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『晴れたる朝に。〜幸いなる夜 』
痕離(ia6954)

 ぱたぱたと、家の中をせわしなく動き回る。あちらこちらの部屋を端から掃除して回って、汚れ物を片っ端から洗濯して回って。
 庭一杯に洗いあがった洗濯物がひらめけば、見ているだけでもなかなか良い気持ちだ。達成感と、その壮観な光景を見つめているだけでも、実に気分が良いもので。
 ふぅ、と額に浮いた汗を、拭った。それから、他にやることはないかと脳裏で色々、思いを巡らせる。

(今日のうちに色々、やっちゃわないと‥‥ッ)

 そう考えて痕離(ia6954)はまた、ぱたぱたと家の中へと戻っていく。それはもう、せわしなく――そうしてとても、幸せそうに。





 それは珍しく、本当に珍しく痕離とタクト・ローランド(ia5373)がそろって休日の、特別な日だったのだ。
 結婚して夫婦となった2人だけれども、相変わらずお互いに忙しい日々は変わらない。夫婦揃って家を空けていることもざらで、どちらかが休みであったとしてもどちらかは仕事に出かけている、なんてことは当たり前。
 そんな暮らしだったから、珍しくタクトと自分の休みが重なった、と知ったときの痕離の喜びようといったら、なかった。

「せっかくだからどこかに、一緒に出かけよう?」
「ああ、そうだな‥‥良いかもな」

 わくわくとそう提案した痕離に、タクトが頷いてくれたらまた大喜びする。何しろ、普段は殆どすれ違いばかりと言っても過言ではない愛する旦那様と、朝から晩まで一緒に居られるのだから、そりゃあもう想像しただけで嬉しくて仕方ないのは当たり前。
 だからそうと決まったらと、痕離は文字通り前日の朝から夜まで、休日のうちにやっちゃいたい家の事をあれこれ、合間を見つけては前倒しで片付けた。そうしてわくわく、どこに行こうかな、久し振りの一緒のお出かけだしな、と考えていた、訳で。
 そのわくわくは、翌朝、つまりお出かけの当日になってももちろん、変わらなかった。朝早くにパッチリと目が覚めた痕離は、まだ寝ているタクトを起こさないようにそっと抜け出して、前日から用意して風を通しておいた、とっておきの着物に袖を通す。
 合わせる帯も、髪飾りも、ぜんぶ前日から用意したものだ。どれが合うだろう、どれを着たらタクトは気に入ってくれるだろう。タクトの目に、痕離が一番可愛く映る組み合わせはどれだろう。
 そう――何度も、何度も選び抜いて、組み合わせて。実際に着てみた姿を鏡に映しては、帯が曲がってないかとか、髪飾りが歪んでないかとか、気になるたびに何度もやり直す。
 おかしいかも知れないけれども、結婚してしばらく経つというのにそれでも、痕離はタクトに毎日恋しているかのような、そんな気持ちだった。ちょっとした事にどきどきして、一緒に居られるだけでふわふわして、会えなければ今はどうしてるかなって考える、そんな気持ち。
 まして今日は一日中、ずっと一緒に居られるのだと思うと、それだけで心が弾む。何とか帯を納得の行く形に結び終えて、あとはタクトが起きてくるのを待つばかりになると、痕離はようやく肩から少し力を抜いて、ペタン、とその場に腰を下ろした。
 家の中を、見回す。まだ子供も居ないし、普段はどちらも出払っていることが多いから、あまり生活感というものはない。けれども昨日の成果もあって、きちんと整理された部屋はすっきりと気持ち良い。
 待っている間、それでもあそこを直した方が良いかなとか、ちょこちょこものを動かしているうちに、ふわぁ、と小さな欠伸が、一つ。口元に手を当ててそれをやり過ごそうとしたら、さらに大きな欠伸がもう一つ。

「早起き、しすぎちゃった、かな‥‥?」

 呟きながら、痕離は幾度も欠伸をかみ殺した。あんまりにも楽しみで早起きしてしまったのと、それからもしかしたら、普段は仕事で飛び回っているからその疲れも出たのかもしれない。
 あぁ、でも、今日はタクトとせっかくお出かけするのに――そう、思う痕離の心とは裏腹に、一度気付いてしまった眠気はそうやすやすと去ってはくれないようだ。何度も何度も欠伸が込み上げてきて、ぽやん、と視界が滲んでくる。
 ちらり、眠っているタクトを見た。すやすやと気持ち良さそうに眠っている、最愛の旦那様。

「タクト‥‥まだしばらく、起きない、かな‥‥‥ぁふ」

 呟く傍から欠伸が込み上げて、ついに痕離はちょっとだけ、と横になった。ちょっとだけ、ちょっとだけ。タクトが起きてくる、それまで。
 タクトが起きたら痕離も一緒に起き上がって、それから2人で一緒に出かけよう。どこに行くかも、ちゃぁんと決めて下調べまでしておいたから。
 だから、それまでちょっとだけ、横になってよう――またこみ上げてくる欠伸を噛み殺しながら、そう、痕離は重たくなってきた瞼をそっと下ろしたのだった。





 夕焼けの赤が、見える。まぶたの裏を真っ赤に染める、眩しい明かり。それで居てどこか優しく包み込むような、夕暮れの光――

「ん‥‥もう、ゆうが、た、‥‥‥ッ!?」

 寝ぼけ眼でその光を抱き締めて、ふわふわした心地で再び微睡みの底へと沈みかけていた痕離は、自分自身の呟きの意味を理解した瞬間、がばっ、と跳ね起きた。――もう夕方だって!?
 そんな馬鹿な、と慌てて辺りを見回すと、窓の外から見える景色はどこからどう見ても間違いようもなく、茜色に染まるいつもの夕暮れの光景。家の外から聞こえるのは、近所の子供が石蹴りに興じる楽しげな声だ。
 そして――あぁ、そして鼻腔をくすぐるのは、美味しそうなご飯の匂い。その源を、痕離は確かめたくはなかったけれども、確かめざるを得なくて。
 ぎぎぎと、音がしそうなぐらいに鈍い動きでゆっくりと、ちゃぶ台を振り返ればそこには、想像通りの光景。美味しそうな夕飯が、今まさに出来たてとばかりにホカホカと湯気を立て、きちんと並べられているではないか。
 もちろん、この時間までずっと眠っていたのだから、彼女が作ったものではない。といってまさか、夕飯が魔法のようにいきなりちゃぶ台に並ぶはずもない。
 と、なれば――

「‥‥ん? 起きたのか。ちょうど夕飯が出来たところだ」
「タ、クト‥‥! ご、ごめ‥‥ッ!」

 案の定、土間のほうから新たにホカホカ湯気を立てるお皿を持ってきたタクトが、身を起こした痕離に気付いてあれ、と目を丸くした。――そりゃあ、痕離が作ったんじゃなくて、魔法のように現れるはずもなければ、後はタクトが作ってくれたに決まってる。
 ざぁっ、と文字通り、血の気が引いた。せっかく、一緒に出かけようと約束したのをふいにしたばかりか、今日は思い切り頑張って良い奥さんをしようと思ってたのに旦那様にご飯まで作らせるとは。お昼ご飯はどうしたんだろうとか、ちょっと、聞きたくない。
 だから慌てて、何度も頭を下げて謝った。

「ごめん、本当にごめん‥‥!」
「いや。疲れてたんだろ、別に良い」

 それに返ってくるタクトの言葉はと言えば、気にしてない、と優しくて。きっと本当に、気にしてないのだろうと思うけれども、問題はそこじゃなくて、痕離がそれを気にしてしまっているということ、で。
 折角の休み、だったのに。すごく楽しみで、色々とがんばったのに。
 こうなっては朝から頑張って着込んだ、とっておきの着物も色褪せて見せた。これから当分の間は、この着物を見るたびに今日のことを思い出して、悲しくて悔しくて仕方なくなるだろう。
 そう――思った。思って、ぎゅっと着物の膝を握り締めてまた、ごめん、と搾り出すように謝った――痕離の、しょんぼりとうなだれた頭をタクトが、ぽふりと撫でる。

「冷めるから。食べよう」
「‥‥うん‥‥‥」

 そう言われて、しょんぼりとタクトの用意してくれた食卓に、付いた。そこに並んだ料理はどれもこれも美味しそうで、けれども自分の失態を思い出すだけで何だか、手をつける気にならない。
 それでも折角用意してくれたのにと、頑張って箸を取り上げ口に押し込んだ煮物を、必死の思いで咀嚼し、飲み込んだ。けれども味なんてちっとも、解らない。
 ただ義務感のようにもそもそと咀嚼して、やっとの思いで塊を飲み込んで。そんな風に、しょんぼり肩を落としてなんとか食事を終えて、後片付けをしているうちにすっかり、外は夕闇が満ちている。
 出かけるはずだったのになと、薄暗い外を見てまた、思った。これからじゃどんなに頑張っても、挽回なんて出来やしない。
 その気分は、すっかり夜が更けて、後はもう寝るだけになってもまだ、続いていた。どんよりと暗い顔でしょんぼり肩を落とす、痕離の髪をタクトが梳かしてくれる。
 すぅ、と櫛が髪を抜けていく、何とも言えない気持ちのよい感触を味わいながら、ごめん、とまた痕離は何度目になるか判らない謝罪を、零した。

「‥‥本当に、ごめん。僕から言ったのに‥‥」

 折角のお休みに何も出来なかったことが寂しくて、やるせなくて。それも、自分から提案しておいてこの体たらく、だなんて――
 ごめんねと、背後のタクトにそっと、甘えるようにもたれかかった。髪が梳けないと、タクトが困った声で言ったのに頷きながら、すり、とそのまま、さながら猫が甘えるように頭を擦り付ける。
 ふぅ、と頭の上で零れたため息は、けれども暖かくて、仕方ないなぁ、っていう優しさに満ちている。ことり、櫛を置いたタクトが代わりに、そのままぎゅっと背後から痕離の肩を抱いた。
 それに――笑えるぐらい、いつも、どきどきする。もちろん夫婦なのだから、口付けも、それより先だって一度なんてものじゃなく体験してるのに、それでもいまだにまるで、男も知らぬ小娘のように。
 タクトがそんな、己の腕の中で僅かに緊張に身を硬くしながら、真っ赤になる妻に、微笑った。

「まだこれから、機会はあるだろ」
「――うん」

 こくりと、その言葉に頷く。なにも、2人一緒のお休みはこれが最初で最後じゃ、ない。今回出かけられなかった分は、次の機会に取り戻せば良いのだ。
 次は頑張ろうと、だから痕離は己を抱くタクトの腕に、甘えるように手を添え、思う。そうして、まだ見ぬ次のことを語り合える幸いを、思う。
 ――それはとある初夏の、幸せな夜の出来事。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ia5373  / タクト・ローランド / 男  / 20  / シノビ
 ia6954  /    痕離     / 女  / 25  / シノビ


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
たびたびお手数をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません‥‥(土下座

お嬢様とお相手様のやがて来る日の物語、如何でしたでしょうか。
ご夫婦のイメージが違ってないか、心から心配です‥‥確認できる範囲では頑張ったのですが‥‥ッ(滝汗
お嬢様も、お相手様も、こんなのうちの子じゃありません!(くわっ と思われましたら躊躇いなく、リテイクボタンをぽちりでお願いいたします;
いつでも、何度でもオープンに対応させていただきますので‥‥(平伏土下座

優しきご家庭を紡がれるお2人のイメージ通りの、幸せな日々のひとコマを描くノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年08月10日

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