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『水無月の華 〜猫宮 京香〜 』
猫宮 京香(ib0927)

シトシトと落ちる雨。
鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

貴女と、君と……
――水無月の華の祝福を……。

 * * *

 風吹く午後。
 猫宮 京香(ib0927)は湿った空気に頬を染めながら、緩やかに耳に流れる、甘く優しい声音を聞いていた。
「僕……貴女のことが忘れられません」
 京香の前に立つ少年。
 彼の名は真亡・雫(ia0432)。京香と同じ開拓者だ。
 彼は京香を見詰めながら、真摯に言の葉を投げてくる。
 仄かに染まる頬と同じ色の瞳が鮮やかで、告げられる言葉と重なって、京香は眩しい思いで目を細めた。
 例えるなら、胸の内に灯る小さな炎が、彼の紡ぐ言葉で徐々に大きくなってゆく。そんな感じだろうか。
「お付き合いして……頂けませんか? 京香さん」
 トクンッ。
 告白の音に、燻る炎が大きく燃え上がる。
 鼓動が高鳴る度に、炎が右へ左へと揺れて、心の動揺を覗かせた。
 元々気になっていた相手。だから嫌なんてことはない。

 寧ろ――……嬉しい。

 京香は緩やかに瞳を細め、そして唇を動かした。
「あらあら、まさか雫くんから告白してくれるなんて思いませんでしたよ〜」
 余裕のある、大人な女性。
 そんな印象を覗かせながらやんわり微笑む。
 言葉を待つ彼は、期待と不安を抱いて、意識の全てを自分に向けている。
 それがまた、嬉しい。
 だから自然と笑顔が零れた。優しく、太陽を抱くようなそんな眩しい笑顔。
 自分がこんなにも優しく、暖かに微笑むことが出来るなんて、今まで知らなかった。
「京香、さん?」
 告白で染まった頬を更に赤らめて、彼が問う。
 その笑顔は如何いう意味なのか、と。
「私みたいな年上の女性で良ければ、よろこんで〜」
 ふんわり浮かべた笑顔に、彼の笑顔が重なる。
 嬉しそうに、目を輝かせて笑う彼。そんな笑顔に笑顔を深め、京香は彼の手を取った。

 * * *

 握り締めた、自分よりも少しだけ骨ばった手。それが少しだけ汗ばんでいる。
 けれど、嫌な気はしない。
 だって、この手の汗は緊張と、2人の体温で出来たものだから……。
 京香は雫の手を引きながら、神楽の都の中を歩いていた。
 せっかく両想いになって、言葉を交わし、想いを交わし。それでお別れ?
 そんなのは嫌。
 もっと、もっと一緒にいたい。
 そんな想いが京香を、そして雫を動かしていた。
「京香さんは、甘いモノとか食べますか?」
「食べますよ〜……あ。雫くん、あのお店のお団子、美味しいんですよ〜」
 小さな発見。小さな変化。
 本当に些細な言葉や会話が嬉しくて、ついつい言葉や動作が弾んでしまう。
 なんてことはない道端の花も、行き交う子供の声も、何もかもが鮮やかに目に、耳に響いてくる。
 それはまるでもう一度春が来たような、そんな感覚だ。
「京香さん、足元気を付け――あぶないっ!」
 大きな手が攫うように腰を抱き止めた。
 浮かれすぎて足元を見失っていたようだ。
 小石に躓いて倒れそうになった京香を、雫がしっかりと支えている。
「お店は逃げませんから」
「そう、ですね〜」
 ありがとう。
 そう言葉を添えて離れる。
 心臓がまだ早鐘を打っていて納まらない。
 強引に引き寄せられて、背にぬくもりを感じて、そして気付いた。
 気になっていて、男の子として意識はしていたけれど、実際に触れてみて、何かが違うと感じる。
 思ったよりも大きな手に、力強さに、前よりもっと彼を意識する。もっと、彼が気になっている自分に気付いた。
「危ないですから、京香さんはここに居て下さい。僕がお団子買ってきます」
「あ、はい……」
 離れて行く姿に、思わず手を伸ばしそうになって、グッと堪えた。
 だって、今生の別れではないから。
 彼はすぐに戻ってくるから。
 京香は店先でお団子を買う雫を見、そして視線を緩やかに動かした。
 そうして飛び込んできた建物に、彼女は目を奪われた。
「あれは……」
 神楽の都には珍しい洋装の建物。
 白くて大きな建物は、商品が見えるように硝子張りになっている。
 京香はその中の商品の1つに目を留めると、じっとそれに魅入った。
「京香さん、お待たせしまし……ん?」
 京香の視線に気付いたのだろう。
 お団子を手に足を止めた雫が、彼女の視線を辿る。
 洋館の中に置かれた白いドレス。
 見たところ、ウェディングドレス、とか言う物だろうか。
「ジルベリアの婚礼衣装、でしょうか?」
「行ってみても良いですか〜?」
 レースを施した見事なまでに白い衣装。
 神楽の都では和装が主だが、ジルベリアではこうした衣装を纏って婚礼をあげると聞いたことがある。
 物珍しさと興味。そして、綺麗なものへ惹かれる自然の心。そんなようなものが彼女を動かしていた。
 そしてその声に、雫は頷く。
「勿論です、行きましょう」
 そう言って笑った彼に、京香は微笑んで店に向かった。
 店はジルベリア出身の店主が切り盛りする衣装屋で、今の時期は婚礼の儀式が多く行われる事から、店頭にあるような衣装を多く扱っているのだと言う。
「確か、この時期に結婚したご夫婦は〜、永遠に幸せになれる……そう、いう言い伝えがあるのですよね〜」
 ふんわり笑った京香に店員が「そうだ」と頷く。
 永遠の幸せ。
 女性ならば誰もが憧れる言葉だろう。
 それは勿論、京香も――
「この衣装。京香さんなら似合うでしょうね……」
 不意に聞こえた声に、思わず雫を見た。
「きっと綺麗だと思いますよ」
 顔を赤らめて、それでも視線を出来るだけ向けて囁く声に、こちらまで頬が赤くなる。
 もしかしたら、耳まで赤くなっていたかも知れない。でも、嫌じゃない火照り。
「そうですか〜?」
「あ、いや、僕が見たいとかそういうわけでは……いえ、そういう訳、ですが……その……」
 着て、くれませんか?
 口中で問う声と、上目遣いに、京香はクスリと笑った。
「んふふ、雫くんがそういうなら着てみましょうか〜」
 可愛らしく、それでも逞しい恋人。
 そんな彼のお強請りを聞かない訳にはいかない。それに、京香も彼の言葉を聞き入れたいと、そう、思うから。
 それでも少しだけ、意地悪を……
「あ、どうせなら雫くんも着ましょう〜」
 無邪気な笑顔で問いかける。
 その笑顔と言葉に、雫は「うっ」と固まった。
「きっと似合いますよ〜♪」
「いえ、僕は……」
「すみません〜。試着をしたいのですけど〜、2着お借りできますか〜?」
 ウキウキと、彼の言葉は聞こえないふり。
 店員さんと自分と彼が一緒に着るドレスを選ぶ。その間も彼は困惑気味だったはず。
 だって、振り返った時、まだ硬直したままだったから。
「はい、雫くんのドレスですよ〜♪」
「あ、はい……って、何故、僕も?!」
 反射的に受け取った彼に、京香はニッコリ笑って顔を覗き込んだ。
 そして唇に息が届きそうなほど顔を近付けると、囁く。
「ご褒美、あげますから〜」
 ね?
 そう笑って、彼の頭を撫でる。
 小さく傾げた首に、縋る様な瞳。これに彼の心が決まった。
「京香さんが望むのなら……着ても良いです。そのかわり……御褒美、きちんともらいますよ」
 耳まで赤く染めて囁く精一杯の声に、疼くような嬉しさが込み上げてくる。
「はい〜、期待して下さい〜」
 恥ずかしさを隠すような満面の笑顔。
 これに彼の笑顔が乗ると、京香たちは衣装の試着室へ姿を消した。

――そして、数分後。

「よくお似合いですよ」
 ニコニコと店員が褒める声に、京香は目の前の鏡を見た。
 髪も、顔も、自分のもの。
 けれどそこに映るのはどこか違う自分。
「綺麗ですね〜」
 マーメイドドレス、という形らしく、腰から膝のあたりまで、体の線を強調するように作られたドレスは、裾に大きな広がりを見せて華やかさを演出している。
 白一色だと言うのに、レースや細かな刺繍のおかげで、けっして地味ではない。それどころか、多くの光を集める姿がとても綺麗で、思わず見惚れるほど。
「……京香、さん?」
 聞こえた声に振り返る。
「雫くん?」
「すごく、綺麗です……想像以上だ!」
 頬を紅潮させ、興奮気味に発する彼。
 その声に、とても嬉しく、くすぐったい感覚が湧きおこる。
「ありがとう〜」
 ふわりと微笑んで、それから彼の姿を確認した。
 頭の先から、足の先まで、じっくり確かめるように。
「雫くんも、綺麗ですよ〜♪」
 ふふ。
 頬を緩めて笑う。
 その姿に、彼の顔が更に赤くなった。
「か、からかわないでください! 京香さんの方が、何倍も、何十倍も綺麗です!」
 必死に捲し立てる彼が着ているのは、プリンセスドレスと言う形のドレス。
 体の線を出すと言うよりも、可愛らしさを強調する作りになっていて、腰のあたりから足元に掛けてふんわりレースが広がっている。
 優しい印象の、かわいいお姫様。そんな印象だ。
「お2人ともとてもお似合いですよ」
 店員さんの褒める声に、京香は笑顔に。
 そして雫は顔を赤らめながら俯いた。
 その姿が可愛くて、京香は思わず彼に近付く。
「雫くん」
「な、なんですか?」
 きっと彼は早く脱ぎたいのだろう。
 でも、もう少しだけこのまま。
 ゆっくりと絡めた腕に、彼の目が見開かれる。
「また、着ましょうね〜」
 そう言って笑った京香に、雫は頬を赤らめ「次はあれなら」とタキシードを示して、少しだけ笑った。

 * * *

 楽しい時間と言うのは、あっと言う間に過ぎるものだ。
 京香は闇に沈む神楽の都を見て、隣に立つ雫の手に自らの指を絡めた。
「もう、1日も終わりですね〜」
 午後の初めに告白されてそれを受け、陽が落ちるまで、2人で楽しい時間を過ごした。
 長くはないけれど、とても楽しい時間。
 その時間を噛み締めるように息を吐くと、絡めた指に少しだけ大きな指が絡み返してきた。
「京香さん、あの……」
「雫くん、私のお部屋に来ませんか〜?」
「え……」
 思ってもない誘いに、雫が一瞬硬直したように固まる。
 勿論、その動きは絡めた指からも伝わる。
 緊張して、少しだけ汗ばんだ掌。
 小さく震えた指先が、彼の心情を鮮明に伝えてくる。
「雫くんは〜、私のお願いを聞いてくれましたよね〜?」
――お願い。
 これで思い当たるのは、ウェディングドレスを着た時のことだ。
 確かに彼女の願いを聞いてドレスを試着した。しかしそれは、彼女の言う「ご褒美」が気になったからだ。
「雫くんはこれからも〜、私のお願いを聞いてくれますか〜?」
 じっと、炎のように揺れる紅い瞳を見詰めながら、彼の言葉を待つ。
 その表情は思った以上に真剣だったかもしれない。けれど彼の返事が聞きたいから、だから真剣になってしまう。
 そして京香の言葉に返される言葉は、
「勿論です。京香さんになら……好きなようになさってくださって、良いです」
 じんわり胸の奥に広がる甘い感覚。
 それに蕩けるような微笑を零して、京香は雫の腕に飛び込んだ。
 思いのほか大きくて、しっかりとした腕。
 その中にありながら、彼の温もりに頬を寄せる。
「んふふ、それじゃあしっかりご褒美をあげますね〜♪」
 まるで猫のように縋りつき、喉を鳴らす。
 そうして見上げた先にあった愛しい人の顔を見詰め、掠めるようなキスを零した。
 この先は私の部屋で……。
 そう囁いた京香に、雫は最大限に頬を染め、頷いた。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia0432 / 真亡・雫 / 男 / 16歳 / 志士 】

【 ib0927 / 猫宮 京香 / 女 / 25歳 / 弓術師 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『水無月・祝福のドリームノベル』のご発注、有難うございました。
大変お待たせいたしましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!

※同作品に登場している別PC様のリプレイを読むと少し違った部分が垣間見れます。
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2012年07月20日

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