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『■一輪の花 』
塚原・知哉8552)&庭名・紫(8544)&(登場しない)

『――なかなか強いな。どうだ、ウチで働くか? 寝るところと飯には困らんぞ』
 後方から楽しそうな声音で誘われ、明日をも見ない少年はゆっくりとした動作で振り返った。


 一般人なら避けて通る、路地裏での喧嘩。
 知哉の足元には呻き声を上げる数人の若者が転がっており、二本の足でしっかりと立っていたのは特攻服に身を包んだ知哉だけだった。
 数人に囲まれ、無論無傷というわけではなかったにしろ、空手の心得もあり、かすり傷程度で叩きのめした彼の腕を買ったのが――……極道『庭名会』の、若頭であった。


 母もおらず、家に帰れば酒浸りの父――だったもの――しか居ない。
 そんな生活に心底嫌気が差して暴走族の頭を張っていた知哉は、特に理由も聞かず二つ返事で了承した。
 生きていく為なら、別に極道だろうと暴走族だろうと、なんだって良かったのだ。
 そうして彼は庭名の『構成員』となったわけだが、そんなスタンスだったから組織に入ったところで一員であるとか、命を張るといった考えは微塵もなかった……それに自分の命ですら、大事には思っていない。

『あの娘』と、出会うまでの知哉は、そういう少年だった。


『今日の仕事は護衛だ』
 そんなある日のことだ。若頭を車に載せ、向かった場所は――都市部の郊外、プライバシーの観点からも問題が無さそうな、緑に囲まれた閑静で清潔感のある病院だった。
 戸惑いを覚えた知哉は綺麗に手入れを施した眉を寄せる。
「……若頭。ここ、病院……スよね?」
「当たり前ェだろ、寿司屋に護衛に来るってのか」
 なぜ病院なのか、一体誰を守るというのか? 肝心なことは何一つ聞かされぬまま、若頭の背中を見つめながら後をついていく知哉。
 しかし、若頭の手には途中で用意した……男には似合わぬであろう花束が握られている。
 きちんとスーツを着ている若頭はともかく、金髪で軽装の知哉は……なんとなく浮いていた。
「お高く止まった大層ご立派な病院じゃねぇか……」
 毒づきながら周囲に視線を飛ばす知哉に、若頭は一言『余計なことを口走るなよ』と言い、とある病室の前にたどり着いた。
 どうやら個室らしい。そこには『庭名 紫』と書かれており、苗字からして庭名の関係者であろうことが予想される。
(名前……女、だよな? 庭名……? 若頭も確かに庭名のモンだけどよ……)
 知哉が首をひねっている間に、若頭はドアをノックし……中に入っていった。

「紫。具合はどうだ?」
 それは、知哉が今まで聞いたこともないくらいに優しい声。
 思わず若頭の表情を仰ぎ見ると、なんと柔和な貌をしているのか……!
「……お父さん! 来てくれたの?」
 そして、病室のベッドにいたのは可憐な少女。知哉よりも少し年下……のようだ。
 身体は華奢で、顔色もそれほど良くは無さそうに見えるのだが、若頭――父親が見舞いに来てくれたことで、少女の表情は瞬時に明るいものへと変わっていた。
 ベッドから起き上がり、もうだいぶ良い、と言いながら父の側に立つと微笑みを浮かべる。
 
 嬉しそうに花を受け取り、目を閉じて花の香りを楽しむと、眩しいくらいの笑顔で父にありがとうと礼を言った。
 その、幸せそうな雰囲気と顔が何故か――知哉の胸中に微妙な苦味をもたらせる。
 2人共、組の話はしていない。余計なことを言うなと釘を差された意味が、なんとなく分かった。
(この女は、カタギの世界に生きてるんだな……俺らと違う綺麗な場所に、よ)
 だから、彼女にはこの世界独特の臭いがしない。親の愛情という陽の光を浴び、風に優しく揺れる花のように――可憐で清楚なのか。
「……若頭。俺、部屋の外に出てます。なんかあったら――」
 光が濫れているような、同じ部屋には居たくない……そんな気持ちになった知哉。
 しかし、彼が口を開いたことで、はっとしたように紫と呼ばれた少女が顔を上げて知哉を見つめる。

 成り行きとはいえ――鳶色の瞳と、差し込む陽光に照らされている柔らかそうな黒髪の少女と見つめ合う知哉。
「お父さん、この方は……?」
「ああ、塚原は父さんの部下だ」
 塚原さん、と、紫がその唇で少年を示す言葉を呟く。
「……塚原知哉です」
 最後の『です』は口の中で呟く程度のものだったが、自己紹介して部屋を出ようとする知哉を『待ってください』と引き止めた。
 少女は花をベッドの上へと置き、サイドテーブルから何かを掴んで知哉の側へとやってきて、彼の顔をじっと見つめる。
「ンだよ……?」
 つい、凄みのあるぞんざいな口調で応じてしまったというのに、紫は手に持っていたもの……絆創膏の薄紙を剥き、知哉にじっとしているようにと声をかける。
「頬に怪我を……。お顔に傷が残ったら大変です……掻いたりして雑菌が入らないように、これを貼らせてくださいね?」
 言いながらそっと、知哉の頬に絆創膏を貼る紫。そのほっそりした柔らかい指が、彼の頬に触れた。
 暫く忘れていた、優しさと温かさに知哉は目を見開き、見守るような微笑みを浮かべる紫を凝視した。
「――……女じゃねェんだから、構わねェんだよ!」
 そう言って、そそくさと部屋を後にした知哉。
 若頭の快活な笑い声を背中越しに聞き、扉を閉めた際に頬へ貼られた絆創膏に触れ、何故だか――生前、母と過ごした記憶を思い出していた。



 それから数回、若頭と共に見舞いへとやってくるようになった知哉。
 少しずつだが会話も増え、この少女に僅かながら心を開き始めていることも自覚していた。
「……アンタ、身体弱いのか? 病院の連中ともなんだか親しいみてぇだし」
「はい。貧血気味なのもありまして、よくこちらの病院にお世話になっています。もう皆さん顔見知りですよ」
 そんな会話にも笑顔を見せてくれる紫だが、知哉は『はぁ?』とため息混じりに呟くと、呆れ顔で紫を見つめた。
「自慢にならねェよ、ンな事……」
「そう、ですよね……。でも、毎日……あの人は元気そう、とか、退院したと聞くと嬉しく思いますし」
 人の幸せを願い、自分のことのように喜んでくれる紫。知哉の表情も柔らかいものに変わりそうになったが、
途中で気づき、表情を引き締めた。
「……アンタといると、調子狂うっつーか、気が抜けるっつーか……あー、悪い意味じゃねェんだ。気にすんなよ?」
 拳で語ってきた彼にとって、言葉で素直な気持ちを表現するというのは難しいことだった。
 頭をがりがりと掻き、じっと自分を見上げる紫の視線が気恥ずかしくて目を逸らす。

「……アンタは、そのままが……いい。だから、ずっと変わらずに……いてくれよ」
 それが、知哉のできうる精一杯の表現だった。
 反応を気にした知哉がちらりと様子を伺うと、くすぐったそうな笑顔を浮かべてくれる紫の姿。
「ありがとうございます。私にできることって少ないですけど、頑張ってみますね」
 本当にささやかで、他愛ない願いを、彼女は快く聞いてくれた。
 適当な返事とは裏腹に、知哉の心には淡い暖かさと、健気で純真な少女への情が――宿っていた。



 病後の回復は順調で、ついに紫の退院日がやってきた。

 本当は迎えに行ってやりたかっただろうが、どうしても都合がつかなかった若頭の代わりに、スーツ姿の知哉が単身迎えに来てくれた。
 今日は彼にとっても『特別な日』になるので、紫に恥をかかせる訳にはいかないと、虎の子をはたいて新調したのだ。
 知哉が来てくれたことに対し、紫はきょとんとした顔を見せてから――私のためにありがとうございます、と微笑みを向ける。
「しょうがネェだろ、若頭が忙しかったし、知ってンの俺しか居なかったしよ……」
 そわそわと落ち着かない様子を見せながらも、紫の荷物をふんだくるようにして持ち、早足で車のトランクに荷物を詰めていく。
「皆さん、お世話になりました」
「紫ちゃん、退院おめでとう。彼氏さんも迎えに来てくれてよかったわね」
「なっ……テメエ、フザけんなババア! そんな間柄じゃねぇよ!」
 にこやかな笑顔を向ける介護士だったが、知哉の鋭い視線と言葉が飛んで着たので身をすくめ、視線を逸らした。やっちまったと思ったがもう遅い。口を噤んで、車の側に立っていた。
 まだ病院スタッフに挨拶周りをしそうな紫だったが、迎えに来て下さった方を待たせるのも悪いからと、名残惜しそうに病院を後にする。

 紫を送っていくために走りだした車中で、漸く知哉が運転しながら助手席の紫に、『退院おめでとうございます、お嬢』と口にした。
「お嬢だなんてそんな……。紫で結構ですよ」
「それは出来ねェ。俺にもケジメってのがある。もう『お嬢』って呼ぶと決めたんだ」
 呼び方を変えるということも――知哉の決意の現れでもあった。
 そこに至った心情を、知哉はぽつりと語る。
「――俺はよ、若……お嬢の親父さんに拾って貰って今の場所に身を寄せてから、
『仲間』ってのがどんなものか、深く考えたことはなかった。
お嬢に出会って、初めて自分の考えを改めた。俺は、誰かに言われたわけじゃなく自分の意思で……お嬢を守ろうって決めた」
 流石に照れが入って『お嬢を守る』と断言できなかったが、彼の気持ちは十分紫に伝わったようだ。
「塚原さん、ありがとうございます。でも、私にできることがあれば、なんでも遠慮無く仰ってください」
「前にも言ったけどよ、変わらずにいてくれりゃいい……お嬢の笑顔は、なんつーかよ、見てて安心する」

 僅かに微笑んだ知哉へ、紫は優しい笑みで『わかりました』と告げた。

 その儚く可憐な花が、ずっと咲いていられる場所を作るために尽力しようと、知哉は自分自身に誓うのだった。


-end-


ORDERMADECOM・EVENT・DATA

登場人物一覧

【8544 / 庭名・紫 / 女性 / 年齢16歳 / 庭名会・七代目会長】
【8552 / 塚原・知哉 / 男性 / 年齢20歳 / 庭名会・構成員】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤城とーま クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年08月22日

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