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『●夏の風は濡れ手に似て 』
ガルフ・ガルグウォード(ia5417)

 キーン ガッ

 木々を通して差し込んでくる、太陽の光の下で五尺棍と忍刀が交わり、音を立てる。
 バサバサバサ、と木陰で休んでいた小鳥達は飛び立ち、ジーィ、ジーィ、と腹を震わせて鳴く蝉達が取り残された。

 構えなおした忍刀、木陰では彼の相棒、淨黒が静かにその様子を見ていた。
 理知的な色を湛えるその瞳は、何時でも主の力量を推し測っている。

 ――彼の主の名前は、ガルフ・ガルグウォード(ia5417)と言う。

 この状況に至るまでの経緯は、少しばかり説明が必要だろう。

 天儀暦1012年、夏。
 天儀は、酷暑を極めていた。
 山に向かったのは、少しでも涼を求めたからで、こうして親友である慄罹(ia3634)も同じことを考えているとは思わなかった。
 思わぬ偶然に、思わず笑みが浮かぶ。
 
 慄罹は拠点でよく合う、共に学び、成長する年の離れた親友。
 頼れる兄のようにも感じており、軽口をたたいたり、時に弄られたりと少しばかり、頭があがらない。
 自然と、お互いの得物を見、そしてお互いに鍛錬に来た事を知り、慄罹は五尺棍を掲げる。

「鍛錬、付きあってくれるか?」
「勿論! 俺からも頼む!」
 自分の手に握られた忍刀に触れ、そして、笑顔で頷く。
 そして冒頭に戻り、友人二人は高みを目指すべく武器を交えるのだった。

 何時の日か太陽は南天を過ぎる。
 休憩を挟みつつ、蝉の大合唱に耳をすませたり、相棒同士の戦いを交え――西の彼方へ沈みゆく太陽を目にし、漸く二人は得物をおろした。
 鍛錬後の心地よい疲れが、身体を支配している。
「そういや、いい店見つけたんだ。ガルフも来るだろ?」
「おう、それは楽しみだなっ! あ、でも俺、酒は……」
「大丈夫だって、ほら、いくぞー」
 慄罹はガルフの背を押しつつ、興覇と才維を呼ぶと歩を進める。
「待てよー!」
 それを追いかけるようにガルフが、相棒の淨黒と共に追い付いた。

 店で一杯。
 慄罹は酒を、ガルフは甘い西瓜を。
 万商屋の新しい武器やら、ギルドの張り紙やら。
 話は尽きず、時折、互いの失敗談なども交えながら、少しばかり話を膨らませ、もう一杯、と口を開きかけた時だった。

「あー! りーしー、りーしー!」

 慄罹の肩の上で突如、騒ぎ出す才維。
 何事か、と目で問えば才維は小さく鞄、と口にした。
 そう言えば、鍛錬に必要なものは全て木陰に置いてきた――とは言え、急ぐものでもない。
「ええ? 忘れ物? そんなの明日でも……」
「しまった!相棒達の土産……!」
 ガルフは荷物の中を漁ってみるが、そこにお土産はなく……どうやら忘れたらしい、と溜息を吐いた。
「ああ、ガルフもなのか? こっちも才維がな、面倒だが取りにいくか」
 何れ取りにいかなければならないのだから、早めに済ませてしまおう、と盃に残った酒を飲み干した時だった。
「あ、ああ……うん、そ、そうだな」
 ――夜の山が怖い、だなんて決して言えない。
 少しの意地が、口を閉ざす。
 その姿に首をかしげつつも、慄罹は立ち上がり会計を済ませると才維を連れ、店を後にしたのだった。



 夏の夜の風は生ぬるく、身体にへばりつくようだ。
 ヒュゥ、と木々の間を通る風がまるで女の悲鳴のようで、ガルフは叫び声をあげた。
「どーしたの? がるふ、震えてるー?」
 いきなり突かれたガルフ、勿論相手は誰か判っているのだが、ヒィ、とまた声を上げた。
 目端で揺れる、白い影……まるで其れが、言葉を発してるかのような錯覚を覚える。
「や、や、やっぱ幽霊……」
「幽霊? んなもん、気の持ち様だろ? 怖いと思うから怖いんだよ……」
 何処となく腹黒さを感じさせる慄罹の言葉に、怖くない怖くない怖くない、と念仏のように唱えだすガルフ。
 正直、慄罹にはガルフの状態の方が不気味だった。
「あ、道祖神」
「へ?」
 月明かりを通さぬ木々の下、おぼろげに見える道祖神……ゴトリ、と首が落ちる。
 まるでそれは、目に見えぬ何者かに首斬られたかのようで――。
「ヒィィ!」
「ゆーれいって何? おれあってみたいー」
 才維が目をキラキラさせ、口にする。
 とんでもない、と言う意味を込めて、ガルフはブンブンと首を横に振った。
 淨黒がいれば、しっかりしろ、とばかりに視線を向けただろう。
 いつの間にか、目的が忘れ物を取りにいく事から、幽霊に遭うのが目的になっている気がしなくもない。
「俺、俺は絶対! 遭いたくない!」
 才維の言葉に、噛みつくように返事を返すガルフ……慄罹が少し前を歩き、右腕にしがみつくガルフへ問いかける。
「どうした? そんなに怖いのかよ」
 此れは何か、理由がありそうだ……と思いつつ、ヒュゥ、ヒュゥ、と木々の合間を通り抜ける風の音を背景に問いかけた。
 身体を強張らせるガルフが、3歳の時……と語りだす。

 そう、それはガルフの母親がまだ、健在だった頃。
 お祭りで家族と入ったお化け屋敷……今となってはその、お化け屋敷の粗さが判る、だが。
 3歳のガルフには、まるで冥界から伸びてくる『恐ろしい』ものとして映った……始終泣き叫びながら、母親にしがみついた過去。
 幸福な過去である、だが、怖いものは怖い。

「それで、男女関係なくしがみつくようになった……って訳か」
 慄罹が苦笑気味に言うが、しがみついている方は怖くて仕方がない! と意見する事も出来ず。
 コクコクと首を縦に振って、意を示す。
「俺は、よっぽど人の方が怖いけどな……」
 何時になく沈んだ慄罹の言葉に、少しだけガルフは瞬き――そして、その闇に思い馳せる。
 人は確かに怖い、かもしれない……それでも、優しさや喜びを与えてくれる。
 それも、確かに人なのだ――とは、言えなくて。

 ザッ、ザッ、ザッ

 草木を踏みしめる音が空間を支配する。
 濡れ手で撫でまわされるような、不快な生温かさを持った風が二人を包みこむ。
(「大人げねぇな、俺も……」)
 と思いつつ、湧き立つ悪戯心に身を任せ、怯えてへばりつくガルフの首元に、ふ、と息を吹きかける。
「ヒャァァ――! な、何かいる、何か!」
「風じゃないか? シノビなんだし、その位克服できねぇと駄目だろ?」
「だ、だけど怖いものは怖い!」
 シノビだけど!
 でも、アヤカシは倒せる。
 でも、幽霊は倒せる気がしない――と訴えるガルフに笑いを堪えつつ、慄罹はゆるりと頷いた。

 遠くでパチパチと光る人魂。
 その淡い燐光が視界に入り、ギャーッ、と叫びながらガルフはまた、慄罹の腕にしがみついた。
「ホント苦手なんだな……」
 苦笑気味に漏らした慄罹に、苦手だ! と最早ヤケになったガルフはぐす、と鼻をすすった。
「よく見ろ。あれは――鬼火玉だ」
「……へ?」
 暗い中、よく目を凝らせばケモノの一種である鬼火玉が、ぱちぱちと火を放ちながらふよふよと浮いているではないか。
「ま……紛らわしい」
 でも、幽霊じゃなくて良かった――と息を吐いたガルフ。
 だが、彼は知らない、この後、襲いかかる恐怖を。



 夜の山中は視界が悪く、また、昼間に付けた印も見えない為、方向感覚が狂い易い。
 直感と、道順を思い出しつつ――いつの間にか、墓地へと二人は立っていた。
「あれ、こんな場所……あったか?」
 首を傾げる慄罹、もしかしたら山で亡くなった人々達の墓かもしれない。
 墓、となればやはり、死者が出てくるのが常――。
 朽ちた卒塔婆がカタカタと揺れ、風に震えて低く鈍い音を立てた。
 随分と昔に建てられた卒塔婆の文字は、かすれてしまって読む事が出来ない。
 精霊達に守られ、神聖な筈の卒塔婆、だが……夜に見るそれは、不気味以外の何物でもなかった。
 苔むした無数の墓石、それは誰も管理していない事を示している。
 何故かぬるり、と滑っているようで――茶褐色の染みが所々浮かんでいた。
 ヒュゥゥ――と生ぬるい風が吹き、そして幻聴とも言えぬ声が、聞こえる。

『何故……死にたくないのに。何故だ――』

 周囲を見回しても、誰もいない。
 否、茶色いボロを纏った小さな人間と思わしき存在が、墓の隅に座っている。
 ジィ、と舐めるように見つめる、視線。

「ひっく……もうやだ……」

 その場にへたり込んで、ぐすぐすと泣くガルフ。
 これは重症だ、と思いながら慄罹は頬を掻きながら、忘れ物、と呟いた。
「大切なものなんだろ? なら、もう少し頑張れ」
 元気づける言葉に、俺は幽霊の類は平気だから、とさり気なく口にする事は忘れない。
「がるふー、泣き虫なのー?」
 才維の言葉に、ガルフの拳が握られた。
 自分自身を奮いたたせ、コクリと頷くと店で待っているであろう淨黒を思い浮かべる。
 絶対にお土産を渡さねば――絆故に奮い立つ、親友に慄罹は優しい笑みを向けるのだった。
 そしておもむろに、墓の隅へと近づく。

「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」

 そこに在るのは、朽ちた花だった。
 固まって生えている所為か、或いは夜のみせる幻か。
 それが、人に見えたのだ。
「まあ、こんなものだ。ガルフ、行くぞ」
 慄罹の言葉に、コクリと頷き、幽霊なんていない、いない――と呟きながらガルフは歩を進める。
 ……やっぱり、夜の墓地よりもガルフの方が不気味だった。



 墓地を進み、遠回りしたものの見覚えのある場所に出て、二人はほ、と息を吐いた。
 不心得者に荒らされた様子も無い。
 二人が忘れた、才維の肩掛け鞄とガルフの相棒へのお土産は樹の下に鎮座していた。
 安心で息を吐きつつ、よかった……と、先程まで泣き喚いていたガルフに無邪気な笑みが浮かぶ。
「そうだこいつも――……」
 相棒達へのお土産を大切そうに抱きしめたガルフは、慄罹へあるものを差し出した。
「……なんだ?」
 首を傾げながら、それを受け取る慄罹。
「誕生日祝い♪」
 そう言って笑いかけるガルフ、受け取った慄罹の手に、滝を昇り泳ぐ龍の彫が入った根付け。
 力強く滝を昇り泳ぐ龍は、立身出世を意味する縁起物でもある。
 何より、必死に選んでいるガルフの姿が浮かび、慄罹はありがとな、と根付けを揺らした。

「りーしー、がるふー、花火やろー」

 慄罹の肩から降りて、パタパタと肩掛け鞄を確かめた才維が、大きな瞳で二人を見る。
 小さな人妖の『お願い』に頷いて、草木が少ない場所を選び、火口箱を使い火を付ける。
 パチパチと音がなり、鮮やかな炎が噴き出した。
 才維にとっては、初花火。
 目をキラキラさせて、その花火を見る……手を触れそうな才維を諌めつつ、暗い山の中で輝く花火。
 あっという間に、消えてしまうそれは人の生のようだ――と口にするのは、あまりに陳腐だろう。
「なあ、慄罹」
 不意に、ガルフが口を開いた、頷き無言で続きを促す。
「これからも、ずっと親友な!」
 そう言って笑ったガルフの笑顔は、花火に負けないくらい輝いていた。
 そして、それを暗闇から、見つめる黒い影。



 後日。
 あの花火、淨黒へ見せたかったなぁ……なんて思いながら、万商屋の暖簾をくぐる。
 確か、花火セットが売ってあった筈だ。
「なあ、淨黒。今度は一緒に、花火しような」
「がるっ」
 そう言って笑いかけた主に、淨黒はため息とも苦笑とも言えぬ鳴き声を漏らすのだった。
(「某もあの場にいた、等と言えない……のがもどかしいのか」)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia5417 / ガルフ・ガルグウォード / 男性 / 19 / シノビ】
(淨黒はガルフ・ガルグウォードの相棒である)
【ia3634 / 慄罹 / 男性 / 29 / 志士】
(才維、興覇は慄罹の相棒である)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ガルフ・ガルグウォード様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

ギャグホラー、いきなり幽霊がドロン、とでるのも面白そうですが。
今回は、怖いけれど幽霊なのか錯覚なのかわからない――と言うホラーを目指しました。
ネットスラングの類は気を付けておりますが、何か不都合が御座いましたらリテイクをおかけ下さいませ。
双方で少しばかり、変化が御座いますので比べてみても面白いかも知れませぬ。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
常夏のドリームノベル -
白銀 紅夜 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年08月10日

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