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『水無月の華 〜キャメル〜 』
キャメル(ib9028)

シトシトと落ちる雨。
鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

貴女と、君と……
――水無月の華の祝福を……。

 * * *

 雨天の中に覗いた晴れ間。
 本日の、神楽の都の天気は晴れ。
 其処彼処で賑やかな声が響く中、キャメル(ib9028)は色とりどりの花を抱えて歩いていた。
 その傍らには、からくりの姿もある。
 都の中は人の往来も多いため、龍のけぇーちゃんはお留守番。その代わりにからくりのコーパルが同行していると言う訳だ。
 いわば、彼女のお目付け役と言ったところ。
「コーパル、きれいなのー♪」
 花束を見て、くるくると踊る彼女のなんと楽しそうなことか。
 笑顔で振り返る主の姿に、コーパルは表情無く頷いた。元々、からくりに表情はない。
 あったとしてもとても乏しく、変わっているように見えないことが多い。それでも頷きや、相槌をくれれば、それだけでも嬉しい。
「えへへ、良いにおいなの♪」
 コーパルの頷きを見て、花に顔を寄せて、すぅっと息を吸い込んだ。
 鼻を通った香りは甘くて、胸の奥まで甘い香りでいっぱいになりそうなほど、蜜の濃厚な匂いがしてくる。
 それがまた嬉しくて笑顔を零すと、コーパルはまた頷きを返してくれた。
 そもそもキャメルがこの花をもらったのは偶然で、早々に店じまいすると言う露天商が、花の綺麗さに足を止めた彼女にくれたのだ。
 売れ残れば捨てられる運命。そう言ってくれたのだが、本当に良かったのだろうか。
「おじさん、『損』にならなかったかな?」
 ふと思い至って足を止める。
 損得の話は、いつだったか開拓者仲間から聞いた。とは言え、人からそうした話を聞かなくても、キャメルだってそれくらいのことは知っている。
「お店屋さんは、物を売らないとダメなのよ。だから、売らないであげちゃうと『損』しちゃうんだって」
 だから、あのおじさん大丈夫だったかな?
 そう問う彼女に、コーパルは記憶を辿る。
「あの露天商なら大丈夫だろ」
 不意に返る声にキャメルは目を瞬く。
「そうなの?」
「キャメルの前に何か売ってた」
 確かに、露天商はキャメルに花をあげる前、誰かに何かを売っていた。
 物を売ればお金になって、お金が入れば儲けが出る。それで間違いないのだが、本当に前のお客さんに物を売っただけで花の代金が出たのだろうか。
 そう考えると、ちょっと「?」が残ってしまう。
「うー……むずかしいの」
 呟き、キャメルの眉間に皺が寄った。
 その様子にコーパルが口を開く。
「キャメ――」
 キャメル。
 そう声を掛けようとして、彼は止まった。
 それは彼女の異変に気付いたから――とは言え、異変と言ってもそう大したものではない。
 単純に、彼女の視線が花から別の場所へ移ったことに気付いただけだ。
「綺麗なのー……」
 うっとり、ほぅっと零した視線の先。
 いつの間に現れたのだろう。
 シャナリ、シャナリと響く鈴の音に、長く続く行列。その中央には白無垢を纏う女性が居り、周囲からは祝福の声が飛んでいる。
 そう、これは花嫁行列だ。
 祝福の声を受けて進む花嫁さんのなんと幸せそうなことか。
「あれは何だ?」
「え?」
 幸せな行列に見惚れていたキャメルの目が、引き戻される。その視線の先に居たのはコーパルだ。
「コーパル、あの行列、見たことないの?」
 ない。
 そう頷きを返す彼に、キャメルは考えた。
 コーパルはキャメルの所有するからくり。しかも生まれたばかりといっても良いほどで、それを考えたら知識が薄いのは当然。
 普段から彼を頼りにしている所為か、どうにもそうした認識がなくなってしまう。
 実際にキャメルより詳しいことも多いからこそなのだが、それでもキャメルが教えてあげられることがあるのは嬉しい。
「なら、キャメルが教えてあげるのー♪」
 彼女は瞳を輝かせてコーパルの腕を取ると、近くの茶屋に向かって駆け出した。
 折角だから、茶屋で落ち着いて話をしよう。そう言うことなのだろう。
「お団子と、お茶をくださいなの」
 彼女はそういうと、花嫁行列が見える場所に腰を下した。
 コーパルもそれに続いて彼女の隣に腰を下す。
 やはり何度目にしても、綺麗で眩しい光景だ。
 花嫁さんも、周りの人も、すごく幸せそうで嬉しそう。それにつられて、知らない人まで幸せそうに笑ってる。
「あれは、花嫁行列っていうの。これから結婚するお姉さんで、結婚したらお婿さんと一緒に暮らすんのよ」
 キャメルはコーパルに、結婚について、自分が知っている知識を話した。これに彼は静かに耳を傾けている。
 そしてある程度話を追えたところで、キャメルはあることを思い出した。
 綺麗で懐かしい、それでも悲しい思い出――
 きゅっと胸を掴まれたような、そんな感覚に花束を抱きしめ、そして息を吐く。
「コーパル……キャメルの故郷はね、冥越の隠れ里なの」
 知ってるよね?
 そう言葉を向ける彼女に、コーパルは頷く。
 主であり友であり、常に共にある存在の故郷を知らない訳はない。
 彼女の出身国は、今や国土の殆どが魔の森に覆われた冥越。そして彼女の生まれた村は狭い森の中で、熊を狩りながら、ヒッソリと暮らしていた。
 だから彼女は熊狩りの知識が豊富で、熊は大好きなのだ。だが、今は少しだけ内緒。
 もちろん、コーパルはこの事を知っている。
 けれど敢えてそこには触れない。
 彼は静かにキャメルの言葉を聞いている。
「キャメルの故郷では、村の女の人たちがみんなで1人の花嫁さんのために、晴れ着をつくるの」
 村中が結婚する2人を祝う。
 だから村の皆でお祝いできるように、花嫁衣装は村の女性総出で創った。もちろん、キャメルもそれを手伝ったことがある。
「すごく綺麗で、キャメルもいつか着るんだー……そう、思ってたの」
 そう言いながら、花束に顔を寄せる。
 キャメルがお手伝いをした花嫁さん。その花嫁さんには、村の幼い女の子たちで作った香辛料の花束が渡された。
 その頭には同じく幼い女の子たちで作った花冠を乗せて……。
「キャメルの仲の良いお姉さんが、綺麗な花嫁さんの姿で、言ったの……次はキャメルの番ね。って……」
 お姉さんはすごく綺麗で、すごく幸せそうで。
 今目の前で嫁いでゆく花嫁さん以上に、キラキラと輝いていた。
「花冠をキャメルに乗せてくれて……すごく、嬉しかったのよ?」
 彼女は唐突に目元を拭うと、ニッコリ笑ってコーパルを見た。
「お姉さん、次の年にアヤカシに食べられちゃったの……でも、お姉さんの言葉は残ってるの」
 幸せな結婚をしたお姉さんの悲しい結末。
 キャメルに幸せを繋いだ彼女はもういない。
 それでも、彼女が託した言葉や願いは、キャメルの中にしっかりと残っている。
「だから、いつか、誰かと結婚したら、お姉さんの墓標の桜に報告にいくの」
 無邪気に笑った彼女の願い。
 そんな彼女を見て、コーパルは何かを考える。そして、彼の口が動いて出て来た言葉は――
「結婚は嫌いだ」
 簡潔にしてキツイ言葉。
 これにキャメルの目が最大限に瞬かれた。
 まさか大事な思い出を話して、大事な夢を語った瞬間にこうした言葉が返ってくるとは思ってなかった。
「なんで?」
 驚き、問いかける彼女にコーパルは言う。
「キャメルが結婚したら、俺はいらなくなる」
 声の調子は変わらない。
 それでも言葉の繋がりからわかる。
 キャメルは先ほど、彼に結婚について話を聞かせた。
 結婚とは愛し合う2人が一緒になることだと。そう彼女は言った。
 2人が一緒になる。
 この部分にコーパルは疑問を持ったのかもしれない。そしてその結果、キャメルが結婚したら自分が捨てられる。
 こうした結論に至ったのだろう。
「キャメルがいなくなるのは嫌だ」
 はっきり告げられた言葉に、キャメルは更に目を瞬く。しかしその目が直ぐに笑みを持つと、彼女はとんでもない言葉を口にした。
「じゃあ、一緒に嫁げばいいよ」
「!」
 この言葉に驚いたのは、コーパルではない。
 偶然、お団子を運んで来た店員さんだ。
 キャメルとコーパルの会話を聞いて感動したのだろう。お皿には数本多くお団子が乗っている。
 だが今の言葉でつい笑ってしまったようだ。
「やっぱり、しっかりしてるようでお嬢ちゃんだねえ。お団子、おまけしておくよ」
 店員はそう言って彼女の頭を撫でると、店の奥へと下がって行った。
 その様子に目を瞬くが、キャメルには理由がわからない。
「キャメル、おかしなこと言ったかな?」
「さあ?」
 どうだろう。
 考えてもわからない。
 だがそれでもわかることがある。
 それは、キャメルにとってコーパルが家族であるということ。そしてその家族と離れることが想像できないということ。
 けれど今はそれで良いのだろう。
 お団子を頬張る姿はまだ幼く、そうした姿は想像し辛い。それでもいつかきっと、彼女も思い出のお姉さんの様に花嫁さんになる日が来るはずだ。
 だからその日まで、思い出と描く花嫁姿は胸の中に……。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib9028 / キャメル / 女 / 14歳 / 陰陽師 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『水無月・祝福のドリームノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に動かさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2012年07月19日

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