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『【紅染月廃館迷想曲〜帝国之夏一夜】 』
胡蝶(ia1199)

●夏にみる夢

 ――夏が、来る。

 青い空に白い雲が湧き立つ緑野、波打ち寄せる海が誘う昼と。
 冴え冴えとした月や星の灯かり届かぬ闇、灯篭の炎が揺らめく夜と。
 その光陰の束の間、垣間見る時の影と。

 境界線の狭間で差し招くは、果たして夢か現か幻か。

 今年も熱い、夏が来た――。


●ゆめのあとさき
「……久し振り、ね」
 誰に語りかける訳でもないが。かつて見慣れた屋敷を前に、小さく胡蝶は言葉を口にした。
 住人が去ってから、ずっと打ち捨てられたままなのだろう。
 鉄扉や鉄柵は錆びが浮き、向こう側に広がる庭は草木が伸び放題になっている。庭の先にある屋敷は当然ながら全ての窓が閉ざされ、寂れた空気の中で佇んでいた。
 辺りに人の気配はなく、静かな風景を胡蝶はじっと見つめた後、傾いた鉄扉の真ん中に出来た隙間へ小柄な身を滑り込ませ、難なく敷地内へ立ち入る。
 石畳の間から伸びた草を踏んで夏の日差しが照りつける前庭を横断し、真っ直ぐに玄関ポーチへ進んだ。
 ノッカーのついた大きな木扉は、叩いてもビクともせず。
「……仕方ないわね」
 外観を確かめるついでに屋敷の周りを歩けば、裏手にある使用人の使う扉が目に入った。
 開くだろうかと押したり引いたりするが、酷く痛んだ扉は動かない。
「ああ、もう……いい加減、開きなさいよっ」
 口の中で文句をこねながら、腹立ち紛れにガンッと蹴れば。

 みしり、みしみし……。

 扉全体が軋むような音を立てた後に、内側へ傾き始めた。
「え、ちょっと、待っ……!」
 慌てる胡蝶だが、彼女に止める手立てはなく。

 ドンッ!!

 軋みながら傾斜する扉は、大きな音をたてて床に倒れた。
 カビ臭い湿気た空気が流れ出し、埃がもうもうと舞い上がる。
 埃を吸わぬよう袖で口元を隠した胡蝶は茫然とした後に眉根を寄せ、倒れた扉を見下ろした。
「そんな強く……蹴ってないわよ、私」
 弁解というか説明というか、不本意な結果であることを念のために主張しておく。
 それから爪先歩きで倒れた扉を踏み越え、屋敷の中へ入った。

 汚れた窓から差し込む光は少しくすんでいるが、屋敷内を散策するのには十分だった。
 使用人が使う通路より回廊に出て、そこから入れなかったエントランス・ホールへ回る。
 かつて壁を飾っていた絵画やタペストリーは一枚残らず外され、彫像や彫刻、壷といった調度の数々もことごとく消え失せていた。
 盗人が入ったのか、少しでも「取り分」を確保しようとした者たちが持ち去ったかは、彼女にも分からない。ただ……彼女の記憶と比べれば、随分と色褪せた気がする。
(人が住まず、風の通らない家が朽ちるのは早いと言うけれど。たった数年で、ここまで傷むものなのね)
 懐かしさより先に胸へわき上がるのは、寂寥感。
 そう……ここはかつて、彼女が家族と住んでいた屋敷だった。

 ジルベリア帝国に仕える貴族の家に、彼女は生まれた。
 だが権力争いの謀略により家門は取り潰され、家どころか家族すらも失った。
 屋敷を離れ、独りで天儀に渡り、素性を隠して開拓者となったのは、ほんの数年前のこと――だがそれも、随分と昔のようにも思える。
 今ではすっかり開拓者暮らしも慣れ、親しい友人も増えた。素性は明かしていなくとも、神楽の都では誰も過去を問わず、無理に詮索したりもしない。
 それでも……いや、だからこそ、なのか。
 ほとぼりもさめ、彼女の顔を知る者もいないだろうと見当をつけ、ジルベリアへ――懐かしい思い出が残る屋敷へと足を運んでいた。
 そこに特別な理由はなく。ただ、何かに誘われるかのように……。

 広間に食堂、図書室、談話室、父や母の部屋。
 足の向くまま、懐かしい屋敷の散策を続けているうち、外が急に暗くなった。
 何事かと確かめるまでもなく、にわかに大粒の雨が窓を叩き始める。降りしきる雨と草木が揺れる様子から、風も強くなっているようだ。
「これは、戻るのも無理そうね」
 雷の音は聞こえないが、夏の夕立ならば日が暮れる前におさまるだろう。
 一応と回廊を見回せば屋根はまだ激しい風雨に耐えられるのか、天井や壁に水が染みたような痕跡は見当たらず。
「濡れ鼠になって下手な風邪をひくより、ここで雨宿りをした方がよさそうね」
 ぼやきながら、胡蝶は肩にかかる金髪を背中へ払った。
 夏の屋外を歩き、そして埃っぽい屋敷の散策……出来ることなら風呂に浸かって髪を洗いたいところだが、屋敷の現状ではそれすらも贅沢な望みのようだ。
「早く止むと、いいのだけれど」
 少しでも外の様子が窺え、落ち着ける部屋を胡蝶は探し始める。
 だが雨脚は強くなる一方で、空に残っていた僅かな光も日暮れと共に消えていった。

   ○

 くすくすと、小さな女の子の笑い声がした。
 小さく軽い足音が、回廊をぱたぱた駆けていく。
 目を閉じていた胡蝶は風や雨の音に混じったそれらの気配に、重い瞼をうっすらと開いた。
 周囲を閉ざす闇に気付くと手をかざし、頭の中に形を描き、意識を凝らす。
 間もなく、何もない指先より淡い光がふわりと現れ。
 光は蝶の形と成り、ひらひらと暗い室内を舞った。
「もう真っ暗じゃない。雨もまだ、降ってるのね」
 ままならないものだと胡蝶は嘆息し、漂う眠気を払うように頭を軽く振る。ひとまず明かりは確保したが、『夜光虫』の式が照らす距離はランプや松明よりずっと狭く、部屋の全てを照らすのには足らない。
 ソファから立ち上がった胡蝶は軽く服を両手で叩き、ついた埃を払った。それから大きく息を吐き、扉へと向かう。閉めたはずの木扉へ手をかければ、ぎぃと音を立てながら開いた。
「今さら誰か雨宿りの先客がいたとかいう冗談は、勘弁してよね」
 あえて胡蝶は言葉を口にして、用心深く廊下へ出る。左右に視線を走らせても人の気配はなく、風か何かの音を聞き間違えたかと部屋に戻りかければ。

 ――ぱたぱた、くすくす。

「だから、言ったじゃない……冗談は止めてよねって」
 自分の背中の方から確かにソレは聞こえ、不機嫌そうに胡蝶が眉根を寄せた。
 元々、彼女の好みではないのだ……見えないナニカとか、不可解なモノといった類は。
 だからこそ人を驚かせようとする存在を追うため、音のした方に振り返る。
 式の蝶が放つ弱い光を頼りに、角を曲がれば。
 ……暗闇の向こうで揺らめく青白い光が、廊下の先で消えた。
 足早に追いかければ廊下は折れ曲がり、その先で漂うような光がゆらゆらと進む。
 追えば消え、消えた場所に着けば先を漂う光に、胡蝶も意地になってくる。
 廊下を進む靴音は彼女のものだが、がらんどうの空間では気味が悪いほど反響し。
 追う自分が追われているような……逃げているような錯覚を覚え。
 暗さと雨音のせいか、かつて暮らしていた屋敷のどこにいるかすら、咄嗟に見失う。
「待ちなさいよ!」
 声を荒げれば、彼女の苛立ちが届いたのか。
 青白い光は僅かな時間だけ止まり、すぅっと近くの扉へ吸い込まれていった。
「いいわ。正体を暴いてあげるから……!」
 覚悟しなさい、と。
 まとわりつく弱気を払うように、光が吸い込まれた扉をひと息で押し開ける。
 部屋は暗く、一歩二歩と中に入れば。

 ――バタンッ!!

 背後で思いっきり音を立て、勢いよく扉が閉まった。
「風、よね?」
 振り返った胡蝶の声は、小さく弱々しい。
 外の雨風は、確かに強い。
 ……でも光を追っている間、廊下に風は……。
 ふっと過ぎった考えを払うよう、そしてあえて気付くのを避けるように、強く首を横に振る。
 焦燥する彼女の背後で、ぼぅっと青白い光が浮かび上がった。
 振り返れば、複数の青白い光が次々と現れ、漂い。
 部屋の中央へと集まり、大きな炎となる。
 風もないのに、不気味な炎はひときわ大きく揺らめいたかと思うと――少女の形へ、変じた。
 俯いた表情は金色の髪で隠れて窺えないが、微かに青白い光をまとう四肢は華奢で。
 肌は透けるように白く、上品なドレスをまとっている。
「……それが、正体って訳かしら」
 動揺を隠すように大きく息をしてから、対峙する胡蝶も青い瞳で睨みつけた。
 細い金糸のような髪が流れ、俯いていた少女が顔を上げる。
 幼く愛らしい可憐な面立ちに、薄い唇、青玉を思わせる瞳――。
 見つめ返す相手に強い既視感を覚えたのは、何故だろう。

 ――まるで、「 」を見ているような。

 それを自覚した途端、胡蝶は全身から力が抜けるような感覚に襲われた。
 幻惑か、あるいは何かの惑わしの術か。
 理由は分からないが崩れそうになる足を心の中で叱咤し、拳を握って懸命に耐える。

 ――くすくす。

 何度も聞こえていた小さな笑い声が、ゆっくりゆっくり近付いてきた。
 距離が近付くにつれ、身体の力はますます抜け。
 視線をそらさず抗い続ければ、笑みをたたえた少女は細い手を伸ばす。
 それは苦しげに身を屈めた胡蝶の喉に、ちょうど届く高さで。

 ――くす、くすくす。

「こ、の……」
 耳につく笑い声の前で、膝を折るのは癪だった。
「……アヤカシ、如きが……」
 いつの間にか握り締めていた符を、胡蝶は少女へ突きつけ。
「私の前より、退きなさい!」
 気力を振り絞った言葉と同時に、彼女の手から一匹の蝶が放たれる。
 優雅に羽ばたいた蝶は、次の瞬間、刃の羽で少女を切り裂いた。
『斬撃符』の式を打たれた少女は、悲鳴もあげず。
 一瞬にして形を失い、青白い光が砕け散る。
「人の……家で、勝手に……」
 言葉は途切れ、再び闇に閉ざされた部屋で胡蝶は床へと倒れ伏した。

   ○

 瞼を閉じてもなお明るい光が、目覚めを催促する。
「ん……眩し……」
 手をかざして陽光を遮り、気だるそうに胡蝶は目を開いた。
「……ここって……?」
 目覚めた瞬間、自分がどこにいるのか思い出せず、ぐるりと部屋を見回せば。
 昨夜の記憶が一気に蘇って、残る眠気を吹き飛ばす。
「でも、ここは私が最初に休んでいた部屋よね」
 何気なく自分の手に視線を落とせば、半ば燃え尽きた一枚の符を握っていた。
(アヤカシの幻覚、だったのかしら)
 夢としても腑に落ちず、どこか釈然としない……あれだけ強い既視感を抱いたにもかかわらず、あの時に見た『少女』が『誰』かすら、思い出せない。
「そういえば、この部屋……」
 めぼしい調度は何もかも失われていたが、改めて内装を見回した胡蝶は部屋の意味に気づき、最も落ち着くことが出来た理由に納得した。
「雨も止んだことだし、帰るわよ」
 誰に告げるでもなく呟き、彼女はソファから立ち上がり。

 ぱたん!

 勢いをつけて扉を閉めれば、僅かに起きた風が天井よりかかった布を揺らした。
 胡蝶がカーテンだと思っていた布の下から、一瞬だけ上品なドレスを纏った少女の絵画がふわりと覗く。
 だが、誰の目にも触れられぬまま……かつての部屋の主を描いた絵は、再び布の下へ隠された。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia1199/胡蝶/女性/外見年齢18歳/陰陽師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「常夏のドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 DTSの依頼では、いつもお世話になっています。今回もまたノベルという形での楽しいご縁を、ありがとうございました。
 夏らしい怪談風で、コミカル混じりの情景から、じわじわとホラーっぽくしてみましたが……如何でしたでしょうか。
 とはいえ、胡蝶さんなら他の人がいなくても、怖がるより先に攻めに出そうな気がしましたので、ずんずんと進んでしまう展開となりましたがっ。
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
常夏のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2012年08月29日

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