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『【 〜蛍〜 その思いの向かう場所 】 』
アレクシア・フランツィスカja7716




 かすかにお囃子の音が聞こえる。
 川面へと滑り出した屋形船の上からでは、陸の音はわずかに遠い。
 陸から離れ、ゆるりと進む細長い船。軋む櫂のと船の音。伸びた葦がさわさわと風に揺れている。
 祭りの熱気からも遠ざかり、涼しさと少しばかりの静寂が風とともに二人を包んだ。
「……なんで毎回迷子なんだろ……」
 船の上、東城 夜刀彦(ja6047)はしょんぼりと陸を見つめている。落ち着いた紺地の浴衣はしっかりと男物だが、端正な美貌といい華奢な体つきといい、初見では女性に見間違えられことも多い少年だ。
「ふっ。揃って迷子アビリティ特化型だからな」
 その横、キリッとした顔で言いきったのは、かつての傭兵仲間であるアレクシア・フランツィスカ(ja7716)。
 絶世と呼べそうな美貌に魅力的な体つきと、異性が放っておかないだろう条件を揃えながも現在ぼっち。ちなみに二人きりで屋形船に乗っているが、夜刀彦は同性枠(断定)である。
 二人が祭り会場から離れ、屋形船に乗っているのには理由があった。
 仲間達と一緒にドヤッと地方の祭りに出かけてきたのはいいものの、自前の超特化アビリティ『迷☆子』により見事仲間達からはぐれてしまったのだ。
 こうなるともう祭りどころではない。
 二人でさして広くもない会場内を探しまくったが、目立つはずの仲間達を見つけること叶わず。いっそ見つけてもらったほうが早いということで、一目で分かる屋形船に乗り込むことになったのである。
 ちなみに二人の年齢、合算して三十三である。
「人混みがすごくて奥まで見えないね……皆、見つけれるかな」
 夜刀彦はひたすら岸辺を見つめている。自分からも見つけるのだ、という気持ちなのだろう。感知能力ドコ行った。
「見つけてもらうほうが早いと思うがな。まぁ、端から端を見ていけば、デカイ連中の頭ぐらいは見つけられるだろう」
 さっき陸で見つけられなかった人誰ですか。
 二人は揃って同じ格好で船の縁に両手をついて並んでいる。窓から外をのぞく猫のような格好。そして二人同時に岸を見ようと伸び上がる。  
「お客さん! 片方にばかり寄ると危ないですよ!」
 怒られた!
 わたわたと反対側へ向かって膝で歩く夜刀彦。君、そういえば水上歩行できんかったかね?
「あれだな。しばらくしたら放送されるんだぞ、きっと。迷子のお呼び出しを〜とか言って」
「……ぅゎ。想像したくない……」
 きっとこうだ。
 迷子の・お呼び出しを・申し上げます・久遠ヶ原学園からお越しの……
「……いや、むしろ私達が放送を頼んだ方が早いか」
 アレクシア、たいへん真面目な顔で真剣に検討中。夜刀彦はヒヤヒヤだ。
「あとで絶対『おまえらが迷子だろうが』って怒られるから、やめない? それ」
「なにを言う。大事なことだぞ」
「何がだよ……」
「この場合、お前は『ちゃん』付けされるのか『くん』付けされるのか」
「何がだよ!?」
 想定外の話題キタ!
 放送時、迷子ちゃんの名前に付けるアレである。
「普通に『ちゃん(女の子呼び)』だと思うのだが、どうだ?」
「普通に『くん(男の子呼び)』だよね!? どうだ、じゃない! なにその真剣な顔!?」
 アレクシア、渾身のキリリ顔。
 顔を赤くして抗議している夜刀彦には悪いが、ごめん、たぶん『ちゃん』だと思う。
「いいじゃないか。どうせおまえ、性別:ヤトなんだから」
「よくないよ!?」
「分かってる。性別:ハムだよな」
「せめて人間にして……!」

 彼の性別はヤトに決まったようだ。


●〜蛍〜その思いの向かう場所


 会話が一区切りつくと辺りは一瞬で静かになる。
 陸地と違い、人のいない川辺。川幅はそう広くないが、その中程ともなれば陸の音は遠い。
 距離で考えるのならばさほど離れてはいない。けれどそのわずかの差で、これほどに違う。
(……人の視界、耳にする範囲、思いや思想といったものも、恐らくこれほどの僅かな距離でまるで違ってくるのであろうな)
 傭兵時代からを合わせ、様々なものを見てきた。見苦しいものも聞き苦しいものも多くあった。けれどその全てが悪であったわけではない。……善でありながらおぞましいものもまた、少なからずあった。
(そも、善悪の判断は何処にあるのだろうか)
 其れを判断するのは『誰』であろうか。
 神ならぬ人の身であれば、どのみち成す判断などたかがしれている。
 他者を自己の小さな枠組みで『理解しよう』としたところで、それは自分の都合のいい妄想の押しつけにしかならない。耳に嬉しい言葉だけを拾い、目に楽しいことだけを映せば、己自身は大変に幸せだろう。
 だがそんなものは、所詮、理解などでは無いのだ。
(幾度も惑い間違うものだけれどな……)
 ただ己の信念一つ持ち、自身で見た範囲と聞いた範囲を持って、自身の小ささを理解したうえで自らの中にだけその判断を下す。
 そうでなければ、ただ受け止めるだけだ。
 他を否定せず、ありのままに。
(……けれど、人の身で、なにもかも全てを受け入れるなぞ、無理な話だと思うが)
 アレクシアは僅かに憂いを帯びた目で前に座る友を見た。どこか心ここにあらずな目の友をあの日から一体何度見ただろうか。
(……やれ。難しいものよな)
 直接件の相手と会ったこともなく、ただ耳にする噂だけでしか知らないが故に、アレクシアは学園を騒がせた事件にさしたる関心は無かった。天魔による悲劇惨劇はあまりにも多く、防ぎたくとも防ぎきれぬ悲憤は否応なく学園に満ちている。
 部外者であったが故の無知。だが、だからといって聞こえてくる噂で誰かを判断することも決めつけることも出来なかった。
 誰かにとっての悪であっても、誰かにとっての大切な人であることは多い。
 全てを知らぬ者が、何も理解しないうちに訳知り顔で他者を語ることなどできようはずがないのだ。多々不審や疑問はあろうとも。
(……踏み込んでいい領域ではあるまい)
 人の心には、触れていい箇所と決して触れてはいけない箇所がある。相手の思いの深さを知っているならば、其れは決して踏み入れていい領域ではないと分かるだろう。
 その人生にすら深く影響を及ぼすことであれば、尚更に。
(……生きているうちに、会ってみたかった、かな)
 夜刀彦はよく人に懐く。懐く、としか表現しようがない程に。人が好きであるのと同時、寂しがりでもあるからだろう。
 けれどたった一人に固執することは無かった気がする。
 忘れえぬ思いの名をなんと呼ぶのかは知らない。それもまた、他者が勝手に測ってよいものではない。
 ただ、思う。
 いつかちゃんと、泣けれる日が来ればいいのに、と。
(……むぅ。なれば友として、件の君にはいささか文句を言いたいところだが)
 しかし相手は死者。どのような言葉を叩きつけたところで、反論もできぬ相手を悪し様に言うのは、墓に向かって唾を吐きかけるようなものだろう。
 この世に生きる人として、それだけは、してはならないことなのだ。
(……ん?)
 ふと気づけば蛍の群れ。群生地へと進んだ船の周りで舞う膨大な光の川。
 美しいと思った。
 悲しいことも苦しいことも多い世の中で、その光景のなんと儚く美しいことか。
「……綺麗なものだな」
 思わず出た呟きに、視線の端で友が頷く。
 泣きたい時には泣けばいいと思う。けれど泣けない理由があるのなら、それはその理由が無くなった時の話だ。
 決して他者が踏み入れてはいけない部分で、その心が解けた時の話。
 蛍が舞う。幻想的な光の軌跡を夜の闇に描いて。
「ん?」
 光を追った目が岸辺で手を振る一団を見つけた。
「あ! あんな所に……!」
 思わず手を振った。岸辺から友が名前を呼ぶ。笑い声が聞こえる。
 伝わってくるのは、祭りの熱か、魂の温度か。
「ふふん。やはり船に乗る案は成功だったな!」
「……結局、見つけてもらうほうが早かった、ってことだよね」
「なにを言う。作戦勝ちだ」
 苦笑する夜刀彦に胸を張って見せると、やや困り顔で笑われた。
「なんの勝ち負けなの?」
「どちらがどちらを効果的に見つける案を出せるか」
「……いや、なんの勝負か分からないから」
「なにをいう。このままだと我々は超☆迷子だぞ。この年で」
「わりといつものことだと思う」
「よろしい! ならば膝を割って話そうではないか!」
「腹じゃなく!? というか膝割らないでー!」
 よしとかっぱり両膝を開かせてやろうとしたところで別所から悲鳴が上がった。
「お客さん!」
 あ、と。
 思った瞬間には船が傾いた。


 夜空に星。
 地上に友。
 上がる二つの水柱の向こうで、鮮やかに舞う命の光。
 その光が魂を導くというのならば、いつかこの生の果てに会える日も来るだろう。
 だからこそ、死せる魂に安寧を。
 生きし魂に祝福を。
 いつもその在りし地に優しい光が満ちていますように……





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7716/アレクシア・フランツィスカ/女/18/アストラルヴァンガード】
【ja6047/東城 夜刀彦/男/15/鬼道忍軍】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お心を綴らせていただき、ありがとうございました。
船頭さんは無事だった様です(笑)
御二人の行く道にいつも光がありますように……
常夏のドリームノベル -
九三 壱八 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年08月13日

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