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『流れ下る、花火と飲む 』
朽葉・生(ib2229)


 あるいは、無欲の勝利だったのかもしれない。
「大当たり、ですか?」
 白い着物に白い肌、蒼い瞳。
 朽葉・生(ib2229)は、八角回胴式抽選器をがらがら回して金の球が出たこの時もわずかに目を大きくしただけで落ち着いていた。
「そう。特等の大当たりだよ。運がいいねぇ」
 ここは神楽の都の某商店街。夏の大売出しの抽選会場だ。係員は景気付けのためここぞとばかりにからんからんと鐘を鳴らして喧伝する。
「そう、ですか……。ところで、特等は何でしょう?」
「やだな、お客さん。特等は『泪川花火大会屋形船川下りご招待券』だよ」
 これでもちょいと庶民にゃ敷居の高い川遊びなんですぜ、と熱っぽく語る係員。
「川遊び……」
「ん? 不安ですかい。……なあに、屋形船に乗って刺身料理を肴に酒を飲みつつ川下りして、夜空を焦がす大輪の花火をたっぷり楽しんで、あとはしんみりと仲間と飲んでりゃいいんですよ」
 生、興味を引かれた。ここぞとばかりに畳み掛ける係員。
「ええ。では、そうしましょう」
 招待券を受け取って、まだ見ぬ娯楽への興味で頬をわずかに染めるのだった。


 さて、川下り当日。
 生は招待券をもらった商店街のある呉服屋を訪れていた。
「お客様。仕立て上がり、できておりますよ。……これから夏祭に行かれるのでしょう?」
 呉服屋の娘は、生が先日注文した浴衣を出しながら、にこり。
「どうしてそれを知っているのです?」
「噂で聞きましたよ。ウチで差し上げた福引券で見事、川下りの招待券を手に入れたとか。……うふふ。とても光栄です。この店には幸運があるって、いい宣伝にもなりましたし。ですから、お礼を。ぜひこちらで水浴びをして身を清めて、新しい浴衣に着替えて楽しんできてください」
 娘は有無を言わせず生を奥に案内するのだった。
「……では、お言葉に甘えて」
 この勢いは断れないと感じた生は、うつぶせた顔を真っ赤にしつつ水浴びをすることにした。割と流されやすい性格のようでもある。
 そして湯殿。
――ふうっ。
 白く美しい背中に水を掛け、かぽんと桶を置く。
「気持ちいいです。……午後の日差しは強かったですし」
 長たおるを巻いて出る。
 更衣場で手にするは、新しく仕立てあがったばかりの浴衣。
 背中越しにしゅるりと袖を通し、肩を揺らす。背中で隠れているが、合わせをきっちりしているようだ。胸が大きいのでちょっと苦労したのは内緒。
(濃い、青色……)
 改めて浴衣の地の色を見て晴れやかな顔をする。
 しわにならないよう整える自分の手の白さが映える。
 それより何より決して派手ではなく、落ち着きのある色合い。
 模様は花開いた蒼い朝顔の散らされた意匠で、華やかさもある。地味というわけではない。
 生地に一目惚れして発注し、思い通りの出来となっていた。
 そして水色の帯を締め、頭には銀細工の簪をさした姿に。髪を結わえている部分には、以前まで結んでいた鈴を結び直す。
「では……」
 準備万端で更衣室を出た。
「わあっ、お似合いですよ。……丈もいいようですね。糊でぱりっとしてますから、こちらにお戻りになるまでは涼しく過ごせるはずです」
「糊、ですか……」
 迎えた娘の手にした大きな姿見に自分を映しつつ、確認した。浴衣は全体的にしおれておらず、肌と隙間ができて通気性がいい。身を捻ると浴衣も張りを保ったまま揺らぐ。生自身の、後ろで結わえた長い髪と前髪左右でだらんと垂らした鬢もなびく。濃い青色の浴衣に生の銀髪がかかり、落ち着いた華やかさを醸している。
「あとは、これを」
 そう言って娘はリンゴ飴を生に手渡した。
「私からのちょっとしたお礼ですよ」
 断ろうかと思ったが、「赤い色もあると、女性らしさが引き立ちますよ」と言われ大人しく受け取るのだった。
「では、行ってきます」
 いつものように、軽くお辞儀して出掛けるのだった。


 町は祭で賑わっていた。
 人々はぶつからないよう、屋台の並ぶ通りを回遊している。子どもたちは親の注意に頷きながらも、節操もなくはしゃぎまわっている。
「あっ! うぇぇぇん」
「大丈夫ですか? これを差し上げますから泣かないで」
 生ははしゃぐあまり目の前で転んでしまった小さな女の子に、呉服屋でもらったリンゴ飴を渡してやった。
「うう……。え、いいの? お姉さん」
「ええ、いいですよ」
 屈んでにっこりほほ笑む生。小さな子は喜んで受け取ると駆け出し、母親に抱きついた。その母親は生に無言で頭を下げる。女の子にはどうやら怒ることはせずに、今度から気をつけるよう言ったにとどめたようだ。さすがにもう無謀な駆け出しをしない女の子。寛大な母の様子を見て生もほっとした。
「はいはい〜。金魚すくいやってかないかい?」
「あいよ、穴子竹輪が焼きあがったよ。お一ついかが?」
 ふと我に返れば、周囲から響く屋台の呼び込みの声。あははうふふと祭を楽しむ人々の鼓動。右に左に流れる雑踏のリズム……。
「いい雰囲気です」
 生はそう呟き、人波を分け川上を目指す。

 どのくらい歩いたか。やがて祭の喧騒を背に指定された桟橋に到着した。
「お。アンタで最後だ。招待券はあるかい?」
「はい。これです」
 船頭に券を渡して、案内されるがままに屋形船に乗る。ぎしりと揺れる船。障子を開けて屈むと鴨居をくぐる。生は一人部屋だ。
「これは……。川面が間近で新鮮ですね」
 からり、と障子窓を開けて外を見て感心した。喫水が深く目線が相当低くなっている。すでに日は落ち、暗い川面が揺らぐ。対岸の明かりも揺らめくのでさらに幻想的だ。
――ぎぃ……。
 岸を離れる船。思わず生も心を躍らせた。
(流れてきた……)
 ぼんやり船窓から遠くの明かりを眺めつつ思った。故郷のジルベリアは遠い。
「失礼します」
 振り向くと、料理が膳に載せられ運ばれてきた。
「ごゆっくり」
 下がる女中。膳の上には刺身料理に徳利など。下には米櫃もある。
「では、頂きましょうか」
 軽やかに箸を使い刺身を食す。まずはきらきらした白い身の鯛だ。
「ん、身が締まって美味しいですね。……そして天儀酒も美味しいです」
 きゅっ、と猪口を傾ける。流水で冷やしていたのだろう、酒もキリッとした旨さがある。
「これは……もしや、タコ、ですか?」
 おそるおそる口にする。癖のない味とこりっとした食感に意外そうな顔をする。そして、またきゅっ。酒が進むようで。
――どどぉん……。
「おお……」
 船外からの爆発音に気付き首をめぐらせる。対岸下流で打ち上げ花火が上がったようだ。
 夜空に咲く、一瞬の赤い大輪。
――どぉん……。
 もう一発。
 生は、ずい、と膳を船窓にもってきて料理と花火を楽しみ始めた。
「天儀の夏……」
 無論、故郷にも花火はある。
 しかし、違う。
「これが土地柄というものでしょうか……」
 思わず呟く生。川を下るにつれて花火に近くなる。白い頬が赤いのは、照らす花火のせいか進む酒のせいか。
――どぉん、ぱらぱらぱら……。
 一瞬の、芸術。ゆえに美しい。
 生の蒼い瞳にも、夜空を焦がす赤い花が映っては消え、映っては消え……。
「あ……」
 ふと気付くと、銚子を一本空けていた。まだ三本あるのでまったく問題ないが。
 新たに一本手に取り、しみじみと銚子を眺める。
「酒を温めて飲むという習慣があると聞いたときは驚きましたが、いろんな楽しみ方があるものですね」
 今は、燗で飲むのとはまた違う味わい。
 もっとも生は、故郷では非常に強い酒「ヴォトカ」を「体にいいんですよ」などといい平気で杯を重ねるような酒豪。まだ酔っているわけではない。
「……風情、というべきなのでしょうね」
 とく、と猪口に手酌する。無論、故郷と違う花火と重ねた言葉だ。
――どぉん。
「はい、ただいま」
 花火から、「こっちにも注目してよ」と言われた気がして慌てて顔を上げる。
 上げた時、突然意外そうな顔をしたのは祭で転んだ女の子を思い出したから。
 もしかしたら、あの女の子も親にそう言いたかったのかもしれないなどと思い返す。
 それだけではない。
 女の子に優しかった母親、そして祭で元気良く売り声を響かせていた人々、そして呉服屋の娘だって――。
 寛容だった。商魂逞しく、活気にあふれていた。そして何より、思い遣りにあふれていた。
 そう。
 出会った人すべてが、祭という日を生き生きとして輝いていた。
 万感の思いを込めて、改めて猪口を乾杯するかのように空に掲げる。
「無節操で、けれど寛容で懐深く明日へ生きる人々とこの街に幸あれ」
――どどぉん。
 呼応するかのように花火が大輪を咲かせる。
 川風が、糊でぱりっとした浴衣の隙間から入る。
 飲んだ酒が口に喉に涼をもたらす。
「幸あれ……」
 目を閉じ空を仰ぐように白い喉をさらして、生は繰り返す。すぐに裾をはだけて白い足を崩し楽な姿勢になると、窓枠に身を預けつつ次の花火を心待ちにするのだった。

●おまけ
「今宵はありがとうございました」
 生が屋形船から降りたとき、船頭から土産をもらった。
 赤いリンゴ飴だった。
「姉さんにゃ、赤いものが寄り添うと映えますよ」
 そう言われた。
「では、友人に赤い浴衣を着てもらいましょう」
 にこりと生は返して、その友人と祭に繰り出す様子を思い描くのだった。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib2229/朽葉・生/女/19/魔術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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朽葉・生 様

 いつもお世話様になっております。
 夏祭りの花火見物川下りです。指定の浴衣が、生さんの画廊にある浴衣姿と似ていたため活用させていただきました。その画像につながるようなお話に仕上げてみたんですよ。
 祭の息遣いに感じるものがあった生さん、素敵です。私からも、乾杯♪

 この度はご発注、ありがとうございました。
常夏のドリームノベル -
瀬川潮 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年08月01日

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