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『ひと夏のあばんちゅーる!? 』
御手洗 紘人ja2549

●夢で逢いましょうか

 照りつける夏の太陽の下。ひと夏のアバンチュール。
 ひどく魅力的なその響き――けれど、ちょっと待って。

 ひと夏の? 夏が終われば別れるとでも?
 ――いやだ。
 あの人と離れる未来なんて、嘘でも想像したくない。

 会えない時間はひどく不安なのに、待ち合わせ場所にあの人の姿を見つけた、その時の嬉しさは格別で。
 なんだか矛盾しているけれど。それは、それで、真実だから。

 明日になれば逢える。それならば、不安に蓋をして早く眠ってしまおう。
 願わくは、夢にあの人が出てきてくれますように――。


●夏祭りの誘惑

 それは、ある夏の夜のこと。
 恋人との大切な時間――電話の最中、チェリーは少し躊躇いがちに話を切り出した。
『そういえばアリスちゃん、明日は商店街の夏祭りなんだって☆』
「あぁ、それでこの頃賑やかだったのか。帰省してた奴らが戻り始めてるのかと思ってたぜ。どこで聞いたんだ?」
『今日たまたま友達と一緒に洋服を買いに行ったら、お店の人が教えてくれたんだ〜。チェリーも全然知らなかったよ☆』
「夏休みっつっても授業が無いだけで、商店街の行事まで気にしてられるほど暇じゃなかったしな」
『だよね〜☆ そ、それでね……えっと、かき氷の引換券を2枚もらったんだ……けど……』
「へぇ、気前のいい店員だな。友達と行ってこいって?」
 ――彼は、わかっていてそんなことを言うのだろうか。
 鈍感なだけならば別に構いはしないのだけれど。
 友達と出かける話をあえて彼氏にするような、駆け引きのできる女だと思われると少し戸惑ってしまう。

 基本的に周囲の目にはあまり頓着しないチェリーだが、相手が大好きな彼となれば、話は別。
 こう見えて、と言うのも何か妙だが……恋愛経験は決して豊富ではない。
 それどころか未だに、指先が触れるだけで、心臓が爆発しそうなくらい脈打つ。
 そんな自分を、彼は分かってくれている――なんて思うのは、ただの自惚れなのだろうか。

『えっとね? 友達も2枚。合計で4枚貰ったんだ〜……だから、その……アリスちゃん』

 言葉を惜しんでなくした恋愛の話は、どこの世界でも聞く話だけれど。
 先人たちと同じ過ちを犯して、彼を失うくらいなら――少しぐらいの気恥ずかしさ、我慢できない訳がない。
 頑張りなよチェリー、なんて、自分で自分を励ましながら。
 高鳴る鼓動を抑えるように、胸の前で拳をぎゅっと握り、小さな声で呟いた。

『チェリーと一緒に、行かない?』

 受話器の向こうで、彼がくすっと笑う。
 「勿論いいぜ」と良い答えを貰って、ほっと胸を撫で下ろした。

『それじゃあ明日、公園の時計のあたりで待ってるね☆』

 本当は友達と買い物に行ったのも、示し合わせてのことだった。
 2人で夏祭りだの花火大会だの満喫したいがゆえに、洋服ではなく浴衣を買いに行っていたという事実は、彼には内緒。


●待ち人来たりて

 件の待ち合わせ場所に到着すると、既に彼は到着していて。
 そのうえ驚くことに――アリストテレスもまた、浴衣を身につけていた。
 生成りに紺の縦縞、同じ紺色の帯。
 
『ご、ごめんねアリスちゃん! 待った?』
「俺も今着いた所だから、気にするな」
『そ、そっか〜☆ そういえばアリスちゃんも浴衣なんだね! チェリーびっくりしちゃったよ』
「あぁ……前にお前が見てみたいって言ってたの思い出してさ。今日逃したら今年はもう機会が無さそうだしな。変か?」
 首をかしげるアリストテレスに、チェリーは違うよ、と慌てて首を振り。
『すっごく格好いいよ! そうじゃなくて……お、覚えててくれたんだね……?』
 返す言葉に、今度はアリストテレスが苦笑して。
「あのな。こう見えて、お前が言うこと結構聞いてるんだぜ?」
『……うん、知ってるよ』
 言いながらだんだん恥ずかしくなってきて、思わず目を泳がせる2人。
 安っぽい映画の一幕みたいなありふれた言葉は――他人の行動として見たならば笑ってしまいそうだけれど。
 いざ当事者になってみれば、なかなか、心に響くもので。
「そういや、チェリーの浴衣は桜柄なんだな。似合ってるぜ」
『あ――ありがとう』
 投げかけられたストレートな褒め言葉に、チェリーは自分の頬がかぁっと熱を帯びるのを感じる。
 あまりの気恥かしさに相手から目をそらし、俯きがちに視線を彷徨わせながら、小さな声で返すのが精一杯だった。

「……行くか」
 ふいと背を向け、照れくさそうに頬を掻く彼の後ろ姿。お互いに、まだ動悸はおさまらないようだけれど。
『う、……うん!』
 置いていかれないよう、大きなその背中を追いかける。


●はじめての夏祭り

 商店街の祭りと聞いていたから、そんなに大掛かりなものではないと思っていたのだが。
 蓋をあけてみれば驚きの規模。ずらりと並んだ屋台は、東京などで行われるそれに引けを取らない程。
 出店の人に話を聞けば、商店街の先にある小さな神社との共同運営だとか。
 成程、それで町内会風のテントと的屋が同じ通りに並んでいるのかと納得する。

『ねぇねぇアリスちゃん、ヨーヨーがあるよ! 懐かしいね☆』
 ピンク色したかき氷を手に、赤い浴衣の裾を翻しながら、チェリーは並び立つ屋台の間を駆け回る。
 和服に合わせてアップにまとめた髪の上で、桜を象ったかんざしが揺れる。ちりん、と鈴の音を伴って。
 宵闇の幕が降り、薄暗くなった街の中。
 それはまるで初夏の頃――散りゆく夜桜の花弁を思わせる、儚くも美しい輝きを放つ。
「チェリー、あんまり離れるなよ」
 有名な祭りに比べれば、それは客の数も少ないと言っていいだろうが。だからといって軽視できるほど空いている訳でもなく。
 一度人垣にのまれてしまえば、はぐれる可能性はゼロではない。
『アリスちゃん、あっちは射的だよ☆ 縁日といえば焼きそばだよね、でもトウモロコシもいい匂いだな〜』
「ああ。わかったから手ぇ貸せ」
『え?』
「はぐれそうで心配なんだよ。頼むから俺の目の届く所にいてくれ……ほら」
 差し伸べられる、手。一瞬きょとんと見つめるけれど。
 やがて、ようやくアリストテレスの言わんとする事を察したか、みるみるチェリーの頬が赤くなっていく。
 照れくさくて頬が熱い。ばくばくと忙しない心音が、掌を通して伝わってしまいそうで、安易に手を繋いでいいものかと考えあぐねる。
『え、えっと』
「頼むからそんなに照れんなって、こっちまで恥ずかしくなるだろうが……っ」
 そう言い顔を背けたアリストテレスは、なんだか、とても可愛くて。
『……うん。ありがとう、アリスちゃん』
 ここまで来て意地を張り続ける理由もなし。それに――
(きっと、チェリーと同じこと考えてくれてるんだよね……?)
 それを察してしまえば、恥ずかしさや照れくささなんて、案外どうでもいいもので。
 触れ合う指先は変わらずドキドキしているけれど、もう大丈夫。
『チェリーね、アリスちゃんの彼女になれて幸せだよ☆』
「ああ」
『アリスちゃんは?』
「……今更聞くなよ。知ってるだろ?」
 そして。どちらからともなく、指を、絡める。


●あなたのハートを狙い撃ち

 ふと、足を止める。屋台のひな壇に並べられた景品のひとつが、大切な相棒によく似ていたから。
 チェリーの視線が向かう先に気づいたのだろう。アリストテレスは無言のまま屋台の前へ歩み寄る。
「オヤジ、1回」
「はいよ」
 的屋の男性に小銭を渡し、玩具の鉄砲を手に取って。彼はにやりと笑う。得意分野ゆえの余裕だろうか。
「チェリー、どれだ? 俺が撃ち落としてやるぜ」
『えっ……いいのかな?』
「あんなの朝飯前だ、一発で落とすさ。俺の腕を信じろよ?」
『……じゃあ、上の段のキツネさん』
「オーケー!」
 静かに構え、狙いすました一撃目は、ぬいぐるみの耳をかすめるものの倒すには至らず。
「おっと、重心が下にある形だから難しいな。だが落とせない程じゃない」
 タン――と軽快な音。それとともにぬいぐるみの体が揺らぎ、落ちる。美しい形で。
『わぁ……! すごいよアリスちゃん! さすがだね、カッコイイ!』
 ぱあっと表情を明るくするチェリーへぬいぐるみを渡しながら、店の男は参ったとばかりに額を押さえる。
「まさか一発で落とすとは。あんちゃん、只者じゃねえな」
「そんな事ないぜ?」
「なら、彼女のお陰ってとこか。ハハハ」
 豪胆に笑う男。
『えっと……』
「そう、なのか?」
 流石の2人もはいそうです、とは言えずに、頬を染めて苦笑いを浮かべるのだった。


●かえりみち

 全力で祭りを満喫したら、気づけばもう夜も遅く。
 後ろ髪を引かれつつも部屋へ戻る道すがら、彼がおもむろに呟いた。
「今日はありがとう……また来年も行こうな」
 手は、もちろん繋いだまま。
 暗がりで隣に立つ彼の表情はよく見えないけれど。
『お礼を言うのはチェリーの方だよ☆ ありがとう、アリスちゃん』
 自由な方の腕でぬいぐるみを大事に抱えたまま、そう言って微笑を浮かべるチェリーの頭を、彼は、優しく撫でた。
「大事にしてやれよ?」
 その言葉はぬいぐるみを抱くチェリーに向けたものであると同時に、彼が彼自身に向けて呟いた言葉でもあり。

『……あれ? どうしようアリスちゃん! 鼻緒が切れなかったよ!?』
 たとえチェリーが真顔でそんなことを訴えようとも。
 そんなところも可愛い、とばかりに笑えるこの瞬間が――ひどく愛しく思える。
 それはきっと2人、同じ気持ちだと思うから。
「おんぶして欲しいならそう言えばいいのに」
『ち、違うよ!? チェリーそんなこと考えてないんだからねっ!?』

 この平穏を守るため、この世界を守るために、全力を尽くそうと思う。

 真の平和が訪れる、その日まで。
 願わくは、その時もあなたが傍にいてくれますようにと、祈りながら。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年08月22日

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