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『●陽炎少女―その存在は、心に沁みて(ルーネ)― 』
青戸ルーネja3012

 遠くで陽炎が揺らめく。
 あなたは目を凝らす――やがて、その陽炎は一つの形となって動きだした。
 少女だ、あなたを笑うかのように少女は笑い声をあげ、そしてあなたに近づいてくる。
 咄嗟に身を引いたあなたの服を掴み、言った。

「あそびましょう」


 赤紫に近い、深い色をした髪が夏の熱気を孕んだ風に靡いた。
 肌は太陽の熱にジリジリとあぶられ、少しばかり痛い。
 あそびましょう、と声を掛けられた少女、ルーネ(ja3012)は少しばかり呆気に取られ、瞬いた。
 そして、湧き立つ一つの『感情』が彼女を別人格へと変化させていく。

(「陽炎が人の形を取るとは、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ」)

 二つの人格を有する彼女――人間と言うものは、あまりに一つの人格に負荷がかかり過ぎると別の人格へと、切り替わる事がある。
 何故、戦場ですら凛々しく在るルーネが、その『人格』へと切り替わったのかは、判らない。
 だが――光を見守る闇のように、その陽炎のような少女から、闇のにおいを感じたから、かもしれない。
 もしかしたら、遠い昔に失った、大切なものを思いだしたからかもしれない。
 天魔の類でもない――魂魄や精霊の類である事を直感的に理解すると、空は息を吐いて少し目を細めた。
 死んだような瞳から、少しだけ険が取れる。
 それでも、気だるげな虚無を纏った様な雰囲気はそのままで。

「……遊ぶのはいいが、お前は何で遊びたいんだ」
「えっと――」

 くるくると周囲を見回して、どうしようかと言いたげな少女に空は言い募る。

「ゲームセンターとかは、却下だからな。屋外で、他人に迷惑をかけないものだ」
「げぇむせんたぁ?」
「知らなければ、いい」

 学生は万年金欠。
 もちろんそれは、空だって同じ事――魔具や魔装などは実費なのだ。
 それに、お菓子にお洒落に、色々とお金が必要な年頃でもある。
 だが、そんな事は知らない陽炎少女は、うーん、と首をひねりながら考えている。

(「何も、考えてなかったのか……」)

 嘆息して、放っておくのも一つの手であるが――何故か、陽炎から生み出されたその存在は、空を惹きつけてやまない。

「おにごっこしたい」
「鬼ごっこ……ああ、まあいいだろう」
「お姉ちゃん、鬼ね」

 そう言ってパタパタと駆けていく少女を見送りつつ、目を閉じていち、に、と数を数える。
 実は此れは、天魔の起こした幻影の類なのではないだろうか――?
 そう、考えなくもないが、空の直感は危険を告げてはいない。
 十を数えたところで、さて、と周囲を見回す。
 山奥の集落で育った空にとっては、都会の起伏など平面にも等しい。
 さて、そろそろ行くか、と言うところで空は気配を感じ、振り返った――驚いた風の陽炎少女は、慌ててパタパタと駆けていく。

「逃さん」
「鬼さんこちら、なの!」

 パタパタ走る少女を追いかける、赤紫に近い髪の少女。
 動く度にポニーテールの位置で結った髪が、ゆらゆら動く。
 灼熱のように太陽はアスファルトをジリジリと焦がし、陽炎少女はその奥へと足を踏み込んでいく。
 いつしか、手加減などと言う言葉はとっくに捨てて、空は本気になっていた。

「中々速いな……」
「お姉ちゃんも、なの」

 パタパタパタパタ――。
 ふ、と陽炎少女が消えた、と思えば上には大樹。
 サヤサヤと風に揺れる葉が擦れ合い、音を立てている。

「此処は……」

 とても、懐かしい場所。
 緑の香りと土の香りの強い、懐かしい場所。
 それはまるで、故郷に酷似していて……人工島にこんなところがあったのか、と空は一人、息を吐いて。
 そして――。

「お姉ちゃん、どーん!」
「……危ないだろ」

 空から降ってきた陽炎の少女を受けとめ、空は嘆息した。
 ころころと楽しげに笑う少女に、何処か力の入っていた肩を抜く。
 そう言えば、久遠ヶ原学園に来てから、驚きと楽しみ、そして悲しみの連続……こうして、童心に帰る事があっただろうか?
 抱きついてくる少女の頭を撫で、目じりを穏やかに緩めた。
 表情と呼べるほどのものではないが、だが、ほんの少しだけその瞳は柔らかく変化する。
 陽炎を形にした少女は、普通の少女と同じく柔らかな髪と、柔らかな頬をしていた。

「次、お花を摘むの。ヒミツの場所にいくの」
「判ったから退け……意外と重いぞ」
「失礼なの!」

 導くままに連れて来られた、ヒミツの場所――きっと、陽炎少女にとって、大切であろう場所。
 木漏れ日と咲き乱れる花が美しい、花畑。
 風に揺れる白い花は、二つの人影を優しく迎える。
 山百合がゆらり、と視界の端で揺れた。
 いらっしゃい、と迎える様な――或いは、おかえり、と受け入れるような、母にも似た優しさ。
 太陽にけぶる真っ白な山百合からは、甘く濃厚な香りがして脳がクラリ、痺れるような気がした。

「お姉ちゃんに、お花のネックレスを作ってあげるの」
「それは、楽しみにしておこうか」

 シロツメクサを引きちぎり、不器用に編んでいく陽炎少女。
 その姿は真剣そのもので、内心そこまでするか、と苦笑を禁じ得ないが――。
 その横で空は寝転がり、真っ青な空を眺める。
 丁度、木陰になって風が心地よい――都会の風と違って、酷く懐かしく、泣きたい様な気がした。
 それでも、泣くのは性に合わないし、何より今の生活は気にいっている。
 青いロケットペンダントを手で弄びながら、隣の陽炎少女へと視線を移した。
 頬を紅潮させて、熱心に手元の花を花冠にしている。
 また、空へと目を移せば夏特融の白く大きな入道雲が風にそって流れていた。
 ジー、ジー、と蝉の合唱と、サヤサヤと葉の囁きと。
 自然と目を閉じて、ゆるり、まどろんだ時だった。

「お姉ちゃん、ほら!」
 ふわり、と頭に乗せられたのは、ちぐはぐになってしまった花冠で。
 奔放に飛び出した緑の茎が、何とも痛ましい。
「……解けてるぞ」
「いいの!」

 花冠を手に、シロツメクサを取って結びつける。
 アカツメクサはアクセントのつもりなのか、シロツメクサの中で妙に華やいでいた。
 クローバーがところどころにつかわれており、見かけを除けば悪くない取り合わせだ。
 お、と気付けば、クローバーの一つが四つ葉になっていた。
 ハートに似た葉が四枚、くっついている。

「幸運が来る、か……本当だろうか」
「本当なの。四つ葉のクローバーは、幸運の証なの」

 小さなジンクスを理由も無く、信じていた時代。
 今でこそ、心から信じているかどうかはわからないけれど。
 青いロケットペンダントを指先で触れた後、空は花冠の補修を終えて、陽炎少女の頭に乗せてやる。

「わぁ……」
「成程、馬子にも衣装だな」
「ひどいの」

 陽炎の少女は、小さく噴きだしてやがて大きな笑い声をあげる。
 身体を揺すって、まるで、存在全てをかけたような笑いに、空は目じりを和らげるのだった。
 少しだけ、ほんの少しだけ、光に近づけた気がして。



 こっそりと相手を窺う……息を潜めて、探しているであろう陽炎少女を待った。
 キョロキョロと視線を彷徨わせ、首を傾げてはパタパタと駆けていく姿を見るのは、中々面白い。

「あ、お姉ちゃん見つけたの!」
「残念だ、此方の方が速い」

 ダッ、と樹から飛び降り、目的の樹へと疾走する。
 陽炎少女が追って来るのが分かるが、それより先に空の手が樹へと迫る。
 待って、と陽炎少女が言うが、待つ気はない――ピタリ、無情に目的の樹へと触れた空の手。

「あーあ、負けちゃったなの」
「私に勝とうなど、百年速い」

 かくれんぼだけじゃ、直ぐに見つかってしまうから……と、決めていた樹にタッチする事。
 そう決めたルール、あっさりと負けてしまって陽炎少女は悔しそうだ。
 そんなに悔しいのか、と泣きそうに顔を歪めた陽炎少女へ声を掛けようとして、太陽が地平線に沈み始めた事に気づく。

「ああ、もう時間か」
「もう、終わり、なの」

 親とはぐれた子供の様な、不安げな瞳で空を見た陽炎少女の頭を撫でる。
 陽炎で出来ている筈の少女の髪は、やはり優しい手触りだった。

「楽しかった。昔を思い出した」

 コクリ、陽炎少女が頷いて――そして、ゆっくりと大気に溶ける。
 その儚い存在は、遠い昔に失った、愛しく大切な存在に似ていて。

(「詮無き事だ……」)

 理解していても、やはり別離は辛い。
 最後に笑った、少女の表情を浮かべ、空は太陽に背を向ける。

 ――ありがとう、夏の夢。
 忘れてしまった筈の、封じ込めてしまった筈の、幼い心を呼びだしてくれて。

 既に焦がすような熱は過ぎ、太陽はただ空を赤く染めるだけ。
 もう、陽炎少女は消えてしまったけれど――その思いは忘れないだろう。

 夢から醒めた――だから、日常へ戻る為に。
 空は、その太陽に背を向けた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3012 / ルーネ / 女性 / 16 / ルインズブレイド】
(『空』はルーネの二重人格である)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ルーネ様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

虚ろな瞳は、陽炎で出来た少女を透かし見、何を思うのか。
無邪気さと切なさが、綴れていれば幸いです。
エリュシオンの方は初めてお会いするのですが、こうして機会を頂けてとても嬉しいです!
『空』様が感嘆符を使わないよう、始めのうちはあまり心情や表情を動かさないよう。
気を付けておりますが――。
何か御座いましたら、リテイクをおかけ下さいませ。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年08月02日

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