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『芒種揺らめく祝いの日 〜依頼帰りに〜 』
鉄龍(ib3794)

●水無月某日、北面で
 それは、砂の儀アル=カマルでオアシスの覇権が争われていた頃――天儀歴1012年6月のある日の事。
 北面西部にて突如アヤカシ発生との報を受け、開拓者達は北面にある村へと赴いていた。
 他儀で合戦の最中であろうと天儀の事件がなくなる訳でない。まして北面は大アヤカシ・弓弦童子の猛威により滅亡の危機をも危ぶまれた場所、一度活性化した魔の森は国家を挙げての大焼討作戦が行われた後も完全に消滅せしめた訳ではない。いまだ予断を許さぬ場所だけに早急の対処をと急行した開拓者達だったのだが――

「まあ、大した事なくて良かったんよ」
 針野(ib3728)は、討伐対象が自然発生的に出たごく弱いアヤカシだった事に安堵して笑った。
 恐縮しきりの村人達に怒る開拓者など誰もいない。寧ろ村の無事を喜びたいくらいだ。アヤカシを難なく倒し、近隣の村から風信術で依頼完遂報告を済ませた開拓者達は、その場で現地解散と相成った。
「さて、俺達も帰るか」
 見上げる程に大柄な竜騎士から発せられた声に、彼女は晴れやかに振り返った。
 戦地にあれば鬼神の如し、その迫力は常日頃から他者を圧倒せんばかり、見冷淡そうにも見える強面この上ない碧眼の龍の獣人――鉄龍(ib3794)が実は心根の優しい好漢だという事は、針野が一番よく知っている。
 うん、と明朗な頷きを返してきた恋人に、鉄龍もまた微笑んだ。
 精霊門が開くのは夜だ。北面の都である仁生へは日が暮れるまでに向かえば良いだろう。二人は徒歩で帰路を取る事にしたのだ。

●風渡る青田、人々の営み
 梅雨の合間に顔を覗かせた陽光は、既に夏の陽射しを思わせる。
 村から村へ、街道沿いにのんびりと、二人は仁生目指して歩き始めた。
「気持ちええねー」
 雨上がりの空気を楽しむように、針野は腕を伸ばした。深呼吸すれば洗われたばかりの晴れやかな風が胸一杯に満ちた。
 北面は米どころという事もあり、至る所で米が栽培されている。田植えから一月ばかり、まだ頼りなげな苗が偶の晴れ間に青々しく揺れていて、苗の根元では生まれて間もない生命が――
「何か見つかった?」
 気紛れに田んぼを覗き込んだまま熱心に何やら見ていた鉄龍、右腕を引っ張られて我に返った。引っ張った勢いでしがみ付いてきた恋人が間近に寄って来ている。
 針野を優しく見下ろし少し首を傾げた鉄龍は、田んぼの中を示してみせた。
「おぉ〜、オタマジャクシが沢山いるさー 可愛いさねー」
「ああ」
 言葉少なに応えを返す鉄龍を見上げる針野。じっとオタマジャクシの様子を眺めている彼の様子の方を微笑ましく思うのは内緒だ。
 針野はくすぐったそうに笑って、改めて彼の右腕にしがみ付くと、一緒に田んぼの保育園を眺め始めた。

 水田で遊ぶオタマジャクシの動きと、田を渡る風が二人に涼を運ぶ。
 どこまでも続く水田、長閑な風景――人々の営み。
(じいちゃん、ばあちゃん、元気かねえ‥‥)
 青田が広がる大地を見渡し、懐かしく思いを馳せる。
 針野は理穴の片田舎で生まれ育った娘だ。街ほど便利な場所ではなかったけれど、豊かな自然に恵まれて彼女は祖父母に愛情込めて育てられた。
 今ごろ野良仕事に精出しているだろうか。この地の青田のような風景が、里にも広がっているといい。
 開拓者稼業をしていると日々がアヤカシ退治など物騒になりがちではあるけれど、本来はこうした何気ない生活の営みを守る為に戦っているのだと思う。
「この村の稲も元気に育つといいさねー」
 天候に地の恵み、そしてアヤカシ被害に遭わずに実りの秋を迎えられるように。故郷に重ねて針野は願う。
 鉄龍は穏やかに彼女の声に耳を傾けていた。
 彼には過去の記憶がない。あるのは今現在認識できる情報のみ――強靭な黒鱗を持つ自身が竜人族という事実だけだ。
「ああ、そうだな」
 だが今は、それで充分。言葉少なに応えを返し、彼は思う。
 右側に寄り添っている針野の存在、その愛しい者に応えを返せる事、胸に抱ける穏やかな感情――今あるそれらが彼を充たす全て。
(‥‥針野)
 この記憶は絶対に手放すまい。
 声に出さずに名を呼んで彼が恋人の肩を抱き寄せると針野はくすぐったそうに笑って、それから何かに気付いて彼の名を呼んだ。
「鉄龍さん、あれ」
「‥‥‥‥?」
 声のままに彼女の視線を追う。まだ遠い位置であったが結構な人数の行列を見つけた。何の行列だか問いかけるまでもなく、弓術師たる針野が答えを教えてくれた。
「鉄龍さん、あれ‥‥花嫁行列やわー」

●重ねる姿、幸せの日
 どのみちこの村を通過する予定であったし、行ってみるかと二人は行列の方向へと歩き出した。近付くにつれ、目出度いお囃子や人々の笑いさざめく声がはっきりと聞こえて来る。
「いやー、賑やかっさねえ。故郷の結婚式を思い出すんよ」
 針野の声に浮き立つような気配を感じて、やはり女の子だと微笑ましい感心をしつつ、鉄龍は針野と共に行列を見送る人々の列に混じった。

 この村では花嫁は生まれ育った家から婚家へ入る。白無垢の花嫁衣裳に身を包み、嫁入り道具一式を美々しく飾った箱に収めて、紋付袴の親戚一同と村長に護られながら、しずしずと婚家までの道を歩くのだ。
 道はしでは村人達が花嫁を祝福しつつ、婚家の事やら調度品の事やら姦しく話している。二人が聞くともなしに耳を傾けながら、婚家で新郎に迎えられた花嫁の姿に視線を向けていると。
 ――新郎に寄り添った花嫁が、こちらを向いて微笑った。
 わぁ、と人々の溜息が漏れる。幸福に彩られた花嫁は今日この世界の誰よりも美しい。
「綺麗っさねー」
 針野はうっとり呟いた。
 彼女は気付いていただろうか――花嫁が、彼女と同じ色の澄んだ瞳をしていた事を。
 花嫁が、普段は活発なのだろう朗らかで好奇心旺盛な瞳を今日だけは淑やかにして、紅差した唇を小さく閉じて澄まし顔して、幸福に酔いしれている事を。

「俺達も、将来ああやって結婚式をあげるのかな‥‥」

 ふと口に出してしまったのは、綿帽子の下に見る幸福の微笑と、それを包み込む青年の姿に重なるものを感じてしまったからだろうか。
 鉄龍の呟きに、針野は固まった。
 たっぷり一呼吸分の空白の後――

「‥‥てっ、ててて鉄龍さん急に何を言ってるんさー!?」
 真っ赤になってわたわたしている針野のうろたえようと言ったら、なかった。
 紅潮して固まったかと思うと、何を想像したのやら両頬を押さえてしきりに照れている。しまいには、くねくね猫踊りまで始めて――
「わしはその鉄龍さん好きじゃけど、けど、けど、けけけけっこん‥‥!!」
「とりあえず落ち着け」
 戦闘時の凛々しさからは想像もできぬ狼狽振りに苦笑して、鉄龍は針野を抱え込む。されるがまま、彼女は両手で顔を覆った状態で硬直して収まった。
「‥‥うぅ」
 頬から益々熱の上がっているのが、掌を通して伝わってくる。どうしよう、恥ずかしくて両手を離せそうにない。
 付き合い始めて一年になる。だが針野は結婚を意識した事は一度もなかったのだ。
(わし、ただ好きな人が隣にいるだけで満足しとったもん‥‥)
 それだけで幸せだったから、それ以上の幸せを欲張ったり望んだりは思いもしなかったから。
 腕の中に恋人を包み込んだ鉄龍もまた、狼狽していた。
 過去の記憶がない自分、ただ志体を持つ獣人だというだけで開拓者を生業に生きてきた。危険と隣り合わせの人生の果て、戦いの中で生き戦いの中で死ぬ、そう信じてきた――そんな中、不意に訪れた小さな幸せ。
(針野との出逢いは、俺に変化を齎した)
 ささやかな、ぬくもり。愛しい存在。
 彼女の屈託ない感情表現に、これまでどれだけ救われ心温められてきただろう。
「‥‥鉄龍、さん?」
 両手の指の間から青い瞳を覗かせて、針野が鉄龍を見上げている。目の周りがまだ赤いのに苦笑して、鉄龍はもう少しじっとしてろと促した。
 感情豊かな針野、愛情豊かに育てられた素直で素朴な娘。無謀な戦い方を好む鉄龍の傷を心底心配する、彼を愛する女。
(戦場に生きるのでなく‥‥針野の傍らで共に生きるのも悪くない、が‥‥)
「ま、まあこれから何が起きるかなんて誰にも分からないし、そういう可能性あるかなってことで」
 口にした言葉は、決して冗談や酔狂で言ったつもりはなかった。だけど、鉄龍にはまだ新しい一歩を踏み出す勇気はなかったから、曖昧な言葉でお茶を濁したのだが。
「あいさー」
 あっけらかんとした針野の返事を、少しばかり寂しく思ったりするのは我侭だろうか。
 一方で針野は前向きに考えていた。
 今までは、ただ鉄龍が傍にいるだけで充分だった。今いきなり結婚を考えろと言われても難しいのも事実だ。だけど――
(ちょびっとだけ、真剣に、考えてみようかな)

 互いにほんの少しずつ意識し始めた二人の道行きは、まだまだこれからだ。
 だけどいつかは、今日見た光景を再現する日が来る――天儀の空は、二人を見守っているかのように青く澄み渡っていた


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3794 / 鉄龍 / 男 / 26 / 過去はないが現在は充実している男 】
【 ib3728 / 針野 / 女 / 20 / 感情豊かで素直な天然娘 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 周利でございます。
 フリーダム歓迎ですとも! この度はノベルご申請ありがとうございました。
 お付き合いを始めて、そろそろ1年くらいになられるとの事。日頃こそっと拠点を覗かせていただいていたりして、素敵なカップルさんだなーと拝見しておりました。
 将来を意識した大切な一幕、お預けいただきましてありがとうございます。どうか末永くお幸せに♪
Dream Wedding・祝福のドリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年07月23日

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