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『ひと夏のあばんちゅーる!? 』
有田 アリストテレスja0647

●夢で逢いましょうか

 照りつける夏の太陽の下。ひと夏のアバンチュール。
 ひどく魅力的なその響き――けれど、ちょっと待って。

 ひと夏の? 夏が終われば別れるとでも?
 ――いやだ。
 あの人と離れる未来なんて、嘘でも想像したくない。

 会えない時間はひどく不安なのに、待ち合わせ場所にあの人の姿を見つけた、その時の嬉しさは格別で。
 なんだか矛盾しているけれど。それは、それで、真実だから。

 明日になれば逢える。それならば、不安に蓋をして早く眠ってしまおう。
 願わくは、夢にあの人が出てきてくれますように――。


●夏祭りの誘惑

 それは、ある夏の夜のこと。
 恋人との大切な時間――電話の最中、彼女は少し躊躇いがちに話を切り出した。
『そういえばアリスちゃん、明日は商店街の夏祭りなんだって☆』
「あぁ、それでこの頃賑やかだったのか。帰省してた奴らが戻り始めてるのかと思ってたぜ。どこで聞いたんだ?」
『今日たまたま友達と一緒に洋服を買いに行ったら、お店の人が教えてくれたんだ〜。チェリーも全然知らなかったよ☆』
「夏休みっつっても授業が無いだけで、商店街の行事まで気にしてられるほど暇じゃなかったしな」
『だよね〜☆ そ、それでね……えっと、かき氷の引換券を2枚もらったんだ……けど……』
「へぇ、気前のいい店員だな。友達と行ってこいって?」

 ――本当は、わかっていた。
 いや。実は恥ずかしがり屋な彼女が、何を言わんとしているか――分からないはずはない。
 友達と出かける話をあえて彼氏にするような、駆け引きのできる女でないことも知っている。

 基本的に周囲の目にはあまり頓着しないチェリーだが、色恋沙汰に関しては驚くほど奥手だ。
 特殊な境遇ゆえに恋愛経験が少ないのだろうと察し、深くは言及しないようにしているのだが。
 付き合いはじめてそれなりの月日を重ねたけれど、未だに、指先が触れるだけで頬を真っ赤にするチェリー。
 彼女を見ていると、なんだか自分まで恥ずかしくなってくるから不思議なもので。

『えっとね? 友達も2枚。合計で4枚貰ったんだ〜……だから、その……アリスちゃん』

 言いよどむ彼女は、受話器の先でどんな表情をしているのだろう。
 想像するだけで愛しさに頬が緩む――などと言ったら、惚気もほどほどにしろと怒られるだろうか。
 けれど。
 恥ずかしさを堪えながらも必死に言葉を紡ごうとする彼女が可愛いから、つい意地悪をしてしまうのだ。

『……チェリーと一緒に、行かない?』

 受話器の向こうから、震える声が聞こえて。
 思わずくすっと笑い声を漏らしていた。
「勿論。いいぜ」
 と答えれば、ぱあっと変わる彼女の声色。
『それじゃあ明日、公園の時計のあたりで待ってるね☆』
「分かった」
 その後も少し話をしたはずだけれど、久しぶりのデートが楽しみすぎて、あまり覚えていなかったりする。


●待ち人来たりて

 件の待ち合わせ場所に到着すると、すぐに彼女がやって来た。
 待ち合わせ時間よりも大分早いはずだが、それはお互い様といったところか。

『ご、ごめんねアリスちゃん! 待った?』
「俺も今着いた所だから、気にするな」
『そ、そっか〜☆ そういえばアリスちゃんも浴衣なんだね! チェリーびっくりしちゃったよ』
 頬を染めるチェリーの表情には、驚きよりも喜びが浮かんでいる。
 生成りに紺の縦縞、同じ紺色の帯。
 本当は以前から2人で話していたのだ。夏になったら浴衣も着たいね、と。
 それは本当に些細な口約束だったけれど、アリストテレスは忘れていない。
 ――ひとりだけ浴衣じゃ恥ずかしいという彼女へ向かい、俺も一緒に着るよと約束したのだ。
「あぁ……前にお前が見てみたいって言ってたの思い出してさ。今日逃したら今年はもう機会が無さそうだしな。変か?」
 首をかしげるアリストテレスに、チェリーは違うよ、と慌てて首を振り。
『すっごく格好いいよ! そうじゃなくて……お、覚えててくれたんだね……?』
 返す言葉に、今度はアリストテレスが苦笑して。
「あのな。こう見えて、お前が言うこと結構聞いてるんだぜ?」
『……うん、知ってるよ』
 言いながらだんだん恥ずかしくなってきて、思わず目を泳がせる2人。
 安っぽい映画の一幕みたいなありふれた言葉は――他人の行動として見たならば笑ってしまいそうだけれど。
 いざ当事者になってみれば、なかなか、心に響くもので。
「そういや、チェリーの浴衣は桜柄なんだな。似合ってるぜ」
 赤と桜色の鮮やかな浴衣は、彼女の銀髪によく映える。
 思ったことを素直に伝えれば、既に赤かった頬を一段と赤くして、チェリーは小さな声で呟いた。
『あ――ありがとう』
「……行くか」
 自分で言っておいてなんだが、急に照れくさくなってふいと背を向けた。
『う、……うん!』
 背後に追いかけてくる彼女の気配を感じながら、アリストテレスはぽり、と軽く頬を掻くのだった。


●はじめての夏祭り

 商店街の祭りと聞いていたから、そんなに大掛かりなものではないと思っていたのだが。
 蓋をあけてみれば驚きの規模。ずらりと並んだ屋台は、東京などで行われるそれに引けを取らない程。
 出店の人に話を聞けば、商店街の先にある小さな神社との共同運営だとか。
 成程、それで町内会風のテントと的屋が同じ通りに並んでいるのかと納得する。

『ねぇねぇアリスちゃん、ヨーヨーがあるよ! 懐かしいね☆』
 ピンク色したかき氷を手に、赤い浴衣の裾を翻しながら、チェリーは並び立つ屋台の間を駆け回る。
 和服に合わせてアップにまとめた髪の上で、桜を象ったかんざしが揺れる。ちりん、と鈴の音を伴って。
 宵闇の幕が降り、薄暗くなった街の中。
 それはまるで初夏の頃――散りゆく夜桜の花弁を思わせる、儚くも美しい輝きを放つ。
「チェリー、あんまり離れるなよ」
 有名な祭りに比べれば、それは客の数も少ないと言っていいだろうが。だからといって軽視できるほど空いている訳でもなく。
 一度人垣にのまれてしまえば、はぐれる可能性はゼロではない。
『アリスちゃん、あっちは射的だよ☆ 縁日といえば焼きそばだよね、でもトウモロコシもいい匂いだな〜』
「ああ。わかったから手ぇ貸せ」
『え?』
「はぐれそうで心配なんだよ。頼むから俺の目の届く所にいてくれ……ほら」
 思わず差し伸べた、手。チェリーは一瞬きょとんと見つめ――やがてようやく察したか、みるみる頬を赤くする。
 そんな反応をされてしまえば、こちらまで照れくさくなる。頬が熱い。
『え、えっと』
「頼むからそんなに照れんなって、こっちまで恥ずかしくなるだろうが……っ」
 顔を背けてそう言うと、チェリーは視界の外で小さな笑い声を漏らした。
『……うん。ありがとう、アリスちゃん』
 触れ合う指先は変わらずドキドキしているけれど、もう大丈夫。
 きっと今、自分たちは同じことを考えているはずだから。
『チェリーね、アリスちゃんの彼女になれて幸せだよ☆』
「ああ」
『アリスちゃんは?』
「……今更聞くなよ。知ってるだろ?」
 そして。どちらからともなく、指を、絡める。


●あなたのハートを狙い撃ち

 ふと、彼女が足を止めた。屋台のひな壇に並んだいくつかの景品を、じっと見つめているようだった。
 気づいたアリストテレスは無言のまま屋台の前へ歩み寄る。
 チェリーの気持ちが簡単に揺らぐものではないということは、知っているけれど。
 だからといって情けないところばかり見られては男が廃るというもの。
 たまには、得意分野で格好いい所を見せるのも大切なはず――そう、きっとそうだ。
「オヤジ、1回」
「はいよ」
 的屋の男性に小銭を渡し、玩具の鉄砲を手に取って、にやりと笑う。得意分野ゆえの余裕だろうか。
「チェリー、どれだ? 俺が撃ち落としてやるぜ」
『えっ……いいのかな?』
「あんなの朝飯前だ、一発で落とすさ。俺の腕を信じろよ?」
『……じゃあ、上の段のキツネさん』
「オーケー!」
 静かに構え、狙いすました一撃目は、ぬいぐるみの耳をかすめるものの倒すには至らず。
「おっと、重心が下にある形だから難しいな。だが落とせない程じゃない」
 タン――と軽快な音。それとともにぬいぐるみの体が揺らぎ、落ちる。美しい形で。
『わぁ……! すごいよアリスちゃん! さすがだね、カッコイイ!』
 ぱあっと表情を明るくするチェリーへぬいぐるみを渡しながら、店の男は参ったとばかりに額を押さえる。
 それは芝居がかった大袈裟な仕草だが、不思議と嫌味には感じられなかった。
「まさか一発で落とすとは。あんちゃん、只者じゃねえな」
「そんな事ないぜ?」
「なら、彼女のお陰ってとこか。ハハハ」
 豪胆に笑う男。
『えっと……』
「そう、なのか?」
 流石の2人もはいそうです、とは言えずに、頬を染めて苦笑いを浮かべるのだった。


●かえりみち

 全力で祭りを満喫したら、気づけばもう夜も遅く。
 後ろ髪を引かれつつもチェリーを部屋へ送る道すがら、忘れないうちに言っておこうと思い立ち、呟いた。
「今日はありがとう……また来年も行こうな」
 手は、もちろん繋いだまま。
 暗がりで隣に立つ彼女の表情はよく見えないけれど。
『お礼を言うのはチェリーの方だよ☆ ありがとう、アリスちゃん』
 自由な方の腕でぬいぐるみを大事に抱えたまま、そう言って微笑を浮かべる彼女の頭を、アリストテレスは優しく撫で。
「大事にしてやれよ?」
 その言葉はぬいぐるみを抱くチェリーに向けたものであると同時に、己自身に向けて呟いた言葉。

『……あれ? どうしようアリスちゃん! 鼻緒が切れなかったよ!?』
 たとえチェリーが真顔でそんなことを訴えようとも。
 そんなところも可愛い、とばかりに笑えるこの瞬間が――ひどく愛しく思える。
 それはきっと2人、同じ気持ちだと思うから。
「おんぶして欲しいならそう言えばいいのに」
『ち、違うよ!? チェリーそんなこと考えてないんだからねっ!?』

 この平穏を守るため、この世界を守るために、全力を尽くそうと思う。

 真の平和が訪れる、その日まで。
 願わくは、その時もあなたが傍にいてくれますようにと、祈りながら。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年08月22日

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