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『【涼月夫婦墓参〜帝国之首都鎮魂語】 』
リーディア(ia9818)

●夏にみる夢

 ――夏が、来る。

 青い空に白い雲が湧き立つ緑野、波打ち寄せる海が誘う昼と。
 冴え冴えとした月や星の灯かり届かぬ闇、灯篭の炎が揺らめく夜と。
 その光陰の束の間、垣間見る時の影と。

 境界線の狭間で差し招くは、果たして夢か現か幻か。

 今年も熱い、夏が来た――。


●二人きりの里帰り
 熱を帯びながらも乾いた風に、潮の香りが混じる。
 久し振りとなる故郷の空気をリーディアは深く胸に吸い込んだ。
「やっぱり、ジェレゾは神楽より涼しいですね」
 風に吹かれるヴェールへ手をやりながら傍らを見やれば、夫のゼロはしみじみと空を見上げる。
「同じように海へ向かって開けているのに、あんま蒸さねぇというか。日陰なんかは特に涼しくて、助かるぜ」
 それでも慣れないのか、きょろきょろと落ち着きなく異国の風景を――ジルベリア帝国の首都ジェレゾの街並みを見回した。
「どうしました、ゼロさん?」
「ん? ここがお前の故郷なんだな……とか、ちっと思っただけだ。あまり里帰りとかさせてやれず、すまねぇな」
「そんな、改まって謝らなくてもいいんですよ? こうして、一緒に来れた訳ですし……」
 詫びる言葉に首を横に振り、リーディアは夫の腕に手をかけた。
 開拓者としての依頼など一切関係なく、夫婦二人だけの旅としてジェレゾを訪れるのは、本当に久し振りのことだった。
「生まれ育った街だし、見知った顔だっているだろうから、ちょくちょく里帰りもさせてやりてぇんだが」
「気持ちだけでも十分ですよ、ありがとうございます。それにゼロさんは依頼もありますし、私だけで帰るのも……」
「家で一人寝する羽目になる、俺が寂しかろうって?」
「はい」
 おどけた風な言葉にリーディアが即答すれば、からからとゼロは笑った。
「本当に、優しい嫁さまだぜ。俺にはもったいねぇ」
 大きく無骨な手が、ヴェールの上からわしゃりと無造作に頭を撫で。言葉と手の感触や温もりが嬉しくて、照れながら彼女は腕をぎゅっと掴んで身を寄せる。
「で、小さい頃からこの辺りを、ちょろちょろ駆け回っていたのか?」
「私が暮らしていたのは貧民街ですから……この辺りは、あまり来ませんでしたね」
 だから泊まる宿の近辺も詳しくないのだと、懐かしい記憶を辿りながらリーディアは苦笑した。
「なら、迷う時は二人一緒だな」
「そうなりますね」
 二人一緒という響きは彼女の胸を弾ませ、ちょっとした探検気分を駆り立てる。
「とはいえ……迷っちまって目的の場所に行けないと、それはそれで困るが」
「あ、それは大丈夫なのです。お城の位置で街の何処かはだいたい判りますから、ちゃんと案内しますよっ」
 片方の手を離して握り拳をぐぐっと作る様子を、面白そうにゼロは眺めた。
「やけに気合が入ってるじゃあねぇか」
「だって、やっとゼロさんと一緒に報告できるのです! 結婚してすぐに来た時は、私一人でしたしね」
「あの時は、寂しい思いをさせちまったな」
 思い返すゼロの表情が、僅かに曇る。
 二年ほど前。神楽で祝言を挙げた直後、ジェレゾにある開拓者ギルドの長から招かれた折、所用でゼロは神楽の都へ残り、リーディアだけが招待に応じてジェレゾを訪れた。
 その時に『恩人』へ結婚を報告したのだが、自分が同行しなかったことをゼロは気にしているらしい。
「何度もお前は数多ヶ原に来てくれてるのに、俺はずっと礼儀を欠いちまって申し訳ねぇぜ」
「いいんですよ。今日はゼロさんと一緒ですし」
 悔いる夫を慰めるように、絡める腕をリーディアはぽふぽふと軽く叩き。
「案内、頼りにしてるからな」
「任せて下さい!」
 短い夏に賑わうジェレゾの街を、歩調を合わせて二人は歩いていく。

   ○

 ジェレゾでも静かな一角に、目的の場所は広がっていた。
 地は緑で覆われ、そこに簡素な四角い石板……墓石が行儀よく並んでいる。
 幾つかの墓石の前には、手折って間もない瑞々しい花が手向けられていた。
「形は違えど、墓や墓地ってのはドコもあんま変わらねぇもんだな」
「そうですね」
 自然と声を落とすゼロに花束を抱いたリーディアも頷き、やがて墓地の片隅にある小さな墓石の前で足を止めた。
 参る者も少ないのか辺りには草が生い茂り、墓参の花もなく。
 前に立ったゼロは両手を合わせて頭を垂れてから、思い出したように隣の妻を窺う。
「普通に手を合わせて、大丈夫だったか?」
「平気だと思いますよ」
 わざわざ確かめる夫に、くすりと微笑んで答えてからリーディアも手を合わせた。
「……にしても、こっちの草も元気なもんだな」
 納得顔のゼロは一礼してから腰を落とし、伸び放題の草を引き始める。
 手伝おうとリーディアも草へ手を伸ばすが、それをゼロが止めた。
「俺がやるぜ。こんな草でも、油断すれば指を切っちまう」
「あら。怪我をすれば治しますのに」
「そりゃあそうだが、もったいねぇだろ。精霊だって、治し甲斐がないというか」
 ごにょごにょとつける理由に、きょとんとしてからリーディアは再び笑う。
「ゼロさんは、いつも治し甲斐がありそうですよね」
「あ〜、そうかもしれねぇ。心配かけるな」
「いいのですよ。ちゃんと帰ってきてくれますし」
「応よ、勿論だぜ」
 楽しげに草引きをするゼロを見ていたリーディアだが、じっと待っているのも何やら落ち着かず。
 花をゼロへ預けると、墓守りへ掃除の道具を借りに行った。

 二人で周りを掃除し、綺麗になった墓へ改めてリーディアは花を供える。
 こうして墓と向き合っていると、ジェレゾでの様々な記憶が次々と呼び起こされ。
「懐かしいなぁ……」
「懐かしい、か」
 昔を思い出し、ふっとこぼした呟きをゼロが繰り返す。
「はい。前はもっと、お墓参りも良く来ましたから……世話の焼ける人、でしたし」
「ふぅん?」
「あ、でも、皆には慕われていたのですよ。明るくて、ひょうきんなお爺さんで。生まれて間もない私をゴミ捨て場で見つけて、拾ってくれなかったら……ゼロさんと、こうしていられませんでしたから」
 そっとリーディアは育ての親の墓へ手を合わせ、感謝の思いと共に目を伏せた。
「そう、だったのか」
 語る言葉と祈りを遮らぬよう、低く小さな声のゼロ。
「だとすると、じーさんのお陰で俺もお前と逢えたようなもんだな」
「そうなりますね。でも子供を育てることに慣れていた訳でもなく、貧民街に住む仲間と試行錯誤しながら、育ててくれたそうです」
 懐かしく思い返しながら、老人が眠る墓をリーディアは見つめた。

 幸い、貧しくとも食うや食わずという程でもなく。
 衣食住に困ったことはなかったが、贅沢とも無縁な暮らしだった。
 以前に、貧民街の仲間から話を聞いたことがあった。
 だからリーディアは育ててもらった分、きっちり恩返ししようと物心がついた頃から働き、老人の世話もした。
 甲斐甲斐しく働く彼女の姿に、捨てられた子犬を飼ってる気分でいたら、世話までしてくれるようになって、大助かりだと……育ての親となった老人は、笑ってくれていた。
 だが彼女が歳を重ねて成長すれば、同じだけ老人の時間も過ぎて衰えていく。
 彼女に出来ることが増えるに従って、老人は床に伏すようになり。
 そして……リーディアが成人するのを待たず、老人は他界した。
 老人へ返せなかった、返し尽くせなかった、恩。
 それを返すため彼女は借金をして、老人の墓をこの墓所へ建てた――それは残された彼女が老人のために出来る、最後の恩返しだった。
 一人となったリーディアは借りた金を返しながら、老人と暮らした家に一人で住んだ。
 懸命に働き、全ての金を返し終わった時。
 老人の代わりにそっと見守ってきた貧民街の仲間たちが、志体のある彼女へ開拓者になることを勧めたのである。
 それは彼女にとって、思いもしなかった道だった。

 仲間たちの助言がなければ、決して開拓者になることもなかっただろう、と。
 振り返るたびに、今でもそう思う。
「色々とありましたけど……あの場所で、この老人の元で育って、凄く幸せだったのですよ」
 だから哀しみの涙は浮かばず、目を細めてリーディアは微笑んだ。
「……そっか」
 傍らで黙って耳を傾けていたゼロは、ぎゅっと細い肩を抱き寄せる。その横顔を、ちょっと心配そうにリーディアが窺った。
「ん、どうした?」
「いえ。どうやら捨てられてたっぽいと知ったら、何だかゼロさんが物凄く悲しそうな顔をしそうで。それで、話すのをどうしようかなって……ずっと、思っていて」
 間近で見つめ返され、どきまぎしながら彼女は視線を落とす。
 ずっと、いつかは話したいと思っていた、自分の昔のこと。
 愛しいからこそ自分のことを知ってもらいたいし、相手のことももっと知りたいという……それは、我が侭なのだけれど。
「俺も出会う前のお前のこと、少しでも知れてよかった。教えてくれて、ありがとな」
「だってゼロさんも、少しずつ教えてくれてますから」
 俯き気味のまま、ぎゅっと夫の着物の袖を掴む。
「俺の母方の爺様が、城町で茶屋をやっていたって話とか?」
「ゼロさんがよく茶屋に立ち寄ってるのも、どうして甘味をよく買ってくるのかも、何となく分かりました」
「はははっ。確かに、存外そんなトコかもしれねぇ」
 重々しく彼女が頷いて返せば、楽しげにゼロは笑った。
 見つめた笑顔にはリーディアが懸念した悲しそうな気配なぞ微塵もなく、ほっと胸を撫で下ろす。
「せっかくだから、じーさんの家も見に行くか?」
「いえ……あの家はもう、ないんです。私が神楽へ向かう時に壊しちゃったので」
「そっか、残念だぜ。お前が育った家も見たかったが……だったら久方振りに、懐かしい仲間の顔でも見に行くのはどうだ?」
「そうですね。紹介して、旦那さん自慢をするのですっ。それからジェレゾを案内しちゃいますよ。私オススメの場所も、ありますし!」
 気合を入れてはしゃげば、また子供のような笑い声が弾けた。
「そりゃあ、楽しみだ。滞在の日数もあるし、お手柔らかに頼むぜ」
 ひとしきり笑ったゼロは不意に大きく深呼吸をし、再び墓へ向き直る。
「俺はじーさんの顔も知らねぇが、リーディアを拾って育ててくれて、ありがとな。お陰で、心底惚れる伴侶を得られた俺は天儀一の幸せ者だぜ」
「ゼロさん……ッ!?」
「そして俺が幸せにしてもらった分以上に、こいつを幸せにする」
 ――例えば、そう。独りでいた時間の全部を埋めてもなお、山ほどの釣りが返ってくる位。
「だから、安心してくれ」
 突然の『宣言』にリーディアが照れたり驚いたりわたふたしていると、にしゃりとゼロは笑みを向け。
 身を屈め、かすめる様に口唇を重ねる。
「にゅ……」
「あの世の先まで、よろしくな。愛しい嫁さま」
「……はい。勿論です、大好きな旦那さまっ」
 囁きに照れながら返事をするリーディアもまた、手を伸ばし。
 感謝と愛しさを込め、赤くなった最愛の夫をぎゅっと力いっぱい抱きしめた。

 人気のない墓地に吹く風は、涼やかで。
 木々の葉ずれに合わせ、夏草が素知らぬ顔で揺れていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia9818/リーディア/女性/外見年齢20歳/巫女】
【iz0003/ゼロ/男性/外見年齢24歳/サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「常夏のドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 DTSの依頼では、いつもお世話になっています。今回もまたノベルという形での楽しいご縁を、ありがとうございました。
「話を聞いたゼロの反応も、ぜひ」という御希望もありましたので、普段のリプレイでは書ききれない日常のことや会話を重ねてみれば、またしても『お砂糖満載』となった次第。ノベルならではと、お楽しみいただければ幸いです。
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
常夏のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2012年08月20日

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