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『真夏の夜の夢 』
御堂・玲獅ja0388

●過ぎ去りし日々の幻影

 ――夢を、見ていた。
 かつての夢。何の力も持たぬ、いたいけな子供だった頃の夢。
 今、この身に宿る力の半分……いや数分の一でもあれば、己の歩む道も違うものになっていただろうか。
 だが、どれだけ悔やんでも。過去に戻りたいと思っても。
 過ぎ去った時間が巻き戻ることなどありえない。
 ……それなのに、なぜ、過去の夢を見てしまうのだろう。

 瞼をおろし、追想の世界に身をゆだねる。かつての自分に、思いを馳せてみる。

 当時は何が起きたか全く分かっていなかったけれど。
 あれは今思えば、事故ではなかった気がする。

 背景には何者かの意思があった。人ではない何かの。
 そう考えた方が、よほど納得いくのだ――彼女の『失踪』については。


●少女の追想

『――て』

 誰かの泣き叫ぶ声が聞こえる。かすかに。

『助けて、れいちゃん』

 今度は、はっきりと。
 玲獅の名を呼んでいる。幼い頃の愛称で。
 そう呼ぶ人間は決して多くはなかった。ごく親しい人間だけが、そう呼んだ。

 たとえば、仲良しの友達。
 友達、という言葉で括れる幾人かの人の中でも。初めに思い出すのは、やはり彼女のこと。
 御堂・玲獅の最初の友達で、神隠しに遭った、ある少女の幻影である。


●幼少の記憶

 御堂家は、古くから続く医者の一族である。
 昔から続く日本独自のコミュニティにおいて、医者はひとつの特別な存在だった。
 政治家。教師。同じように「先生」と呼ばれるそれらの職と等しく、或いはそれ以上に。

 人の生き死にを一番近くで診る者。
 人の生き死にを、左右する者。

 それに対する一種特別な、畏敬にも似た感情――。
 表立って語られることこそ少なくなったが、その残滓は未だ、人々の心の根底にこびり付いているのかもしれない。
 地域に根ざし、どれだけ親身に献身的に、患者の面倒を見ようとも。
 あずけられる人々の信頼は、わずかに、けれど確かに、遠い。

 実家の近隣に住む人々との、記憶に残るような思い出は少なかった。
 もちろん、敬遠され忌避されていた訳ではない。ただ、近隣の大人にしてみれば扱いづらい子供だっただけ。

 それは大人だけに限ったことではない。
 年の近い子供たちも、皆どこか、よそよそしさのようなものを纏わせていた。
 彼らも親から念を押されていたのかもしれないと、今は思う。
 いじめてはいけない。けれど、特別に仲良くしてはいけない。……そんなふうに。

 本音を隠すような人々の態度は、幼い玲獅にとってひどく不可思議なものだったけれど、今はその態度の理由も分かっている。
 比較的裕福な家庭に対する羨望と嫉妬。医者に嫌われ、万一の際に見放される恐怖。
 拮抗するそれらの感情に折り合いをつけることは、きっと、想像以上に難しい。

 白い肌。白銀の髪に菫色の瞳。
 特徴的なその容姿も、その傾向に拍車をかけていたように思える。
 実際、当時の玲獅はそれが原因だとばかり思っていた。そう思う程度には、苦労していた。
 初めて玲獅を見る人の目は、ほとんど必ず驚きと好奇に満ちていて。
 日本人だということを分かってもらえないことも、一度や二度ではなかった気がする。

「ほんに祖母様……あんたの高祖母様に、瓜二つだねぇ」
 祖母は、玲獅の姿をそう形容した。
 白黒の写真で見る大祖母の肖像から、髪や瞳の色を推し量るのは難しい。
 けれど隣に映る大祖父の姿と比べてみれば、色素の薄い彼女の容姿が、自分のこの姿のルーツなのだということは理解できた。
 今よりもずっと偏見の強かった時代に、北欧からやって来たという美しい女性。
 その苦労を思えば、自分の苦労など取るに足らない――幼い玲獅は、ずっとそう自分に言い聞かせていた。
 医者を目指すべし、と厳しく教育されていた為か、やはり普通の子供よりも少しだけ成熟が早く大人びていたから。
 耐え忍ぶことを美徳とする日本の旧家。その独特の空気を、誰よりも聡く鋭敏に感じ取っていたのだろう。


●嘆く、幼子の魂

 そんな幼少時代の玲獅には、本当の意味で仲の良い友人はそう多くはなく。
 数えるほどの親友、その中でも、唯一無二の存在といえば、やはり消えてしまった『彼女』しかいないだろう。
 幼少期、いつも一緒に過ごし、思い出を分けあった唯一無二の友達。
 ある日突然に姿を消した、ひとりの少女の存在。

 彼女は確か、身寄りのない子供だったのだと記憶している。
 近隣の児童養護施設から小学校に通っていて――だからこそ、しがらみに囚われず玲獅とも仲良く遊んでいた。
 家に上げることは出来なかったから、遊ぶのはもっぱら学校の中だったけれど。
 それでも、彼女は友達と呼べる存在だった。

 あの日、突然姿を眩ますまでは。

 彼女が消えた後、大人達は口々に噂した。
 神隠しだ。或いは、悪い大人に連れ去られたのだ。
 などと、憶測でものを語り、騒ぎ立てた。
 施設は彼女の捜索願を出したようだけれど、結局警察はろくに捜査もせず、彼女の存在はなかったもののように扱われて。

 叫びだしたい衝動が、なかったわけじゃない。
 けれど玲獅には何もできなかった。
 幼さもあったし、家の厳しい教育方針もあった。
「彼女がいなければ、玲獅さんは何か困るのですか」
 そう問われれば、いいえとしか答えられなかった。
 困りは、しないのだ。
 ただ――ひたすらに、寂しくて、悲しいだけ。

 心の痛みは、我慢できる。だから自分さえ我慢すれば、それでいい。
 そう考えれば、困ることなど何もなかった。

 けれど。
 本当は心のどこかで、後悔しているのかもしれない。
 今になってそう思うのは――あれから何年も経つというのに、今でも時折彼女の夢を見るから。
 今の玲獅になら、わかる。
 あれは神隠しなどでは無かった。何者かの作為が働いた、事件だったということが。


●言葉なき懺悔

 本当は、見ていたのだ。
 『彼女』がいなくなる直前の出来事。『彼女』が『連れ去られた』その瞬間を。

 初めのうちは、玲獅も必死になって周囲の大人に事情を説明しようとした。
 しかし、どれほど必死に説明しても――そんなもの子供の戯言だとばかりに、一笑に伏されてしまった。

『……なんて、いるわけないでしょう?』

 誰も信じてくれない。それが現実。
 自分の非力に、悔し涙が滲んだ記憶。その苦さは、今でも昨日のことのように思い出せる。
 それなのに、一方で。
 成長した今、改めて『診る』夢。その分析結果は否応なく、玲獅に現実を突きつけた。

 ――思い出せないのだ。
 あんなに親しかった友の顔。連れ去った『何か』。そのディテールが。
 確かな記憶はただただ、美しい夕焼けの空と、『何か』に連れ去られる友の背中だけ。
 目を閉じれば在りし日の情景は、確かに脳裏に浮かぶ。
 けれど見えない。大切な部分が、何一つ。
 全てが、まるで何十回もコピーを重ねた文字のように――白く塗りつぶされていて。
 朧気な記憶から生み出される夢は、曖昧そのもの。まるで真実味のない偽物の過去のようだった。
 歯がゆさに唇を噛む。
 それは過去、確かに経験したはずの事実なのに。
 忘れてしまっている。
 消し去りたい過ちと共に、決して手放したくなかったはずの大切な思い出まで。すべて。

 天使や悪魔を、特別に憎いと思ったことはない。
 彼らにも事情があることは、想像に難くないから。
 どうせ恨みの連鎖はどこかで断ち切らなければならないのだ。
 それならば、耐え忍ぶことに長けた自分こそが、断ち切るべきなのだと玲獅は思う。


●新たな決意

 守るべきものを見捨てる道理はない。
 今は偏見が大きくても、共存できる道は、必ずどこかに存在するはずだ。
 かつて人種の違いによって苦労をしたはずの、祖先の苦労。
 今、この世界の人々が置かれている状況は、それに近いものがあるかもしれない。
 ――ならば余計に、自分以外の誰がこの因果を断ち切れるというのか。

 忘れてしまってごめんなさい、と。
 謝ることは簡単だ。けれど冥府へ向かった筈の彼女にその言葉が届く訳でもなく。
 彼女を連れ去った『何か』が、玲獅の記憶通りに、天魔の者だとすれば。
 きっと彼女も、とっくの昔に人を辞めさせられている。
 殺された。
 別の生物へと作り替えられた。
 闇に堕ち、魔の眷属となった。
 それら何れの形になっていたとしても……『それ』は、もう玲獅の知っている彼女ではないのだ。
 こぼれてしまったものが元に戻ることは無い。
 失う痛みはもう十分に味わった。
 ならば、次になすべき事は一つ。
 この痛みを知る者が、一人でも少なくなる世界を掴み取りたい。

 御堂家は医者の家系。
 玲獅もまた、そうなるべく幼少の頃から教育を受けてきた。
 人命を救うことこそ、使命。
 人に尽くすことこそ、定め。
 家族が常日頃から口にしていたそれらの言葉は、確かに、玲獅の現在を形成する重要なファクターかもしれない。
 けれど――それ以上に。
 消えた少女の記憶が、玲獅を『癒し手』の道へと導く、一つの大きな要素だったのかもしれない。

(この夢を、自分への戒めとして。私はもっと強くならなければなりません)

 二度と、零してしまわないように。
 守るべきものを守れるだけの力が欲しい。
 そしてその力で……大切なこの世界を。愛しい人を。そして、共に戦う仲間達を。
 ずっと、ずっと守って行きたいと思う。そうするべきだと思う。
 それがせめてもの、彼女への罪滅ぼしになると信じているから。消えた彼女に、報いるためにも。

(――どうか、私に更なる力を)

 欲しいのは、決して挫けぬ盾となるだけの勇気。それさえあれば、きっと皆を護ることが出来るから。
 清らかな乙女の祈りは、真夏の青い空に溶けていく。

【了】
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年08月06日

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