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『探求者の為のオーバチュア 』
奈義・紘一郎8409)&仁科・雪久(NPC5319)
 ――暫くぶりの休日だった。
 奈義・紘一郎 (なぎ・こういちろう)は若干ながら休日をもてあましていた。
 如何せん、ここの所研究所に籠もりっぱなしだった事もあり、すっかり休日の過ごし方なぞ忘れている。
 しかしながら休日であるからには研究所に詰めっぱなしというのも何だ。
 そんなわけで彼は久しぶりに外に出る事にした。
 だが問題は立て続けに発生した。
 彼は研究所に居る間はずっと白衣を纏っていた。
 幸いにして最近仕立ての良い白衣をてに入れたおかげで研究所内では多少ビシっとして見られるようになった。
 とはいえこの服装で外に出たら目立つ、という事くらいは彼も理解している。
 しかし、外行き用の服など最後に買ったのはどれくらい前だったか。取り出した所で恐らく季節もあわない事だろう。
 そんなわけで、紘一郎の休日ミッションはまずは外行きの服装を得る事から始まったのだ。
 彼が最初に向かった場所は有名百貨店の紳士服売り場。
 そこまでは良かった。
 問題は日々研究に明け暮れている為どういった服が良いのか今ひとつピンと来ない点だ。
(「やれやれ、実験器具なら良いものを選ぶのもなれているんだが……」)
 手近な服を手にとっては戻し、大きくため息を吐いた所で百貨店の店員が声をかけてくる。
「お客様、どのような服をお探しですか?」
「……ああ、そうだな……夏物の服を一式見立ててもらえるか? あまり派手なのは避けてくれると嬉しい。カードで払う」

 購入したばかりの夏物一式に袖を通し、紘一郎はあてどなく街を行く。
 先ほど購入したばかりにも関わらず、衣装はあつらえられたかのように似合っていた。
 寧ろ、新品にありがちな「着られている」感すらなく、しっかりと馴染んでいる。
 銀色の髪も普段より幾分しっかりとまとめられ、衣装は若干地味ではあるものの、本人の持つ雰囲気と合わさり全体的に品のある感じを醸しだしていた。
 さて、どこに行ったものか? とりあえず都内をぶらぶらと歩いてみるかと紘一郎はあちこちの店を覗きつつ特に目的も無く歩き回る。
 陽炎が立ち上る程の暑さだが、彼はさほど暑さを感じないかの様子で久々の市街をあちこちみてまわる。
 その為だろうか?
 幾度か彼は道行く人に声をかけられた。
 特に、老人に。
「お兄さん、何かを探しているのかね?」と訊ねられる度に彼は休日だから特に宛もなくぶらぶらと歩いている旨を簡単に説明したのだが――。
(「一体何を探し求めているように思えるのだろうか?」)
 紘一郎は内心首を傾げたが、答える者は居ない。
 ふと、彼はとある店の前で足を止めた。まるで呼び止められたかのように。
 店の前にはプラスチックの籠に詰められた本の山。どれでも100円のようだ。
 そして、店の軒先を眺めると、そこには木で出来た看板が掲げられている。
 ――古書肆淡雪。
 この店はそういう名前らしい。
 ふらり、と彼は古書店内へと足を踏み入れた。

 予想通り、とでも言うべきか。
 古書店内はひんやりと涼しかった。
 そして周囲は圧倒される程の本、本、本。
 背表紙からして表に置かれていた本とはモノが違う事は見て取れる。
 さて、どれを手にとってみようか? 魔術や錬金術の本も気にはなるが、一般の哲学書や小説も嗜む彼としては、この古書店の品揃えは中々に興味深い。
 そうこうしているうちに、ようやく古書店店主は紘一郎の存在に気づいたらしい。
「あれ? お客さん……かな?」
 ぱたぱた、と店の奥から足音が近づいて来た。そして。
「いらっしゃいませ、この古書肆淡雪店主、仁科・雪久と申します」
 にこにこと微笑みぺこりと頭を下げる店主――雪久は三十代くらいと思しき眼鏡をかけた男だった。
「何かお探しでしたら、特徴とか教えてもらえればこちらで探しますよ」
 人好きのする笑顔で雪久に問われ、紘一郎は僅かに苦笑する。
「……どうしましたか?」
「いや、今日はやたらと『何か探しているか』と問われる日だと思ってね」
「はは、成る程……では何かを探すのにはお疲れでしょうか? でしたら良かったらゆっくりしていってください」
 雪久は紘一郎へと席を勧め、冷蔵庫から冷茶を取り出し、グラスへと注ぐ。グラスへと予め入れられていた氷がからりと鳴った。
 紘一郎も遠慮無く席へと座ると渡されたグラスを手にとり口へと運ぶ。
 成る程、外から見ると随分本が密集してみえたが、このように休憩できる場所もある、というわけだ。
「ふむ、特に何か買うというわけでもなくとも良いのかな?」
「ええ、いつも、大体どんなお客様がきてもこんな感じですからねぇ」
 冷えた緑茶の仄かな甘みと渋みを味わいつつ紘一郎が問うと雪久は相変わらず笑顔で応える。そんな様子に無用の心配かも知れないと思いつつ、ついつい一つの疑問が紘一郎の口をついてでた。
「それでは商売はあがったりじゃないか?」
「……それはまあ、お察しの通りですよ」
 それでも笑顔な様子を見るにいつも通りというのは嘘ではないのか、最早慣れっこな様子だ。雪久は紘一郎の向かいの椅子へと座り訊ねる。
「そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたよね、宜しければ」
「……奈義・紘一郎という」
「奈義さん、ですか」
 雪久はテーブルの上に手を組むと紘一郎に更に問いを重ねる。
「奈義さんは何かを探し求めるような仕事をしていらっしゃったりしませんか?」
 直球だった。
 あまりに直球すぎて訝しい事この上ない。
 確かに紘一郎は研究員、恐らく彼の言う所の「探し求めるような仕事」に入るだろう。だが目前の男は初対面。そしてそんな話をした事は無い。
「……何故そう思う?」
 極力警戒を露わにしないよう気をつけつつも、油断無く紘一郎は問いかける。
 しかし雪久はそれに気づかないのか笑顔のままにこう答えた。
「いえ。ただ色んな人から『何かを探しているか』と問われるという事は、日頃から何かを探し求める癖があるのかな……と思いまして」
「成る程……」
 多角的に物事を考える紘一郎としては意外な盲点だったらしい。
 普段ならばそれくらいの事は紘一郎なら簡単に気づく程度の話だ。
 だがこの暑さ故か、それともこのマイペースな古書店店主の為か、どうにも普段通りの鋭利な思考は出来やしない。
「あっ……とお茶菓子もお出ししなければ。ちょっと待っててくださいね」
 雪久はぽんと手を打つと再び店の奥へ。
 そんな彼の後ろ姿を見て紘一郎は口の端に苦笑を浮かべる。
(「やれやれ、調子が狂うな……」)
 しかしもしかしたら、これは働きづめの自分に対するゆっくり休めという天の配剤かもしれない。
 ぷかりとうかんだ考えをらしくないと首を振り追い払う。それでも。
(「まあ、こういうのも悪くは無いか……」)
 紘一郎は椅子の背もたれへと身体をあずけ、天井を見上げる。二階まで吹き抜けになった古書店の壁には気が遠くなる程の本が並んでいる。
 ――ふと。
 人の気配。それも見られている、という視線に紘一郎は気づく。
 自分以外にも客が居たのか? と一瞬思ったものの、それは無いだろうという考えに至る。
 何故なら、紘一郎が入ってきた後に、この店に入ったものはいない。
 居たなら少なくとも雪久はともかく、紘一郎は気づいたはずだ。
 そして、恐らく――紘一郎が来る以前に入ってきた客は居ないはずなのだ。
 雪久は紘一郎が店に入った時「はじめて誰かが入ってきた」というような反応をした。
 それまでに客が居たならば、雪久は店の奥――恐らく住居区らしき場所――ではなく、最初から店側に居た事だろう。
 では、今の視線は何だ?
 相手に気取られぬよう、そして刺激しないよう、紘一郎は姿勢を変えぬままに眼鏡の端から視線の方を見やる。
 本棚の影に隠れるように居たものは銀の髪に紅の瞳をした少年。
「…………見つけた」
 恐らく中学生くらいであろう少年が、小さく呟く。
 そして同時に紘一郎もその少年の正体に気づく。彼は――。

 ――かくして探求者は少年に見つけられ、物語は動き出す。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小倉 澄知 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年08月06日

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