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『変わらないもの【焔:藤花】 』
星杜 焔ja5378


 ―― ……ねぇ、知ってる?
 知ってる 知ってる。

 あの神社の夏祭り、一日だけ、特別に、絵馬じゃなくて錠が売られてるんだよね。
 そうそうそう。
 その錠には鍵が存在しないんだよね。
 うん、そうそう。
 それをね。
 お社の裏にある、神木に掛けるの。

 変わらない願いを込めて
 かちゃりと、一つ
 音を立てて閉じ込める……。

 鳥居の外。
 神社へと続く道には、屋台が並んでお囃子も響いているのに、その音だけははっきりと聞こえるんだよね。

 かちゃりと一つ。
 ねぇ、何をお願いしようか?


「―― ……」
 うん、と姿見に自らの立ち姿を映して、もう一度確認。
 生成色の生地には撫子が美しく咲き誇る。
 鮮やかでありながらも、落ち着きのある紅色の帯の処理もきちんと整っている。二枚の羽も同じ長さ。曲がりもない。シンプルな結び方ではあるが、雪成藤花の楚々とした中にある愛らしい雰囲気に良く似合っている。
 待ち合わせの時間も、大丈夫。遅れたりするような時間じゃない。顔を合わせる機会は多くとも、外で……しかも二人で待ち合わせとなると、自然と心が浮き足立つ。
 からんっと下駄の音を引き連れて、藤花は神社までの道のりを歩いた。
 表へ出るとそれまでは聞こえなかった、ひぐらしの鳴き声がカナカナカナ……と響く。空は赤から藍色、そして夜の色へと慌ただしく変化する。

 待ち合わせ場所の鳥居の袂。
 ここを境に空気が違う。
 目の前には、賑やかな夜店が軒を連ねている。背にした鳥居の奥は神域。この華やかさにあっても、清浄たる空気をひしひしと感じる。
 ちらと時間を確認すれば、約束の時間にはまだ早い。
 そして、視界に入った自分の姿を、確認。藍色の浴衣に白帯、少し地味な感じもするが、帯びに施された同系色の刺繍が丁寧で質が良くしっとりと収まりが良い。
 着崩れているところがないことに頷いて立ちなおした。
 ふぅっと風に乗って、食べ物を扱う店の香りが運ばれてくる。とても遠い昔。そう感じるほどの昔。
 父の出店で食べたすいとんが美味しかったのを思い出す。そのころの自分はきっと今よりもずっと表情豊かだっただろう。少なくとも胸の内で感じたことと、表にでている表情は同じだったはずだ。
 今はもう思い出の味を頼りに、自分で作るしかない。
 僅かな間瞑目した星杜焔は、ふっと息を吐き出すと同時に瞼を持ち上げる。
 丁度そのとき、からころと石畳を弾く音が聞こえた。
 雑踏の中でその程度の音が耳に付くなんて、あり得ないかも知れない。けれど、本当にその音だけははっきりと耳に届き、顔を上げると、待ち人の姿が目に映る。約束の時間にはまだ早いというのに、自分が待っているのを見つけたのだろう。その足音は徐々に早さを増している。
 気をつけて……と、呟き足を前に出すと、やっと着いたとばかりに、待ち人は微かに頬を染めて
「お待たせしました」
 と軽く息を整えるように胸に手を当て焔を見上げて微笑む。
「まだ、時間の前だよー」
 お互いいつもと同じ格好というわけではない、足元が危なっかしいといえばその通りだ。危ないよと続けようとしたのに
「焔先輩の姿が見えたから、つい」
 無意識にやってしまったことを恥じるように笑みを重ねた藤花の姿に、焔は刹那去年は共に歩いていた妹のような存在であった少女の姿が重なる。
 違うのも理解している。分かっているはずなのに、胸の奥で鉛のように重く沈んでいる。自分に対する後悔の念、それを伝え許しを請うことも彼女の思いに答えを出すことも永遠に敵わない。少女は既に…… ――
 ふっと、焔の変わらぬ笑顔の奥に影を感じた気がした藤花は
「お参りしましょうか?」
 と、促した。
「うん。もちろん、行こーう」
 藤花の柔らかな笑みにつられるように、微笑んだ自分の表情はいつもと同じ笑みだろうか? ふと浮かんだ疑問符に答えを見つけるより早く、二人は鳥居を潜った。
 みんな夜店に夢中だから、人の気配があまりない。
 参道の端を静かに歩み、それに沿って吊るされた提燈の灯りが二人の影を四方に散らした。


 ―― ……がらんがらん。
 きっちりと礼を計らい二礼二拍手一礼。心を落ち着かせ静かに手を合わせる。
 二人とも結構な時間手を合わせていたと思われるが
「―― ……藤花ちゃん?」
 先に顔を上げたのは焔だ。
 熱心に手を合わせている藤花に水を注すつもりはなかったが、無意識に名を呼んでいた。

「何をお願いしていたのー?」
 お参りを終え、後を追い掛けてくるのは心地良い下駄の音。賑やかな人ごみに誘われるように、夜店の列へと歩み寄りながら訪ねた焔に、藤花は小さな悪戯でもするようにふふっと笑いを零す。
「先輩には秘密です」
 そういってちょこんと唇に添えられた人差し指が、子どもっぽくもあるが愛らしい。
「口に出すと、それは叶わなくなってしまいそうだから、秘密なのです」
 続けられた台詞に、焔の笑みも深くなる。
「なるほど〜。叶うと良いね」
 心の底からそう思った。

「いらっしゃい! いらっしゃい! お兄さん一つどう? おまけしとくよ」
 夜店の前を通ればありきたりな掛け声が飛び交う。喧騒の中では、はっきりと拾える言葉は少ないが多分そんな感じのことを、みんなそれぞれに口にしている。
 人並みを縫うように歩いていると、直ぐ隣りに居たはずの藤花の姿が後ろに流される。
 見えなくなってしまう。
 そう感じた瞬間、居なくなってしまうっ! また…… ――
 恐怖にも感じる苦い感情に反射的に手を伸ばす。
 ぱしりと取った自分より一回りもそれ以上も小さいのではないかと感じる手は、間違いなく藤花のものだ。
 ―― ……掴まえた。
 ほっと安堵し、引き寄せて距離を縮める。焦りがそこには確実にあったはずなのに、顔には変わらない笑顔を載せて
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫、です」
 問い掛ければ、胸の奥の小さな不安を打ち消してくれるように答えが返ってくる。
 ちゃんと彼女はここに居る。触れた指先はちゃんと温かい。
 良かったと想った瞬間現実が戻ってきて、このまま自分が彼女の手を引いて良いのか戸惑われた。逡巡した間に
「はぐれないように……」
 と聞こえるか聞こえないかの小さな声で、重なった手に僅かに力が篭る。そして見上げてきた藤花のくりっとした愛らしい瞳と視線が絡んで、お互いふわっと頬が染まる。照れの混じった笑いを零して、どちらからともなく行こうか。と再び歩き始めた。

 とんっと人ごみに押されて、肩の触れ合う距離。気恥ずかしさもあるけれど、それより互いの体温がじんわりと伝わる近さが落ち着く。生を感じる距離が良い。
 とくん、とくん、とくん
 少しばかり早くなる鼓動。どうか繋いだ手から伝わりませんように、溢れる想いは今はまだそっと隠して……。
「食べる?」
 手にしていた綿飴へと視線が向けられているのを感じた焔が、そっと藤花のほうへと差し出すと、ふわっと嬉しそうな顔をしたのも束の間。
 繋いでいる手は離したくない。
 けれど空いている手にはリンゴ飴がしっかりと握られている。
 いつもなら、ちょっと千切っていただくところなのだけど……藤花は逡巡したあと、ちょこっとだけ前に身を乗り出して、お上品にほんの少しだけ綿飴を齧った。
 口の中いっぱいに広がるふわふわの甘さが、幸せな気分をより引き立ててくれる。自然と綻んでしまったところで目が合うとやっぱりお互い笑いあってしまった。


「はい。どーぞ」
 夜店を堪能して神社の境内に戻ると、絵馬の隣りに小さな錠。聞いていたとおり普通ならあるはずの、その錠を解放するための小さな鍵は見当たらない。
 それを受け取る際に、藤花の手がするりと解けた。
 ひんやりとした夜風が間をすり抜けたような気がして、とくりと胸が高鳴り軋む。しかし、両手で宝物でも手にするように錠を包み込んだ藤花の姿に、焔は自然と胸を撫で下ろした。
 大丈夫、彼女はここに居る。
「社の奥、あちら側にあるそうですよ?」
 説明を受けた藤花に促され、二人で並んで歩く。ちらほらと社の影から出てくる人影があったから、恐らくご神木はその奥だろう。
 歩みを進めながら、藤花はちらりと焔を盗み見る。

 いつもと変わらない笑顔、いつもと変わらない優しい態度。それはとても嬉しいことなのに、その内側に秘めた悲しみをわたしは知っている。
 助けたいとはいわない。ただ傍に居たい。寄り添っていたい。これ以上、焔先輩が傷付くことのないよう、ただ護りたい。
 彼の傍にいると自然とそんな感情が湧いてくる。慈しみ深い気持ち。名前を付けるなら、それはわたしにとって恋なのだろう。けれど、今はそれすら焔先輩を傷つける要因になってはいけない。そんな不安を胸に、ただ、彼の心を救うことが出来ればと願う。

「あ、あそこみたいだねー」
 思考の海に沈んでしまっていたから、急に声を掛けられて、藤花はぴくりと肩を跳ね上げた。どうかした? と重ねられ、慌ててふるふると首を振る。その様子に、焔は「ん?」と小首を傾げた。
「あちらですね」
 藤花の見上げた先に釣られるように顔を上げる。
 両脇に立つ石灯篭で照らされたご神木は見上げるほど巨大だ。空を覆うように張った枝の隙間から星がキラキラと煌いて落ちる。
 この日のために、ご神木の幹に沿うように添え木が用意されている。もう既に幾つか錠がぶら下がっているからここで間違いないだろう。
 二人は「うん」と顔を見合わせて頷くと、傍へと歩み寄った。
 どちらが錠を掛けるかで、譲り合ったが結局は
「じゃあ、二人で……」
 そう申し合わせて藤花が届く範囲で一番高いところに二人で手を伸ばす。

 ―― ……かちゃり……

 直ぐ傍での喧騒が嘘のようにその音ははっきりと響いた。
 数歩下がって改めて見詰める。沢山の変わらない思いが詰め込まれた場所。その象徴のように、とても長い時間そこにあり続けるご神木。その姿は雄大で荘厳。
 託された想いの全てを包み込むような優しさを持っていた。

 じっと神木を見詰める藤花を盗み見る。
 時折、今は亡き妹的な存在であったはずの少女と被る。自分へと想いを注いでくれていた少女を護れなかった……だからこそ、今度こそ……今のこの時間がずっと続くように、失われる時は己のほうであるように……。
 そっと瞼を伏せて祈る。
 そんな焔に気がついて、変わらぬ日常を願い想いを馳せていた藤花は顔を上げ見詰めた。その視線に気がついて瞼を持ち上げた焔と目が合って、灯篭の僅かな光源でも分かるほど、ふわりと頬が朱に染まり熱を持った。
 それがお互い様であったことに微笑みあって、今度はどちらからともなく自然と手が引き合う。

 ――― ああ、この人とまた来年も、こうやって祭りに来たい……

 指先に込められた想いと共に、互いに変わらず護り合える存在でありますように。
「あ……」
 視界の隅に、ぽっとふぅわり明かりが灯る。
 顔を上げた二人が目で追うと、つぃっと一匹の蛍が、ご神木の周りを一周し夜空へと吸い込まれていった。
 それはまるで、二人の願いを届けるように……。


【変わらないもの(焔:藤花)終】




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17歳 / ディバインナイト】
【ja0292 / 雪成藤花 / 女 / 14歳 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご用命ありがとうございます。初めまして、汐井サラサです。
 今回はお二人ということで別々にとも考えたのですが、やはりここは水面に浮かんが波紋が溶け合うように、一つに纏めた方が良いだろうと判断し形にさせていただきました。
 お互い思い合う優しいお二人の貴重な思い出の1ページを飾ることが出来ていれば幸いです。
 どうか一時でも長く優しい時間がお二人の間に流れますように……。
常夏のドリームノベル -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年07月27日

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