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『針を進める夏の夜 』
ミシェル・G・癸乃ja0205

 自衛艦が自らを飾り付けてライトアップすることを、「電灯艦飾」という。
 特別な日にのみ煌びやかな光を放つ大小様々な船は、普段は無骨で無愛想な印象を持たせる自衛艦とはまた違った印象を見せる。

 港の一辺に、フランス風の様式で作られた海辺の公園がある。
 その公園にはあるのは、敷かれた石畳とベンチだけ。
 昼はともかく、夜は人が殆どいないそこは、絶好のデートスポットといえるだろう。

 夏のある日、港の一角に設置されたフランス風の海辺の公園。
 海中転落防止のための柵から身を乗り出さんばかりの勢いで、少女がはしゃいでいた。
 少女が公園から見ているのは、ライトアップの準備が急ピッチで進められる、電球が各所から釣り下がった自衛艦(汎用護衛艦だろうか)。
 少女は公園に、遊びに来ていたのである。
「かぁぁっこいーっ♪」
 金色のショートヘアを海風が優しく撫でていく。その風はまた、少女の精一杯のお洒落……女の子らしいフリフリの付いた洋服と、首から提げた銀色の鍵をも揺らした。
「ねぇねぇ、シスイ! 見て見てっ」
 少女は一人ではなかった。きゃっきゃとはしゃぐ少女――ミシェル・ギルバートは、楽しげな笑顔をそのままに、彼女の後ろに佇む青年を振り返る。
「くすっ……ほら、危ないよミシェル」
 少女を見守りながら優しく声をかける青年……癸乃 紫翠は、まるでミシェルの保護者のよう。
 しかし、そうではない。二人はれっきとした13歳年の差カップルなのだ。
 紫翠はミシェルに注意を促しながらも、改めてまじまじと停泊する護衛艦を見た。青い作業服を着た隊員がせっせと電球を飾り付けていくのを眺めながら、その見慣れぬ威容に感嘆の吐息を漏らす。普段は冷静な紫翠らしからぬことである。
「ああっと……えへっ」
 優しげな注意に、ミシェルは慌てて首元で揺れていた鍵を服の内へとしまった。それは紫翠から贈られた二人の絆。何よりも大切なもの。決して無くすことは出来ない。
 そんな彼女の可愛げなところを見て、紫翠の心も満たされる。最初のうちこそ兄妹か恋人か……といった関係であったが、今ではミシェルは、何よりも大切な存在だ。お互いに、辛い過去を知っている。
 紫翠はゆっくりと歩いてミシェルの横に並ぶと、彼女の頭を優しく撫でてやった。青年を見上げた少女の顔が、たちまち笑顔に染まる。
「ん……かわいい服だね、ミシェル」
 満面の笑みを浮かべるミシェルを撫でてやりながら、紫翠は少女の服について言及する。少女が頑張ってお洒落しているのがわかるから、褒めてあげたくて。
 お洒落な彼氏に合わせようと頑張った、ミシェルの精一杯のお洒落。それを褒めてもらって嬉しくないはずがない。それが大好きな恋人の言葉ならばなおさらだ。紫翠の言葉に、可憐な少女は満面の笑みを以って答えた。
「ありがとう、シスイ。そう言ってもらえると、とても嬉しいよ」
 うん、と頷きつつ恋人の笑顔に幸せを噛み締めた紫翠は、不意にポケットから懐中時計を取り出して時刻を見た。昼過ぎ、そろそろレストランは空く頃だろうか。
 紫翠が時刻を確認しているのを見て、ミシェルは首をかしげた。
「どうしたの、シスイ?」
「……おっと、ごめん。良い時間だから、少し何か食べに行かない?」
「んー、そうだなぁ」
 食べに行きたいのは山々だけど、まだ自衛艦が名残惜しい。口にこそ出さなかったものの、ミシェルが渋る様子はまさしく『顔に書いてある』だ。
「食べて少し休んだら、また来よう。それで良いかい?」
 紫翠からの提案にミシェルは、渋り顔を目一杯の笑顔に染めて頷いたのだった。

 紫翠とミシェルは連れ立って、公園の近くにあるファミレスへと入った。涼しいを通り越して寒いくらいに感じる空調が二人の肌を通り過ぎていくが、歩いて汗をかいた身にはそれがむしろ心地良い。
 入り口付近で待つことしばし、年若いウェイトレスに案内され、昼時を外していたということもあってか空いていた店内を歩いてテーブルへと向かう。
 ウェイトレスが示す細長いテーブルに到着すると、これを挟むようにして向かい合って座る。
「暑かったねぇ、シスイ?」
 座るなり、取り出したハンカチで汗を拭きながらミシェルは対面の恋人に話しかけた。汗を拭くと、よく効いた冷房の涼しさをさらに感じられるような気がする。
 対面の紫翠も同じようにタオルを取り出して顔を拭いていたが、恋人の言葉に一旦手を止めて答えた。
「そうだね……日差しもあるし蒸すしで。海が近いから海風が吹いてくれるだけ、まだ良かったけど」
 言いつつ手早く拭き終えて、メニューを手に取る。
「ミシェルは何を食べる?」
「シスイのオススメで良いよ」
 そんなやりとりをしながら注文をし、食事が届く頃には、二人とも汗が引いて若干寒いくらいになっていた。
「空調、効きすぎだね」
「うん……アタシ、ちょっと寒くなってきた」
 ぶるる、と身震いするミシェルに、紫翠が微笑みかける。
「さ、食事にしよう……いただきます」
「いただきまーす」
 二人で一緒に『いただきます』を唱和し……お腹が空いていたかサンドイッチにかぶりつくミシェルを、紫翠は愛しそうに眺めていた。
「ん、ヒフイははべないの?」
 紫翠の視線に気付いたミシェルが、サンドイッチにかぶりついたまま首を傾げる。
「ほら、ミシェル。食べながら喋るのは行儀が悪いよ」
 青年が優しく注意すると、向かいの少女は口の中のものを急いで全部飲み込んで……
「ごめん、シス……ひふっひふっ」
 今度は、サンドイッチを喉に詰まらせたようだ。涙を浮かべながら目を白黒させている。
「ほらほら……水、こっちだよ」
 テーブルの上に置いてあった水の入ったコップを、紫翠がミシェルの手の当たる場所へスライドさせてやると、少女はこつんと当たったコップを手に取って、大慌てで水を口に含んだ。
 ごく、ごくと水が少女の白い喉を通り過ぎていく様子を眺めながら、紫翠は彼女が落ち着くのを待った。
 待つこと、しばし。
「あぅ……ゴメンなさい、シスイ。迷惑かけちゃった……」
 そこには、俯きながら恋人へ謝る少女の姿があった。
「いいよ、大事無かったんだから。でも気を付けないとね」
 俯く少女にとびきりの優しい笑顔を向ける紫翠。それは誰にでも与えるものではない。相手がミシェルだからこそ……彼は、その笑みを見せるのだ。
「うん、ごめん。ホントに気を付けるよ」
 彼氏の微笑みに気を取り直したミシェルは、サンドイッチを再び手に取って食事を再開する。
 その様子を見て、紫翠も目の前に置かれた三種類のおかずを選べる和風御前に箸を付けたのだった。

 やがて日は落ち、辺りが暗闇に包まれる頃。
 自衛艦は昼間の無骨な姿を脱ぎ捨て、自ら飾り付けた電球に光を点す。
 船体を縁取りするように。辺りを明るく照らすように。
 それが、特別な日にのみ見られる姿……電灯艦飾だった。

 何隻もの自衛艦の電灯艦飾に明るく照らし出された海辺の公園を、紫翠とミシェルは散策していた。辺りには誰もおらず、そよそよと吹く海風とかすかな波の音以外には何もない。二人で繋いだ手の温もりが際立つ。
 光に包まれた異国情緒ある公園は、紫翠をまるで違う国に来たかのような気分にさせた。
 一方のミシェルはミシェルで、多少の懐かしさを覚えていた。昼間は自衛艦のかっこよさに圧倒されて気にならなかったものの、この公園はフランス様式で造られている。ミシェルがあまり思い出さなくなっている、彼女の母国の様式だ。
「昼間のスケールが、ライトアップされると違って見えるな」
「うん、そうだね……」
 会話の糸口を探るように、紫翠はライトアップされた自衛艦の感想を口にした。……が、何か物思いに耽っているのか、ミシェルの反応は芳しくない。
 ……そういえば、と紫翠は思い至る。この公園はミシェルが辛い過去を味わった母国の……悪魔側のゲートに取り込まれた両親を置き去りにしてしまった故郷フランスの様式なんだ、と。彼女はそれで、思うところがあるんじゃないか、と。
 無言が二人を包む。重苦しくは無いが、さりとて軽くも無い夜の空気が。
 その沈黙を破ったのは、紫翠だった。静かに、しかし優しく、言葉を紡ぐ。
「行ってみたいな……いずれ。ミシェルが、少しでも帰ってもいいと思えるようになったら」
 どこへ、とは言わない。それだけで分かってくれるはずだから。
 彼女が持っている辛い記憶。それを少しでも乗り越える勇気が出たら……いつか。そう思っての言葉。
「あっ……」
 自分の隣をゆっくりと歩く恋人のその言葉に、ミシェルは不安げな視線を向けた。自分は両親を見捨ててしまった。そのフランスに帰れるのか。
 そんな少女の辛い思惟を長引かせぬよう、紫翠は付け加える。ミシェルがあまり辛いことを思い出さぬようにと、声色を明るくして微笑んで。
「もちろん旅行としてで、日本に一緒に戻るけどな」
 明るい言葉は、紫翠の精一杯の気遣い。
「シスイ……」
 彼氏のその気遣いが嬉しくて。でもフランスであったことが辛くて。ミシェルはどう答えたものかと逡巡しながら……ややあって、言葉を紡いだ。
「そうだね……いつか……。シスイとなら、行けるかな……」
 日本に来てからというもの、母国に帰りたいと思ったことは一度も無い。だけど……。
 金髪の少女……ミシェル・ギルバートは、迷いがちに頷いた。

 そういえば、とミシェルは思い出す。紫翠が昼間に使っていた、彼の誕生日に彼女が贈った懐中時計を。
 どうしてその時に懐中時計を贈ったのか、ミシェルは紫翠に理由を教えていない。
 ……時計の針は、前にしか進まないから。13歳年上の青年に、過去の古傷から少しでも前へと進んで欲しいから。
 そんな願いを込めて贈ったプレゼント。それがあの懐中時計だった。
(……でも)
 でも、とミシェルは思う。もしかしたらそれには、自分も入っているのかも知れないと。時計の針を前に進めるべきは、シスイだけでなく自分もなのかも知れないと。
 ……時計の針を、進めてみようか。この人の……シスイの傍なら、きっと出来るはずだから。
「行けるさ……だから、そのときは観光案内よろしくな」
 そんな大好きな人の明るい言葉に、ミシェルは涙を堪えながら明るい笑顔を向けた。
「うん……そうだね。旅行ならいっぱい観光しないとね。アタシが色々と案内してあげるから」
 その笑顔を前にして、紫翠の胸にも熱いものがこみ上げる。
 ミシェルには元気でいてほしい。明るい笑顔でいてほしい。俺が、先の事を考えるようになったのは、ミシェルのおかげだから……。この笑顔を、ずっと見たい。そして守りたい。
 いつの間にか、二人の歩みは止まっていて。
 紫翠は壊れ物を包むかのように、最愛の恋人を優しく抱き締めた。
「あっ……」
 涙を堪えた少女は小さく漏らし、恋人の幸せな温もりに満たされる。
「居てくれて、ありがとう」
 青年の心からの感謝。その言葉が耳朶に届いてミシェルが意味を解したとき……彼女が堪えていたはずの涙は、溢れ出た。堪えきれるはずがなかった。
「うん……うん……っ。アタシこそ……ありがとう、シスイ……っ」
 潤んだ瞳で自分を見上げる少女を、紫翠は改めて愛しく思った。優しげな瞳で見下ろす青年を、ミシェルは改めて愛しく思った。
 だから二人は、どちらともなく顔を近付け……、
「ん、ぅ……」
「んむ……っ」
 電灯艦飾の光に包まれながら、甘い口付けを交わしたのだった。

 戦船が発する光の中、恋人たちの夜は更けていく……。

 終わり


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢】

 ja0205/ミシェル・ギルバート/女/18
 ja3832/癸乃 紫翠/男/20 


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回のノベルを書かせていただきました、ヘタレ提督Dです。
今回は、二人のラブラブなところを書けるように頑張りました。
少しでもご満足いただけましたら、それに過ぎたるはありません。

この度はドリームノベルへのご参加、本当にありがとうございました。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年07月30日

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