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『●お酒を呑んで呑まれてしまいました 』
野乃原・那美(ia5377)&川那辺 由愛(ia0068)&央 由樹(ib2477)

 レースは大成功だった。選手・観客共々大いに盛り上がり、
 心地よい疲れをその身に抱えつつ野乃原・那美(ia5377)は
 鰓手 晴人(iz0177)の驕りということで――意気揚揚と酒場の暖簾をくぐる。
 いらっしゃいっ! という主人の威勢良い声が彼らを出迎えた。
 手頃な席を見つけた那美は一番先に座り、川那辺 由愛(ia0068)と央 由樹(ib2477)へと手を振ってここだと呼ぶ。
「大仕事だったから、疲れちゃったし喉も乾いちゃった。
そこで晴人が気を利かせて呑みに誘ってくれるなんて……本当に嬉しいわ♪」
「誘ってねぇよ。呑みたい気分だ、ってところは頷けるが……」
 いつの間にか俺の驕りって話になってるしな、と複雑な心境で答える晴人の肩を、軽くポンポンと叩いて笑いかける由愛。
 いつも明るく元気な彼女だが、その声はいつもより弾んで聞こえる。
 それは飲み会という慰労が行われたせいか、晴人が傍にいるせいか、驕りのおかげか――……とりあえず全部。
「おやじさん、とりあえず茹でたて枝豆とお酒ね!」
「あー、あとイカの一夜干しもお願い」
 那美と由愛は男二人の意見も聞かず、食べたいものや飲み物をパッパッと手際よく頼んでいるし、
 少しくらいなら付きあおうと思って来ていた由樹は、そんな二人と対照的に盛り下がっている……というか、まだテンションが上がってきていない晴人に目を向けた。
「……どないしたん? 具合悪いんか」
「いや、悪かねぇんだが……座ると疲れがな、どっと」
 おっさんみたいなことを言い始めた晴人に、しっかりしなさいよと那美からも明るい叱咤が入る。
「だ・か・ら! お酒を呑んで、みんなでワイワイ楽しくやるのだっ! 心機一転、明日も頑張るためにさ!」
「一理あるなぁ」
 仏頂面がデフォの由樹も頷き、えへんと胸を張る那美。その所作も可愛らしい。
 丁度そこへ徳利に入った酒が那美の前に数本置かれ、
 来た来たと嬉しそうな顔をしつつ笑顔でお猪口を皆に手渡す。出資人である晴人へと先に酒を注いでやり、由愛、由樹にも順番に注ぐ。
 ふわっと漂う酒の立ち香が、由愛の表情を和らげる。
「じゃ、お疲れ様ー! 乾杯っ!」
『乾杯!』
 軽くお猪口を合わせ、くいっと酒を呷る四人。
「っくぅー! 美味しいなぁっ……最高♪」
 酒を一気に飲み干し、肚を駆け巡る酒の熱さと芳香を全身で感じつつ、ぶるぶるっと歓喜に震える那美。
 白い湯気をモワモワと立ち上らせながら、卓に置かれた茹でたての枝豆に手を伸ばし、
 片手で粒を弾き出して口に放り込んでいく由樹。
 まるで水でも飲むかのようにクイクイとおちょこの中身を飲み干し、徳利を傾ける那美や由愛といった女性陣を傍観していた。
 こういう席で呑めることも、ちょっと羨ましい気もする。
 しかし、何より――こうして明るく笑って、話を振って場を盛り上げるという、彼女たちにとっては何でもない事が……由樹にはとても、眩しい。
「あらっ、どーしたの由樹! そんな冷めた顔しないでお酒を呑んでゆるい気分になりましょうよっ♪」
「ゆるい気分ってなんやねん……別に冷めとらんし」
 ツッコミを入れると、まぁまぁ、と言いながら早く呑むようにと手振りで那美に急かされ、渋々呷って差し出した。
「あら〜ん、由樹ったらイイ飲みっぷりっ! そうこなくっちゃね!」
 嬉しそうに酒を注いで、やっぱりみんなで飲む酒はこうでなくっちゃ、と朗らかに笑う那美。
 その笑顔にも楽しんでいる様子がありありと見え、美味しそうにお酒や料理を口に運ぶ姿は、何故か驕るハメになっている晴人にしても気持ちがいい。
――ま、たまにはいいか。
 ようやく気分も上向きになってきた晴人は、店の主人を呼んで追加の注文を行うと、由愛が晴人の横からメニューを覗きこむ。
「由樹はなにか食いたいものあるか?」
「――……焼魚とか……」
「よし、オヤジ。シシャモも」
 はいよっ、と愛想よく返事をするオヤジ。
「晴人さんの驕りだから、じゃんじゃん食べて飲んじゃって! ここはしーっかり呑まないとね♪
なによりも……驕りで呑むお酒は最高に美味なのだ♪」
「あのなぁ――」
「はいっ、イカ焼き、あーん♪」
 何か不満そうに口を開いた晴人へすかさず由愛がイカの足をまとめて放り込むと、
 喉に詰まりそうになったのと熱さで目を白黒させつつ身体をばたつかせた晴人。
 手近な水もの……酒を徳利ごと掴み、ごっごっと喉を鳴らしてイカを胃の中へ押し込む。
「うわぁ〜お! 晴人さん、いい男っ! 流石っ!」
「なんや、そない呑み足りへんのか」
 思わず拍手を送った那美と、突然の荒業に思わず眉を顰める由樹。
 ぶはっと酒臭い息を吐きながら、晴人は『殺す気かよっ!』と由愛に声を荒げた。
「大丈夫よ、開拓者はイカくらいで死なないし、あたし陰陽師だから」
「どういう理屈だ! 陰陽師関係ねーし!」
「はいはい、まぁ呑みましょう、ダンナぁ!」
 一気に酒が体に入ったためか、怒りのためか――紅潮する晴人の顔。
 そこへ、那美がまた酒を注いだ。
「……おやっ、由樹も酒が進んでないぞ? ささ、まずは一献」
「お、おい……! たんまり注がんでええって! 俺下戸やから!」
 差し出された徳利を慌てつつやんわり押し戻したが、不満そうな那美はなんでさ、と絡んでくる。
「由樹は僕のお酌で酒が飲めないっていうのかな?」
「ホンマに下戸やっちゅうの! それに、酒は晴人の驕りやろ!」
 あまり呑まされるのは勘弁して欲しい。そう言ったのだが、急に那美は下戸がお酒を呑めるようになる呑み方を試してみようと言い出した。
「そんなのあるんか……?」
 呑めるようになると聞いて、少し食いついた由樹。
「聞いた話だよ〜。枝豆をお酒に入れて、食べながら呑むと気にならないってさ」

 とても嘘くさい。

 由樹自身も半信半疑……というかむしろ信じていないに近い様子で、自分のお猪口にどんどん入れられていく枝豆の粒を見つめていた。
「……これは、食うんか呑むんか……どないなん?」
「一緒に食べないとダメなんじゃない?」
 食べろと言われても、と内心不満を表しつつ……皆の視線を一身に受けながら、はぁとため息をついて覚悟というか諦めを見せつつ枝豆と酒を流しこむ。
 するっと口に入る美酒と、ごろごろと次々雪崩れ込んでくる枝豆の合わない事……。
「……どう?」
 割と興味津々といった様子の由愛と、コメントを期待している那美へ……由樹は枝豆酒をどうにか飲み込むと、
「どうもこうもないねん。酒と枝豆の味しかせぇへんし、呑みづらいわ。酒も進まんし」
 由樹の不評を買ったが、当然である。
「あれれ、だめだったかぁじゃあ、次はエイヒレ酒でどうかな。あまり美味しくないに徳利一本賭けよう」
「枝豆とやっとることおんなじやないか!! ていうか美味くないって先に言うなや!」
 普通に食おうや、とがっくり肩を落とした由樹の姿に苦笑する晴人。
 しかし、いいリアクションのため那美にからかわれ、気が付けば酒を勧められている。

 その後は穏便に、今日のレースの事を酒の肴にしながら酒を酌み交わす4人。
 しかし……その勢いは、留まるところを知らない。主に女性が。
 美味しい美味しいと嬉しそうな顔で酒を堪能する由愛と那美。
 顔にも出ず、態度にも出ない飲みっぷりは、本当に酒を呑んでいるのかと疑ってしまうほど。酒豪を通り越してまさに笊。

「……もう、無理やわ……」
「俺も……」
 ぐったりと疲れたような顔で、お猪口の底を眺めながら覇気のない口調で男二人は呟いた。
「あらら、二人共だらしなーい。ほら、まだいけるよね♪」
 いや、もう無理だという声を聞かず、笑顔で酒を注ぐ那美。
 晴人はおろか、下戸だと先に言ったはずの由樹まで結構飲まされていて顔は赤を通り越して若干青ざめている。
「やれやれ……。ちょっと、晴人も由樹も情けないわよー? こんなに美味しい料理を出してもらって、お酒が飲めないなんてありえないわ?」
 女性同士顔を見合わせて『ねー?』と声をハモらせるのだが、
 なんと由愛も那美も彼ら以上に酒をハイペースで飲んでいるというのに、
 呂律もしっかりしており……まだ足りぬ、といった具合でどんどん酒を注文している。
 思わぬ酒豪到来に、店の主人も『お強いですねー』とほくほく顔だ。
 それでも、晴人や由樹は男の矜持もあってか、ちびりちびりと健気にも酒を減らしていくのだが、減ってきたと思うとすぐに注がれる。
 わんこそばならぬ、わんこ酒である。
 心の中では、もうこれ以上酒を注がないでほしいと切に願う。
 なぜ口に出さないのかというと、口に出したが一向に聞き届けてもらえないからだ。
「んぐんぐ……ぷはぁ〜っ。他人の奢りだと余計に美味しいわよね〜那美♪」
「ほんとだねっ! しかも相手を気兼ねなく飲めるんだから、感謝しきりだよ!」
 ぬか漬けの盛り合わせにも美味しいと言いながら、にこにこ笑顔で答える那美。

「……晴…人……」
 よろよろとおぼつかない足取りの青い顔の由樹がやってきて、晴人の肩に手を置き、上半身は曲げたままだ。
「由樹……どう、したんらよ……」
 呂律は上手く回らないが、辛うじて人を心配できる様子を見せる――が、実はいっぱいいっぱいの晴人。
 ぐったりしている由樹の肩に手を置き、軽く揺すって反応を見る。
 すると、由樹は晴人の着物の合わせを掴んで開くと、滅びの言葉を口にした。
「……………無理。吐く」
「……んぁ?」
 その言葉の意味を理解する暇さえ与えず、由樹はズボッと頭を突っ込み……直後、晴人は言いようのない不快感に声を上げた。声というよりも咆哮、絶叫、断末魔である。

 その声に近所の犬がつられて遠吠えをする、明け六つ時。


●お持ち帰りじゃないのよ

「んー、一杯飲んで一杯食べたのだ♪ 晴人さんごちそうさま〜♪ また今度ね!」
 浴びるほど飲んでいるというのに、口調はおろか、しっかりとした足取りで帰っていく那美。
 しかし、ずるずるとその場に晴人はへたり込む。先ほどの事件と酒の効果がてきめんだったらしい。
 由樹も店の壁に身体を預け、虚ろな目で浅い呼吸を繰り返している。彼らは犠牲になったのだ……!
「ほらぁ、晴人。確りしなさいってば……! ここで倒れないでよ」
 しっかりして、と由愛が晴人を揺すったり引っ張ったりしたが、びくともしない。
「しょうがないわねぇ……もう、女の子になんてことさせるのよっ……」
「すまねぇ……」
 足腰が立たないほど飲み潰れた(というより潰された)晴人をそのままにもしておけず、やむなく引きずるようにしながら彼の家へと連れて帰る由愛。
 三和土に晴人を転がし、自分は部屋に上がると布団を敷いてやり、その上に酔いつぶれた晴人を寝かせようとしたが……。異様な匂いにふと手を止めた。
「あーあ。もう、服まで汚してしょうがないわねぇ……」
 由樹から受けた惨事のままだったので、由愛が汚れた服を着替えさせてやる。
 誤解しないでほしい。酔った勢いで行った衝動的なものではなく、
 汚れているから取り替えてやるという善意からきた行動である。
 上半身も軽く水で湿した手ぬぐいで拭いて、そっと寝かせてやる。
「もう、こんなに穏やかな寝顔しちゃって……」
 由愛はそう言っているが、どう見ても今にも吐きそうな、真っ青で苦しげな寝顔である。これが穏やかに見えるのなら、由愛もやっぱり、少し酔っているのかもしれない。
 だけれど、嫌な顔もせず付き合ってくれたし、酒席は楽しく過ごすことが出来た。
「……お疲れ様、晴人。楽しかったわ……ありがとうね」
「んー……」
 晴人の寝言のようである。
 惜しむらくは――晴人はこうして眠っていて、彼の意識にこの感謝の気持が届いていないことか。

 寝顔を見つめつつにっこりと微笑んだ由愛の頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。


 ところで、同じく呑み潰れた由樹は――……そのまま捨て置かれ、
 店の前に置いてある狸の置物に、抱きついて寝こけていたとかいないとか。

-END-

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登場人物一覧

【ia5377 / 野乃原・那美 / 女性 / 外見年齢15歳 / シノビ】
【ia0068 / 川那辺 由愛 / 女性 / 外見年齢24歳 / 陰陽師】
【ib2477 / 央 由樹 / 男性 / 外見年齢25歳 / シノビ】
【iz0177 / 鰓手 晴人 / 男性 / 外見年齢28歳 / シノビ】


■ライターより

この度は、ご発注いただきありがとうございます。
大変お待たせしてしまいましたが、晴人さんを交えた飲み会、いかがでしたでしょうか。
皆さんの楽しいひと時を感じていただければ、非常に嬉しく思います!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
藤城とーま クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年07月31日

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