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『夏祭りの夜。〜白兎 』
久遠 栄ja2400

 夕暮れ時、茜色の中へと続く道の先を見つめてみれば、ぽつり、灯る明かりが一つ、二つ。耳を澄ませば、賑やかな祭囃子が聞こえてくる。
 のんびり辺りを見回してみれば、祭へと歩く人々の足取りもどこかうきうきと楽しそうで、どこかくすぐったい気持ちで歩いていた久遠 栄(ja2400)はほんの少し、ほっと息を吐き出した。いつもとは違う浴衣姿は、殊に男浴衣というのは何とはなしに目立つ気がするのだけれども、見れば周りにもちらほら、浴衣姿の男性の姿が見える。
 だから栄は安心して、からからと下駄を鳴らしながら、神社までの道を歩く。遠くに見える朱塗りの鳥居が、今日の祭の待ち合わせ場所だ。
 楽しげにそぞろ歩く人々の波に乗って、のんびり辿りついたその場所には、すでに探偵倶楽部の仲間達がちらほら、顔を見せていて。栄に気づいた真田菜摘(ja0431)が、あ、と声を上げた。

「久遠先輩。うわあ、浴衣なんですね」
「ああ、せっかくだからな。――真田とあむぴだけか?」
「うん。久遠くんが3番乗りだね」
「なんだ。せっかく早めに来たのに」

 栄の言葉に、ミリアム・ビアス(ja7593)がからりと笑う。それを聞いて栄ははぁ、とため息を吐いたけれども、そもそも待ち合わせの時間までにはまだもう少しばかりあって。
 残る2人はまだだろうかと、辺りを見回してみたら遠くから、九神こより(ja0478)がちょうどやって来る所だった。あ、と声を上げたのに、気付いたものかこよりもまた、栄を見つけて笑顔になる。
 そんなこよりが近くまで来るのを待って、栄はほんの少し真面目な表情を作り、腕を組んでこう言った。

「九神、4番乗り」
「なんだ、もうみんな来てたのか。絶対1番だと思ったのになー」
「大丈夫ですよ、こより。木南さんがまだですから」

 栄の言葉にむぅ、と唇を尖らせて小さな扇子をぱたぱた動かすこよりに、菜摘がそう言って笑う。そうするとこよりの拗ねたそぶりも長くは続かず、すぐに楽しそうな笑顔に戻ると、ぐるりと仲間達を見回した。
 そうしてミリアムの姿を見て、む? とまた首をかしげる。そう言えば栄自身も違和感を持ったのだと、改めてミリアムの方へと視線を向けた。
 仲間達は、殆どが浴衣姿だ。こよりは白地に淡く色づいたあやめの咲いた浴衣を、きゅっと鮮やかな青の半幅帯で可愛らしく、花びら文庫に締めている。栄自身は生成りの麻地に縦縞が入っただけの、シンプルで大人びた浴衣。菜摘は紺地を花火が彩る可愛らしい浴衣を、黄色い金魚帯で柔らかく飾っていて――けれどもミリアムだけは、そうじゃなくて。

「あむぴは浴衣じゃないのか?」
「あぁ、うん。どっちにしようか迷ったんだけどね」

 こよりの言葉にそう、ひょいと肩を竦めるミリアムは、オフショルダーのカットソーに七分丈のジーンズ、足元は皮のサンダルという、至ってシンプルなもの。それはそれで、すらりとしたミリアムにはよく似合っていると思う。
 とはいえ、こよりが言いたいのはそういう事じゃないだろう。傍から見ても複雑な表情で、むむむ、と唸るこよりと、苦笑するミリアムを見比べていたら、最後の1人であるところの木南平弥(ja2513)が「すまん!」と小走りに駆けてきた。

「俺が最後なん? 待たせたかなぁ」
「ああ、なんぺーが最後だな。時間には遅れてないけど」

 何となく、流れでそう告げて笑うと、腰に巻いた紺色の帯に提げていたオレンジの巾着袋が、一緒に笑うように揺れた。ぽん、とまるで宥めるように叩いて押さえると、そのオレンジと、紺の帯に施された黄色い、可愛らしい毛むくじゃらの動物達が踊る刺繍に目を留めた平弥が、おぉ、と相好を崩す。

「その帯、おもろいなぁ。菜摘の浴衣もよう似合うとるで」
「あ、ありがとうございます……ッ!」
「ナンペー、私にはないのか?」
「いやいや、こよりももちろん、似合うとるって。その萌黄色のかんざしもえぇなぁ」

 順繰りに仲間達の浴衣を褒める平弥に、ひょいと腰に手を当てたこよりが拗ねたようにそう言ったら、平弥は慌てた様子で両手を振りながらそう褒めた。こういう辺りが実に卒がないと、年下ながら感心する。
 けれども順繰りにそうやって、浴衣を褒めていった平弥がやはり、ミリアムの所で視線を止めて、ん? と不思議そうな表情になった。けれども次の瞬間には、ほっとした様子で「なんや、ミリアムも私服なんか」と笑顔になった。
 何しろ平弥自身もまた、青い半袖のパーカーにカーキのカーゴパンツという、ミリアムと同じくラフな格好。どうやらそれにほっとして、仲間意識も感じたらしい。
 くすりと笑って頷いたミリアムが、迷ったんだけどね、とまた同じ台詞を繰り返すのを聞きながら、栄はちらり、辺りを見回し促した。

「ここで溜まってても邪魔になるだけだし、そろそろ行こうか?」
「うん、そうだな。色々、出店も出てるみたいだしな」
「ふふ、こよりは何を食べますか?」
「たこ焼き屋はどこらへんかなぁ」
「私はあれ、水風船が欲しいな。出てくる人が持ってるから、どこかにはあるよね」

 我ながら引率の先生のような口調だと思ったが、幸い、仲間達は頷いてぞろぞろ、神社の大きな朱塗りの鳥居を並んでくぐる。今日はミリアムと、探偵倶楽部の年少組の引率の名目で来たのだが――まさか早々に、その役目を果たすとは思わなかった。
 とはいえ栄自身も、倶楽部の仲間との夏祭り、実は内心のみならずけっこう楽しみにしている。どうやらもう少し時間が経てば、神社の裏山から花火も打ち上げられるらしい。
 どこか見やすい場所を探しておいた方が良かったかなと、こっそり考える栄は案外、先生に向いているのかもしれなかった。





 一歩、神社の境内へと続く石畳の参道に踏み込むと、そこはすっかり祭の装いだった。普段の静まり返った、せいぜい近所の人々が朝の散歩に来たり、お昼にのんびり寛ぎに来る場所と、同じだとはとても思えないほど。
 参道だけじゃなくて、神社の敷地という敷地すべて、とにかく店が立てられる所には店がある。そうして生まれた幾つもの小道に、まさにひしめき合うように祭客が溢れていて。

「ふわぁ……ものすごい人だな」
「本当ですね……こより、大丈夫ですか?」
「うん。なっつんも平気か?」

 しっかりと手を繋ぎ合い、寄り添い合ってそう喋りながら歩くこよりと菜摘を、見失わないように歩く栄もまた、ミリアムや平弥と固まって、はぐれない様にするのに必死だ。それでも、揃って屋台を楽しむ程度にはちゃんと、余裕はある。
 きょろきょろと辺りを見回せば、焼きとうもろこしに回転焼き、ベビーカステラに冷やしあめ。カラアゲの屋台がぱちぱちと美味しそうな音と匂いで道行く客を誘い、くじ引きの屋台からは賑やかな客引きの声が響いてくる。
 ぁ、とその中の1つの屋台に目を留めて、先頭を行くこよりが楽しそうな声を上げた。

「なっつん、なんだあれ! 苺綿飴だって!」
「苺……ですか?」
「ああ。食べたくないか?」

 私は食べたいな、と言いながら早くもこよりは菜摘を引っ張り、綿飴屋さんの傍までいって、ジーッとピンク色の綿が次々と生み出され、器用に割り箸でくるくる巻かれていく様子を見つめている。これは本当に、買うまではてこでも動かなさそうだ。
 やれやれと、苦笑が込み上げた。

「おじさん。苺を2つ」
「良いのか、栄?」

 それを聞いたこよりが、ぱっと顔を輝かせて振り返り、けれどもこくりと首を傾げて尋ねてくる。それに頷くと、今度こそ「やった!」と手放しの歓声が上がった。
 今日の栄は探偵倶楽部のお財布係――なのだが、この調子ではあまり、中身の管理は出来なさそうだ。それでもこよりがこうして喜んでくれるのなら、まぁ良いかな、と思ってしまう。
 自分の分の苺綿飴が出来るのを待つこよりが、そうだ、と振り返った。

「せっかくだから栄も食べたらどうだ? あむぴも、ナンペーも」
「そうだね。私はどれにしようかな」
「なんや、色んな味があるねんなぁ。苺の他は、ブルーハワイ、レモン、メロン、オレンジ……」
「せっかくだから全員、違う味でも良いかもな」

 お品書きを覗き込みながら、読み上げる平弥の隣から栄もひょいと覗き込み、思いの外バリエーション豊富な味を見てそう呟く。せっかく5人居るのだし、どこぞの戦隊カラーではないけれども、全員一緒というのも芸がない。
 うーんと考えて、菜摘が苺を取りやめてメロンを、栄がオレンジを注文した。それから、ミリアムはブルーハワイ、平弥はレモンをそれぞれ受け取って、お互いの綿飴を一口ずつ分け合いながら、わいわいとまた歩き出す。
 次には同じ並びに合ったたこ焼き屋で、ぱっと目を輝かせた平弥がまっしぐらに走っていった。数分後、幸せそうにたこ焼きとかつお節の盛り上がったトレイを持って帰って来て、「やっぱたこ焼きはえぇなぁ〜」と目を細めてはふはふ頬張っている。
 これまた全員ではふはふと、爪楊枝で盛り上がったたこ焼きをつついて、一緒に頬張った。そうしたらなんだか、ソースの味が強調された屋台の安っぽいたこ焼きも、そんじょそこらのお店にも負けない味わいに感じるのだから、不思議だ。
 次に訪れた射的の屋台では、誰が一番大物を取れるか競争した。ちゃちな玩具の銃を受け取って、どれを狙おうか棚にずらりと並ぶ商品を眺めていたら、にやりと笑ったこよりがすす、と隣に寄ってきて、囁く。

「栄、外したら恥だぞ」
「なん……ッ!? は、外さないさ。一番大物を狙うからな」
「ふぅん? どっちが勝つか楽しみだな」

 楽しげに笑いながらそう言って、自分の銃を振りながら「私はどれを狙おうかな」と棚をじっと見つめ出したこよりに、絶対に負けるもんか、と心に誓う。これはもう、一番の大物を、確実に打ち落とさねばなるまい。
 栄の気迫が伝わったのか、幸い狙いをつけた大物のクマのぬいぐるみは幾度目かでぐらりと大きく揺れて、棚からコロンと転がり落ちた。誰が見ても栄のそれが一番の大物で、ちょっと本気で悔しげなこよりが「私もそれ、狙ってたのに」と唸る。
 そんな風に賑やかに歩き回り、お面の屋台でそれぞれ好みのお面を買ったりして、気付けば夕暮時もとっくに通り過ぎ、すっかり夜の帳が下りていた。けれども屋台の明かりと、あちらこちらに点けられた街灯の明かりのおかげで、ちっともそんな事は感じない。
 さて次はどこに行くのかと、先頭を行く女子2人の背中を見ながら歩いていたら、こよりが不意に立ち止まり、ひょいと首をかしげた。

「……あれ、ナンペーは?」
「あれ? さっきまで居たと思ったんだけど、なんぺーくん、どこ行ったんだろうね」

 はぐれないよう一緒に固まって行動していたはずなのに、といぶかしむこよりの言葉に、ミリアムも念願の水風船をばいんばいんと叩きながら辺りを見回して、こくりと首を一緒にかしげる。
 この人混みだから、はぐれてしまったのだろうか。それにしては何か違和感を感じると、思いながら見回したらミリアムもそう思ったようで、幾度も辺りを見回す目が合った。

「久遠くん、いつからなんぺーくんが居ないか、気付いてた?」
「いや……というかあむぴ、いくら水風船だからって人の顔の傍で叩くなよ。危ないだろ」
「え? うふふ、つい」

 ミリアムに首を振って、それからちょっと顔を顰めて文句を言ったら、憎めない笑顔でそう返されたので嘆息した。見かけによらず子供っぽいというか、こういうところが彼女の良い所でもあるのだが。
 とまれ、2人できょろきょろ、平弥の姿を探していたら、ふと目の端に影が走ったような気がした。ん? と確かめようとして、そちらを振り返った、その瞬間。
 ミリアムが、盛大な悲鳴を上げた。

「きゃぁぁぁぁッ!?」
「うわ……ッ!!」

 その拍子に、まさに耳元で破裂音がして、栄もまた大声を上げる。ミリアムの叩いていた水風船が割れたのだ、と理解した時には上半身が、しっかりびしょびしょに濡れていて。
 振り返ったこよりと菜摘の、驚き眼と目が合った。

「久遠、先輩……?」
「どうしたんだ、栄、びしょぬれじゃないか!」
「突然、水風船が耳元で割れて……」
「ごめんね、久遠くん……びっくりしちゃって、つい力が……」

 当然上がる疑問の声に、口々に説明する上半身びしょぬれの栄と、割れた水風船の名残をぷらぷら指に下げているミリアムである。そうしてそろりと、視線を横にスライドさせるミリアムの眼差しの先を追いかけていけば、ほんの少し離れた場所に居るのは、おどろおどろしい表情の鬼面を着けた人物。
 青い半袖のパーカーに、カーキのカーゴパンツを穿いたその人は、4人の視線を受けておず、と鬼面を頭の上に引きずり上げた。

「ご、ごめんやで、ミリアム。そないに驚くと思わへんかってん……」
「ナンペー!!」
「なんぺーくん!?」
「木南さんだったんですか……」
「何をやってるんだ、なんぺー……」

 そうして現れた顔に、残る全員の非難のこもった声が上がって、しゅん、と平弥は肩を落とした。その様子を見れば、彼が心から反省していることは良く解る。
 のだ、けれども。

「じゃあナンペー、あむぴを驚かせた罰だな。あそこの屋台で焼きそばを買って、具を当ててみようか」
「えぇッ!? うぅ、しゃーないな……」
「私はその間に、カキ氷を食べてるからな。頑張れよ――栄はそのままで大丈夫かな」
「夏だからな。すぐに乾くだろう」
「あの、久遠先輩、これ良かったら……」

 こよりがビシッ、と扇子で近くにあった焼きそば屋の屋台を指すと、平弥はちょっと顔を引きつらせた後、がっくり肩を落として屋台へと向かっていった。そんな平弥を見送って、びしょぬれの栄に声をかけてさっさと近くのカキ氷屋に向かうこよりを見ながら、菜摘がそっとハンカチを差し出してくれた。
 礼を言ってありがたく受け取り、びしょぬれになった上半身を簡単に拭く。バニラアイス添えブルーハワイ氷を買ったこよりは、ミリアムに「あーん」とカキ氷を差し出していた――女性同士の特権、という奴であろう。

「うわ、なんかごっつ羨まし……ッ!?」
「自業自得だ。――もう大丈夫だ、ありがとう、真田」

 ほかほかの焼きそばとにらめっこしながら、その光景を目の当たりにして叫んだ平弥に、くいっと頭につけた白兎のお面の位置を直しながら、栄は大きなため息を吐いた。そうして菜摘に礼を言い、浴衣の襟元を少しいじる。
 濡れたハンカチを仕舞った菜摘が、美味しいですかこより? と笑顔を向けた。そんな菜摘にもあーんとカキ氷を食べさせる、こより達をのんびり見ながら栄はまた、唸っている平弥の背中をぽんと叩いて歩き出す。
 行く手には、金魚すくいの文字が見えた。





 底の浅い水槽には、数え切れないほどの金魚が泳いでいた。それは良い。金魚すくいなのだから、当然だ。
 だが問題は、そこに泳いでいる金魚、そのもので。

「え、金魚すくいが出来ない!?」
「こんなんじゃ、ちょっと、お客さんにすくってもらう訳にゃいかんからな」

 金魚すくいを所望したこよりに、首を振った屋台の親父はそう言って、心底困った風情で首を振る。こんなんじゃ、という言葉につられて栄はもう一度、底の浅い水槽を見下ろした。
 数え切れないほどの、様々な大きさの金魚。ただし、その色はすべてがことごとく、青い。
 少なくとも、これが元々青い金魚ではなかったことは、屋台の親父の様子を見れば明らかだった。それに、青い金魚なんてそうそうお目にかかる事はないわけで。
 親父さんによれば、もちろん仕入れた時には普通の、赤い金魚だったらしい。けれどもここで店を広げて、しばらくしてちょっと目を離したら、その間に一匹残らず真っ青に変わってしまっていたのだという。
 となれば――

「事件だな」

 ぐっ、と拳を握ったこよりに、そうだな、と同意する。何しろ彼らは探偵倶楽部。こんな不思議な事件、ミステリーに遭遇して、そうですかと黙って通り過ぎる訳には行かない。
 なぁ? と仲間達を振り返ったこよりに、だから力強く頷き返した。それに、よし、と満足そうに笑ったこよりに目を細め、改めて底の浅い水槽を泳ぐ、青い金魚へと向き直る。
 とはいえ、ただ普通に泳いでいただけのどこにでも居る赤い金魚が、目を離した隙に真っ青に変わっていた、というのはちょっと、どんな事態だったのかにわかに想像は出来なかった。

「他に何か、変わった事はなかったか?」
「誰か、不審者が近付いたとか……」
「何かが落ちた音がしたとか」
「金魚の数が変わってるとか」

 だから口々に、思いつくままに金魚すくい屋の親父に質問する。そうして何か、手がかりを掴もうとして、とくに思いつかないと首を振る親父にちょっと落胆して――あれ? とこよりが声を上げた。

「なっつんは?」
「あれ?」

 先ほどもこんな事があったようなと、辺りを見回してみたけれども、菜摘の姿はどこにも見当たらなかった。けれどもさっきと違うことには、確かについさっきまでこよりの傍で優しく微笑んでいたのを、栄も確かに見ていたのだ。
 一体、どこに行ってしまったのだろう? ミリアムも平弥も、菜摘がいつの間に姿を消したのかは解らないようで、困った表情を浮かべている。
 とまれ謎解きは後回しだと、手分けして辺りを探す事にした。

「なっつーん!」
「真田、どこだ?」
「真田さーん!」
「菜摘ー!?」

 口々に菜摘を呼びながら、うろうろと辺りを探し回っていたら、すぐに菜摘がちょっと照れたような笑顔で「すみません」と小走りにやってきた。心なしか、少し息が乱れている。
 菜摘は浴衣の左の襟をちょっと押さえながら、からからと下駄を鳴らして走ってくると、ぺこんと大きく頭を下げた。

「ちょっと、何かが居たような気がして見に行ってたんです。ごめんなさい」
「なんだ、そうだったのか。声をかけてくれたら良いのに」
「で、捕まえられたのか、真田?」

 こよりがちょっと拗ねた口調で言ったのに、ごめんなさいこより、とやっぱり笑顔で菜摘が言う。そんな彼女に、猫の子でも追いかけていったのかと冗談めかして尋ねれば、いいえ、と菜摘が破顔した。
 とまれ、無事に探偵倶楽部のメンバーが揃ったからには、改めて推理開始である。今度こそ菜摘も一緒に、うーん、と青い金魚の前で腕組みをして考え始めた。
 最初に推理を口にしたのは、ミリアムだった。

「もしかして、カキ氷のシロップが混ざったんじゃない?」
「俺もそう考えてた。ちょうど、九神がブルーハワイを食べてるところだしな。すくってみたら案外、普通の金魚かも」

 それにうんうんと頷いて、栄も同意の声を上げた。金魚そのものの色がいきなり変わるというのは、やはりちょっと考えにくい。となれば考え付くのは当然、ただそう見えているだけではないか? というもので。
 両方から、のみならず全員の視線を手元に受けて、こよりが「落としてないぞ」と首を振る。確かめる為、ポイではなく親父さんの網を借りて金魚をすくってみたら、金魚は青いままだった。
 実際に真っ青な魚体を見ると、謎は深まるばかりだ。うーん? と真剣に考えていた菜摘が、思いつかなかったようで小さく息を吐いて肩を落とした。それからひょい、とこよりを振り返る。

「こよりは何か、解りましたか?」
「うん? そうだな。私の扇子から逃げ出したに違いないな」

 笑いながらそう言って、ぱらりと扇子を広げたこよりに、らしい、と苦笑した。小さな扇子の中で、青文魚は悠々と気持ち良さそうに泳いだままだ。
 さて、こうなると頼りはまだ何も推理を披露していない、平弥だけである。仲間達の視線を受けて、けれども平弥はしばらくの間、うーん、と考え込んだままだった。
 だがやがて、ぽつり、と「エサ、とかかなぁ?」と呟く。

「金魚にやったエサが、何か変わったヤツやったとか。おっちゃん、エサ変えてへん?」
「エサは金魚問屋から仕入れたいつものだがなぁ……」

 しゃかしゃかとエサのケースを振りながら、やっぱり困り顔の金魚屋の親父に、そっか、とがっくり肩を落とす平弥である。こうなるともはや、なぜ金魚が青くなってしまったのかは、お手上げだった。
 ぬぅ、と唸る探偵倶楽部たちに、仕方ないから店仕舞いするよ、と親父が肩を竦める。そうか、と肩を落としてもう一度、底の浅い水槽に視線を落とした栄は、あっと大きな声を上げた。

「金魚が……!」
「え?」

 先ほどまで青かった金魚が、不思議なことに、再び赤く色づいている。まるで魔法でも使ったとしか思えないような、それは見事な光景だった。
 仲間達もそれを目の当たりにして、大きく息を呑んだ。そうしてなんで? と再び首をひねったけれども、やっぱり謎は解らない。
 その時、ドーン、と大きな音が裏山から聞こえてきた。

 ドー……ンッ!
 ドドー……ンッ!

 つられて裏山のほうを見上げると、真っ暗な夜空にぱっと華やかな花火が広がる。幾つも、幾つも。夜の空気を震わせて、大きな花が夜空に咲く。
 誰からともなく、互いに顔を見合わせた。金魚が青くなったのも、再び赤く変わったのも、不思議なミステリーだけれども謎は謎のままで良い気も、する。
 よし、とこよりが笑顔で言った。眼差しの先には、先ほど栄が射的で取ったクマのぬいぐるみ。

「じゃあ改めて、金魚すくい対決だな。今度は栄に負けないぞ」
「わ、私も負けませんよ。こより、頑張りましょう」
「一緒に頑張ったら勝負にならへんのちゃうん? でも、俺も頑張るでー!」
「じゃあ、皆で協力して久遠くんを打ち負かそうか」
「おい!?」

 いつの間にか、あっという間に形勢不利になっていて、栄はちょっと焦った声を上げた。4人対1人とか、それは何の冗談だ?
 だがこよりは自分の思い付きを気に入ったようで、くすくす笑いながら金魚すくい屋の親父に改めて、5人ね、と告げている。他の3人も異論はないようで、わいわいとどの金魚が良いだろうとか、協力すればたくさんすくえるんじゃないかとか、賑やかに相談し始めた。
 うぐぐ、と苦虫を噛み潰した顔で、栄はポイを握って真剣に、どの金魚をすくうか睨めっこし始める。負けること自体は、悔しいとはいえそれも楽しい思い出だが、むざむざ負けるのはやっぱり悔しい。
 夏祭りの夜はまだ続く。花火もどうやら、まだまだ賑やかに夜空を彩るようだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 19  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 14  /    阿修羅
 ja7593  / ミリアム・ビアス / 女  / 20  /  ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
こうしてご縁を頂きました事に、まずは心からの感謝を。

探偵倶楽部の皆様での、賑やかな夏祭りの夜のひと時の物語、如何でしたでしょうか。
当初、息子さんはしっかりものでいらっしゃるのかな? とイメージしていたのですが、色々と紆余曲折を経てこのような形に落ち着きました。
この『結末』が、僅かなりとも息子さんのお気に召すものであれば幸いです。
精一杯努めさせて頂きましたが、ほんの少しでもイメージと違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイクをお願いします……ええ、ホントに躊躇いなく……(土下座←

息子さんのイメージ通りの、楽しい夏のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
常夏のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年08月22日

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