彼らは桜乃を見くびっているようだが、桜乃は気づいている。
 2人が部屋に踏み込んだその瞬間から、監視カメラの位置を目で確認し、無いことを知ってアイコンタクトを送り合っていたことも。
 盗聴器の存在を疑っていた背の高い方が、鞄の中身を探す振りをして探知機を操作していたことも。
 彼らが今、真顔でひどく訛った田舎言葉で猥談をしている理由も。
 くっそーやめろ、わざとらしい方言とか、イケメン台無しじゃないか。
 方言ってのはネイティブがポロリしちゃうから可愛いんであって、作られた方言にはあざとさしか存在しないっていうのに。

『しっかしまあ、こだおなごがここの会社で一番堪能な通訳け』
『おったまげたなぁ。あの社長よかよっぽど俺らの言葉わがんのか』
『だいじだ。乳のでけぇおなごに、頭の出来る奴いなかっぺ』
『24時間秘書☆社長の全てを知る女――夜の社長室、男と女のイケない会議』
『ごじゃっぺぇ、標準語で喋ったらば通じちまっぺな!』
『いんや、お堅い通訳は出来っかもしんねけど、こっだら下ネタまではわがんねっぺ? ……ほれみい』

 聞き取れない振りして愛想笑いをしてみれば、相手はいとも簡単に騙されてくれたようで。
 ああ、やっぱりどの程度まで理解できているか試していたんだ。てか胸と顔交互に見るな。何を話してるか、こっちは分かってる。
 ……などと、なんだか腹が立ってきた桜乃である。

(OK、そっちがそのつもりなら化かし通してやる! こっちの方が一枚上手って、後で気づいて嘆くがいいわっ)

『然らば本題に移ろう。思うに、社長よりも副社長の情に訴える方が現実的であるからして、ここは早急に……』
『はい……副社長を色仕掛けで懐柔し、件のリスクは契約を結んだ後に出すれば万事恙無く纏まるでしょうね』
『ふむ。このリスクさえ隠し通せば、我が社に有利な条件で契約を進められるはず。色仕掛けの方は順調か?』
『勿論。肝いりのプロジェクトですからね。先日から入念に根回しをしています』
『おぬしも悪よのぉ……知らぬは先方だけ、か』

 油断したな刺客共! よからぬ企みも丸聞こえだ。桜乃はふふりと、内心で笑みを零した。
 弊社の副社長を舐めるなよ。あの用心深い社長が懐に入れる人物、ただのエロおやじじゃない。締めるところはちゃんと締めてる。

 さて、そろそろ休憩も終わる。この件は早急に社長に伝えなければいけない、と考えつつ。

「すみません、我々だけで話をしてしまって」
「お詫びにこのケーキ召し上がって下さい。私達甘いもの苦手なので」
「えっ……あ、いいんですか? いただきまーす♪」

 現金だとは分かっていても、いい男と甘いものには逆らえない桜乃であった。
 ――ま、だからって社長への報告をやめたりはしないけど。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
クロカミマヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年07月12日

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